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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
一章 金色の断末魔(Battle of Colony)」
4/130

4 避難民

 翌朝。日の出の頃に起きだしたロイス達は缶詰だけの朝食を済ませる。


 そして鍋で煮沸した水を各々の水筒に入れると、戦車に乗り込んだ。


「燃料、オイル漏れなし」

「バッテリー異常なし」

「ベンチレーター作動確認」

「前方障害無し」

「エンジン始動」

「戦車前進」


 レーネがアクセルを踏み込み、戦車は前進を始める。


 目的地はベルカ軍の物資集積場だ。


 戦場は膨大な物資を要求する。その需要を満たすための補給の主力は鉄道であり、後方から前線の物資集積所まで、大量の物資を一括して運ぶ。


 そして物資集積所から各戦域に向かって、鉄道なり車両なり馬匹なりで需要に合わせた物資を送るのが一般的だ。


 ロイス達が目指している集積場は前線が一気に押し戻されたことを受けて新たに整備されたものである。


「戦車の中ってのは煩いなぁ」

「お前耳でかいもんな」

「お前らは大丈夫なのかよ」

「イヤホンしてるからな」


 動いている戦車の中はとても煩い。喉元マイクとイヤホンは必須だ。


 車内通話によって位置の離れた車長と操縦手も意思疎通ができるし、イヤホンは耳栓としての効果もある。


「オイラもイヤホンはしてるけど、なんかこう、耳全体から振動が入ってくる」

「それはルクス特有だな」

「ルクスの戦車兵はどうしてる?」

「あー、そういえば耳を挟むようなヘッドホン着けてたな」

「やっぱそういうのあるよな。どこで手に入る?」

「これから行く物資集積場ならあるかもな」

「そいつは期待だ」


 何度か小休止を挟み、移動速度と経過時間から現在位置を推測する。


 太陽の位置がだいぶ高くなっていた。


「陛下。川があります。少し早いですが昼食にしましょう」

「わかった」


 戦車から降りると、ミラは分隊ストーブの上に鍋を乗せ、水洗いした鉄板の上で野菜を切る。


 鍋で作るのはソーセージ、ジャガイモ、にんじん、キャベツの入ったスープ。


「美味い。でもオイラニンジン嫌いだからロイスにやるよ」

「お、おう」

「代わりにビスケットくれ」

「ええ……今回だけだぞ。物資集積所で補給できるからな」

「ありがとよ」

「次からはウィルさんにはニンジンを除いて他の野菜を入れるようにします」

「頼む。オイラコーンとトマトも嫌いなんだ」

「嫌いなもの多過ぎだろ」

「トマトは腐ったのを食ってからだめだ。でも原型を留めてなければいける」

「わかりました」


 ロイスは好き嫌いこそないが、限られた食材で作るスープに飽きがきているのも事実だった。


「集積場では燃料もさることながら、食材の補給にも期待したいところだな」

「果物が手に入るといいんですけどね」


 ここでウィルの耳が左右に動く。


「……エンジンの音がするな」

「車両か?」

「多分な。二、三両いるぜ」

「どっちだ」

「あっちだな」

「様子を見るか」


 ロイスは戦車の後部に乗ると、双眼鏡でウィルが指さした方向を見る。


「何か見えるか?」

「人の列です」


 レーネの問いにロイスが答える。


「人? 敵か?」

「いいえ。難民ですね」

「難民?」

「ベルカンです。列を作って西に向かっています」

「なるほど。避難民か」


 六月下旬から八月中旬までのミネル軍による大規模攻勢により、戦線は大きく西に移動した。


 占領したスケイル共和国で様々な仕事に従事していたベルカンは、進撃を続けるミネル軍への恐怖心から自主的に本国への避難を開始していた。


「ハーフトラックと無線装甲車がいます。エンジン音はあれでしょう」

