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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
四章 調停する渾天儀(Battle of Luchsvakia)
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 それから数分して、買い物袋を提げたミラ達が戻ってきた。見たところ、十分な量が買えたようだ。


 食料品を雑具箱に入れ、各々は二両の戦車に乗り込んでいく。


 ロイスは、ただそれを眺めていただけだった。完全に油断していた。ここは自国領内で、人通りも多く、ダベストリィまではまだ距離がある。故に敵から攻撃を受けることは無いと、高を括っていた。


 七人が戦車に乗り込み、エリカがバイクに跨りエンジンをかける。その時だった。


 発砲音が聞こえ、二号車が炎上した。


「きゃっ」

「うぅっ」

「え、撃たれ――!?」


 無線から少女三人の声が漏れ出てくる。


 二号車は銃撃も受けており、カノンは車内へ頭を引っ込める。そしてロイスが指示を出す前に、車体後部が炎上している二号車がゆっくりと信地旋回を始めた。


 正しい。動けるなら敵に正面装甲を向けた方が良い。


「車体炎上。攻撃優先。目標敵戦車一」


 セシルの声に続いて、砲塔が旋回を始める。敵は見える位置にいるのか。


「レーネ、割って入れ」

「了解」


 ロイス達の戦車が動き出して数秒、再び二号車に向けて砲弾が飛んだ。しかしこれは車体正面の装甲によって弾かれる。


「うわぁ!」

「貴様ら、殺してやる!」


 エリーゼの声と共に二号車が発砲。離れた場所から金属を砕く音と爆発音が聞こえる。


 それと同時にハッチから顔を出していたセシルが口を開く。


「砲塔に命中。目標は後退開始」


 なおも二号車に向けて銃弾が飛ぶ中、盾になるようにロイス達の戦車が割って入る。


「お前らすぐに車両から離れろ!」


 数百メートル先にいる砲塔がひしゃげた戦車は、向きを変えて逃げ出すところだった。


「よく離れろ、誘爆するぞ! フェルベリンさんはバイクで着いて来い!」


 そしてロイス達は後を追い始めた。


 三人に怪我が無さそうなのは幸いだ。車両は放棄で良い。車内で消火させるのは危険だし、戦車兵の規則でも車両が炎上した場合は放棄して良いことになっている。


「レーネ。早く敵の後方につけ」

「わかった」


 街中で戦車を全速力で走らせるのは難しいが、敵の後を追えば既に通行人が退避して障害物も排除された道を走ることができる。


 今はまだ距離があるが、簡易舗装された道路に敵戦車が残した履帯痕が残っているので見失うことはない。


 キューポラから顔を出すロイスは双眼鏡を覗く。


 後ろから見るとよくわかる、傾斜した側面、背面装甲。この時点で思い当たる戦車は一つしかない。


 ミネル石軍のT-40。暗青灰色の塗装やリゼルと同じキューポラが付いているところから鹵獲車両で間違いない。


 となると最高速度は互角か。とはいっても操縦性はこっちが上だし、向こうは指示を出す車長がいない。


 追う立場の有利もあり、差は徐々に縮まっていく。


「アウトバーンに入ろうとしているのかもしれん」

「方角的には、そうだな」

「ならばランプ手前で砲塔を回せ」

「了解」


 予想通り、逃げる敵戦車はロイス達がこの街に入るときにも使ったアウトバーンへの坂道へ向かっていた。


「砲塔旋回」


 ロイスがそう言ってしばらくすると、ミラが車両停止を指示する。


 そしてウィルが装填している間に照準を調整し、発砲。


 砲弾は敵戦車の砲塔下部に突っ込み、大爆発を起こした。


「誘爆したな」

「狙いは車体後部でした」

「動目標に当てただけで上出来だ」


 ロイス達が徐行して近付くと、砲塔のハッチが開いてルクスが一人現れ、転がり落ちるように車外に出た。


 かなりの怪我の様で、逃げる気配は無い。


