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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
三章 救世を説く牢獄(Battle of Landwarf)
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3 機甲猟兵

「おいお前、すぐに身体を洗え! 水は提供する!」


 キューポラから身を乗り出したロイスは叫ぶ。蟲の血液の飛沫が少女に付着しているからだ。


 肩と前腕の装甲やヘルメットの一部が青く染まっている。


「あら、ありがとう。是非お願いするわ」


 対する少女は落ち着いたものだ。せいぜい中学生にしか見えないが。


「手で顔を触るなよ。災菌が体内に入る」

「ロイス、街に入るか」

「ああ。街も混乱しているだろうが」

「近くに川があるわよ」

「ならそこに向かおう。案内してくれ。変な話だが」

「こっちよ」


 そういって歩き出す少女は、速足ではあるが、表情に全く焦りが見られない。


「蟲の血液に、災菌が含まれていることは知っているよな?」

「勿論よ」

「そうか」


 感染は時の運とでも考えているのか? しかし簡単に割り切れる話でもあるまい。


 街から少し離れたところに、草原を横切る小川があった。


 ロイス達は戦車を停めると、テントを一張り出して川辺に立てる。


「タオルと消毒液ならある。ミラ、頼む」

「お任せください。ドワーフの方はこちらへどうぞ」

「ありがとう」


 そう言ってミラとドワーフの少女はテントの中へ入った。


「見た目は普通だが、只者じゃねぇな」


 ウィルがロイスに話しかける。


「ああ。おそらくはロナ族だな」

「ロナ族?」

「ランドワーフ南東部のロナ高原で生活する民族だ。サーカス団を聞いたことないか?」

「あー、昔近くに来てたような。まぁオイラ貧民街の出だから」

「ロナ族は飛びぬけて筋力に優れる。俺はサーカスを見たことあるが、全員が超人だ」

「へぇー。ドワーフにはそんな奴らがいるのか」

「褐色の肌に銀色の髪。間違いないだろう」


 ベルカンやエルフに南北で多少の外見的差異があるように、ドワーフの中にも少し外見が異なる民族がいる。


 ロナ族は早ければ生後三ヶ月目で立つと言われ、その体格からは考えられないほど重い。これは筋肉肥大ではなく、遺伝的に筋肉の密度が高いからであることがわかっている。


 一般的なドワーフと同じく背が低いため、他の人種から見ると子供が超人的な力を発揮するように見える。


 ロナ族のサーカス団が大人気な理由も一つはそれだ。


 しばらく雑談していると、ドワーフの少女とミラがテントから出てくる。


 黒いタイツの上から肩まである籠手と脛当てを着け、草摺の様な形状のスカートをベルトで留めていた。


 スカートの左右には大量の箱型弾倉が貼り付いており、後ろには拳銃が付いている。


 装備していた鎧とヘルメットはテントの前に並んで置かれていた。


 鎧が取れると華奢に見える。ドワーフの女性として背は高い方なのかもしれないが、顔立ちから十代前半にも見える。


「ありがとう。助かったわ」

「発熱する気配はあるか?」

「ないわ」

「そうか。まだ絶対安心とは言えないが」

「私なら大丈夫よ」

「感染したら確実に死ぬからな。用心するに越したことはない」

「災菌の恐ろしさはよく知っているわ」

「その割には落ち着いてるな」

「あまり信じられる話ではないかもしれないけれど、私は感染しても平気なのよ」

「……もしかして、一度感染して発症したが、熱が下がって寛解したのか?」

「理解が早いわね。まさにそう。私はもう感染しているのよ」

「そうだったのか! 俺達もそうだからな」

「あら、奇遇じゃない!」

「もしかして魔法も使えるとか?」

「電気が操れるようになったことを言っているなら、その通りよ」


