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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
四章 調停する渾天儀(Battle of Luchsvakia)
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1 闘争なき世界

 クロイハンザに着いて翌日の午後。レーネは統合戦略会議に出席していた。


 現在の戦況と国内の情勢を確認するためだ。


 統合戦略会議は戦争遂行のために軍部と行政機関の間で情報、意見交換を行って国策を決定する会議であり、国家の要人が勢ぞろいする。


 それに加えレーネは留守中に施行した法律や発令した作戦の追認作業があるので数日は忙しい。


 そこでロイスはオスカーに会って近況を聞く事にした。


 近衛師団は第一装甲師団に吸収合併されたため、オスカーはクロイハンザの第一装甲師団司令部で勤務している。


 ただし編制中の第一装甲師団は必要な部署が揃っておらず、司令部は駐屯地からやや離れた大きな館を接収して使っている。


 昨晩も電話で少し話したのだが、相当に奇妙で混沌とした情勢になっているらしい。


「よう、来たか」


 執務室で葉巻を吸っていたオスカーは入室したロイスに声をかける。


「無事戻りました。中佐」

「進展は?」

「確たるものはありません」

「皇帝陛下とは?」

「まぁそれは、この後時間があれば」

「そんくらいの時間はありそうだぜ。とりあえず座れ」


 ロイスがソファに座ると、オスカーは手元の書類を持って向かいのソファに移動する。


 そして地図と何枚かの写真をテーブルに滑らせた。


「……なんです、これ」


 順を追って説明があるだろうとは思いつつも、ロイスは一枚の写真に写った異様な物体が気になった。


「聖別者が現れた」

「なんですって!?」

「とりあえず、ストーブの上からヤカン取ってくれ」


 言われたロイスが手袋をしてヤカンを取っている間、オスカーは戸棚からガラス瓶とカップを取り出す。


 そしてカップに茶色い粉を入れると、ロイスに寄越した。


「インスタントコーヒーは湯の温度が大事ですよね」

「気にすんな。そもそも代用コーヒーだ」

「ああ。少し期待してたんですがね」

「東部戦線にはけっこうあるみたいだぜ。戦利品だな」

「戦利品ですか」

「ところがなんと、今は戦いが止んでいる」

「停戦ですか!?」

「事実上のな」


 そう言ったオスカーは地図の一点を指さした。


「ルクスバキア東端、ダベストリィの周辺が武装組織『闘争なき世界(EWOK)』に占拠された。奴らは要求を出していて、内容は組織名通り、全ての国家の軍事活動の停止だ」

「それで停戦になったんですか」


 これっぽっちも信じられないので、呆れたような声を出してしまった。


 もし本当なら、レーネが出ている統合戦略会議もその話題で持ち切りだろう。


「闘争なき世界は長距離兵器『管理者権限』を所持している。その写真だ」


 オスカーが指さす写真には渾天儀のようなものが映っていた。見上げる構図で他の物体が映っていないので大きさがよくわからないが、物凄くごつくて大きいのは伝わってくる。


「これ、旧暦時代の遺物ではないですか?」

「間違いない。闘争なき世界は停戦勧告を出した後、こいつで北海油田を破壊しやがった。六日前のことだ」

「ダベストリィからですか!? 一五〇〇……二○○○キロくらいあるんじゃ」

「攻撃宣言を出してから一発で命中だからな。直撃だったのかは知らないが、洋上施設は吹っ飛んだ」

「それは、間違いなく旧暦時代の遺物ですね。現代の技術じゃない。でも、敵じゃないんですよね」

「そう考えられている。その証拠にミネル石軍とセルロンの艦隊にも大損害を与え、ベルカの三都市に呪林が発生した」

「なんでですか!?」

「そりゃお前、戦争止めろと言われてはいわかりましたとはならんだろ。どこの国も従わなかったから、示威攻撃を行ったそうだ。ベルカは油田を破壊されてすぐ列車砲を出したが、効果が無かったばかりかその列車砲と都市三つがやられた」

「今となっては破壊もできないということですか」

「ああ。ありがたいことにミネル石軍が証明してくれた。ヤーボを数十機出したようだが、近づくことさえできなかったようだ。その報復でミネルの都市もいくつか呪林化したらしい」

