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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
三章 救世を説く牢獄(Battle of Landwarf)
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14 高貴なる者

「ルーティはなんで魔法が使えるようになったんだ?」

「わたくしがユリシーズ教に入信して数日後、洗礼受けるよう聖別者から御諚ごじょうがあったのですわ」

「聖別者に会ったのか!? 本物だったのか?」

「他の信徒が仰るように光を操っていましたので、そう思いますわ」

「なるほど。洗礼というのは?」

「聖杯から霊薬を飲むだけですわ。けっこうな量で驚きましたけど」

「それだけで魔法が使えるようになったのか?」

「ええ。聖別者はわたくしが選ばれし者であると」

「霊薬の成分すげぇ気になるな。どんな味だった?」

「ドロッとして苦かったですわ。その後熱が出ましたけど、一晩で治りましたわ」

「それ副作用じゃねえか?」

「副作用? 医薬品的なものですの?」

「その霊薬とやらによってあんたは災菌感染している。熱が出ただけで済んだのは謎の技術だが」

「災菌感染!? そ、それはわたくしが死ぬということですの!?」

「落ち着け。あんたは寛解している。俺達と同じくな」

「そうですの! ということは、貴方がたも災菌感染しているという事ですのね」

「ああ。全員な」

「おーほっほっ。貴方がたも色々と知ってそうですわね」

「ああ。魔法が使えるのは、体内の災菌が魔力を生み出しているからだ。熱が出るのは災菌の活動に対する免疫活動と言われている」

「それで解熱剤の用意を。それにしても、災菌感染は確実に死ぬというのが通説ですわ。貴方がたもどこかで霊薬を飲みましたの?」

「いいや、違う。人を死なない程度に災菌感染させる技術など、現代科学では不可能だ」

「ということは、貴方がたは普通に感染を?」

「ああ。場所は違うが、な」


 ロイスは過去四か月に渡る旅と、今のメンバーとの出会いについて数十分かけて話した。


「おーほっほっ。胎生人類全てを救うという気高い思想。気に入りましたわ!」

「ふっ。わかってくれるか」

「民を守ることこそ貴族の務めですわ」

「じゃあ今度はルーティが国境防衛軍とユリシーズ教に入った理由を教えてくれ」

「国境防衛軍に入ったのは家の事情というか、軍に入った兄姉は皆陸上総軍の所属なので、私は国境防衛軍の所属になるよう父が取り計らったのですわ」

「じゃあユリシーズ教は?」

「国境防衛軍に入った後の勧誘を受けましたの。高官の方にも信者がいると聞いたので入信したのですわ」

「軽いな」

「コネ作りに良いと思ったのですわ。それにユリシーズは創造神の存在を否定しないと聞いたので問題はありませんの」

「ユリシーズ教は今でこそ勢力を拡大しているが、新興宗教だろ? よく軍事施設で布教活動が許可されていたな」

「その点もコネ作りに良いと思いましたの」

「国境防衛軍でのユリシーズ教の普及率は?」

「結構広まっているようには思いましたわ。悪魔の力が国境から忍び寄っているって話はよく聞きました」

「普通に考えておかしいのよね。ルーティさんはユリシーズ教を初めて知ったのはいつ?」


 ロイスとルーティの会話にセシルが口を挟む。


「十月の上旬でしたわ」

「名門貴族のルーティさんがそれまで知らなかったということは、辺境の土着宗教だったかそもそも存在しなかったのかどちらかなのよ。それが今や国民の行動にさえ影響を及ぼしている。聖別者は相当な権力者よ。特に国境防衛軍には高い影響力があるのかも」

