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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
二章 操蟲が造る楽園(Battle of Elfenia)
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19 聖別者

 地面に衝突した隕石は一斉に転がり始め、周囲の建築物を蹂躙していく。


「中に入るぞ!」


 ロイス達は宮殿の中へ入った。


 俺達が中に入ったのは気付かれているか?


 周囲は闇夜。エリーゼを回収した後のことを考えると、この建物の発電機を破壊し、真っ暗な中を逃走したい。


 外からエアロダイトの塊が爆発する音が聞こえる。


 ホールへ進むと階段があったので地下に降りた。


 聖別者がいち早く異変に気付いたということは地上にいる。地下に行けば出くわす事はないはずだ。


 それに発電機が地下室に置いてある可能性もある。


 地下も電灯は点いていた。


 一つ目の内開きのドアを勢いよく開けると、同時に壁に張り付く。


 数秒してから思い切って中を覗くが、人の気配なし。古い紙の臭いがする。


 コンクリート打ちっぱなしの地下にロイス達の足音が響く。


 そして二つ目。ドアに鍵がかかっていたので、ロイスは拳銃を発砲して破壊する。


 中に入って懐中電灯を照らすと、エリーゼはそこにいた。


 座り込んでいたエリーゼは一泊置いて姿勢を正す。


「ははは! やっと来たか! 待ちくたびれるところだったぞ」

「……なんだお前泣いてたのか」

「泣いてない」

「ミラ、エリーゼの縄を切れ」


 そう言ってロイスは部屋の外に出る。


 目的を達成した以上逃げるだけだが、他に地上への出口はないのか?


 その隣のドアの側まで来ると、中から機械音が聞こえてきた。


 ロイスはドアを開けて中に飛び込む。


 そこには薄緑の大型機械が置かれていた。シリンダーブロックが見えるのでおそらくディーゼル発電機。


 やはり地下にあったか。


「これを壊しに来たわけか」


 追い付いてきたエリーゼが訳知り顔で言う。


「その前に、搬入口があるはずだ」

「向かいのシャッターではないか?」


 エリーゼに言われて振り返ると、確かにシャッターがあった。


 側にあるボタンを押すと、シャッターが上に開く。


 あとは発電機を破壊するだけだが、銃弾では時間がかかるだろう。


 ロイスは専門家ではないので構造上の弱点もわからない。


 故に魔法で破壊する。


 銀製ナイフから放たれた黒い魔法は発電機に衝突すると、構成部品を飲み込みながら直進。間もなく発電機は停止し、周囲は真っ暗になった。


「出るぞ」


 そう言ってロイスは搬入口へ向かう。


「ロイスさん。解熱剤を」


 ミラが差し出す錠剤を、ロイスは受け取って口に入れた。


 搬入口から出ると、外も街灯が消え真っ暗だった。


 よし。後は闇に紛れて逃げるだけ。


 ウィルは、大丈夫だ。


 いつも冷静で大らか。対戦車猟兵時代に養った精神力。そして高い身体能力。


 状況から進退を適切に判断するだろう。


「逃げるぞ!」

「ウィルは?」

「駅で待つ」

「マウザーは別行動か」

「お前を探してんだよ」

「ふはは。なるほど」


 走り出したロイスの頭上から大きな影が迫った。


 金属が擦れる様な音に気付いたロイスが振り返ると、巨大な鋏甲蟲シェーレケーファーが鋏を振り降ろしていた。


 咄嗟に銀製ナイフを抜き、頭部に向けて魔法を放つ。


 黒い球体は鋏甲蟲の頭から胴体までを突き抜けて絶命させたが、切り離された鋏はそのままロイスに落下する。


「ロイス!」

 レーネとミラが鋏の残骸を持ち上げ、ロイスが抜け出す。


「大丈夫だ」


 大事は無かったが、このまま魔法を使い続ければ体力が尽きる。


 頭上からは羽ばたき音が聞こえてきた。複数の鎌蜻蛉が集まりつつある。


 ロイス達は上方を警戒しながら走るが、鎌蜻蛉は様子を見るかのように襲ってはこない。


 そして、空が青白く光った。


 天魔法による隕石がロイス達へ迫る。


「来るぞぉ!」


 叫びつつ銀製ナイフを抜こうとするが、感触がない。そういえばさっき腰に戻した記憶がない。


 落とした!


