9 二重の冤罪
数分もすると、銃声を聞きつけた義勇国防隊が懐中電灯を持って林から出てきた。
捕まって事情を訊かれるとやっかいなので、さっさと立ち去る。
「セシル。有用な話は聞けたか?」
「ええ。とても協力的だったわ」
「胞子がまき散らされた場所は、後で焼いておいた方が良いと思うか?」
「本来は予定外の場所で菌樹が発芽した場合速やかに燃やすことになっているそうよ。彼らが戻ってきて後始末するかどうかはわからないけれど」
「やはり彼らは呪林を作る部隊だったということか」
「そうね。国境防衛軍の第九装甲連隊。呪林を作り出すための部隊だそうよ。表向きは戦車を活用した特殊作戦の実行が目的で、彼らも招集されたときはそう聞かされていたそうよ」
「だとすれば、彼らの行動記録を入手できれば証拠になるな」
二両の戦車は簡易舗装された道を高地側へ走って行く。
「存在は公でも作戦行動が記録に残っているかは不明ね。彼らも部隊の規模すら把握していなかったわ」
「何のために呪林を作っている」
「それも不明。現場の指揮官も知らないって。かなり上の人間じゃないと把握していないようね」
「知りたければ、国境防衛軍の司令部に行って事情を知っている人間を探し出すしかないか」
「ええ。そして、国境防衛軍の司令部はこの先のロヴェールにあるのよ」
鉄鋼都市ロヴェール。足元を掘れば出ると言われるほど鉄鉱石が豊富な地域で、鉄鋼業が盛んな大都市だ。
「それをやって、聖別者に近付けるかどうかだな」
「私としては、国境防衛軍の司令部に行きたい。そして、第九装甲連隊の行動記録を探したいのよ!」
「あんた自分で記録に残っているかわからないって言ったじゃないか」
「第九装甲連隊の記録は無くても、編成前の行動記録は残っているかもしれない。あるいは、指揮官の人事記録があるかもしれない」
「それをたどって、第九装甲連隊の指揮官を割り出すつもりか?」
「まぁ、それもできたらとは思う。でもこれはもっと個人的な理由なの」
「なに?」
「さっきの人達は第三装甲師団の出身だった。グリヴナの戦いで包囲網から離脱した部隊よ」
「なんでグリヴナで逃げた部隊が呪林を作ることになった」
「彼らの師団長が取引したらしいわ。罪を逃れるために兵を差し出したんだって」
「最悪だな。呪林を作り隊も被害者というわけか」
「あんな事望んでやるわけないわよね。とにかく、編成前の行動記録にグリヴナ関連の資料があるかもしれないのよ」
「セシルは、その秘密を暴いて、義勇師団の汚名を返上し、呪林作り隊も助けたいわけか」
「そう! 私の我儘にはなるけれど、手伝ってほしい。勿論、ロイス君の考えるやり方に従うわ」
「国境防衛軍の司令部に行って第九装甲連隊の行動記録を探す、か。まぁ一人じゃ無理だろうな」
「……私は、私の中ではそれが優先なの。懲罰部隊に送られた仲間を助けたい。それに、呪林作り隊が元第三装甲師団なら、彼らもまた東部戦線の戦友だわ! トルニスカ盾章を見せたら、積極的に話してくれた。死なない程度に撃破してくれて良かったって。部隊壊滅なら家族も言い訳できるって」
「そうか……。車両停止。だいぶ離れた」
行先を確定してはいないため、ロイスは一旦戦車を停める。
「ねぇ、封建制と愛国心に乖離が生じていると思わない?」
「他山の石とすべき話だな」
「国土に呪林作るなんて命令さすがに拒否できないのかな」
納得するレーネに対し、カノンは疑問を呈する。
「カノンは自力で理解すべきではないか」
それに対し、マフィアのボスであるエリーゼが突っ込みを入れる。
確かに、原始的な封建制はファミリーとも評されるマフィアの組織性にこそ近いかもしれない。
「カノンちゃんの意見はフェレア家以外の貴族が存在しないエルフの発想ね。ランドワーフでは各師団は貴族の持ち物だから、理不尽を訴えても各領邦内での揉め事として処理されてしまうわね」
「それにグリヴナで第三装甲師団が逃げ出たのも自分の兵力をすり減らしたくなかったからかもな」
「そうした問題を防ぐには、エルフェニアのように他の貴族を滅ぼして中央集権するか、ベルカの様に軍部と国家行政を貴族領と完全に切り離すか、どちらかしかないわ」
「へぇ。ひいおじいちゃん偉かったんだなぁ」
「内乱を避けたのよ。やりたい事業がその領地内で完結するし。でも総力戦になると不利ね」
「見事な分析だが、そのような思想はランドワーフでは危険思想ではないか?」
「別に大学で友人と議論する分には自由よ。私達に選挙権ないし」
エリーゼの問いにセシルは軽く肩をすくめた。
「俺達が協力しなくても、セシルは一人でやるつもりか」
