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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
一章 金色の断末魔(Battle of Colony)」
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6 特別防護大隊

 翌朝。ロイス達が集積場に近づくと重低音の連続発砲音が聞こえてきた。


 戦闘が起きている。しかも音の数からしてそれなりの規模だ。


「陛下。ハッチを閉めて下さい」

「銃声が聞こえるな」

「まずいですね。集積場からです」

「ミネル石軍がこんなところまで来ているんでしょうか」

「いや、それは突出し過ぎだ。パルチザンだろう」

「にゃー。そんなんで補給できるのかよ」

「場合によっては戦闘のどさくさで物資を回収するしかないな。敵から奪えればベストだが……」


 物資集積場は鉄道駅の片側に設けられた倉庫街を利用しており、その周辺には市街地が広がっている。


 市街地の住人は強制退去しており、今は集積場の作業者の住居として使われている。


 ロイス達は市街地には入らず、迂回するようにして銃声のする方向に向かう。様子を伺っていると、装甲車両を用いて蟲を掃討する一団に遭遇した。


 音の正体はこいつらか。


 市街地から飛び出してくる蟲に二センチ対空砲を浴びせ、動かなくなったところに火炎放射を浴びせている。


 その部隊はガスマスクと防護服、そして火炎放射器を装備する異様な集団だった。


 装甲車両の方は旧式戦車を改造した対空戦車や火炎放射戦車だ。


 ロイスはこの部隊を知っていた。彼らは通常の部隊ではない。


 特別防護大隊。呪林を破壊することに特化した部隊である。


 仲間を殺された蟲が襲い掛かってくる習性を逆手に取り、街はずれで待ち伏せて駆除し続けることで、集積場にいた蟲は全滅したらしい。


「任務中失礼します! 私はロイス・エンデマルク少尉です。貴隊の指揮官にお目通りを願います」


 キューポラから顔を出すロイスは防護服の一団に声をかける。


 するとしばらくして旧式戦車が姿を現した。車体後部に星形アンテナがあることから、改造された指揮車両であることがわかる。


 ロイスが戦車から降りると、旧式戦車からも一人の男が降りてきた。


 ワイシャツとネクタイの上から軍服を着た壮年の士官。


「私が隊長のカフカ・ベルクマン少佐だ」

「初めまして」

「君はエンデマルク家の者か」

「はい」

「こんな場所で何をしている少尉」

「難民がこの集積場を目指して移動しています。我々は安全の確認に参りました」

「なるほど。残念ながら、見ての通りだ」

「集積場に蟲がいるとは、どういった理由です?」

「三日前、飛行蛇蟲フルクランゲに襲われた飛行艦が市街に着底して、胞子と災菌がまき散らされた。おかげでこの有様だ」

「それで貴隊が駆除と除染を任されたというわけですか」

「その通りだ。今から除染を行うが、民間人の立ち入りは許可できない」

「そのように伝えましょう。ただ物資は必要です。ここにあった物資はどうなりました?」

「多くは回収されたが、残りの回収も我々の任務だ」

「我々も補給を受けたいのですが。戦車一両分です」

「問題はない。書類上は既に破棄されている」

「難民についても、食料が必要です」

「我々の方でも食料の提供は行おう。何人ぐらいいる」

「五〇〇名ほどです」

「了解した。我々は仕事に戻るが、君達も市街に入るなら防菌マスクを忘れないように。どこが汚染されているかわからん」

「協力に感謝します。皇帝陛下万歳」

「皇帝陛下万歳」


 敬礼を交わし、特別防護大隊は市街地へ入っていった。


「ロイスさん。街を焼くんですか!?」

「彼らはそういう部隊だからな」

「手伝うことはできないでしょうか」

「手伝うって、どうするつもりだ」

「ガソリンをまいて火をつけるんです」

「防護大隊に任せておけ」

「ならせめて、近くで眺めたいですね」


 ミラは炎が好きだ。


 皇宮に住んでいた時代も焼却炉を積極的に活用しており、どんなゴミでも瞬時に燃やしてしまう事から『焼却炉の魔術師』の異名を取っていたらしい。


 休憩時間は暖炉で炎のカオス的な揺らぎを眺めていることが多く、冬場は集めた落ち葉で焚火をしている。孤児院でそれが原因のボヤ騒ぎを起こした事があると聞いている。


「除染にどれくらいかかるかわからないからな」

「その確認はできないでしょうか」


 普段無口なミラが自己主張するのは珍しい。


 もしかしてストレスが溜まっているのかもしれない。


 狭くて臭い戦車の中で長時間過ごすのはかなりキツイ。ストレスは溜まって当然だ。


 だが乗員のパフォーマンス低下は死に直結する。


 レーネは薬物で対処している。ならミラは?