 ロイスの隣でレーネが銀製ナイフを抜き魔法を発動。


 ――デュアルスキル『電子スピン統一(Direct Spin Rifling)』


 ドラジウム原子の電子のスピンの向きを統一する能力。


 龍属性魔法は発生した磁束に縛られ、細く、長く、速くなる。


 赤黒く光るドラジウムの奔流は隕石にぶつかり、貫通して打ち砕く。しかし、飛び散る破片はなおも大きい。


 そこにミラの魔法が命中する。


 共有結合した燃素の結晶が衝突した瞬間に爆発し、爆風で破片を吹き飛ばす。


 周囲に飛散したエアロダイトは地面に衝突すると自然崩壊し、青白い光と熱を放つ。


 細かな破片が風に乗って降り注ぎ、ロイス達の被服を傷付ける。


 そして未だ爆炎の残る空中に、もう一つの隕石が迫っていた。


 咄嗟にレーネが銀製ナイフを向け、魔法を発動。


 ドラジウム粒子が隕石を破壊するが、小さくなった複数の破片が地面へ降り注ぐ。


 防ぎようが無い。やられる。


 ロイスがそう思った時、前方に巨大な盾が出現した。


 ――デュアルスキル『クラスター結合(Nanotube Conductor)』


 白い半透明の材質。漂属性魔法!?