「フェルベリンさん! 警察を呼んでくれ!」


 そう言ったロイスは砲塔から出ると、雑具箱から救急箱を取り出す。


「手当はオイラがやるよ」


 確かに、同じルクスの方が良いかもしれない。


「じゃあ頼む。とりあえず車両から離そう」


 ロイスとウィルで負傷者の脇と肩を持ち、ロイス達の戦車の隣まで運ぶ。


「覚悟はできている。殺せ!」


 そのルクスはベルカの黒い軍服を着ていた。元戦車兵である可能性が高い。


「そりゃ無理だぜ。街中で発砲したんだから、取り調べは受けねぇと」

「警察か」

「今呼んでる。悪いが、車両の中の仲間は無理だぜ」

「もう、死んでる」

「そうか。まぁ俺達はこれ以上何もしねぇよ」


 ロイスが支える負傷者の上着を脱がせ、シャツの上から包帯を巻いていく。


「どうにでもしたらいい。ミネルの捕虜になるより気が楽だ」


 死なれると困るので手当てしているが、ここまで喋れるなら要らなかったかもしれない。


 ここで炎上していた鹵獲T-40が爆発し砲塔が吹き飛んだ。弾薬に引火したらしい。


「……一つだけ聞きたい。あのT-40、どこで手に入れた?」

「お前らベルカンが押し付けたもんだろうが」

「今は違う。グレスドールがあるし、逃げるにもそっちの方が都合は良かったはずだ」

「鹵獲戦車は使い捨てにしていいって言われたからだ」

「員数外戦車は管理も甘い。お前ら脱走兵か」

「逃走用のグレスドールくれたら教えてやるよ」


 目的のために友軍戦車を撃つくらいだ。今この場で有益な情報は話さないだろう。


 警察が来るまで、ロイスは大破した鹵獲T-40を眺める。


 車両番号や部隊章の記載はない。彼が闘争なき世界のメンバーだったとして、部隊ごと裏切っているのか、車両を盗んできただけなのかは、公安の尋問を待たないとわからないだろう。


 しばらくして、パトカーが三両やってきた。


「状況説明のため私も同行します」

「公安の威信にかけて情報を引き出せと伝えてくれ」

「わかりました」

「ベルカの犬め。ルクスのために働け」


 そう言い残し、鹵獲T-40の操縦手は連行された。


「俺達も拠点に帰ろう。途中でカノン達を拾って」

「私達が襲われた理由、わかるといいな」

「そうでなければ公安が全力で協力するという言葉は嘘だったという事になる」


 ロイスはイライラしていた。


 奴らは俺達が敵であるとわかったうえで撃ってきたに違いない。


 となるとここビストリナヤに闘争なき世界のシンパがいて、俺達の居場所を連絡し、あの戦車を持ち出して攻撃してきたわけだ。


 もし事前に準備していたならば、アチボラの段階で行動を把握されていたことになる。


 今回の事件だけを見れば公安の諜報網はザルと言っていい。


 盗聴でも張り込みでも何でもやって不穏分子を事前に排除するのが公安本部の存在意義のはずだ。


 まぁ抗議は計画が終わってからにして、今は代わりの車両の用意を頼むとしよう。


「さっきの奴、ベルカンが気に食わない感じだったな。公安のことも」

「そうだったな。だから、ルクスバキアの独立を果たすために、闘争なき世界に協力していたのかもな」

「ルクスバキアって東方生存圏が取れたら独立予定だったよな」

「そうだな。実際には取れなかったから、ルクスバキアがどうなるのかは決まってない。でも独立を希望するなら認めるのが筋ではある」

「今後戦争が起きないならベルカの一部である必要はない。ただ一部であることによる利点も大きいはずだ」

「まぁ、ベルカ貴族の視点かもしれないが、ルクスバキア領は優遇されてると思う」


 ルクスバキア領邦は経済的な投資を優先的に受けており、開戦するまで徴兵基準も緩かった。だから併合されてから一五〇年、これといった独立運動は起きなかった。


 他にも優遇されている点があり、ルクスにとって美味しい話であったことは間違いない。


「独立って言ったって、管理者権限とかいう旧暦時代の遺物頼みで、もし壊れたら修理できない。それなのに他の国が気に食わないことをしたら砲撃しまくる。そんな独立の仕方、後が怖すぎるだろ」

