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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
一章 金色の断末魔(Battle of Colony)」
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7 死神

 降り注いでいる薄灰色の物体は菌樹の胞子。そして目には見ない無数の災菌。


 防護服で身を固める防護大隊にとって、それらは問題ではない。


 だが死神の放つ空間魔法は、防ぐ術が無かった。


 黄金の発動色を帯びた断裂の刃に滅却の波動。


 防護大隊を殺害していく死神に対し、防護大隊もまた攻撃を仕掛ける。


 しかし死神に対しあらゆる通常兵器が通用しないことは既にわかっている


 故に、目前の凶事は戦いとは呼べなかった。抵抗にすらなっていない。


 死神の撃破は不可能だ。


 防護大隊の指揮官はそれを知らないのか?


 いや。発砲中止も無意味。各個に逃走を図るしかない。


「ロイス。どうする」

「迂回しつつ接近を」

「近づくのかよ!」

「俺達の目的はあれだぞ」


 防護大隊が全滅してからでは、死神が帰ってしまう可能性がある。


 それは困る。俺達は死神と話し合いがしたいのだ。


 だが巻き添えもごめんなので、ある程度騒乱が沈静化してからが好ましい。


 様子を伺いつつ慎重に近づき、一五分ほど経つ。ロイス達からも死神が見えてきた。


 白い服にメイス。神官のような出で立ち。そしてズロチで出会った時と同じなら、若い女の風貌をしている。


 未だ散発的な銃声が聞こえているが、死神が金色の魔法を放つと沈黙する。


 横転している指揮戦車も見える。既に部隊機能は喪失している。


 頃合いだ。


「戦闘中の女性へ! 我が軍は貴殿に投降する! 我が軍は降伏する!」


 ロイスの声が聞こえたのか、死神はこちらへ振り返った。


「戦車から降りろ! 急げ!」


 ロイス達は戦車から出て、地上に立つ。


「降伏だと?」

「我々は武装を全て放棄する!」

「意味がない。お前達の武器は私には通用しない」

「背後にミネル石軍がいるならば、そう伝えて欲しい」

「ミネルはいない。私一人だ」


 いない、か。


 確かめる術が無いのでここは信じるしかない。


「貴殿はミネル石軍の所属ではないのか」

「違う。利害が一致しているだけだ」

「では何故このような後方に現れたのか」

「菌樹が焼け、蟲が死につつあったからだ」


 つまりはそれに対する制裁を加えに来たということか?


「ここの菌樹を焼いたのは、我々の生存を脅かすからだ」

「呪林の拡大は世界にとって必要なことだ。呪林を破壊する文明が現れたなら、私がそれを排除する」

「では我々は呪林の拡大を認める。それと引き換えに、我々にも生きる手段を与えて欲しい」

「私の役割は胎生人類の絶滅ではない。呪林のない土地で慎ましく暮らせばよい」

「それでは多くの人が犠牲になる。胎生人類も、災菌への抗体を獲得すべきだ」

「抗体など、どうやって得るというのだ」

「貴殿の、血を貰いたい。治療薬を量産できれば、我々も呪林と共存できる!」

「治療薬の製作など認められるわけがない」

「何故だ」

「お前達人類はあるがままの自然など受け入れない。故に必ず、世界の再生は不完全なものとなる」

「世界の再生? それはどういう――」

「私が受けた命は世界の再生を確実に行うことだ。そのために文明を衰退させる」

「そんなこと、俺達が受け入れられると思うのか!」

「それを遂行するのが私の役目」

「俺達が血清を得ることは、貴殿の目的を邪魔しない!」

「治療薬は作れない。胎生人類は呪林の陰で暮らせばよい」

「いつまでだ!」

「あと千年の計画だ」

「それまでにどれだけの人間が死ぬと思っているんだ!」

「お前達がそれを言うのか? ベルカン」

「……それは、胎生人類を救うには、汚染のない地域が必要だったからだ」

「汚染ならば災菌が浄化する。呪林はそれを広げるための生態系。お前達はそれを焼き払った。故に排除する」


 死神がメイスを振ると、金色の光と共に切り裂かれた空間が飛来する。


「陛下!」

「ひっ」


 攻撃対象となったレーネは、咄嗟にベルトから銀製ナイフを引き抜き、魔法を発動する。


 赤黒い魔法が振り下ろされ、死神の魔法を切断した。


「魔法だと!?」


 死神の驚愕する声が聞こえるが、ロイスも驚いた。防衛手段があったのか!


