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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
三章 救世を説く牢獄(Battle of Landwarf)
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1 迷子の戦車

 四四年一一月。


 エルフェニアから戻ったロイス達はルクスバキア領邦の首都マイエリンツに滞在していた。


 ロイスの叔父であるオスカー・エンデマルクは所用で近衛師団司令部から離れており、ロイス達は図書館で人民革命党との戦いについての記述を纏めていた。


 そして数日後にオスカーが戻り、ロイスとレーネは近衛師団司令部へ赴いて執務室のソファに座っていた。


「ロイスから電話で多少話を聞きましたが、まずはご健勝のこととお慶び申し上げます。陛下」

「私達が無事に帰ってこれたのは幸いだった」

「色々大変だったようですね。元首自らのご奉公には敬服するばかりです」

「畏まった話はいい。災菌を克服したと思しき人物の情報は無いか?」

「お話致しますが、聖別者と呼ばれた人物から治療薬は作れそうにありませんか?」

「機関車に轢かれて粉々になった死体、というか肉片はベルカに届いたが、体液すら無く役に立たないそうだ」

「その辺りは普通の人間と同じですか」

「生け捕りとはいかずとも完全な死体が手に入れば、少しは違ったかもしれない」

「その点は誠に不運でした。ロイス、次はもっと上手くやれ」

「ロイスは素晴らしい働きだった。ロイスがいなければ確実に死んでいた」

「それは叔父として鼻が高いです。では本題ですが、災菌を克服したと思われる別の人物が見つかっています」

「本当か!?」

「勿論です陛下。昨日までに手に入った情報はまとめてあります」


 そう言ってオスカーは机の上の茶封筒から数枚の紙を取り出す。


「ユリシーズというものは、陛下もご存じですね?」

「勿論だ」


 ロイスも知っている。


 ユリシーズとはかつて人類文明が崩壊の危機に瀕した時、争いを沈め、僅かに生き残った人々を癒したと言われる天使達である。胎生人類の広い範囲で知られる民間伝承だ。


「あくまで神の御使いに過ぎないユリシーズですが、それを救世の神々であると解釈する新興宗教がランドワーフで広がっています。名をユリシーズ教といい、そのリーダーが聖別者と呼ばれています」

