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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
一章 金色の断末魔(Battle of Colony)」
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5 敏捷な略奪者

 鉤爪蟲インゼラオプ


 全長二、三メートルの緑色の蟲。前脚が短く鉤爪のようになっており、後ろ脚だけで走行する。


 集団生活を送る習性があり、蟲の中では好戦的な種類。近づくだけで威嚇、攻撃を受ける場合がある。


 呪林に近づいた部隊に対して十数匹の群れが連携して襲い掛かってきたという報告もあり、生身の人間にとっての脅威度は最も高い。


 幸いなのは個々の体重が軽い故に装甲車両に対する有効な攻撃力を持たないことだ。


 無視すれば危険な存在ではないが……。


 二匹の鉤爪蟲は両方とも家畜か何かの死骸を抱え、こちらを気にする様子もなく村へと入っていく。


 その村は家屋の多くが倒壊しており、十数メートルほどの菌樹があちこちにそびえ立っていた。


 呪林に沈みかけている。


「前方の村は呪林化しています。休憩地として使えません」

「蟲が住み着いている時点で問題外だな」

「死神が来て、村が壊滅したんでしょうか」

「それにしては呪林化の程度が小さいな。できたてといった感じで」


 死神は災菌と一緒に大量の胞子もばら撒くため、短期間で巨大な呪林が形成される。


 だが前方の呪林はかなり小規模だ。


「蟲が来る前から無人だったんじゃねぇの? だいぶ朽ちてるぜ?」

「住民は遥か昔に移住してるな」

「瓦礫は多いか?」

「多いですね。しかし道は通れそうです」

「戦闘に巻き込まれたか、或いは戦場そのものだったか」

「ウィル。榴弾用意」

「あいよ」

「討伐するつもりか?」

「あの難民達はこの村を休憩地にするつもりです。このまま近づけば鉤爪蟲に襲われます」

「わかった。ハンティングといこう」


 ロイスの案をレーネも了承する。


「蟲相手に強気じゃないか」

「遠距離で仕留めれば問題ありません」

「初弾で仕留めるにはある程度近づく必要があります」

「仕方ない。止まってるやつ、向かってくるやつだけを撃て」

「了解です」

「戦車前進」


 ロイス達の戦車は廃村に侵入した。


 かつて人々が暮らした形跡は殆ど残っておらず、風化するに任せる人工物と、成長を続ける菌樹の生命力が妙なコントラストを作っている。


 前方には一頭の鉤爪蟲が立ったまま辺りを見渡していた。


「鉤爪蟲はこちらに気付いているだろうか」

「気付かれてますね。こちらを気にしている個体がいます」

「まぁ戦車って煩いからな」


 正面にいる鉤爪蟲との距離が約二〇〇メートルとなったが、突っ立ったままこちらを見ている。


「動かねぇな」

「棒立ちで警戒する生き物ってけっこういるぜ?」


 隠れられてもやっかいだ。ミラなら必中距離だろう。


「停車。戦車砲発射」


 戦車が停止して一秒ほど後、戦車砲が発砲する。


 榴弾は鉤爪蟲の近くで爆発し、吹き飛ばした。


「命中確認」


 これで他の個体が逃げて行ってくれればいいが。


 するとすぐに、辺りから甲高い鳴き声が複数聞こえてきた。


 危険を知らせ合っているのか……?


 今のところ他の鉤爪蟲の姿は見えない。


 戦場と違っていきなり狙撃されることはないので、その点は人間相手より安心だ。


 目抜き通りを走行していると、所々に土饅頭があることに気付く。


 土饅頭からは犠牲になった生き物の脚や胴体が露出していた。


 そして菌樹がそれを苗床にして発芽している。


「なんで墓みたいのがあるんだ?」

「捕まえた得物を土饅頭に埋めて保管してるんじゃないか?」

「じゃああれは鉤爪蟲がやったって言うのか」

「そうなんじゃねぇか。この環境で生きていけるのは蟲だけなんだから」

「うーむ。だとしたら――二時方向、鉤爪蟲! 九時方向もだ!」


 ロイスの声に呼応するように、レーネがブレーキを踏み、ミラが戦車砲を発射する。


 榴弾は接近してくる鉤爪蟲の後方で爆発し、鉤爪蟲をこちらに吹き飛ばす。が、生きている。


 滑るように吹き飛んだ鉤爪蟲は起き上がり、接近を再開する。


突撃アングリフ! 轢き潰してください!」

「よし」


 レーネがアクセルを踏み込むと戦車は一気に加速。直後、衝撃と鈍い音が響き、鉤爪蟲を跳ね飛ばす。


 戦果を確認すべく、ロイスが振り返ると、戦車のすぐ後ろに鉤爪蟲がいた。


 三匹。というか、速い!