「管理者権限の砲撃によってですか?」

「そうだ。胞子がたっぷり詰まった砲弾のようだな」

「それはもう、停戦するしかありませんよね」

「そういうことだ。胎生人類条約機構、卵生連合ともに全ての交戦国が戦闘停止宣言を出してる」


 ミネルの都市も砲撃可能となると管理者権限なる兵器の有効射程は数千キロメートル。しかも北海油田の洋上プラットフォームを精密狙撃できる。現代兵器の範疇ではない。


「そもそもその交戦国全てに対する停戦要求って、どうやって伝えてるんですか?」

「無線だ。何種類かの周波数で全方向に発信してる」

「じゃあ民間人でも受信できるじゃないですか」

「ラジオや民間無線とは周波数が違うが、傍受した奴もいるだろうな」

「噂にはなるでしょうね」

「それをいかに統制するかが情報部の仕事だ」


 オスカーはカップを口に運んだ。


「電波の発信源は?」

「その管理者権限とかいう遺物と同じだ。電波の出力からして現代技術じゃねぇ」

「そういえば、管理者権限ってダベストリィにあった遺跡が動きだしてそうなったんですか?」

「そうみたいだな」

「介入して味方にできれば良かったですね」

「つってもいきなり動いたと思ったら周囲に胞子をばら撒き始めた。今や周辺五〇キロほどが呪林になってる。対話も拒否されてるしなぁ」

「旧暦時代の遺跡って西ベルカにもありましたよね」

「調査はしてると思うぞ。まぁでも動くとしたら前触れ無しかもな」


 旧暦時代の遺跡自体はそう珍しいものではない。


 今大戦の主戦場であるレオネシア大陸と、その西にあるセルロン大陸にいくつか存在する。ただ、動いたという話は今回が初めてだ。


 それ以外の大陸ではまともな文明がなく調査もできないため発見されてはいないが、あるとしても氷床か呪林に沈んでいるだろう。


「では、聖別者が現れたというのは?」

「その闘争なき世界のリーダーがそう自称してる」

「人種は?」

「ルクスだ」


 まぁ、卵生人類でないだけマシ、か。


「しかし今までの聖別者の常だと、話が通じないんですよね」

「今回も同じかもな。宰相閣下じきじきに血液の提供を依頼したらしいが、続報はない。拒否されたか、なしのつぶてか」

「となるとまた俺達で聖別者に会いに行かないといけませんね。国家元首じきじきなら交渉にはなるかもしれませんが、こうもわからないことだらけでは」

「お前それ本気で言ってるのか?」

「どういう意味です?」

「この一件でわかったことは多いって意味だよ」

「へぇ。さすが元情報部ですね」

「ロイスお前エルフェニアでもランドワーフでも旧暦時代の遺物を見たって言ってたよな」

「ええ。原理すらよくわからない代物と出くわしましたよ」

「そして今回の巨大長距離兵器だ。関連性があると見るのが普通。というか黒幕は同じだろう」

「皆一様に聖別者を自称していますからね」

「しかも今まで役割すらわからなかった遺跡を突然動かした。つまり黒幕は旧暦時代の人間だ」

「千年も前ですよ。不老不死ですか?」

「旧暦時代の科学なら可能だったのかもしれないぞ? なんにせよ、現代人とは異なる価値観で動いてる」

「確かに。ドワーフの聖別者もそんな印象でした」

「なら今回も、交渉じゃ血液は貰えないだろうな。利害の摺り合わせができないんだから」

「聖別者は停戦以外に要求を出してないんですか?」

「出してる。闘争なき世界は全ての国家の軍事組織の解体、そして闘争なき世界の管理下に入るよう要求している。その世界では全ての人種が平等であり、意思決定は神に選ばれし聖別者が行なうそうだ」

「期限はあるんですか?」

「要求に従わない国は、一週間おきに街がいくつか消えるそうだ」

「一週間って、明日じゃないですか!」

「そうだ。だから今陛下が戻って来られたのは良かった」

「ええ。まぁしかし、選択肢はありませんね」

「少なくともベルカは従うと俺も予想してる」


 一週間おきに複数の街が消えていくのは国家存亡に関わる。その点では交戦国全ての利害が一致している。


 それに闘争なき世界の要求を無視して街が消えた場合、胎生人類国においては貴族が意図的に民間人を見殺しにしたことになる。


 国家が存続できたとしても、貴族制においては後で必ず問題になる。


「さっきから思っていたんですが、ベルカにとっては悪い話ではないですよね」

「その通りだ」

「今最前線はどこなんです?」


 ロイスの問いに、オスカーは葉巻の先端に火を点けて一息ついて答える。


「ほぼ開戦時点の国境線だ。東西ともに辛うじて片足分連合国側に踏みとどまってる感じか」

「西がずいぶん押されましたね」

「セルロンの動員兵力も凄まじくてな。最大の敗因は卵生人類の人口を把握してなかったことだろうな。あとはヤーボか」

「まだ対策できてないんですか?」

「ヤーボにはヤーボで対抗するしかないという結論が出た」

「機体はコピー、エンジンは国産でいいじゃないですか」

「うちはそれができないと知っているだろうが」

「冗談です」

「コピーは論外だが固定翼機の研究には相当力を入れてるらしい」

「今設計が決まっても手遅れでしょう」

「浮力でも回転翼でもない方法で飛ぶことがあそこまで効果的だとは、つい三年半前までは誰も思ってなかったからな」

「まぁそうですね。」

「なんにせよもう勝ち目がないのは火を見るよりも明らかだった。それが引き分けにしてくれるってんだ。俺が前線に送られることもなくなった。今回の聖別者は、血液をくれなかったとしても殺さん方が良いと思うぞ」