「独立国であるという誇りの面を重視しているのかもしれないし、単に世界の支配者になれると舞い上がってるのかもしれない」

「オイラが知りたいのは二つだ。さっきの奴がなんて言われて仲間になったのか。それと、その思想に共感した理由。何があったのか。それが知りてぇ」


 温和なウィルには珍しい決意を感じる目つきだった。


 何としてでも、絶対に、納得できる理由が欲しいのだとロイスにもわかる。


 闘争なき世界の真の目的が明らかになった時ウィルがどうなるのか、それはわからない。


 好む好まざると、聖別者に迫ることができれば明らかになるだろう。


「そうだな。そこら辺も知りたいところだ」

「ああ、因みにオイラ別に仲間を撃った奴に同情はしてないからな」

「そうか。こっちも因みになんだが、レーネは大局を見ていただけで現場がどんな感じだったのかは知らないし、俺も東部戦線の実情は知らないんだ」

「皇女さんにもロイスもにも他意は無ぇよ」


 言葉の通り、ウィルが雰囲気を悪くするようなことは無いだろう。


 問題なのは闘争なき世界の勢力拡大の原因が戦争、それも死傷者といった数値として現れない出来事にあるかもしれないことだ。


 そんなことがわかれば確実にレーネのメンタルがやられる。


 そこら辺をどうやって守っていくかだな……。


 半屋外市場に戻ると、カノンとエリーゼ、セシルが待っていた。


 炎上した品物は買い直したあげく、買い食いまでしていたらしい。その辺の切り替えは素晴らしい。


 焼け焦げた戦車の近くには消防車が二両停まっていた。


「原型は留めてるな」

「爆発はしなかったわ」

「砲弾減らしてたのが良かったかもな」

「修理する?」

「いや、新しい車両を手配した方が早い。あれは廃車だ」

「そっかぁ。貰ってすぐだったのにね」

「私の軽機はストックが焦げてしまったわ」

「それは使うのは止めた方がいいな。銃身が変形してるかもしれない」

「そうね。腔発怖いし」


 砲弾や日用品であればこの先の公安の拠点や街で補給できる。回収すべきものはなさそうだ。


 ロイス達は鞄屋に戻り、遅めの昼食をとった。


 夜になってエリカが帰ってくると、ロイスは早速経過を訪ねる。


「何かわかったか?」

「明らかな事実の追認だけです。闘争なき世界に所属していること。脱走兵であり、戦車も無断持ち出しであること。戦争の無い世界を作るという思想に共感していること」

「組織の規模。目的。横の繋がり。この辺りを吐かせるのは後回しでいい。一番重要なのはどうやって俺達を狙ったかだ」

「はい。彼らは事前に情報を入手し、エンデマルクさん達の戦車を攻撃したのです」

「ロイスでいい。行動を共にするならな」

「では。私の事はヴィオと。彼らに指示を出したのは軍に所属する同志でしょう。彼らが脱走兵になったのは昨日か一昨日と思われます」

「所属部隊がわかったのか?」

「ビストリナヤ郊外の駐屯地からT-40が一両紛失した裏付けは取れています。一昨日くらいまではあったとのことです」

「そうか。まぁ軍が相手だと調べにくいだろうな」

「運が良ければ、彼らが最後に連絡を取った人間の名前くらいは」

「それで情報の発信元はわからん。というか、失礼を承知で言うが、情報の発信元は公安だろう」

「はい。それは今取り調べている職員全員が認識しています」

「今日この街にいる戦車二両を狙え。この指示が昨日か一昨日には出ていないと今日の攻撃は実施できない」

「でもよ、それなら情報を得た軍人でも可能だよな。それに公安はオイラが管理者権限止めるの手伝ってくれたんだぜ?」

「あくまで可能性の話だ。公安の方が俺達の行動を把握しやすい」


