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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
一章 金色の断末魔(Battle of Colony)」
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8 超重列車砲

 叫ぶのを止めたロイスが下を見ると、レーネが操縦席の上に毅然と立っている。


 煤で汚れた金髪が穏やかな風に揺られている。


 装甲列車からは緑灰色の軍服を着た将校が姿を現した。


 金ボタンと精巧な国章から高級感が漂う。


 そして赤黒金というベルカのナショナルカラーで構成された襟章から階級が少将であることがわかった。


 少将が下車して歩いていることに周囲の将兵が動揺していることがわかるが、本人は構わず畏まった顔でこちらに来る。


「健在で何よりだ。フレンツェル」

「再びお目にかかれて光栄の至りです。陛下」

「私の顔を忘れていなくて幸いだった」

「あり得ないことです。陛下こそ、私の様な一将校を覚えておいでとは」

「将校の名は全て覚えている。まして私が任命した勅任官とあってはな」

「聡明さに敬服するばかりです」

「私はズロチに滞在していたが、先日街が呪林に沈み、従者と共に本国に向かう途中だ。貴隊に支援を命ず」

「承知仕りました。御料車を用意させております」

「まずはこのまま進行せよ。停止したところで改めて訪問する」

「拝命致しました。何かご入用の物はございますか?」

「この先の物資集積場に避難民が来る。歩兵部隊は防護大隊の残兵を吸収し避難民の支援にあたれ」

「直ちに行動開始致します」

「後は停止してから話す。私の車両がここに入るから車間を開けさせろ」

「御心のままに。それでは進軍を再開致します」


 少将は装甲列車へ戻っていき、列車砲を先頭に長大な車列が再び動き出した。


「やっぱ皇女様なんだなぁ。あんなでかぶつを止めちまうなんて」

「あんな列車砲が実在することには驚きましたが、遭遇できたのは幸運でしたね。機関車を一両徴収すれば楽に帰れる」

「そうする可能性もあるが、私はあの列車砲の作戦目標を知っている。新兵器を持ってきているはずだ」

「新兵器ですか」

「間に合わなかった可能性もあるから訊いてみないとわからんがな」

「それにしても、この大所帯は全てあの列車砲と同じ部隊なんですか?」

「そうだ。列車砲を偵察、通信、対空部隊が護衛している。全部で旅団並みの規模だから、指揮官も少将なんだ」

「将校なら陛下の顔を知っている。意図がわかりましたよ」

「後は、新兵器があるかどうかだ」


 先帝が崩御しレーネが即位してから三年半になるが、レーネの顔を知る者は多くない。


 単純に警護上の理由だ。


 勿論国家の最高権力者として日々公務を行っていたため、宰相を筆頭とする国政議員や軍の上層部であれば何度も直接顔を見ている。


 その一方でカメラやビデオでの撮影は厳重に禁止されていた。


 性別や年齢は公表されているものの、殆どの帝国臣民にとってレーネとは新聞の文書やラジオに音声だけ登場する存在となっている。


 あの巨大な列車砲を見て、その指揮官は自分の顔を知っているはずと考えるのは帝国軍全将校の名前と配置を覚えているレーネならでは発想だ。


 物資集積場を通過して十数キロ進んだところで、列車砲とそれを取り巻く車両群は停止した。


 車内で一服済ませたレーネは疲労を感じさせない表情で告げる。


「私達は今から例の少将に会いに行く。ロイスは私の従者、ミラはメイドということにする。だがウィルはこの車両に残ってほしい」

「あいよ。皇女さんがルクス連れてたら変だもんな」

「夕食も向こうでとることになる。ウィルは好きな缶詰を食べてくれ」

「そいつはいいな」

「私は立場上御料車で寝るしかないが、ロイスとミラはどうする?」

「ミラは専属メイドなんだから同じ車両で寝たらいいだろ。俺は戦車で寝る」

「わかった。では向かおう」

「ところで、この皇帝旗はもう外していいのか?」

「ああ。外しておいてくれ」

「お前が対戦車猟兵で良かった」

「次は釣り竿にでもするかね」


 装甲列車へ入ったロイス達は有蓋貨車へ案内される。


 車内には長椅子と長机があり、レーネがフレンツェル少将の向かい側に座った。


 従者とメイドという立場のロイスとミラは言葉を発さず、レーネとフレンツェル少将の会話を聞く。


 ここスケイル共和国の首都エルビングでは八月初頭からレジスタンスによる蜂起が発生している。


 八〇センチ列車砲はその鎮圧のために移動してきたらしい。


 二五の部品に分割して運搬される八〇センチ列車砲の組み立てには八本の軌道を敷く必要があるため、物資集積場がうってつけだったそうだ。


 専用のガントリークレーンを使った組み立ては九月上旬に終了し、エルビングへ砲身を向けるカーブした軌道も設置完了。


 九月中旬には砲撃予定だったが、飛行する蟲が押し寄せてくる可能性が生じたため一度後退。


 防護大隊による蟲と菌樹の駆除が終わったところで移動を再開し現在に至るというわけだ。


「八月の下旬に参謀総長と陸軍大臣の署名入りで四・八トン燃料気化爆弾を使用する連絡があった。実験成功後も実用化に手間取ったが、何とか四・八トン榴弾の弾頭に収めたわけだ」