 炊事は趣味でもあるようだが、補給が不定期なこの旅では満足いく料理は作れない。となるとストレス解消にはなるまい。


「そのために待つくらいなら、余ったガソリンに火を点けよう」

「ありがとうございます。頑張って集めましょう」


 燃料は貴重ではあるが、数リットル消費したところで戦況に影響が出るわけでもない。


 ミラの趣味に使わせてもらおう。


 防菌マスクを着けたロイス達は駅の方に向かい、既に大きな菌樹が群生している区画へと入る。


 最大直径四〇メートルほどの飛行艦は市街地に堕ちても大きな存在感を放っていた。


「ここに堕ちたのはよりにもよってって感じだな」

「操舵不能に陥っていたんだろう」

「オイラ飛行戦艦が堕ちるとこ見たことあるぜ」

「東部戦線で?」

「ああ。案外あっさり堕ちるんだな」

「装甲の無い場所はアルミ合金だからなぁ」

「蟲にすら墜とされるとは。辛い時代になったな」

「巡行状態であれば追いつかれないはずです。元から損傷していたのでしょう」

「損傷して弾薬を捨てたら呪林の上だったか。とすれば不運だな」

「最悪の死に方ですね」

「お、倉庫っぽいのがあるぜ」


 ロイス達は倉庫街を少し進んだところで戦車を止めると、近くの倉庫に入る。扉は開けっ放しで、中には災菌が怖くて運び出せなかったのであろう木箱やドラム缶が並んでいた。


 更に別の倉庫には、缶詰の他に腐りかけた野菜やフィールドキッチンが残されていた。


「おお! 取り放題じゃないですか」


 ミラが目を輝かせて言う。


「全部は積みきれんな」

「手分けして回収しましょう」


 予定とはだいぶ異なる形だが、底をつきかけていた燃料と食料が確保できれば集積場に寄った目的は果たされる。


 ウィルがドラム缶からガソリンをジェリ缶に移し、車体後部の給油口に注いでいく。


 ロイスは車体の下に入り、潤滑油廃棄口を開いて古くなった潤滑油を捨て、車体後部のメンテナンスハッチを開いて新しい潤滑油を補充する。


 ミラは残された木箱を開けて中身を物色しており、レーネはどこかに行ってしまった。


 缶詰類を雑具箱に詰め込んで蓋を閉めると、その取っ手に紐を通してガソリンの入ったジェリ缶を吊るす。


 仕上げに車体後部にドラム缶を乗せ、ジェリ缶を使ってガソリンを満たして蓋をする。


 このガソリンを使って、この辺りの菌樹を焼却するのだ。


 燃料と食料の補給が終わったところで、レーネが戻ってきた。


 木箱を抱えている。


「陛下。それは」

「前線行きの物資にはあると思っていた」

「麻薬ですか」

「これがないと戦車は動かないからな」

「……」


 絶望してはならない。俺が支えるのだ。レーネは必ず立ち直れる。


 否定も肯定もできないロイスを見て少し顔を伏せたレーネは、木箱を戦車に乗せると運転手ハッチを開いて中に入る。そして麻薬を車体前部の弾薬庫に入れ始めた。


「一通り積んだか」

「ルクス用のヘッドホンは無かった」

「そういうのは野戦整備工場に行った方があるかもな」

「物資集積場には集めないか」

「あとは弾薬だけだ。陛下。戦車の移動を」

「わかった」


 砲弾は少し離れた倉庫に保管されているようだ。


 防護大隊の兵士達がトラックの荷台に積み込んでいるのを見た。


 ロイス達が移動すると、入れ替わるように防護大隊の兵士達が倉庫へと入ってきた。


 残された物資を回収する傍ら、付近の建物にガソリンをまいて回っているようだ。


 防護大隊が車両に物資を積み込む中を戦車で進む。


 積み込まれているのは弾薬、燃料が殆どで、建設資材や火器は置き去りになっている。


 砲弾が積み込まれているトラックの近くに来ると、先ほどの指揮官に出くわした。


「補給は終わったか」

「あとは弾薬だけです」

「弾薬は全て運び出した。分けることは可能だ。必要な数は?」

「榴弾一八。徹甲弾一二」

「積み込みを手伝わせよう」


 ロイスがお礼を言うと、ウィルが砲塔から顔を出す。


