11 夜霧
「ロイス君、起きて!」
「どうした」
「車のライト! たくさん!」
夜中。ロイスはカノンによって起こされた。
カノンの指さす先。昼間に走ってきた方向に、複数のライトが光っていた。しかも動いている。
「総員起床! エンジンを暖気しろ!」
周囲の霧はかなり濃くなっている。それでも光が届いている辺り、懐中電灯などではない。
しかも同じ光が大量に見えることから、車列である可能性が高い。
そして悪い予感はすぐに現実のものとなった。
遠くから発砲音が聞こえ、数秒して頭上が煌々と照らされる。
照明弾! 明らかにこちらを対象としている。
「こちらの位置がバレているのか!?」
「この霧だ。照準されてはいないだろう」
煙管をふかしたレーネが答える。
「ああ。荷物は積まなくていい。戦車に入れ!」
またしても発砲音が聞こえ、照明弾が撃ちあがる。
「た、たくさんいるのかな」
「いや、迫撃砲だな。中迫を積んだ装甲車がいるんだろう」
「敵であること。こちらのおおよその位置を知っていることは間違いないわね」
「日暮れ前に捕捉されていたんだろう。軍用車両は見かけなかったがな」
勿論、人間が走って追ってこれるような移動速度でもなかった。
こちらを日没前から補足していた方法はどうあれ、この状況は非常にまずい。
ロイスは銀製ナイフを取り出すと黒い魔法を発動し、照明弾に向けて放つ。
黒い球体が周囲の大気と共に照明弾を飲み込んだ。
相手からは突然照明弾が消失したように見えただろう。
辺りは再び霧の夜に包まれる。とりあえず一方的に撃たれる心配は無くなった。
ロイスはそう思ったが、敵は諦めなかった。
遠方からいくつもの火線が伸びてくる。そして銃弾が次々と戦車の装甲を叩いた。
曳光弾の割合が高いのか、黄色の光が帯を引いて殺到してくる。
「ロイス! 身体を引っ込めてくれ!」
「ああ!」
砲塔内に引っ込んだロイスは潜望鏡での視察に切り替える。
銃弾が装甲を叩く音に続いて、周囲に砲弾が着弾した。やけに狙いが正確だ。
「砲塔旋回確認。発砲炎に照準を試みます」
「もう動かした方がいいかな!?」
「ゆっくり前進しろ! 焦るなよ。こちらが見えているわけではない」
二両の戦車が微速前進を始める。
「このまま左側へ――」
ロイスが言い終わる前に、近くで金属の破裂音が聞こえた。
「うあっ!」
「きゃっ!」
無線からは悲鳴が続く。
「被弾! 車体正面! カノンちゃん大丈夫!?」
「わ、私無事だよ!」
「人的被害なし!」
「エンジン燃えてる!」
砲弾は車体前部のエンジンで止まったらしい。
だが、おそらく敵からはこちらが見えている。今は照明弾も無いはずなのに!
「その車両は放棄しろ!」
「了解! 二人とも私に続いて走って!」
「発砲許可」
数刻して車体が止まり、ミラが発砲。
赤熱した砲弾が飛び、遠方で何かに当たって上に逸れた。
「弾かれました」
「シェスキーじゃねぇな」
「ラトラーだろう」
Pz.42『ラトラー』。大戦前期からランドワーフ軍の主力を務める中戦車。
その最大の特徴は回転砲塔を持たず、戦車砲が車体に固定されている点である。
自走高射砲の派生車両とは思えないほど完成度が高く、実戦投入されてからの評価は極めて高い。
回転砲塔と引き換えに得た低い車高と優れた戦車砲は待ち伏せによる対戦車戦闘に最適であり、ランドワーフ軍の将兵は猟犬の渾名で呼ぶこともあった。
お返しとばかりにこちらの周辺に砲弾が殺到する。かなりの精度だ。炎上した車両に集中砲火しないあたりも、練度の高さが伺える。
「街に移動する!」