 まさかの僥倖だ。入国して二日目で同じ境遇のドワーフに出くわすとは。


 先ほどの戦闘能力といい、是非仲間に引き入れたい。


「実は俺達は胎生人類を救うために旅をしている。危険な旅ではあるんだが、協力してくれないか?」

「……そうね。良いわ。話を聞かせて」

「ありがとう。見たところ軍人の様だしできる範囲の協力で構わない。幸いお前は共通語も喋れるし」

「私は大学を出ているから、それくらい当然だわ。それに私はもう軍人じゃない」

「……ん? なんですと!?」


 じゃあ年上だったのか! そういえば、彫りが浅くて童顔なのもロナ族の特徴だった。


「あの……失礼しました。俺はロイス・エンデマルクと申します」

「全然気にしないわ。貴方が隊長さん?」

「ええ、はい」

「私はセシリー・フラン。よろしくね。ロイス君」


 銀髪ショートヘアの女性、セシリーが微笑んだ。


「フランさんはランドワーフ軍の機甲猟兵なんじゃないですか?」

「ええ。元、だけど」

「もう軍人じゃないと?」

「ええ。扱いとしては脱走兵になるかしら」

「……誘ったのはこちらですが、ここに至るまでの経緯について話してくれませんか?」

「いいわよ。少し長くなるけれど」

「今シートを引きます。ミラ、お茶の用意を」

「畏まりました」


 戦車の雑具箱からシートを取り出すロイスとウィルを、カノンとエリーゼが少し離れた場所から見ている。


「そういやオイラも脱走兵だよな」

「ウィルは死んだことになってるから問題ない」

「羨ましいわ。私はお尋ね者だから」

「込み入った事情がありそうですね」

「そっちも、エルフにルクスと、それなりの事情がありそうね」

「ええ、まぁ頼れる仲間なので、エルフのことは気にしないでください」

「私は気にしないわ。憎いのはドワーフだから」

「じゃあ同席させますね」


 防水シートを二つ並べ、その上に七人が座る。


「こっちの自己紹介も後でしますが、人数が多いのでフランさん先にお願いします」

「わかったわ。仲間に入るなら私の事情も知っておいてほしいし」


 ミラが分隊ストーブに火を入れたところで、セシリーが話を始めた。


「私は元々義勇師団で小隊長をしていたの。大学で士官教練課程を修了していたから、それで徴兵されたのね」


 ベルカやエルフェニアに比べて人口が少ないランドワーフには国民皆兵制度が存在する。そしてほんの七年前までは武装中立を謳っていた。


「さっきロイス君が言ったように、私はロナ族で機甲猟兵だったわ。東部戦線でミネル連邦まで行ったわね」


 機甲猟兵とはランドワーフ軍にのみ存在する兵種だ。正式名称は機関銃装備甲冑猟兵。機甲猟兵の装備と運用はロナ族の比類なき身体能力によってのみ実現している。


 特徴は何と言っても現代の戦場で装甲服を着ている点だ。加えて主要武装が軽機関銃であり、機甲猟兵はそれを小銃か突撃銃の様に扱う。


「義勇師団ってのは有事に組織される民兵組織でしたか?」

「そうよ。基本的に後方支援だけれど」

「セシリーさんはミネルまで行ったんですよね」

「義勇第一と第二は主力扱いなのよ。私は第一所属だったわ」

「そうなんですか。どの辺りに?」

「チェルヴォネツの手前まで」

「もしかして、義勇第一師団の第四機甲小隊ではないか?」


 ここでレーネが口を開く。


「実はそうなの」


 第四機甲……聞いたことあるような。


「あのトルニスカの狼か!」


 レーネが驚嘆の声を上げた。


 ロイスもその名は知っている。


「やっぱり有名?」

「今大戦のロナ族と言えばな」


 ミネルの大都市チェルヴォネツ攻略を試みるベルカ軍とランドワーフ軍は、その準備として両翼のミネル石軍撃破を狙っていた。


 うちランドワーフ軍は北側のトルニスカを担当していたが、堅固な防御陣地に正規軍が苦戦する中、義勇軍の機甲猟兵が一個小隊で丘陵地帯のダムを占領。放水してミネル石軍の防御陣地を水没させるという大戦果を上げ、その小隊はトルニスカの狼と呼ばれ絶賛された。