「自ら聖別者と名乗っているのか?」

「そのようです。そして災菌を完全に克服しており、ユリシーズの加護を受けたと喧伝しています」

「となると、魔法使いか」

「はい、光を操ることができるそうです。その点は目撃者が多数おります」

「ユリシーズ教団は、人民革命党の様にテロ行為におよんではいないのですか?」

「最近ランドワーフの国境付近に相次いで呪林が出現している。ただし、ユリシーズ教団との関連性は不明だ」


 ロイスの問いにオスカーが返す。


「人民革命党のように、自分達の仕業だと公表はしていないわけか」

「はい。ユリシーズ教団は救われるために空に近い場所で祈りを捧げよと唱えています。実際に高地に移住する信徒もいるようです」

「呪林が出現しているのは人民革命党の時と同じだが、教団の目的は不明、か」

「その点も調べる必要があります。ランドワーフとベルカを結ぶ鉄道は健在なので、移動に問題はありません。ただ、呪林の移動は考慮すべきと考えます」

「私達の出番だな」

「蟲はいるのですか? 目撃情報は?」

「無い。まぁできたばかりの呪林だしいないんじゃないか?」

「エルフェニアの時はいたんですよ!」

「それを調べるのもロイスの仕事だろ」

「まぁ、蟲には極力関わらない。私も同じ気持ちだ」

「共通点が多いと蟲を操る装置まで持ってるんじゃないかと不安になる」

「戦況的な猶予が無い。すぐに出発したい」

「戦車の用意はできています」

「おお。ヨゼフィーネはスクラップになってしまいましたからね」

「隕石がぶつかったと聞いた」

「敵がそういう魔法使いだったんです」

「魔法使い相手に戦車はどうなんだ?」

「相手の魔法によりますが、機動戦は有効です」

「それなら、用意した甲斐がある」


 そう言って立ち上がるオスカーに続き、ロイスとレーネも廊下に出た。


「戦車の種類はなんですか?」

「モルガンのH型だ。ルクスバキアに行くならリゼルの方が良かったかもな」


 モルガンとはベルカ軍が最も大量に使用する三〇トン級中戦車である。性能や信頼性に不足はないが、リゼルより重く機動性では劣る。


 ランドワーフ公国は国土の大半が山岳であり、起伏が多い。


 急勾配に出くわした時、リゼルなら登れたのに、といったことになりかねない。


「不整地では重い方が有利という意見もあります」

「そこらへんは俺にはわからん」


 司令部の駐車場に行くと、深緑、赤茶、灰黄色の三色に塗られたモルガンが一両停まっていた。


 小型化した砲塔とザウコフ型防盾。確かにH型だ。車体側面にはサイドスカートが着いている。


「というか、一両しかないですね」

「エルフが二人増えたことは知ってる。だがな、いきなり仲間が増えたと言われても急に戦車は手配できない」

「昨日まで数日空けてたじゃないですか。その間にもう一両手配してないんですか?」

「新設される第一装甲師団の編成や連携の打ち合わせで忙しかったんだよ」

「第一装甲師団の新設?」

「消滅した近衛師団と壊滅した第一装甲師団を合体させるわけだが、事実上の新設だ。俺はそこの通信部に移籍した」

「そうだったんですか」

「これだって第一装甲師団に配備予定の予備車両を引っ張ってきたんだ」

「もう一両引っ張ってこれないのか?」

「連絡済みです。陛下。ただ極秘任務なので用途を公にできず、何がいつ来るかは……」

「二人しか乗らないから訓練用の戦車でも良いだろう。それなら員数外の車両が手に入るんじゃないか?」

「了解致しました。すぐに探します。陛下」

「では私達は、図書館に行ってランドワーフについて調べよう」

「そうだな」


 ロイスとレーネはオスカーが纏めた資料を受け取り、司令部を後にした。


 ランドワーフ大公国。ベルカ南東側に隣接するドワーフ国家。胎生枢軸三つ目の構成国。


 国土の殆どが山岳であり、鉄鉱石や石炭だけでなく貴金属も豊富に産出する。


 鉄鋼業が盛んで、冶金、合金技術に秀で、精密加工も得意。


 体格は背が低く筋肉質で、全体的に陽気で大酒飲み。エルフとの仲は悪い。


 この辺りが一般的に抱かれるイメージ。


 まぁランドワーフの地理名や基本的な文化はレーネが丸暗記しているだろうから、俺が今から全て把握する必要はない。


 道中に想定される問題としては意思疎通がある。


 ランドワーフは長年武装中立を掲げていたことから共通語の普及率が低い。一部のエリート層しか話せないと聞いた。


 まぁこれもレーネがドワーフ語を喋れるので大きな心配はない。単語集くらい持って行けばいいだろう。


 最大の懸念事項は地形だ。


 ベルカより温暖とはいえ、高地は既に積雪しているだろう。一二月に入れば低地でも雪が降り始めるかもしれない。しかも今年は明らかに例年より寒い。


 雪中登山は普通に死ぬのでそうなったら引き返すしかない。無駄足にしたくなければ、一日でも早く出発する必要がある。


 そう言った意味では二台目の戦車を待っている時間は無いかもしれない。


 モルガンH型は四人乗りだが、それ以前の型式は五人乗りだった。つまり今からでも座席を追加し、レーネを除いた五人で出発することも物理的には可能だ。