「そう考えると納得はできるな」

「テルシュタイン中将もユリシーズ教徒なのかもしれませんわね。ああ、テルシュタイン中将は国境防衛軍の司令官ですの」

「そのテルシュタイン中将って、ヴィルヘルム・テルシュタインよね!?」


 セシルが驚いた口調で尋ねる。


「そうですわ。わたくしは名門貴族ですので、一度だけ拝謁の機会がありましたの」

「テルシュタインはグリヴナの戦いの真相を知っているのよ。私達が持ち出した第四装甲師団行動記録の著者でもある」

「テルシュタインなら、呪林作り隊を好きに動かせるな」

「何故ですの?」


 ロイスの言葉にルーティが問う。


「呪林作り隊の弱みを握っているからよ。呪林作り隊はグリヴナの戦いで任務放棄した部隊の人員で構成されている」

「なるほど……。しかしそうだとすると、テルシュタイン様はどうして呪林を広げようとしているのでしょう」

「それは謎だ」


 エルフェニアの聖別者もそうだった。


 一見すれば共産革命に必要な武力、民衆を従わせるための恐怖として呪林や蟲を活用していた。自分だけが被害を受けないのだから絶対的権力を得るうえで合理性が全く無いわけではない。


 しかし少し考えるだけでもちぐはぐな点は多かった。


 暴力革命といえどある程度民衆の支持が必要なことを考慮すれば、大都市に呪林を作り出すのはあまりに無思慮だ。


 やり方が大雑把なのは、短期間で国家転覆を企図していた、人手が足りなかったなど理由を付けることも可能ではあるが。


「実際に呪林が広がって得をしているのはユリシーズ教だ。民間の不安が高まれば宗教の需要も高まる」

「ユリシーズ教団が勢力拡大のために自ら呪林を作り出しているマッチポンプという理屈は成立しないかしら?」

「動機としては成り立つな」

「もしかしてテルシュタイン様が聖別者ということにならなくて!?」

「そうだったらわかりやすくていいな」


 まぁ、仮にそうだったとしても、やはり焦っている感はある。


 自らが教祖を務める宗教の勢力を広げるためとはいえ、自国に呪林を広げるなど正気の沙汰とは思えない。


「グリヴナの戦いの真相を知っていて、今や国境防衛軍の司令官であるテルシュタインは絶対に何か知っているでしょうね。聖別者本人でなくても繋がりはあるでしょうし」

「何とかして喋らせたいな。つっても買収には応じないだろうが」

「捕まえてしまえばどうにかはなるぞ。ランドワーフ軍には、グリヴナ失陥の責任を全てテルシュタインに押し付けないか提案する」

「国際問題どころの騒ぎじゃないわね。歴史の暗部はこうして作られるのね」

「ははは戦争に負けそうな国が仲間割れを始めるのは良くあることだぞ」

「貴方がたはいつもこんな旅を?」

「ああ。本に出てくる気高い貴族様はいないんだぜ」


 ルーティの言葉にウィルが遠い目をして答えた。


「そういやなんでヘリコプターから一人で降りてきたんだ?」

「勿論、名誉だからですわ」

「普通に考えておかしいだろ。攻撃ヘリコプターを支援に付けるべきだ」

「わたくしは魔法使いですので、敵兵七人程度一人で十分ですわ」

「俺達が魔法使いだって知らされてない時点で単なる遅滞作戦としか思われてねぇよ」

「ええ、全滅させれば手柄は独り占めだなんて言葉で私を弄ぶなんて、許せませんわ!」

「なんでそんなに手柄に拘る」

「十女だからですわ」

「十女? 兄弟が十人以上いるのか?」

「十人兄弟ですわ。だから、七侯爵といったって末女の取り分なんてたかが知れてますのよ」

「ま、そうかもな」

「でも最後に笑うのはこの私。呪林拡大の犯人を突き止めれば大公の座も夢ではありませんわー」


 こうして国境防衛軍の新たな情報やルーティが戦う理由などがわかったところで、首都ユルコヴィツェまでの途中にある大きな都市に到着した。


 酪農都市『モルケラ』。丘陵地にある大都市で、ランドワーフの誇る乳製品の一大供給地だ。


 ここにも義勇国防隊が駐屯しているようなので、ロイス達は野営に適した場所を見繕う。


 しかしルーティは信じられないといった表情でこれを拒絶した。


「野宿だなんて、高貴なる者がすることではありませんわ!」

「国境防衛軍に通報されたらまたお前みたいな追手が来るかもしれない」

「でも、この街での燃料の補給は必須なのですよね?」

「ああ。もうあと十キロと走れん」

「燃料については民間人とこっそりというわけにはいきませんでしょう。だったら初めから身分を明かして、補給を申し出ればいいんですわ」

「だが国境防衛軍所属の身分証はあんた一人分しかない。セシルの部隊はもう存在しないし」

「貴方がたがやってきたように、ベルカンとエルフが視察に来ていて、今度この地域に着任するわたくしが案内しているということにしますわ。セシルさんはわたくしの従者ということにします」

