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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
三章 救世を説く牢獄(Battle of Landwarf)
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6 黒衣の部隊

「榴弾装填。トラックの履帯を狙え」

「あいよ」

「セシル、構わないか?」

「同じドワーフを撃っていいものかどうか、今ここで決める?」

「そうだ」

「そんなわけないじゃない。軍を脱走した時に決めたわよ」

「……そうか。済まない」

「もし彼らが無関係であったなら、私は出頭して軍法会議に出る」

「あんたに会えてよかった。……撃て」


 ロイスの言葉に続いて、ミラが発砲した。


 榴弾はハーフトラックの転輪に命中し、車体側面を吹き飛ばす。


 続いてエリーゼが発砲し、別のトラックが炎上を始めた。


「照準敵戦車。硬芯徹甲弾装填。任意に撃て」


 硬芯徹甲弾。無炸薬の軽い砲弾を高速で撃ち出す弾種。


 今回の様に無用な被害を増やしたくない場合にも有効だ。


 燃え盛るトラックに照らされて敵の動きが見える。


 残ったトラックはこちらに背を向けて走り出す。一方戦車は旋回しつつこちらに砲身を向けつつあった。


 状況はこちらが圧倒的に有利だ。測距が済んでいるうえにハルダウンしている。


 トラックを庇うように動いているのはランドワーフ軍の軽戦車、Pz.40『シェスキー』か。


 戦前のランドワーフ軍が求めていた『軽くて少人数で動かせる』戦車であり、ランドワーフ軽戦車の集大成。


 東方侵攻戦では大いに活躍した戦車だが、軽戦車という分類そのものが陳腐化した現在では攻防力の不足は否めない。


 ミラとエリーゼがほぼ同時に発砲。しかし敵戦車の後方に外れ。


 発砲炎からこちらの位置はバレたようで撃ち返されるのが見えたが、こちらの前方に着弾した。


 夜戦で先制できたのは圧倒的に有利だ。


「命中確認」

「次の目標を狙え」


 ロイスは周囲を伺うが、敵の別働隊がいる様子はない。


 敵の戦車砲は小口径だけに短い間隔で発射してくるが、周囲の土か樹木を吹き飛ばすだけで被弾はない。


 一方ミラとエリーゼは二両を仕留める。


 残った一両は味方の残骸に隠れるように後退し、遁走を始めた。


「ウィル、榴弾装填。セシルは警戒」


 走り去っていくシェスキーに向けてミラが発砲し、砲塔に掠るように着弾。爆発して車体後部を炎上させた。


「撃ち方止め」


 赤い炎が煌々と照らす中、大きな影が複数動き、トラックの荷台から何かを回収していた。


「なんだあれ。セシル、わかるか?」

「いいえ。見たことないわ」


 脚と腕があり人影と言って間違いではない。しかし異様に大きい。


 その容姿は知見から言えば甲冑騎士に近い。しかしずんぐりしていてスマートではないし、高貴さを示す装飾もない。しかも上半身に首がなく腕の関節は三つという異様な外観だ。