 まぁそれはレーネが絶対納得しないうえに、他の女と一つ装甲の中となれば怒り出すレベルだろう。


 手近な小型軍用車を手に入れてカノンとエリーゼはそれに乗ってもらうか。


「ロイス。昼は何が食べたい?」

「カツレツ」

「よしシェフに作らせよう」


 ロイスとレーネは昼食をとるために一旦ホテルへ戻った。




 翌日、ロイス達六人は図書館でランドワーフについて勉強していた。


「ランドワーフの料理ってなんにでもチーズつけるよね」

「チーズいいよなぁ。オイラが食べても腹下さないし」

「そもそもなんでドワーフはチーズたくさん作るのかな」

「それは国土が山岳だからだ。山の斜面は畑作に向いてないんだ」

「小麦とか作れないから牛を育てるの?」

「そうだ。人間が食べないような草なら生えるから、それを牛に食べさせて乳をとるんだな」

「へぇー。じゃあわざわざチーズにするのは?」

「夏にチーズを作って涼しい高原に保存するんだ」

「そうなんだ。工夫するんだなぁ」


 レーネの解説にカノンが納得する。


「チーズに穴が開いてるイメージもドワーフのチーズのせいだからな」

「イラストだとだいたい穴開いてるよな」

「ふはは。チーズの話もいいが、先ほどから外が騒がしいようだ」


 ドワーフ傭兵の本を読んでいたエリーゼが窓の方を見やる。


「……確かに」


 ロイスは立ち上がると窓の方に近寄る。


 図書館の前の大通りには軍服を着た獣人ルクスの行列があった。それを気にする住民が周辺の建物や脇道から覗くように顔を出している。


「帰還兵だな」

「と、言うより敗残兵ではないか?」


 エリーゼが謎の余裕の笑みを浮かべて言う。


「再編成に来たんだろう」


 凱旋といった感じではない。全体的に疲れた表情をしている。撤退してきたことは間違いない。


「なんか見てて辛いぜ」

「ああ。重装備も置いてきたって感じだな」

「三日前は爆撃で起こされた。いよいよマズいのではないか?」

「あんなのはただの威力偵察だ」

「でもミネル石軍がルクスバキアに近付いてるって事だよな」

「治療薬さえあれば状況は変わる。だからあんまり時間を潰したくないんだが……お?」

「……どうした?」

「あの戦車、一両しかいない」


 ロイスが指さす先には暗青灰色の装輪戦車があった。


 たった一両だけが歩兵の行列の隣をゆっくりと走っている。


「なんで一両だけなんだろうな。他の車両が全滅しただけかもしれないが……」


 ロイス達が眺めていると、その装輪戦車は図書館の前で停まってしまった。


 操縦手ハッチから上半身を出すルクスが腕でバツを作り、その後も動き出す様子はない。


「見に行ってみるか」


 図書館の一階に向かうロイスの後に五人が続いた。


「どうした、故障か?」


 ロイスが声をかけると、キューポラから顔を出すルクスが反応する。


「いや、燃料切れだよ」

「他の車両はいないのか?」

「いない、と思う」

「なんで曖昧なんだ」

「いやー、実は俺達この部隊の所属じゃないんだよ」

「え、そうなのか?」

「俺達は第一五四師団の所属。この行列は第一六二師団。俺達は偵察中に味方と逸れちまって、後退中に一六二師団と合流したんだ」

「それって脱走にならないか?」

「そんなこと言ってる状況じゃなかったんだよ。原隊がどうなったのかわからない」

「なるほどなぁ……。ところで相談なんだが、この車両、放棄しないか?」

「え? いや小銃とかとはわけが違うよ」

「この車両は前線で撃破されたことにする。この額でどうだ」


 ロイスは財布から小切手を出すと、戦車の装甲板の上で数字を書く。


「へぇ、あんた金持ちなんだな。ベルカンの貴族?」

「そんなところだ。それから、エルフ二人に動かし方とか教えてやってほしい。これが授業料だ」


 そう言って一万メレー札を四枚、車長に渡す。


「いいよ。でもガソリンはない」

「それはこっちでなんとかする」

「え、ちょっと待って、私がこの戦車操縦するの?」

「そうだ」

「これ車輪ついてるけど」

「そういう戦車なんだ」

「ロイス君達のとは違うよね」

「別に同じのが用意されるとは言ってない」

「レーネちゃんに訊けないじゃん」

「今覚えろ。お前ならできる」

「えー、やってみようかなぁ」

「ウィルも話を聞いておいてくれ。俺とレーネは司令部に行く」

「わかった」


 ロイスとレーネは司令部に着くと、戦車を動かして図書館の前まで移動し、装輪戦車を牽引して司令部の駐車場まで移動させた。


 この新たに入手した装輪戦車にはグレスドールという正式名称がある。


 履帯ではなく車輪で動くもののれっきとした二〇トン級の戦車であり、高い機動性を持つ。


 装甲は不十分と言わざるを得ないが、それを補うためにエンジンを車体前面に置き、砲弾をエンジンで受け止めることで乗員を守る設計になっているのが特徴だ。


 元々は偵察用に開発された戦車だが、ルクスバキア領邦での生産に適していたためグレスドールの半分以上はルクスバキア内の企業によって生産され、ルクスバキア軍の事実上の主力戦車となっている。