「お茶が入りました」


 ミラがトレイに乗せたカップの一つをロイスは受け取る。


「もう二年も前になるのね」


 セシリーが懐かし気に言う。


「一個小隊で敵壊滅って凄いですね」

「だいぶ尾ひれが付いてるわね。実際には軽戦車の中隊がいたわ」

「それでも小規模ですよね」

「そんな精鋭がなんで脱走兵に?」


 ウィルの質問こそが、ロイスも最も知りたい点だった。


「それはね。正規軍に裏切られたからよ」


 セシリーは紅茶を口に入れて一息つく。


 そして軍関係者の中で『グリヴナポケット』と呼ばれる戦いについて話し始めた。


「七月の上旬に、グリヴナで敵に両翼包囲されてしまったの。私達はそこを守るはずだったんだけれど、正規軍の一部が北側へ離脱してしまったのね。そのせいで私達は完全に孤立したってわけ。まぁ孤立部隊の半分は正規軍だったから正規軍に裏切られたというのは言い過ぎだけれど、とにかく酷い目にあったわ」

「最終的には三分の二が脱出できたそうだな。孤立部隊の中でも義勇師団の功績が大であったと聞いている」

「詳しいのね。そう言ってくれると嬉しいわ」

「ランドワーフ軍がグリヴナで包囲された原因は義勇師団の命令違反にあると発表したことも知っている」

「その通りよ。包囲網の中で頑張ったのは義勇師団なのに。私は何とか帰ってこれたけれど軍法会議にかけられることになってて、びっくりして単車盗んで逃げてきちゃった」

「それは余計にまずかったのでは?」

「実は戻ってくる前にある程度話を聞いていたのよ。義勇師団の士官クラスが共謀して逃亡したことになってるって。だから軍法会議に出たら良くて懲罰部隊かしら」


 セシリーの穏やかな表情のまま少し笑う。


「それについてはベルカ軍も根拠のある説明を求めているぞ。ランドワーフ軍は制度に問題があったとして義勇師団を解体して、それ以降説明は無いがな」

「ふふふ、貴方は何者かしら。まぁ悪者にされてる義勇第一と第二は壊滅しちゃったから死人に口なしだけれど」

「フランさんが災菌に感染したのは逃げる前ですか後ですか?」

「前よ。重装備を捨てて脱出したから敵が来なさそうな呪林の畔を移動したのね。そしたら地図より呪林が広がってて。仕方なく引き返したけれど私を含め何割かが感染してたわ」

「生き残れたのは良かったですね」

「本当にそうね。普通に街道を通ってもパルチザンに襲われたらしいから」

「俺達も襲われたことありますよ」

「またしても奇遇ね」

「この後はどうするつもりなんですか?」

「本音を言えば、義勇師団の名誉を回復したい。懲罰部隊に転属になった生き残りを助けたい」

「それは……公爵を説得すればいいんですかね?」

「義勇師団に原因があったと発表したのは公爵だから、それは無理ね」

「だとすると、作戦記録が残っていれば真実を明らかにすることも可能かもしれませんね。ただ、公爵閣下が過ちを認めてくれるかどうかは」

「望み薄ね。それに作戦記録自体が処分されている可能性もあるわ」

「難しいですね。……フランさんがベルカに亡命することは可能かと」

「私も死にたいわけじゃないから、最終的にはお願いするかも。でもその前にやりたいことがあるのよね」

「なんですか?」

「作戦記録を探してみるわ。見つからない場合でも死んだ仲間の無念は晴らしたい」

「告発ですか」

「逃げた部隊の指揮官を暗殺するのよ」

Tips:ロナ族

 ベルカンやエルフが南北で多少の外見的違いがあるように、ドワーフの中にも容姿を異にする民族が存在する。

 平均標高が四千メートルを超えるランドワーフ南東部のロナ高原で生活するロナ族は、褐色の肌に銀髪という大部分のドワーフとは明らかに異なる外見的特徴を持つ。しかし何よりも特徴的なのはドワーフの中でも飛びぬけて筋力に優れることである。

 ロナ高原出身者は早ければ生後三ヶ月目にして両足で立ち上がると言われ、その体格からは考えられないほど重い。これは筋肉肥大ではなく、遺伝的に筋肉の密度が高いからであることがわかっている。

 他の民族から見ると小柄な体格の者が超人的な力を発揮するように見えるため、それを利用したサーカス団が有名。

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