 青白い結晶が次々と巨大な盾に衝突。轟音と強い衝撃が大気を震わせる。


 衝撃で盾にも亀裂が入ったが崩壊には至らず、ロイス達は守られた。


「で、できたー!」

「カノン! お前か!」

「間に合って良かったー」

「国王はどうした!」

「駅に行ってるって!」


 国王と一緒にいろと言ったはずだが。とはいえ、カノンが来なければ死んでいたのも事実。


 助けられた。


 角を曲がったところで、またしても隕石が降ってきた。


「任せて!」


 カノンは銀製ナイフを掲げ、魔法を発動。先ほどと同様の大盾が出現する。


 落下してきた隕石は建物を破壊し、大盾に衝突。砕けて周囲に飛散した。


 その他にも三発の隕石が周辺に着弾し、市街を破壊する。


 狙いが甘い。聖別者は俺達を直接視認できていない。


 おそらくは頭上の羽蟲。こいつらの姿でおおよその位置を把握されているのだ。


 するとこのまま地下鉄の駅にたどり着いても聖別者には筒抜けということになる。


 だが、それでも向かうしかないか。地上で戦い続けても、カノンが消耗してじり貧になるだけだ。


「ロイス。上の蟲で位置を補足されているのではないか!?」

「多分そうだ。でも魔法は使いたくない」

「わかった」


 十分ほどして、ロイス達は地下鉄の駅にたどり着く。


 そこに隕石が通りの両側から突っ込んできた。


「大丈夫!」


 そう言ったカノンは魔法を発動。


 白い長方形の大盾が二つ出現し、転がってきた青白い球体を防ぐ。


 その間に他の人間は地下鉄構内へ入ってゆく。


 ロイスも階段を降りようとした時、巨大な影が躍動し、カノンの姿が一瞬で移動した。


「見つけたぞ。資本主義の犬ども」


 聖別者は蟲に乗っており、その蟲の前脚がカノンを抱えていた。


 雷螳螂ドナーアンベーテ


 外見は華奢だが素早く、原理は不明だが外殻に通電させることがわかっている。


 それで獲物を麻痺させ捕食するというわけだ。


「うわーん、助けてぇ!」

「王女と交換だ」


 駄目だ、銀製ナイフがない! 拳銃弾では効かないだろうし、カノンに当たる。


 数刻の間があった後、再び聖別者が口を開いた。


「いや、お前達はここで殺しておく」

「よせ! そいつが本当の王女だぞ!」


 ロイスが叫ぶのと同時、エリーゼが雷螳螂の前に躍り出る。


「より硬く。より速く!」


 ――デュアルスキル『自由電子結合 (Reinforce)』


 エリーゼは闇魔法を発動した。


 常温常圧では液晶状態であるはずの紫闇鉱(ニュクス)だが、湧き上がる闇魔法は途中から鮮やかな金属光沢を放ち始めた。


 鋭利なニュクスの帯が幾重にも振り下ろされ、雷螳螂の頭部と前脚を切断した。


 更に。地面を覆うニュクスの上に崩れ落ちた雷螳螂は、殆ど摩擦を受けず滑るように移動していく。


 その上にしがみつく聖別者の怒りの声が聞こえる。


 放り出されたカノンもまたニュクスの上で尻もちをつき、こちらに滑ってきた。


「エリーゼ、今の!」

「ふはははは! 余の新たな力だ!」

「それもだが、そのナイフ」

「貴様が落としたのを拾っておいたぞ」

「言えよ!」

「わーいエリーゼありがとう!」

「王位を譲ってくれればいい」

「早く地下に行け!」


 聖別者がすぐに立て直してくる様子はない。今のうちに地下鉄で逃げる!