「余としてはもっと小さい戦車で良かったと思うがな。車長と砲手を兼任しながら七五ミリの砲弾を装填するのは非合理だ。いくら余が天才と言えど、物理的な壁は越えられんぞ」

「単なる足だと考えろ。戦うときは機銃を撃てばいい」


 ルクスの戦車兵が内部構造について説明している間、オスカーに手招きされたロイスはそちらに向かう。


「明日出発でいいんだな?」

「燃料があればですが」

「司令部に備蓄はある」

「あるところにはありますね」

「けっこう前線が近付いてきたからな」

「もう一一月なので一日でも早く出発します」

「しかし現役の戦車があっさり手に入るとはな。そんな簡単に受け渡して良いものなのか?」

「良くはないですね。戦車は炎上するまで放棄してはならないことになっています」

「戦車兵は大変だな」

「二両目の戦車がいつ来るかはわからないんでしょう?」

「ああ。照会中とのことだ。だが名目が中継地の警備用だからな。旧式戦車が来る可能性が高い」

「やはりあのグレスドールで出発します」

「わかった。二両目の戦車は取り消しておく」

「ただし無傷で戻ってくる保証はありませんからね。引き続きモルガンの手配はお願いしますよ」

「何とかする」


 その後は必要な物資を戦車に積み込んでいく。


 モルガンは車体側面と砲塔後部、グレスドールは砲塔後部に雑具箱がある。加えて搭載弾薬数を減らし、弾薬庫にも日用品を詰め込む。


「パンはまたあのライ麦パンなんだね」

「圧搾ビスケットよりはマシだろ」

「余はこれをパンと呼ぶことに反対なんだが」

「はぁ、今日の夕食のパン、鞄に詰め込もう」

「メイド。あの鳥の餌の良い調理法はないのか?」

「ランチョンミートで挟むと食感をかき消せます」

「腹の足しにはなるか」


 旅の準備を終えたロイス達はホテルへと引き上げた。

Tips:八号装輪戦車グレスドールA型

車体装甲厚(前/側/後):30/20/10

砲塔装甲厚(前/側/後):80/20/14

戦闘重量:20トン

エンジン:V型12気筒ディーゼルエンジン400hp/2100rpm

最高速度:100km/h

主砲:7.5cm kwk100(48口径)

副武装:7.92mm機関銃×1

乗員:4人


概要

 ベルカ軍が使用する八輪の装輪戦車。

 リゼルの生産終了を決定したベルカ軍は、旧式の軽戦車が担っていた偵察任務のみならず、対戦車戦闘も可能な新型戦車の開発を決定した。

 既存の戦車の生産を阻害しないため、開発は主に装甲車やトラックを生産しているリーフェン社に発注された。

 重量は標準的な橋梁の耐荷重である二〇トン以下に制限され、ディーゼルエンジンの採用が厳命された。逆に装甲厚への細かな指示はなく、防御力の不足は機動力で補うものとされた。

 こうした要求仕様に対し、リーフェンの開発陣は装輪式を採用した。また、車体前部に置いたエンジンで砲弾を受け止め乗員を守る設計になっている。

 その他にも八輪独立懸架、四輪駆動、ランフラットタイヤ、一面スタビライザーなどベルカンらしい凝った機構が多く、生産コストはリゼルと大差ない。

 基本的に擲弾兵師団の偵察中隊に配備された本車は、まだしも余裕のあるディーゼル燃料が使え、行動範囲が広く、擲弾兵師団が自由に使える装甲戦力として歓迎された。

 ただし軍規模で見ると同時に多様な戦車を運用することになってしまい、補給面は複雑化した。

 なお急速に動員を進めるルクスバキア軍は、戦車の生産経験の少なさと燃料の入手性からグレスドールが量産に最適と考え、最優先での生産を決めた。その結果グレスドールの半分以上はルクスバキアのボフミール社によって生産され、ルクス戦車部隊の事実上の主力となっている。

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