 ロイスは咄嗟にキューポラのハッチを閉めペリスコープでの視察に切り替える。


 次の瞬間、戦車の天板に何かがぶつかる音がした。


「こいつら速いな!」

「問題ない。奴らに攻撃手段はない」


 驚くべき俊敏さだ。


 今は戦車と並走しており、廃村を走り回るだけでは振り切れそうにない。


「このまま街の外まで出るか?」

「連れ出してしまうのも一手ではあるが……」


 奴らはこの廃村をテリトリーにしている。素直にどこまでも追ってきてくれる保証はない。


「近接兵器が欲しいですね」

「ああ。同軸機銃も壊れているし……陛下、次の角を右に。ミラ。一時方向仰角照準」


 ロイスの指示通り、レーネは十字路を右折する。


「まだ追ってくるぜ」

「ミラ。あの高い建物の二階部を撃て。発射」


 戦車砲が放つ榴弾は三階建て建築物の二階部に命中。三階部が崩れ落ち、瓦礫が道路へと降り注ぐ。直後、戦車は急停止した。


 ロイスが指示を出すまでもなく、レーネがブレーキを踏んだのだ。


 惰性で数メートル直進した二匹の鉤爪蟲はそのまま瓦礫の雨へと突っ込んでいった。


「陛下。素晴らしい!」

「わかっていれば当然だ」

「車体旋回。通りの反対側へ」


 戦車が信地旋回し、向きを変える。


「死んだでしょうか」

「出てきたら榴弾を撃て。だがそれとは別にもう一匹いるはずだ」

「この村を探し回るのか?」

「待ち伏せて倒す。ウィルがな」

「オイラが?」

「外に対戦車銃があるだろう」


 ウィルが持っていた対戦車銃は砲塔の後ろの雑具箱に、蓋の留め具に紐を通して取り付けていた。


「速すぎて照準できないぜ?」

「この道なら前か後ろのどちらかしか来ない。前から来たら戦車で撥ねる」


 両側を建物に挟まれた場所に来た戦車は停止し、ウィルが榴弾を装填。ロイスと車外に出る。


 直後、戦車砲が発砲した。瓦礫から這い出てきた鉤爪蟲をミラが撃ったらしい。


 ウィルとロイスは雑具箱から対戦車銃を取り外す。


 そしてウィルは対戦車ライフルの二脚を開いて地面に立て、カートリッジケースから銃弾を薬室に送り込む。そして戦車の隣に寝そべった。


「それ単発なんだな」

「ベルカが作った武器だろ! なんで知らないんだ」

「見たこともなかったし」

「ま、蟲の狙撃には向いてるよ」


 鉤爪蟲の足音が聞こえたのでロイスとウィルは口を閉じる。


 そして道路の両側から鉤爪蟲が一匹ずつ現れた。


「二匹いるじゃねぇか!」


 言いつつウィルが射撃する。銃弾は鉤爪蟲の頭部に命中。


 小さな鳴き声を漏らしつつ、鉤爪蟲は地面に倒れた。


 それとほぼ同時にレーネがアクセルを踏み、走り出した戦車と鉤爪蟲が接触する。


 鉤爪蟲を正面装甲と地面の間に引っ掛けたまま戦車は前方の家屋へと突進。


 それを打ち崩すようにして衝突し、後退を始める。


 鉤爪蟲は息絶えているようだが、脚はピクピクと動き続けていた。


 この光景もロイスには堪える。


「陛下。この街を出ましょう。集団で狩りをする鉤爪蟲が残っている可能性は低いです」

「鳴き声も聞こえないしな」


 ウィルが耳を前後に動かす。


「わかった」


 戦車は再び目抜き通りを西に向けて走行する。


「この村の菌樹は生物の死骸から発芽しています。この呪林は鉤爪蟲が作ったものと思われます」

「私もそう思う」

「まぁ鎌蜻蛉がここを目指していたとは限りませんが」

「少なくともここは死神の痕跡ではなさそうだな」

「お、あれ鉤爪蟲の卵じゃねぇの?」


 ウィルが指さす先には建物の基礎だったと思われる区画があり、敷かれた樹木の上に球体が密集していた。


「ミラ、破壊しろ。ウィル、榴弾装填」

「あいよ」

「了解」


 榴弾により鉤爪蟲の卵は粉々に吹き飛んだ。


「もう十分です。集積場に向かいましょう」

「賛成だ。もう燃料の余裕がない。あと三〇キロも走れない」

「この廃村で休憩できないのは、難民は気の毒だな」

「遠目にも呪林化していることがわかる。誤って近づいてしまうことはないだろう」

「知らせる手段が無いのが口惜しいな」

「できることはやりました。履帯跡もある。移動しましょう」

「よし」


 呪林を構成する菌樹と蟲は災菌と共生関係にあることがわかっている。逆に災菌の存在しない場所では長生きできないという研究結果もある。


 人間の体内にいる数百種類の常在菌が、人間の生存に不可欠であることと同じだ。


 逆に言えば胞子と災菌をセットで移動させれば、呪林はその範囲を広げることができる。


 鉤爪蟲が体液を家畜の死骸などに注入すれば、災菌もまたその内部で増殖、禁呪は速やかに成長する。


 そうして呪林が一定の大きさまで広がれば、蟲にとってそこが新たな生息地となる。


 鉤爪蟲には自らの生息域を広げようとする習性があるのかもしれない。


 だとすればこの地域で小規模な呪林が多数出現しているという情報も、鉤爪蟲の習性が原因ということになり死神とは関係がない。


 この辺りをいくら探し回っても死神には会えないことになる。


 集積場で聞き込みをして情報を集め、死神の目撃情報がないようであれば、一度本国に帰った方が良いかもしれない。


 ロイス達は戦車に揺られながら西へと向かった。

Tips:呪林じゅりん

 千年前に突如出現した菌類による森。菌樹は高いもので数十メートルにおよぶ。

 呪林の中は災菌が漂っているため防菌マスク無しでの接近は死を意味するが、生息する蟲の戦闘能力も極めて高く、敵対した場合は深刻な脅威となる。

 菌樹と蟲は災菌と共生関係にあることがわかっており、呪林の広がりは災菌の拡散に直結するため人類にとって深刻な脅威となっている。

 そのため焼き払おうとする試みが幾度と試されたが、菌樹や蟲は偶素イーブンという半金属原子を中心に構成されており、頑丈な上に燃えにくい。

 しかも呪林に対して危害を加えると蟲による攻撃を受けるためかえって呪林と災菌が拡散してしまう場合が多く、対抗策は呪林から離れた場所にいる蟲の殺害と小規模な呪林の破壊くらいである。

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