「ロイス。空薬莢捨てるの手伝ってくれ」

「わかった」


 車体後部に乗ったロイスは、ウィルから空薬莢を受け取って路上に放る。


 次に防護大隊の兵士から受け取った砲弾をウィルに渡す。


 腕の疲労が限界に来る手前のところで、弾薬の積み込みも終了する。


「こうしている間にも菌樹は成長している。速やかに焼却に入る。君達は市街地の外まで退避しろ」

「了解」


 呪林を焼くのを手伝ってよいかとは訊かなかった。十中八九断られるからだ。


 既に放火するつもりで車体後部にドラム缶を積んでいるし、勝手にやって、済んだ後は速やかにこの場を離れる。


 ロイスは敬礼を返し、戦車を移動させる。


 そして呪林化している区画の端まで来ると、車体後部のドラム缶を転がすように落とす。そしてウィルとロイスで直立させると、ガソリンをジェリ缶に移してミラに渡す。


 満タンになったジェリ缶をミラは嬉々として受け取り、草木に水を与えるかのように菌樹にかけて回っていた。


「なんか勿体ねぇなぁ」

「ドラム缶なんか積んでたら砲塔が回らん。どのみち捨てるしかない。空になったジェリ缶は水を入れるのに使う」

「ロイスさん。ウィルさん。お手すきなら菌樹を繋ぐようにガソリンをまいてください」

「オイラもついに放火犯かぁ」

「やってみると気持ちがいいですよ」

「防護大隊に見つかると面倒だ。さっさとやってしまおう」


 そうしてドラム缶一つ二〇〇リットルを巻き終わったところで、遠くで黒煙が上がるのが見えた。


「始めたか」

「私達も始めましょう」

「陛下。もっと戦車を離してください」

「わかった」

「ウィル。榴弾装填」

「そんなことしなくても。私にはこれがあります」


 そう言ってミラは銀製ナイフを取り出す。


「いや待て。榴弾でいいだろ」


 ロイスの言うことを聞かず、ミラは魔法を発動した。


 ミラの魔法は炎属性。火球が菌樹に向かって飛び、たちまち菌樹が火柱と化す。


 その途端、地面に敷かれたガソリンを炎が伝い、区画一帯あちこちで次々と火柱が上がる。


 建物の可燃性素材に着火したのか火勢は爆発的に広がり、発生した気流による風切り音が聞こえる。全焼は確実だ。


「ああ。素晴らしい音です!」

「何も残らんだろうな」

「もっと近くで聞ければいいのですが」

「酸欠になるわ」

「なんつーか、すげぇな」

「いいしょう。わくわくしますね」

「陛下。どうしたんです?」

「一目見ておこうかと」

「炎は綺麗ですね。めらめら……」


 四人が凄まじい大火災を眺めていると、集積場の外れに金色の光が円形に出現した。


 空間が切り裂かれ、そこから薄灰色の綿のような物体が降り始める。


 周囲の空間が歪められ、プレッシャーのように感じる。


「あれは……まさか!」

「おいおいあれってよぉ」

「ロイス。あれは」

「ええ……まさか、今出くわすとは」


 二か月前のズロチでの記憶。忘れようもない。


 十秒ほどして、防護大隊のいる方角から銃声が聞こえ始めた。


 戦闘が始まったのだ。相手はおそらく。


「死神だ」

Tips:呪林じゅりん

 千年前に突如出現した菌類による森。菌樹は高いもので数十メートルにおよぶ。

 呪林の中は災菌が漂っているため防菌マスク無しでの接近は死を意味するが、生息する蟲の戦闘能力も極めて高く、敵対した場合は深刻な脅威となる。

 菌樹と蟲は災菌と共生関係にあることがわかっており、呪林の広がりは災菌の拡散に直結するため人類にとって深刻な脅威となっている。

 そのため焼き払おうとする試みが幾度と試されたが、菌樹や蟲は偶素イーブンという半金属原子を中心に構成されており、頑丈な上に燃えにくい。

 しかも呪林に対して危害を加えると蟲による攻撃を受けるためかえって呪林と災菌が拡散してしまう場合が多く、対抗策は呪林から離れた場所にいる蟲の殺害と小規模な呪林の破壊くらいである。


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