「その設定は今までも使ってきたから、この街の義勇国防隊に通達が行ってる可能性も零とは言えないが」

「今回は侯爵たるわたくしのお墨付きです! わたくしの名を出すだけで野宿を免れ補給ができるのなら、やらない手はないでしょう?」


 実は燃料補給についてロイスには別の方針があった。ただ、ルーティは反対しそうなので黙っておく。


「主なホテルは義勇国防隊に接収されてるかもしれないぞ」

「この際贅沢は言いません。安宿でも構いません事よ」

「戦車停める場所は必要だぞ。いや、敵が来たら真っ先に破壊されるから、そもそも目立つ場所に置くこと自体危険だ」

「じゃあ離れた場所に置いてはどうですの? 見張りの分担は引き受けますわよ」

「それだとすぐ逃げられないだろ」

「まったく、心配性で神経質ですわね、ベルカンは!」

「命にかかわるんだから当然だろうが」

「とにかく! わたくしは野宿なんて御免ですの!」

「キャンプもたまには楽しいかもしれないぜ?」

「わたくしは侯爵ですのよ! 少なくともこの国では大人しく私に従いなさい!」


 ルーティの態度は高慢だが、上昇意欲の強い彼女が誇りと名誉に拘るのは無理からぬものだ。


 そして身分を重んじるルーティが自分の意見が尊重されると考えるのも理解はできる。


 因みにロイス、レーネ、カノンが貴族であることはルーティに伝えているが、レーネとカノンが王族であることは伝えていない。話が面倒になるからだ。


 そもそも、カノンが自分も貴族だと名乗った時にロイスは少し焦った。


 エルフの貴族とは王家たるフェレア家の縁者に他ならないからだ。幸いルーティは気にしなかったようだが。


「わかった。俺達はここで待機するから、セシルと二人で話をつけてきてくれ」

「任せなさいな。セシルさん、行きましょう」

「ええ。不穏な空気になったらさっさと引き返してくるわ」


 そう言ってセシルとルーティは街中へ歩いて行った。


「侯爵の講釈は長いな」

「少しこう、癪に障るな」


 一服して陽気になったレーネに相槌を返し、ロイスは一息つく。


 ベルカンは心配性で神経質だと言われたが、そんなこと言ったらドワーフは伝統に囚われ過ぎだ。


 爵位が発言権に直結すると考えるのも、侯爵領の寄り合い所帯であるランドワーフならではの感性でベルカとは異なる。


 一時間ほど経った頃、セシルとルーティは戻ってきた。


「おーほっほっほ! 何も問題ありませんでしたわ」

「どこに泊るんだ?」

「時計台ですわ」

「時計台? あんたが納得できる場所なのか?」

「旧モルケラ農学校の校舎だそうですわ。何年か前に移転して取り壊すか決まらないまま放置されているそうですの。だから寝泊りできる設備はあるそうですわ」

「戦車を停める場所は?」

「校庭があるそうなので、そこに」

「わかった。案内してくれ」


 ロイスが言うとレーネはアクセルを踏み、戦車は進み始めた。

Tips:義勇国防隊

 義勇師団を拡大再編成して創設された軍事組織。構成員の殆どは職業軍人ではなく民間人であり、指揮官も軍人ではなく協賛党の地元指導者が任命された。

 国民皆兵制度をしくランドワーフでは民間人も最低限の軍事訓練は受けており、公国軍に準じた装備を持つ。

 ただし制服の数は全く足りておらず、ばらばらの服装に識別のための腕章を着けており、一部を除いて士気は低かった。

 大隊を基本単位とし、任務は食糧増産や軍需品の輸送、陣地構築など正規軍の支援とされていたが、国境防衛軍の所属となった部隊は強制疎開のための退去指導や工事に動員されていた。

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