 ロイスもベルトから銀製ナイフを引き抜く。本来は銃剣を携帯しておく場所だが、ロイス達にとっては銀製ナイフの方が役に立つ。


「陛下! 戦車へ!」


 もう逃げる以外にない。


 レーネを死なすわけにはいかない。


 それに、胎生人類の未来をかけての交渉は取り付く島もなかった。


 最早なんとか生き延びることでよすがとするしかない。


 メイスを構えつつ接近してくる死神に対し、ロイスは時間を稼ぐべく黒い魔法を放つ。


「二人目か!」


 目くらましにでもなればと思って放った魔法は、死神の正面から側面に流れるように外れていく。


「ミラ! ウィル! 魔法を撃ちつつ戦車に乗れ!」


 土魔法と炎魔法が死神に向かって飛ぶ。


 しかしそれは死神を避けるように軌道を変え、後方に逸れて行った。


 まったく効果が無かったように見えたが、死神は歩みを止める。


「全員。これも自然な進化の形なのか。ならばお前達は残された土地で一人でも多く生き延びる術を探せ」


 そう言って、死神は金色の光と共に消えうせた。


 た、助かった……。


 思わず安堵するロイスの傍に、戦車がやってくる。三人とも死神が消えた方を見つめていた。


「帰ったのか?」

「消えましたね」

「見逃してもらったというわけか」

「俺も戦車に乗ります」


 そう言ってロイスも砲塔の中に入る。


「ロイス。どうする」

「とりあえずこの場を離れましょう」

「そうだな……」


 まだ防護大隊の生き残りがいる。彼らを殺すためにまた死神が来るかもしれない。そうなったら万事休すだ。


 ……ああそういえば、彼らは難民に渡す分の食料を回収していたな。


「陛下。停車を」


 戦車が止まったところでロイスは下車し、防護大隊の生き残りの一人に近づく。


 階級章から一等兵であることがわかる。


「生き残りが集結したら、士官に伝えてくれ」

「ええと……はい、少尉殿」

「この後難民が来る。残った食料は可能な限り難民に渡すんだ」

「……そうですね。上官に伝えます。生きていればですが」


 ロイスが戦車に戻ると、レーネが話しかける。


「何を話したんだ?」

「難民に食料を渡すようにと」

「私達もここに残るのか? それとも難民を待つのか?」

「本国へ向かいましょう。ここにいてもできることは無い」

「そうだな。水と食料が行き渡りそうなのが救いか」

「建物が使えないのは過酷ですが」

「私達も、屋内で休めると期待したんだがな」

「死神の血清を諦めるわけではありません。しかし交渉以外の手段を考えるには、本国に戻り大規模な部隊の用意が必要です」

「わかった。とりあえず西へ移動し休憩しよう」


 死神に通常兵器はが効かないのはわかっているが、話も通じなかった。


 しかし諦めたくはない。


 せめて本国に戻れば、何か活路が見いだせるのではないか。


 集積場から離れたロイス達は解熱剤を飲む。


 そして見つけた古井戸で着ていた服を洗濯する。災菌や胞子が付着しているからだ。


 集積場で洗剤が入手できたのは幸運だった。


 ロイスとレーネの軍服は黒いので汚れが沈着しても目立たない。


 ウィルも集積場で見つけた戦車兵用の黒い軍服に着替えている。


 しかしミラのメイド服は白地だった部分が油と煤で変色していた。


「ミラの服は元の色がわからないな」

「メイドさんも軍服着たらいかんの?」

「職業服ですし。それに私に合ったサイズの軍服がありません」

「ミラは小さいからなぁ」

「予備の軍服は私にも合わないぞ」

「本国に戻ればオーダーメイドが可能です」

「そうだな。黒基調のメイド服も作るか」

「ありがとうございます」

「ミラ、体調は大丈夫か?」

「だるさを感じます」

「私もだ」

「解熱剤は熱を下げるだけですからね。今日は缶詰温めるだけでいい」

「お気を使わせて申し訳ありません」

「長旅で体調を崩したら終わりだからな」

「では昼食を配ります」


 ロイス達は牛肉、マッシュポテト、チーズの缶詰を開けると飯盒に入れ、個人ストーブの上に置くと固形燃料で温める。


 魔法の反動で体調が悪いので食欲はなかったが、時間をかけて完食する。


 そうして行動を再開しようとした時、遠くを巨大な物体がゆっくりと移動しているのが見えた。


「あれは……八〇センチ列車砲!?」


 見るのは初めてだが軍の中で噂になっている。


 口径八〇センチの超重列車砲を味方が運用していると。


 実戦投入もされており口径まで明らかになっているが、大きさがどこか現実離れしていて信憑性に欠け、実態に尾ひれがついたものではないかと思っていたが……。


「間違いない。ロイス。あれに合流するぞ」

「あれに? わかりました」

「私に考えがある。まずは接近し、皇帝旗を上げる」

「準備します」


 戦車の暖気運転中にロイスは弾薬庫から皇帝旗を取り出すと、対戦車銃の銃身と銃床に結び付けた。


 本来は砲塔か車体後部に支柱を立てるべきだが、無いので対戦車銃ごと掲げておくしかない。


 列車砲に近付いていくと、思った以上の大所帯であることがわかった。


 大量の兵員輸送車だけでなく、対空車両や無線装甲車を伴っている。


 列車砲の後方にも、大量の列車が付随していることがわかった。


 列車砲部隊から奇異の目で見られているが、レーネは気にせず列車砲へ近づいていく。


 対戦車銃に括り付けた皇帝旗を掲げるロイスだが、レーネの意図が読めているわけではない。


 戦車が停止すると、イヤホンからレーネの声が聞こえる。


「ロイス。司令官は後方の装甲列車の中だ。車列に割り込むから私からの勅命を預かっていると言ってくれ」

「わかった」


 ともかくロイスは装甲列車から十数メートルほどのところから叫ぶ。


「指揮官殿へ伝令! 皇帝陛下からの勅命をお持ちしました!」


 装甲列車や周囲の車両の騒音が大きくてどこまで届いているかわからないが、とにかく皇帝陛下の勅命という部分だけ何度か繰り返す。


 すると思いが通じたのか、装甲列車は停止した。

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