 階段を駆け下りたロイスは目当ての物が無い事に気付く。


「れ、列車は!?」

「見当たらない!」

「何ぃ!?」


 トレミア駅で止めたはずの列車がない。


「どうしよう!」

「走るしかねぇ!」


 ロイスが線路に降りようとした時、地下構内が大きく揺れた。地響きがする。


「瓦礫で押し潰すつもりか」

「デナリウスまで移動すればこっちの勝ちだ!」


 しかしそうはいかなかった。


 プラットホームに、角飛蝗シャーフレッケが現れる。鋏甲蟲や雷螳螂に比べれば小さいが、群れで行動する点が厄介だ。


 ロイスは機関短銃を構え発砲する。


「カノン、とにかく撃て! 弾切れたら捨てろ!」

「う、うん!」


 拳銃弾で最初に姿を現した角飛蝗の動きを止めたが、角飛蝗は続々と姿を現してきた。


「ミラ、焼き払え!」


 ミラが炎魔法を放ち、プラットホームにいた角飛蝗が火達磨となる。


 それでも動きは止まらないので、レーネとエリーゼ、カノンが魔法で攻撃する。


 カノンの魔法は以前の半透明の直方体とは違って白い槍状となっており、威力も格段に上がっていた。


 角飛蝗の群れの攻勢は防いだ。


 しかしその間も地表からの地響きは続いており、遂に地下鉄の駅は崩落した。


 ロイス達の頭上をニュクスの膜が覆い、降り注ぐコンクリートと土砂から守る。そして落下してきた隕石さえも防ぎ切った。


 エリーゼの能力はニュクスの金属結合を強化する。通常の液晶状態で様々な形状を形成し、瞬時に強靭な金属となって攻防力を高めている。


 天井を失った構内からは夜空が臨めるようになった。


 その一部が青白く光り、崩落した駅の三方に隕石が落着。


「他愛もない」


 そして聖別者が線路に降り立ち、その前方にも隕石が落着した。


 後はそれを線路沿いに転がすだけだ。逃げ場はない。


 その後方からは地響きにも似た騒音が聞こえてくる。


「やはり、ユリシーズが言う通り、共産主義こそが人類進化の形なのだ!」


 勝ち誇った聖別者の背後から列車が姿を現す。


 そして先頭のディーゼル機関車が聖別者を引き潰した。


 聖別者が死んだことをすぐには認識できなかったが、列車が迫っていることは事実なのでロイスは咄嗟にプラットホーム下の退避スペースへ跳躍する。


 その直後、線路の上を赤黒い魔法の奔流が通過。列車を粉微塵に破壊し、戦闘は終結した。


 ロイス達はデナリウス駅へ向けて地下鉄の線路を歩く。


 蟲が襲ってくる可能性があったので警戒しつつ無言で歩くが、結局襲撃はないままデナリウス駅にたどり着いた。


 レオナルド王は客車の座席に座っており、カノンが車両に入って話しかける。


 ロイス達がプラットホームで三〇分ほど待っていると、ウィルが姿を現す。


「おお、無事だったか」

「そっちこそ、全員無事か。寧ろ人増えてるし」

「国王を救出できた」

「そいつは良かった」

「だが、聖別者は死んだ」

「血液は?」

「回収できなかった。死体が粉々になって瓦礫の間だ」

「どんな殺し方したんだよ」

「相手が勝手に地下鉄に轢かれて死んだんだ」

「ふーん。ま、全て上手くはいかないよなぁ」

「俺達は最善を尽くした。お前もすぐ帰ってきたし」

「オイラの苦労は無駄だったかな」

「そんなことない。まぁ俺達はウィルの状況を知らないわけだが」

「宮殿の一階を探し回ったけどエリーゼいなくて、聖別者っぽい奴に見つかって、しかも蟲が建物に入ってきたんだ。身動きが取れなくて困ってたら外で戦闘始まったからそっちに参加しようと思ったけど、走ってる途中で戦闘が終わったんだよ」

「エリーゼは地下にいた」

「無事ならなんでもいいけどな」

「あの崩落した駅から戻ってきたのか?」

「そう。帰ってくる間すげぇ不安だったんだぜ。なんか血の匂いしたし」

「全部聖別者のだから安心しろ」

「なるほどなぁ」


 全員揃ったところでロイス達は列車に乗り込み、アレンセ駅に向かう。


 列車が動き出すと雑談する余裕が戻ってきた。


 座席の一番端ではカノンとレオナルド王が会話をしている。


 俺達の旅の目的などを説明しているらしい。


 駅に着いて最初にやったことは、被服の焼却だった。


 ロイス達は車から予備の軍服を取り出すと各々トイレで着替え、脱いだ服はミラの魔法で灰にする。


 外はまだ真っ暗だった。長期戦だった気もするが、一晩と経っていないのだ。


 駅を出ると車に分乗し、ソダリータスの構成員を置いてホテルへと向かった。


 ロイスの運転する車の後部座席にカノンとレオナルド王が座る。


 防菌マスクを取ったことで、ロイスはレオナルド王の顔を初めて生で見た。


 以前テレビ中継で見た事があるので本人であることはわかる。


 拘禁生活で少しやつれており、髭が伸び放題になっている。


「挨拶が遅れお詫び申し上げます。リークライゼ陛下」

「こちらこそ、極秘裏の訪問となり申し訳ございません」


 レオナルド王の言葉にレーネが返す。


「カノンから事情を伺い、ご立派な志に改めて感服しているところです」

「王女殿下とそのご学友の英雄的な働きによって命拾いしました」

「娘も世話になりました。出会いは偶然と聞いていますが、お役に立ったなら幸いです」

「信頼できる友人です。魔法といい戦車の操縦といい、親近感を感じます」

「実は陛下のお誕生日に戦車が送られたと聞いた娘が、戦車を欲しがったのです」

「体力はつきますよ。陛下もいかがですか?」

「一度娘の隣に乗りましたが、大変な乗り物だ。私は乗馬の方が好みです」

「相変わらずのお手並みですか」

「機会はありますが、開戦以降は軍務です」

「儀礼では花形の務めと存じます」


 しばらく車を走らせると、宿泊しているホテルに着く。


「私達はここで休ませて頂きます」

「明日以降の列車と宿は私とカノンで手配致しましょう。今夜は私もここで休みます。カノン、一部屋追加だ」

「ご配慮感謝します」


 ホテルに入り、カノンがフロントで職員と会話するのを見届けると、ロイス達は自分達の部屋に向かう。


 疲れ切ったロイスは何とかシャワーを浴びて就寝した。

Tips:龍属性魔法

 重金属元素である剛龍鉱ドラジウムを扱う魔法。

 ドラジウムは自然界には殆ど存在しないため、魔法使いは周囲の金属元素を合成してドラジウムを生成する。

 極めて不安定な物質であるドラジウムは魔力影響下でも金属結合しないため、金属粒子として扱う。加えて数秒で崩壊するため、射程が短い。

 魔力を受けるドラジウムは赤黒い光を発する。

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