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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
三章 救世を説く牢獄(Battle of Landwarf)
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8 布教活動

 翌朝。明らかな睡眠不足を感じつつ起床する。


 各々顔を洗って一階に集まるが、案の定エリーゼだけがいなかった。


「カノン、起こしてこい」

「ロイス君さ、私も頭痛いんだよね」

「二日酔いになってんじゃねーか」

「エリーゼも寝言でもう飲めないって言ってた」

「お前らけっこう飲むから酒強いのかと思ったわ」

「久しぶりだったから飲み過ぎちゃったよね」


 かく言うロイスも倦怠感があるのは事実だ。


「レーネはどうだ」

「私は、まぁ大丈夫だが、ワルト高原までは半日で着く。出発を後らせても良いのではないか?」

「……そうだな。出発は十時とする。水飲んで寝てろ」

「はーい」

「私は大丈夫よ。できることはあるかしら?」

「マスター。薪を買いたいんだが」

「たくさん割ってくれればタダでもいいぜ」

「ありがとう」

「斧は戦車にくっついてるわよね」

「飯食ったら俺とセシルでやろう」

「私もやる」


 根菜スープと蒸しパンを食べた後、ロイスとレーネ、セシルは酒場の裏手で薪を割る。そしてトライポッドに鍋を吊るすと井戸水を入れて煮沸した。


 陽もだいぶ昇りロイスも仮眠を取ろうかと思った時、拡声器を使った声が聞こえてきた。


「近頃とみに勢力を増している呪林は悪魔がもたらす災いであります! しかし、ユリシーズは胎生人類に救いの手を差し伸べております! 神々の世界に近い領域では呪林が生息できないことがわかっています。ユリシーズによる結界は悪魔による攻撃を幾度と跳ね除けているのです! 例えばこの先のワルト高原がそうです! 疎開してユリシーズに祈りを捧げることで、我々の生存と死後の救済は約束されるのです!」


 ロイスが酒場から出ると、目抜き通りを黒い乗用車と水色のトラックが走っているのが見えた。


「セシル、もしかしてユリシーズ教か!?」

「ええ、同時通訳するわ!」


 荷台には水色の宗教服を着た男が乗っており、拡声器を使って語っている。


「かつて人類文明が崩壊の危機に瀕した時、ユリシーズは地上に現れ生き残った人類を救いました。今また世は乱れておりますが、人々の祈りがユリシーズへ届いた時、ユリシーズが守護する領域は拡大するでしょう。すなわち、皆様の信仰が必要なのです!」


 いくつかの家屋の窓が開いて住人が顔を出すのが見える。


「先日はルツェルン近郊でも呪林が見つかっております。疎開の期限が迫っております! ワルト高原ではユリシーズ教団が住居と食事を用意しております! フォーデルの皆様、一日も早くユリシーズへの信仰を!」


 セシルの通訳のおかげで、ロイス達もユリシーズ教の主張は把握することができた。


「セシル。今から言うことを確認してきてくれ」

「わかったわ」


 セシルはユリシーズ教団へと向かい、ロイスとレーネは酒場で待つ。


 しばらくしてセシルが戻ってきた。


「聞くことはできたわ」

「どうだった」

「ユリシーズが守護する領域とは標高の高い場所という意味よ。具体的な標高の条件があるのかについては、ワルト高原より百メートルも下るとダメだって。ユリシーズ教の信徒が増えてユリシーズの守護が強まればこの街も安全になるのかについては、この国全体が信仰心を持てば可能らしいわ」