 ウィルの問いにロイスは答える。


「私もそう思います。だから、ロイスさんは私の同行を断るかと思いました」

「ヴィオさんはウィルの古い友人にして恩人と聞いているから、信じたいところではある。それに公安が疑わしいからこそ、ヴィオさんに同行して欲しい」

「わかりました。私自身も疑われていると思って、単独行動は取らないようにします」

「そうしてほしい。どこに行くにせよ、セシルには声をかけてくれ」


 ロイスの言葉に、セシルは軽く手を振る。


「ヴィオ姉は大丈夫だろ。今日だってヴィオ姉も巻き込まれる可能性あったろ」

「そうだな。とりあえず明日は予定通りマイエリンツの公安の拠点に向かう。ヴィオさんは装甲車かトラックを用意しておくよう連絡して欲しい。それに今日捕まえた奴の追加情報も貰えるだろう」

「はい。では早速連絡します。大型車は難しいかもしれませんが」

「じゃあ悪いけど私も一緒にいるわね」

「寧ろ私も年の近い仲間がいて嬉しいです」


 そう言ってセシルとエリカは電話のある別室に入って行った。


「私は夕食の準備をします」


 そう言ってミラも席を立ち、台所へ向かった。


 公安の誰が内通者であるかは重要ではない。全員を見つけ出すのは不可能だ。


 あの課長、何が作業者は全て特命とするだ。やらかしてくれる。


 もう公安本部第三局R課そのものが信用できないので、第三局R課が指定したルートから外れるしかない。


 ただ、明日のマイエリンツはやむを得ない。車両は欲しい。その先は野営だな。


 自国領内の移動になると甘く見ていたが、結局はサバイバルになるらしい。


 その夜からロイス達は交代で見張りに立つことにした。

Tips:T-40 747(m)

車体装甲厚(前/側/後):45/45/40

砲塔装甲厚(前/側/後):45/45/45

戦闘重量:29トン

乗員:4人

エンジン:V型12気筒液冷ディーゼル450hp(2050rpm)

最高速度:50km/h

戦車砲:76.2mmF-34(41.5口径)

副武装:7.92mm機関銃×2


 緒戦において数百両のT-40を鹵獲したベルカ軍は、その性能がリゼルにそう劣らないことを認めていた。

 しかしベルカ軍上層部には卵生人類を見下すが故に鹵獲兵器の使用をよしとしない風潮があり、そのせいもあって現場指揮官も鹵獲戦車を使いたがらない傾向があった。

 また、戦況は胎生枢軸有利であり、リゼルやモルガンと燃料が異なる鹵獲T-40は一旦後方に集めて本格的な改造を施したうえでルクスの戦車部隊に与え、占領地のパトロールなどに用いるのが合理的という結論になった。

 そのため鹵獲T-40専用の整備改修工場がルクスバキア領邦に設置され、ディーゼル燃料と鹵獲した砲弾が集積された。

 T-40の改造に明確な規定があるわけではなかったが、起動輪と履帯をモルガンと同じものに、無線機と機関銃を国産品と交換し、砲塔にキューポラと雑具箱を追加していることが多い。モルガンと同じ装甲サイドスカートを装備した車両も存在する。

 同士討ちを避けるため塗装は暗青灰色のみとされ、砲塔にベルカの国籍表示が大きく描かれているのが特徴的である。

 共食い整備や砲弾の枯渇によって徐々に数を減らしつつも大戦中期まで運用は続き、本家T-40との戦闘も発生した。

 大戦後期になると同じく軽油を燃料とするグレスドールの配備が進み、鹵獲T-40は員数外装備とされ、防衛戦における使い捨て戦車として各地に保管されていた。

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