「仰せの通り、燃料気化爆弾(BLE)の発射命令が出ております。詳細は存じませんが、元々は呪林を焼くために開発された兵器だとか」

「そうだ。呪林も蟲も外殻が半金属で燃えにくいが、BLEなら菌樹や蟲を融解させつつ吹き飛ばして一掃できる」

「燃やすというより高温で融かすというわけですか」

「その目的で作られた兵器だが、当然人間に対しても効果的なので、都市区画への発射が命じられたわけだ」

「なるほど。蟲ではなくレジスタンスの一掃ですね」

「その予定だったが、エルビングへの砲撃とBLEの使用を中止し、別目標への使用を命ずる」

「勅命承りました。命令書にサインを頂きたく存じます」

「明日発行する」

「お疲れのところ失礼致しました。御料車にておくつろぎ下さい」

「そうしよう。メイドと従者を連れていく」

「湯浴みの品は使用人にお渡し致します」

「わかった」


 立ち上がって敬礼するフレンツェル少将を背にロイス達は最後尾の車両へ移動する。


 御料車とされたその車両には執務用の机とベッドが置かれるのみで、調度品や装飾があるわけではない。


 おそらくこの列車砲部隊の指揮車両を御料車に充てたのだろう。


 最近掃除した形跡あり、国旗が立てられている。


「具体的な命令書を発行する前に、ロイスの意見が聞きたい」

「そのBLEとやらをどうやって死神にぶつけるか。当たったとして効き目があるか、ですね」


 列車砲を死神討伐に使うこと自体に問題は無い。


 帝国軍は皇帝陛下の軍隊であるという建前を抜きにしてもだ。


 レジスタンスの蜂起に対するベルカ軍の対応は早く、ズロチが呪林に沈む前に殆どけりは付いていた。


 フレンツェル少将の話によると、当初上層部はミネル石軍がエルビングのレジスタンスを支援するため進撃を続けると予想していた。


 故に反乱を理由にエルビングの主要な建物を接収して軍事拠点化し、突出したミネル石軍を受け止めつつ南北から挟撃して東部戦線を安定化させる計画だったそうだ。


 そのためにはレジスタンスの早期鎮圧が必要なので八〇センチ列車砲を投入し、続くミネル石軍との戦いでも強烈な打撃力として活用する予定だったらしい。


 しかしベルカ軍の反撃もあってかミネル石軍はエルビングの数十キロ手前で進撃をやめてしまい、各地で抵抗するベルカ軍の掃討へ移行してしまった。


 雑多な小火器しか持たないレジスタンスだけならベルカ軍の敵ではなく、今や後方部隊に実戦経験を積ませる演習の様相を呈している。


 こうなっては列車砲の投入など不要なのだが、一ヵ月かけて組み立てて何もせずに帰るのも勿体ないので、レジスタンスが占拠する最後の区画への砲撃準備をしていたらしい。


 この話を聞くだけでこの列車砲が戦況の変化に全く対応できていないことがわかり、実用性に疑問符が付く。


 逆に言えば戦略的な価値に乏しい兵器なので、皇帝が私物化してしまっても軍隊として不都合は無いのだ。


「BLEは液体燃料が気化して爆発する。呪林を破壊するために温度と圧力を重視した兵器だが、塹壕のような閉所で使用すれば酸欠になるし、液体燃料にも毒性がある」

「直撃する必要はないわけですね」

「死神が呼吸をしているなら、効果が期待できる」

「……確かに。呼吸しているように見えますからね」

「そうなのか!?」

「え、気付かずに言ってたんですか?」

「私はそこまで見ていなかったが、見た目は人間、というかベルカンだからな」

「生物であるなら呼吸はしているでしょう。蟲ですらしているんですから」

「そうだな。呼吸をしないと、動くためのエネルギーをどこから得るのかという話になる」

「気化した液体燃料で押し包むという点で見込みはあると思います」

「ロイスもそう思うか」

「はい。死神は周囲の空間を動かすか歪ませるかして物理的な攻撃を無力化していると思われます。しかし空間は連続なはずなので、熱は伝わるんじゃないでしょうか」

「放射か」

「それに爆風を別方向に流している状態では周りの空気が循環しません。呼吸しているのなら、換気口があるはずです」

「そこから二千度以上のガスが吹き込めば確実に倒せる」

「鉄の融点を超えています。血清が採れない心配がありますね」