「ええ……。でもそれが無茶であることもわかってる。だから手伝ってほしい。勿論、その後は災菌治療薬の作成に協力するわ」
「うーむ」
「どんなことでも手伝うわ! 必ずロイス君達のメリットになるようにする。だからお願い!」
「やるなら、どうやって戦闘を避けるかだな」
「やってくれるのね」
「セシルがいないと、この国じゃ活動できん。ドワーフは思った以上に共通語を喋れない」
「ありがとう。できることはなんでもするわ」
やはりセシルは必要だ。離脱されるのはあまりに惜しい。
国境防衛軍の司令部をあさってもユリシーズ教との繋がりは出てこないだろうが、それでも遠回りする価値はある。
「だったら、さっきの胞子の入ったタンクを使うか」
「もしや、司令部の近くに呪林を作るつもりか?」
「そうだ。司令部から人を退避させたい」
「ふはは。それをやったらロヴェールとやらが呪林に沈むのではないか?」
「用が済んだら焼き払っていくつもりだ。もっとも、ユリシーズ教によるとワルト高原より標高が高いなら呪林は生育できないらしいじゃないか」
「だったらタンク持ってっても意味無いんじゃねぇの? それに残ってたタンク穴だらけだったぜ?」
「それなら菌樹が発芽した土ごとトラックに積んで持って行くか。それを司令部の側にばらまく」
「もうテロリストだろ」
「セシルはそれでいいか?」
「構わないわ。仲間の無念が晴らせれば」
「でもほんとにワルト高原より標高が高ければ呪林は成長しないのかなぁ。なんでだろうね」
「個人的には単なる森林限界ではないかと思うな。ユリシーズ教が確信しているというのなら、確実な根拠があるんだろう」
「なるほど。菌類も低温低酸素には弱いということね」
レーネの意見にセシルが同意する。ロイスも、言われてみればそんな気がしてきた。
北ベルカではちょっとした高地で草も生えなかったりするので、同じ理由かもしれない。
「放っておいても勝手に枯れてくれるなら好都合だ。やってみよう」
先ほどまき散らされた胞子を回収するため、ロイス達は元来た道を引き返した。
先ほど戦闘が起きた場所の手前にはフェンスが置かれており、ドワーフが一人見張っていた。
こちらに気付くと、何か大声で呼びかけてくる。
「ここの事情を説明しろって言ってるわ」
「仲間を呼ばれるとまずい。突破しろ」
そう言うとロイスはキューポラに付いた機関銃を単射にして威嚇射撃する。
見張りが驚いて後退したところで、二両の戦車はフェンスを押しのけるようにして通過。損傷した車両が残された場所へ移動する。
遺棄された数台の車両はベルカ製ハーフトラックをランドワーフで生産したものだった。
持ち主であった輸送中隊や近くに駐屯している義勇国防隊の姿はない。今がチャンスだ。
防菌マスクを装着したロイス達は一斉に戦車から降りる。
「俺とセシルで荷台からタンクを降ろす。レーネは戦車を移動、他は連結準備!」
見た目で一番損傷の軽いハーフトラックと戦車の後部を連結棒で繋ぐ。
「ウィル、この辺の菌樹の芽を土ごと積み込め」
「あいよ」
ウィルの土魔法で、発芽した胞子と周りの土をトラックの荷台に積み込み、レーネが戦車を前進させる。
ここで左側から銃声が聞こえ始めた。
「義勇国防隊が撃ってきてるぞ!」
「レーネ、もっとスピード出ないか?」
「登り坂だからな! それにあのトラック転輪壊れてるだろ!」
重量だけでも十トン弱増えていることになる。人間が走るくらいの速度しか出そうにない。
「カノン! 魔法で道を塞げ!」
「わかった!」
装輪戦車を停めると、カノンは飛び降りて銀製ナイフを取り出して漂属性魔法を発動した。
――デュアルスキル『クラスター結合(Nanotube Conductor)』
大気中の漂素分子を円筒型の共有結合結晶へ組み替え、巨大かつ多様な結晶を作り出す能力。
今回は多数の巨大な杭が出現し、落下して地面に突き刺さる。
「よし!」
ロイスが言うと、すかさずミラが解熱剤を渡す。カノンはそれを飲み込むと操縦席に戻りアクセルを踏む。
追手の進路を絶ち、ロイス達は逃走に成功した。
Tips:義勇師団
国民皆兵制度により有事に組織され、正規軍の下に編成される師団。中隊長以上は正規軍士官が務め、小隊長以下の指揮官は大学の士官教練課程を修了した者が任命される。
ただし、功績を挙げた者や経験豊富な者が中隊長以上に昇進し得るのは正規軍と同様。
師団名は過去の将軍から取られている。
主力の師団がグリヴナの戦いで壊滅したため師団単位での運用は終了し、以降は義勇国防隊として再編された。