市街地に入ればぬかるんだ地形でスタックする可能性は低い。遮蔽物にもなる。
夜間でありながら敵の照準が正確なのは、赤外線照射灯を持っているからかもしれない。
ベルカ軍が開発した赤外線照射灯はランドワーフにも輸出されている。それをハーフトラックに乗せるだけでも効果は大きい。
「敵には暗視装置があるかもしれん。撃ち合いは無しだ!」
戦車が進みだして数秒後、上空から風切り音が聞こえ、周辺に衝撃波が吹き荒れた。
そして月明かりに照らされた黒い影が頭上を通過していく。
「ひ、人!?」
「人が飛んでるのか!?」
「魔法使いじゃねぇの?」
「レーネ、そこの起伏に入れ! 敵を排除する!」
敵部隊は夜戦のプロのようだ。そこに敵魔法使いが加わるとなると、街までたどり着けない可能性がある。
「魔法使いから排除する。ウィル、小銃!」
「あいよ!」
先ほどの魔法といい、風属性魔法使いだろう。詳細な能力は不明だが、戦車からは出ない方が良さそうだ。
ロイスはキューポラ据え付けの機関銃を撃つが、これは仰角に制限がある。
一方ハッチから上半身を出したウィルは自動小銃を真上まで向けられるが、精度については期待できない。
暗い霧の空に僅かに浮かび上がる黒い影に向かって撃つが、当たる気がしない。
敵魔法使いは扇状の物体を振り、風魔法を発動した。
「全速前進!」
そう叫んで身体を引っ込めた直後、球状の衝撃波が戦車に衝突した。
装甲こそ無事だったが、サイドスカートや工具類が弾け飛ぶ音が聞こえる。
加えて車体が少し浮き上がるような感覚があった。
ロイスが再びキューポラから顔を出すと、頭上から飛翔音が聞こえた。
反射的に頭を下げると、近くで砲弾がさく裂する。
「迫撃砲か!」
万が一車体後部に当たったら、エンジンが炎上する。
「どこへ逃げようと、空からは瞭然なんだよ!」
甲高い声が頭上から聞こえる。扇子を持った敵魔法使いは女らしい。
確かに、空から捕捉された状態では逃げ切るのは難しい。
さっさと撃ち堕としてしまいたいが、迫撃砲がつるべ打ちに撃ち込まれては外の視察すらままならない。
一方の扇子女は急降下すると低空を滑空するように突っ込んできた。そして扇子を振ると、大気中に音速で振動する空気の塊を形成し、それを突風に乗せて射出した。
――デュアルスキル『振動保存(Waves Mine)』
気体の振動を維持できる能力。音速で振動する空気の塊を風に乗せて射出する事ができる。
振動によって扇子の上下に空気の密度差を作ることで揚力を生み、鉄扇での飛行も可能。
扇子女の放つ魔法を察知したロイスは咄嗟にミラの右肩を蹴る。
ミラはレーネの右肩を蹴り、戦車は信地旋回して突風による横転は回避できた。
しかしまたしてもサイドスカートなどの外装品が弾け飛ぶ音が聞こえた。
人体なら容易く破壊する威力。まるで浮遊爆弾だ。
何度目かの飛翔音が聞こえ、またしてもロイスが身を屈めようとした時、半球状のニュクスが出現して砲弾とその爆発を防いだ。
エリーゼの闇魔法。横を見ると装輪戦車に乗っていた三人が近くまで来ていた。
「ロイス君、デサントするわ!」
「よし。エリーゼ、魔法を止めるなよ!」
「長くは持たんぞ!」
仲間を乗せるために戦車を停めている間、起伏の向こうから半透明の結晶が飛来し、空中で爆発した。
それも数発どころではなく、なん十発という半透明の結晶が起伏を越え、空中で粉々となって周囲に破片をまき散らした。
まるで曳火砲撃だ。しかし実弾ではない。飛んできたのはテリウムの結晶。漂属性魔法。
もう一人魔法使いがいるのか!