「証拠を持ち帰られるわけにはいかん。ミラ、エリーゼ、機銃撃て!」


 二両の戦車の同軸機銃が発砲を始めた。


 命中しているはずだが、甲冑兵が動きを止める様子はない。


「効いてないようだぞ!?」

「だが榴弾だと証拠品まで吹き飛ばしてしまう」


 ロイスは双眼鏡で食い入るように見つめる。


 背中に巨大なタンクを二つも背負っている。トラックの荷台から降ろしているのも同じタンクか。手には何か放射器のようなものを持っている。


 ここでセシルが軽機関銃で射撃を始める。指切りを繰り返して発砲しているが、銃弾は同じなのでやはり被害を与えられない。


「ランドワーフ軍にはあんな装甲服があるのか?」

「あるわけないでしょ。きっと旧暦時代の遺物よ」

「だろうな。平然と作業を続けているあたり、戦車砲にも耐える自信があるのか?」


 徹甲弾直撃なら倒せるかもしれないが、この距離で狙うには的が小さ過ぎる。


 攻撃兵器は持っていなようなので、この場は様子を見るしかないだろう。


「撃ち方止め。周辺警戒」


 ずんぐりとした甲冑達は、森の中へと入っていった。


「戦車後退。俺達もここから離れる」

「街まで戻るのか?」

「セシル。シェスキーのエンジンはガソリンか? ディーゼルか?」

「ガソリンだったと思うわ」

「なら離れたところで野営して、明日燃料を回収する」

「ふはは。引火しなかったものがあるかな」


 ロイス達はその場から十キロほど移動した場所で、交代して仮眠を取った。




 翌朝、撃破した戦車の残骸を物色するため、昨晩の戦闘現場へ赴く。


 壊れたトラックの周辺では菌樹が発芽を始めていた。


「やはりタンクの中身は胞子だったか」

「国内に呪林を作って何を企む」

「注意しろ。昨晩の連中はおそらくまだ森の中にいるぞ」

「この向こうは菌樹だらけということか」

「ともかく、戦車の燃料タンクを確認する」


 炎上しなかった戦車は二両。硬芯徹甲弾が貫通した穴が複数開いている。


 トラックは榴弾の破片と銃弾で全体が穴だらけになっており、原型を留めていない。


 戦車の砲塔部にはランドワーフの国籍表示があり、車体にはBDFと書かれている。


「BDF?」

「国境防衛軍のことよ。できたのは最近で私も詳しく知らないけれど」

「本当に正規軍だとしたら厄介だな」

「そうだとしても、極秘部隊かもしれないわよ。部隊章も番号も描かれていないし」

「真相を知るには、国境防衛軍について詳しく調べる必要があるな」


 撃破した戦車の燃料タンクにガソリンが残っていたので、給油口の下にジェリ缶を置き、給油ポンプでガソリンを抜き取っていく。


 燃料を手にしたら速やかにこの場を離れるだけだ。


「ロイスさん。菌樹が生えた場所を焼き払ってもいいですか?」

「なに?」

「今ならまだ焼却処分できると思います」

「確かに。よし、やれ。山火事にするなよ」

「では実行します」


 そしてミラは銀製ナイフを取り出し、炎魔法を発動した。


 燃素の結晶が飛翔し、戦車とトラックの残骸。その積荷、足首ほどまで成長した菌樹を取り囲むように着弾して一斉に爆発する。


 現場は直ぐに業炎に包まれた。


「この火力……素晴らしい」


 ミラがうっとりした表情で呟く。


 ロイス達がしばらくそれを眺めていると、戦車の残骸が次々と大爆発を起こした。


 相当な轟音が空気を伝わってくる。森の中にいる呪林作り隊の連中まで届いたことだろう。


「弾薬庫の存在忘れてたな」

「素晴らしい……」

「もう十分だ! 消火!」


 ミラが銀製ナイフを動かしていくと、魔法によって生じた炎が急速に消えていく。


 ほどなくして、一帯には黒く焦げた焼け跡が残った。


「久しぶりに、すっきりしました」

「ではルツェルンに戻るぞ」


 二両の戦車は西に向かって移動を始めた。


 ルツェルンに戻ると、休憩がてらホテルに赴いて義勇国防隊と話をする。


「呪林の規模が広がったかどうかはわからないらしいわ。焼却しろとの命令も聞いてないみたい」

「単に森一つ燃やしてしまうという決断ができないだけか、それとも呪林が広がると都合が良い人間が上層部にいるか」

「それと、この街は国境防衛軍の管轄にあるそうよ」

「なら義勇国防隊も国境防衛軍の所属なのか?」

「そういうわけではないみたい。義勇国防隊はお手伝いさんとして招集された地域で働いているらしいわ」

「義勇国防隊は上の方も何も知らないかもな」

「国境防衛軍の司令官がどこにいるか、ね」

「国境付近を走っていると、また呪林作り隊と出くわす可能性があるわけか」

「相手が正規軍なら脱走兵以上に手強いぞ。できるだけ戦闘は避けたい」

「そうだな。当初の予定通り、ワルト高原を目指そう」


 行きがけに湖で魚を捕って、スープで煮込んで昼食とする。香草が良い風味を出している。


「ホテルは泊まれなかったけど、魚も捕れたしけっこう良い街だったね」

「おそらくこれは密猟だがな」

「え、捕ったらいけなかったの?」

「オイラは地元で釣りしても怒られたことないぜ?」

「ここまで大きい湖だと、組合かギルドがある。取り締まりがあるだろう」


 レーネの言う通り、この街にとって水産物は極めて重要な資源であり、本来は観光客が勝手に捕ることは許されていない可能性が高い。


 漁師の疎開は猶予されているそうなので、見つかるのは時間の問題だ。


「疎開先でもホテルはやってない可能性が高い。川があったらセシル頼む」

「魔法が役に立って良かったわ」

「しかし、水産資源が豊富なのは羨ましいな」

「ベルカにも川とか湖はあるよね」

「川沿いの地域では食べているが、それ以外の場所ではな。北部は凍るし」

「ランドワーフは急流が多いから凍らないのよね」

「だが雪は降るだろう。急がないとな」


 ロイス達は食器を片付けると戦車に乗り込み、高地にあるという疎開先を目指して走り出した。

Tips:炎属性魔法

 気体分子である燃素フロギストンを扱う魔法。

 大気中の燃素は不活性であるが、魔力を受けるとK殻の電子が励起してL殻に移動し荷電子が四つの状態となり、酸素と反応し莫大な燃焼熱を生じる。

 その燃焼熱によって魔力影響下の燃素が連鎖的に酸化反応し、火炎が広がっていく。

 また、燃素を円柱状に配列し一端に着火すると火炎の伝搬が急激に速くなり、炎というより熱線の様な状態となる。

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