「敵に回られたら最悪ですからね」

「こっちとしては連合国との停戦条約を正式に取り交わしたら、直ぐに軍を解体することを宣言している。ルクスバキア領邦からも撤退中だ」

「ルクスバキア領からの撤退は要求にないんですよね」

「ないが、まぁ恭順の姿勢だな。連合軍も停戦を宣言してる」

「これで、当分の平和が訪れたわけですか……」

「あんまり嬉しくなさそうだな」

「いやまぁ、何だか拍子抜けしちゃって」

「ま、お前らは治療薬無いと長生きできないからな」

「言い方が軽すぎるんですよね。皇帝陛下の危機なんですよ」

「だがこれは難しい問題だぜ」


 オスカーは葉巻を灰皿でもみ消した。


「今回の聖別者と交渉失敗、挙句殺害も失敗となると、ベルカが焦土になる、かもしれん」

「ええ。わかってます」

「しかもだ。黒幕が何なのか知らないが、エルフ、ドワーフときて今回のルクス。聖別者のやることがどんどんエスカレートしてる」

「確かに。今回はやろうと思えば射程内全て呪林に沈められるわけですからね」

「だから仮に殺害に成功して血清が手に入っても、直ぐに次の聖別者が現れる可能性が高いうえに、次の奴は破壊の限りを尽くして強制的に国家というものを解体してくるかもしれん」

「……互いに孤立した都市に分断される、とかですか」

「最悪の場合は、な」


 言われた通り、今回の聖別者が現れただけでも色々なことが予測できるものだ。


 しかし、その想定がどれだけ絶望的なものであろうとも、聖別者の血液入手を諦めるわけにはいかない。


 俺の目的はレーネを救うことだからだ。


 戦犯としての処刑を免れようと災菌感染で死なせるわけにはいかない。治療薬は絶対に必要だ。


「それでもやはり、聖別者と会いたいですね。どれだけ希望が小さかろうと」

「そう言うと思ったぜ。だから、作戦は考えてある」

「本当ですか!?」

「ああ。要は軍が動かなきゃいいわけだからな。やりようはある。詳細は明日、皇帝陛下もいるところで話そう」

「流石はオスカー中佐。敬愛する叔父です」

「お前は将来俺が楽できるように可能な限り便宜を図れ」

「勿論。全て上手くいった暁には」

「そうなってくれれば、ここ最近の徹夜も安いもんだ」

「じゃあ俺は、ホテルに戻って今日聞いた話を仲間に話します」

「明日は午後二時に来てくれ。必要な人間は呼んでおく」

「ありがとうございます」


 ロイスは敬礼をして、執務室を後にした。

Tips:胎生人類条約機構(Viviparity Treaty Organization)

 ベルカ帝国。エルフェニア王国。ランドワーフ大公国による協力体制。

 前身は三六年にベルカとエルフェニアの間で結ばれた経済連携協定で、エルフェニア国王がベルカ-エルフ枢軸と呼称したことにより、後に『胎生枢軸』という呼称が一般的になる。

 エルフとドワーフは歴史的に仲が悪いため、当初エルフェニアはランドワーフの参加に難色を示していた。しかし、鉱物資源の輸出規制撤廃。一部水源の共同利用などランドワーフ側が折れる形で加入が実現し、三ヵ国による条約機構が成立した。

 条約では効率的な経済協力のため三ヵ国間の関税撤廃や越境検査の大幅緩和が定められた他、三ヵ国が互いに得意なものを提供しあい、一つの強大な国家として機能するという理念も謳われている。

 また条約機構の発足後、三ヵ国間での軍事交流が活発化し、VTO弾という共通弾薬規格まで定められた。

 実際にこの条約機構には秘密協定が存在し、加盟国が卵生人類国と交戦状態に入った場合は一ヶ月以内の参戦義務が取り決められていた。

 条約機構を提唱したベルカは先の大戦に勝てなかった大きな理由は自国の食糧事情の悪さとエルフェニアの工業力の低さにあると考えていた。

 この問題は三〇年代までにある程度改善していたが、盤石な体勢とするにはランドワーフを味方に引き込み、エルフェニアの農作物、ランドワーフの鉱物資源、ベルカの工業製品を三カ国内に行き渡らせ、平時から物流の強化と工業規格の共通化を図っておく必要があった。

 すなわち胎生人類条約機構の真の目的は東方侵攻戦に備えた軍事協力だった。

 三〇年代末には相互軍縮条約が改定され国家間の軍事同盟が解禁されたが、その時点ではこの秘密協定は公表されず、四一年五月にベルカとエルフェニアがコニファール、アンフィ、プラティに宣戦布告した時に初めて軍事協定が国内外に公表された。

 胎生人類条約機構の科学力や工業力の水準は卵生人類国を上回っており、開戦から半年間は連戦連勝を続けた。

 しかし動員兵力の不利や不十分な連携によりミネル連邦を降伏に追い込めず、膠着状態を経て卵生連合の反攻が始まり、四五年には絶望的な戦況となった。

 なお、胎生人類国の死者の三割は病死か餓死であると言われ、結局のところ現在の地球環境に適応できていないことが決定的な敗因となっている。

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