横殴りの衝撃波がニュクスの防壁を襲うが、これは凌いだ。
「ずっと飛び続けているようだが、よく体力が持つな」
「魔導武器が良いんだろう。こっちはただの食器だからな」
通過していった扇子女は旋回し、地面スレスレの低空飛行で突っ込んできた。
ロイスとウィルが銃撃を加えるが、途中で揃って弾切れを起こし、その間に扇子女が魔法を発動。
球状の衝撃波が戦車だけでなくエリーゼ達も襲うが、カノンが魔法によって防ぐ。
しかし突風によって薄い膜状のニュクスは煽られて横転するように戦車の上から移動してしまう。
その間に通過していった敵魔法使いは扇子を振ると空中で一回転して向きを変え、こちらに向けて魔法を放った。
球状の衝撃波はカノンやエリーゼの魔法を破砕して吹き飛ばす。そこに迫撃砲と漂属性魔法がさく裂した。
「伏せろ!」
魔法を放ちつつロイスは叫んだが、その場凌ぎでしかない。
ロイスの魔法を回避した扇子女は旋回し、止めを刺すべく低空を飛行してこちらに狙いを定める。
これでは、車外の三人を守れない!
素晴らしいスピードで夜霧の中を疾駆する扇子女。その進行方向に撃破された装輪戦車が出現し、扇子女が衝突した。
戦車が飛んできた!? そして稲妻が戦車からセシルの持つ銀製ナイフへ伸びていたような。
「セシルが引っ張ってきたのか!?」
「説明は後!」
確かに。まずは窮地を脱するのが先決。
「レーネ、次の迫撃砲が飛んできた方向に魔法を撃て! 吹き飛ばした土の間から砲身を出す。ウィルは徹甲弾――」
ロイスが言い終わる前に、迫撃砲が飛んできた。それをエリーゼの魔法で防ぎつつ、レーネが魔法を発動する。
細く絞られたドラジウムの金属粒子が目の前の丘を吹き飛ばし、真っすぐ飛翔する。
すぐさまレーネは戦車を前に出し、出現した空間から砲身を突き出す。
丁度ハルダウンする形となったのが、レーネの技量の高さだ。
ロイスが双眼鏡で霧の先を見ていると、漂属性魔法が迫撃砲とやや異なる向きから飛んできていることはわかった。
敵部隊には戦車と迫撃砲と魔法使いがいる。なんとか起死回生の一手を打たなくては。
「わ、悪いが、もう身体がもたん」
闇魔法を使い続けていたエリーゼが弱音を吐く。
「私が戦車を立て直すわ。カノンちゃんついて来て!」
そう言ってセシルはエリーゼを抱えて走り出すと、魔法を発動してグレスドールを起こす。
電流によって戦車を引っ張ったか。相当な力だ。
「弾道から見て迫撃砲の位置は約二キロ先だ。魔法は届かん」
「撃たれっぱなしはマズい」
その時、またも上空が光り輝いた。照明弾。
「私に任せて!」
そう言ったセシルは雷属性魔法を発動。
稲妻は照明弾に伸びると細長い腕の様に動き、そのまま放り投げた。
光の筋が一キロほど先まで飛び、敵戦車の影が浮かび上がる。
「おお!」
光明は差した。数は……四両か?
しかし確実に撃破できるような距離ではない。
「見えてしまえばこちらのものだ」
レーネはそう言うと操縦席から立ち上がり、銀製ナイフを敵戦車に向けて魔法を放った。
再び龍魔法が飛翔し、重力の影響を受けて若干弧を描きながら敵戦車へ到達。薙ぎ払うように一網打尽とした。
「よくやった!」
「だが、だいぶ熱が……」
「レーネ様、解熱剤を」
「……ミラは俺に続け!」
そう言ってロイスは車外に出た。
戦車部隊壊滅の煽りか今は迫撃砲が飛んできていない。
斜面に寝そべるロイスの隣にミラがやってくる。
「あの辺り一帯を焼き払え!」
「承知しました!」
燃素の共有結合結晶が放物線を描き、空中で爆発。エアロゾル状態で拡散し周囲を炎と熱風で包む。
敵魔法使いからの反撃は無い。
黒い影が走ったような気もしたが、小銃を持っていないので射撃はできない。
「範囲を広げますか?」
「いや、いい」
迫撃砲が飛んでくる可能性は残っている。一度戦車の中に戻ろう。
その後もしばらく様子を伺ったが、砲弾が飛んでくることは無かった。退却してくれたようだ。
こちらの疲労も相当なものだが、追手にこちらの所在がバレているのは事実。
ロイス達は夜明けと共に出発することに決めた。