「標高の低い街が呪林に沈むと、ユリシーズ教徒以外が責められるわけか」


 ロイスもレーネと同じことを思った。


「なんか聞こえてきたけど、何の話?」

「ユリシーズ教が布教活動に来てる。収穫はあった」

「そうなの? 出発遅らせて良かったね」

「そうだな」

「ワルト高原は安全と確信しているのも気になるな。もし実験で確かめているのなら」

「あの呪林作り隊と繋がっていることになる」

「ワルト高原にはユリシーズ教の教会があるそうよ」

「予定通りワルト高原に向かうってことか」


 カノンとウィルも一階に姿を現す。


「そうなるな。エリーゼはまだ寝てるのか?」

「寝てるよ」

「まぁ十時に出れればいいか」

「ロイスさん、料理酒買っていいですか」

「ああ」

「ウィスキーも買って私のスキットルに入れておいてくれ。寝酒にする」


 ロイス達は宿代を払い、フォーデルを後にした。


「やはりベッドで眠れると違うな」

「次もホテルあるといいね」

「疎開指定地だから、まぁ無理だろうな……」


 正午を過ぎる頃、遠方の山陵に黒い雲がかかっているのが見えた。


「今日は夕方降るわよ」


 セシルが言う。


「経験か?」

「ええ。あの形と色だとだいたい降るのよ」

「有益な情報だ。休憩なしでこのまま走るぞ」

「じゃあビスケット食べてもいい?」

「いい。食事は各自車内でとれ」


 急いだ甲斐あって、昼下がりにはワルト高原に到着した。


 高原都市オルニヨの郊外、元々牧場だったと思われる敷地には、バラックが並んでいた。しかしそれだけでは収容しきれないらしく、林の中にもテントが多数建てられている。


「一応宿を探すか」


 小雨が降る中、二両の戦車は大通りをゆっくりと進む。街の中心部には広場があり、見下ろすように古くて大きい時計台があった。シンボルのようだ。


 その近くに大きいホテルがあったので、ひとまず広場に戦車を停めてホテルの門をくぐる。


 しかし案の定、そこは義勇国防隊の駐屯拠点となっており一般客の宿泊は不可能だった。


 仕方がないので野宿に適した場所を探すことにする。


 バラック街は同じ構造の木造の長屋が等間隔に並んでおり、道には戦車はおろか乗用車すら通過できる幅がない。火事になったら全焼するのではなかろうか。


 あの人口密度では閉塞感があるし、衛生環境も悪いだろう。絶対に住みたくない。


 迂回してバラック街の端まで来ると、義勇国防隊と思しき集団が林の木を切り倒し、その場で木材に加工していた。


 近くに戦車を停めると、ロイスはセシルに指揮官を呼んでもらうよう頼む。


 しばらくすると軍服姿の男が現れたので、早速セシルが話しかける。


「物資を買いたいという件は、横領になるから駄目だそうよ」

「そうすんなりはいかないか。だったら、木々の伐採を手伝うよう申し出よう」

「焼き払いますか?」

「いや、レーネ、頼む」


 そう言うとロイス達は戦車を降り、向こう数十メートルに人がいないことを確認する。


 そしてレーネが龍魔法を発動した。


 ――デュアルスキル『電子スピン統一(Direct Spin Rifling)』


 剛龍鉱ドラジウム原子の電子スピンの向きが統一され、発生した磁束に縛られた金属粒子の奔流が木々をなぎ倒し、粉砕し、扇形の空間が出現した。


「ユリシーズの使いとかユリシーズの奇跡とか言われてるわよ」


 どよめきに包まれる周囲の声を聞いてセシルが言う。


「レーネ以外にも林を伐採する手段がある。取引に応じるよう頼んでくれ」


 セシルが再度司令官に話しかけると、引き続き森林を伐採してくれるなら、配給物資を売却するとのことだった。


「物資の購入が先だ」


 そう言ってロイスはセシルを通じて食料と燃料を購入していく。


「木々の伐採だが、この林の向こうにある道と繋いでほしいらしい」


 セシルに言われて林の奥へ進むと、入り組んだ地形と這うように曲がりくねった道が現れた。


 聞いたところでは、オルニヨの高地側で幹線と分岐した支線らしい。


 バラック街が狭すぎて車両が入らないので、反対側から物資を搬入できるようにしたいようだ。


 断る理由は無いので、約束通りカノンやエリーゼの魔法で道を作るように木々をなぎ倒していった。


 ついでに支線へと至る空間だけはウィルの土魔法で抜根しておく。


 伐採作業が一気に進んでだいぶ気を良くしたのか、義勇国防隊の指揮官はセシルとの会話には柔和に応じていた。


 曰く、義勇国防隊としてはユリシーズ教を肯定も否定もしない立場である。個人での信仰は自由。この疎開地は元々国境線での戦いに備えて国境防衛軍の命令で設営を始めたものらしい。


「国境線での戦いというのは、連合軍がベルカやエルフェニアに侵攻した時のことを想定しているのか」

「そうなった時に備えて今から準備しておくのはおかしくない。しかし今から疎開を始めるのは不自然だ。ユリシーズ教と直接繋がってはいないというが、国境防衛軍は民間人の自発的な疎開を受け入れていることになる。何故だ?」