「懸念は他にもある。BLEを外した場合、空間移動で躱された場合、次は見逃してもらえまい」

「その時は戦うしかありませんね」

「貴方はそれでいいのか?」

「ああ。勿論陛下だけでも逃げ切れるよう全力を尽くしますよ」

「そういうことじゃない!」


 机に手をついて立ち上がった。


 その剣幕にロイスも数刻口を閉じ、ミラはロイスを見た。


「確かに、同じ車両に乗っている以上一緒に逃げるしかありませんね。しかしBLEで殺しきれずとも、熱と液体燃料の毒性で弱った死神が相手なら勝ち目はあります」

「……まぁ、私と一緒に戦うというということでいいんだな」

「望むところです。常に一緒に行動しましょう」


 レーネが一番辛かった時期に側にいてやるべきだったことは、主に叔父の話からわかっている。


 それに加えて今のレーネの状態を見れば、側にいて欲しいと思われていることは流石にわかる。


「ミラも、ついてきてくれるか」

「当然です。私は専属メイドです」

「よし。課題も多いが、戦う方向で話を進めよう」

「了解」


 卵生連合との戦いは絶望的な戦況となりつつあるが、災菌感染による病死も原因の一つだ。


 災菌の治療薬ができれば、戦況挽回の可能性はある。


 逆に死神の血清を諦めれば、レーネは卵生連合による処刑を待つだけになってしまう。


 どれだけか細い理であろうとも、絶望から逃げるには可能性に向かって進むしかないのだ。俺も、レーネも。


「死神を誘き出す場所は、ベンゲルフがいいだろう」

「どこにある街なんです?」

「ここから六〇キロ真東にある炭鉱都市だ。渓谷と露天掘りで凹んでいるからBLEの威力を最大化できる」

「問題はどうやって死神を誘き出すかですね」

「そうだ。一番確実なのはミネル石軍に倣う事だが」


 大戦中期以降、ミネル軍はしばしば蟲を軍事利用していた。


 自国領内にある呪林から蟲を大量に誘き出し、敵軍に向けて殺到させるという戦術だ。


 蟲の大群が呪林の外へと暴走し、津波のように押し寄せる現象を胎生枢軸では『伝激染でんげきせん』と呼んでいる。


 ミネル連邦にとっては自国領に胞子と災菌をまき散らして呪林を急拡大させるという肉を切らせて骨を断つ戦術だが、胎生枢軸にとっては想定外の行動であり戦況に大きな影響を与えた。


「蟲の捕獲は我が軍で前例があるんですか?」

「私の知る限り、無い」

「仮に捕獲できたとしても、飛行艦に積んで、離陸、巡行に至るまで他の蟲からどうやって守るのか。ミネル石軍の真似はできないでしょう」

「やはり艦砲射撃か」

「それが確実でしょう。エルビングの鎮圧に飛行艦が出ていましたよね」

「二隻出ている。無事なはずだ」

「ならその二隻の艦砲射撃で伝激染を起こすのが一番かと」

「そうだな。残弾は不明だが、一斉射でも可能性はある。やってみよう」

「蟲を誘き出すことはできたとして、ベンゲルフまで誘導できるでしょうか。飛行艦の後を追ってくれず、明後日の方向に向かって行く可能性はありませんか?」

「否定はできないな。蟲の生態は謎ばかりだ」

「ベンゲルフから蟲の大群を砲撃できれば確実ですが」

「この重砲連隊に列車砲以外の重砲は無い。他は全て護衛部隊だ」

「近場に重砲部隊は?」

「エルビングに自走臼砲が出ているが、あれは射程も短いし足も遅い」

「では蟲の執念に期待するしかありませんね」

「不確定要素が多いが、新型砲弾の発射試験がしたいだけの列車砲と都市を封鎖している飛行艦があればできる作戦だ。是非試したい」

「やりましょう」


 死神討伐への大筋が立ったところで、兵士の一人が湯浴み用の桶と湯、タオルを持ってきた。


 レーネが身体を洗った後、夕食が運ばれてくるらしい。


「じゃあ俺は戦車に戻ります。明日は何時に来ればいいですか?」

「七時だ。しかし、夕食はこっちで食べないのか」

「今までの話をウィルに伝えたいですね」

「そうか。一緒に来てくれると嬉しいが」

「BLEの発射までは手伝ってくれるんじゃないかと思います」

「じゃあ、また明日」


 ロイスは御料車を出て戦車へと戻った。

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