「そこの司令官は、上の命令だって」


 レーネの問いにセシルが答える。


 まぁ、それは現場の人間に聞いてもわからないだろう。


「呪林作り隊も国境防衛軍の所属だった。ユリシーズ教と国境防衛軍は裏で繋がっていると見るべきだな」

「知ってるとすれば、ユリシーズ教の偉い人だろうが……」

「教会にいるかもしれないが、買収に応じるかだな。軍の高官よりは可能性があるか」

「ユリシーズ教の祈祷か儀礼が毎日やってるのかもわからんが、明日教会にその辺りを訊いてみるか」


 ロイス達は自分達で作った林道に戦車を入れ、防水シートを引くとパップテントを木に結びつけて屋根にする。そして両側に戦車を停めることで風よけとした。


 肉こそ手に入らなかったが野菜と雑穀は購入できたので、それを使ってミラとカノンがスープとチーズの揚げ団子を作る。


「今夜は豪勢だな」

「大量に手に入りましたから」

「弾薬庫にも詰め込んであるもんな」

「これ美味いにゃー」


 いつもの通り交代で見張りを立てるが、義勇国防隊の指揮官に話を通してあるので強盗の類いに絡まれる可能性は低い。


 ロイスが見張っている時は何事もなく、リクライニングした戦車の操縦席で就寝した。


 それからどのくらいの時間がたったか、ロイスはハッチを叩く音で目を覚ます。


「ロイス~」


 声の主はレーネだった。


「……どうした。また怖い夢を見たのか」

「違う。向こうの曲がりくねった道を車列が通過しているんだが、多分濃紺色をしている」

「なに!」


 ロイスは戦車から出ると、双眼鏡を持って林の外れへ向かう。


 雨雲は消え去り、月明かりの下、ヘッドライトを点けたトラックと装甲車が低地に向かって列を成していた。


「あれは……胞子の入ったタンクか!」

「となると呪林作り隊か」


 地面に伏せたロイスとレースが呟く。


「戦車はなし。あの甲冑兵がいるかはわからないな」


 そこまで確認するとロイスは身を屈めたまま戦車に戻る。


「総員起床。戦闘準備!」

「敵襲か?」


 すんなり起きたエリーゼが問う。


「呪林作り隊だ。まだ気付かれていない。今なら先制できる」

「攻撃するのね」

「そうだ。エンジン始動。ウィルは硬芯徹甲弾を装填。セシルは軽機を撃て。カノンとエリーゼは荷物をまとめろ」

「エンジンは?」

「始動するんだよ! レーネ、砲撃できる位置まで移動」


 暖気が済んでいない戦車を、レーネがゆっくりと前進させる。


「ミラ、先頭車から狙え。装填中は機銃掃射」


 距離は五百メートルほどか。車列に混乱が生じているのがわかる。


 こちらの発砲炎を見てか、車載機関銃や小銃によって敵部隊から反撃が始まった。


 歩兵が携行できる兵器の中で怖いのは対戦車擲弾とロケット弾だが、この距離なら射程外。


「ロイスくーん。片付け終わったよ」

「ゼアヒルドの横に着けろ」

「二両ほど離脱していきます」

「ウィル、小銃を持って下車。レーネ、ライト点灯!」


 戦車のヘッドライトが点いたことで銃撃が集中し、銃弾が装甲板を叩く音が増す。


 炎上した車両が周囲を照らし、走り去る車両に続いて歩兵が走って行くのが見える。


「戦車前進」


 二両の戦車は走り出し、ウィルとセシルがその後ろに続く。


 壊れた車両へ近付くと、周囲に負傷した兵士とそれを手当てしている者十数名が残っていた。全員が防菌マスクを装備している。


 自動小銃を持ったウィルと軽機を持ったセシルが近付くと両手を上げて降参の意を示した。


 うち一人がこちらに向かって何か言っているが、ドワーフ語なのでわからない。しかし怒っていることはわかる。


 それに対しセシルが何某か応答する。


「自分達は視察武官であり、ランドワーフでの呪林拡大が人為的なものであると知っている。それについて情報を求めていると伝えろ」

「友軍への射撃は重大な軍規違反であり、医療物資の提供と投降を求める、とのことよ」

「医療物資の提供には応じるが情報と引き換えだ。それと呪林の人為的な拡大阻止はベルカ軍の正式な作戦命令だ。情報を提供するなら義勇国防隊に通報しない」

「タンクから胞子が漏れた。傷口から災菌が入るから早くしろ。水もよこせ。取引には応じる。とのことよ」


 負傷者を人質に取るような方法を好ましいとは思わない。


 逆の立場なら早く手当てして欲しいと思うだろう。


「ウィル、ミラ、救急箱と水を渡してくれ」


 セシルがそれを伝えると、相手のドワーフは胸ポケットに手を入れ煙草を取り出した。


 そして火を点けて一息つくと、何やら言っている。悪態をついていることはわかる。


「なんて」

「祖国に呪林作って小娘どもに撃たれてこんな仕事辞めてやるよ。みたいな」

「それは、大変だな……」


 その後は身分証を受け取り、懐中電灯で確認する。


 国境防衛軍、第九装甲連隊、第九二輸送中隊所属。階級は軍曹。それ以外の情報はない。


 聞きたいことは色々あるが、言葉が通じないのはもどかしい。


 しかし当の軍曹はセシルとは色々話しているようだった。今は任せるとしよう。


 流れてきた雲が月明かりを隠しつつあった。

Tips:ユリシーズ教

 ユリシーズ救世説を教義とする新興宗教。

 ユリシーズとは、かつて人類文明が崩壊の危機に瀕した時、地上に現れ生き残った人類を救った救世の神々。民間伝承としては胎生人類の間に広く伝わっている。

 ユリシーズ救世説においては、世の中が乱れても人々の祈りがユリシーズへ届いた時、ユリシーズは再び現れ人類を救済する。そして空に近い場所で暮らしユリシーズに祈りを捧げた人間は、必ず天国へ行くことができる。

 したがって、人類が救われるためには、呪林すら生息できなうような高地に住み、ユリシーズに祈り救済を待つべきであると説かれている。

 教義が単純でわかりすいことからドワーフの間で急速に人気を集めており、ランドワーフでは既に宗教組織が設立され、高地には教会が作られている。

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