「ロイス。あれは蟲か?」


 レーネが別の方向を指さすので、ロイスはそちらを見る。


 そこには全長二メートルほどの空飛ぶ蟲。鎌蜻蛉ゼンゼネウラが優雅に空を飛び、難民の列に近づいていた。


「鎌蜻蛉です」

「一匹だけなら、はぐれ蟲か」

「いや。遠くに群れがいますね」

「群れの移動か。またどこかに呪林ができたな」

「あいつは多分群れの斥候だぜ」


 ロイスと同じ方角を見ていたウィルが言う。


「斥候?」

「外敵がいないか調べてるのさ」

「そういう習性があるのか」

「オイラのいた部隊でもそういうことがあった」

「なら放っておくのがベストだな」


 その時、銃声と共に火線が鎌蜻蛉に向かって伸びた。無線装甲車の乗員が車載機関銃を撃ったのだ。


 胴体と羽に当たったらしく、鎌蜻蛉はもんどり打つようにして落下していく。


「撃ちやがった!」

「あーあ。やっちまったな」

「群れごと襲ってくるか?」

「多分な」


 呪林の蟲は無暗に攻撃しないのが原則。しかしそれはあくまで前線にいる将兵かその報告を聞いた人間の認識。


 後方の人間が知らなくても無理はない。


「民間人を助けるぞ!」

「相手は羽蟲の群れですよ!?」

「それがどうした! 民を助けるのが貴族の務め!」

「薬のせいでハイになってますね!?」

「なってない!」

「行くしかないか……気持ち悪いが」

「ロイスは蟲が嫌いなのか?」

「見た目が不快なんだ」

「ロイスさん。助ける方法を考えましょう」

「陛下。どうします?」

「こっちに引き付けるしかないだろう」

「ですよね……」


 ロイス達は速やかに食器を片付けると、戦車に乗って移動する。


 鎌蜻蛉の群れは難民に向かって進路を変えていた。


 難民のいる方を見ると、対空射撃をしようというのかハーフトラックから三脚銃架を持ち出そうとしている者がいる。


 ロイス達は一度停車し、軍服を着た男に声をかけた。


「おい! 撃つな!」

「友軍か! 貴方がたは?」

「説明している時間はない。蟲は俺達が引き付ける!」

「できるんですか!?」

「任せろ!」

「我々はどうすればよいですか!?」

「防菌マスクの無い者は布を顔に巻くように言え!」

「了解!」


 ロイスはキューポラの機関銃を鎌蜻蛉の群れに向けると、引き金を引いた。


 放たれた銃弾は鎌蜻蛉の群れに飛び込み、うち何匹かを殺傷する。


「うわ、こっちに来る!」

「作戦成功だな」

「問題はここからですよ!」

「よし、飛ばすぞ!」


 レーネがアクセルを踏み込み、戦車は一気に加速。時速は五〇キロに到達する。


「陛下! 追いつかれます!」

「向こうは飛んでるからな! さっさと撃ち落とせ!」

「しまった、撃ち切った」


 機関銃の弾帯は標準で五〇発であり、引き金を引きっぱなしだと三秒ちょっとで撃ち切ってしまう。


 ロイスは砲塔内に入ると使用済みの弾帯を放り捨て、新たな弾帯を手にすると弾薬袋に入れる。


 そして銃上側のフィードカバーを開けると弾帯を左側面の給弾口から入れて右側に引っ張り、金具に当たったところでフィードカバーを閉じる。


 コッキングハンドルを引いて装填完了。


 作業が終わった頃にはもう照準器が不要なほど蟲が接近していた。


 口元の大きな牙が横に開いているのが見える。キキキという鳴き声も聞こえる。


「うおぉぉぉ!」


 ロイスは再び発砲を始めた。


「ロイス。当たってないぜ」


 砲塔上面の装填手用ハッチから頭を出すウィルが機関短銃を手に言う。


「なんとかしてくれ!」


 ウィルが拳銃弾で何匹かに引導渡したが、まだ数匹残っている。


 そして、もうロイスが装填している時間はありそうになかった。


「くそぉ!」


 ロイスは腰から銀製ナイフを引き抜いた。そして切っ先を目前まで迫っていた鎌蜻蛉に向け、魔法を発動する。


 黒い球体が鎌蜻蛉に向かって飛んだ。ちらちらと瞬くような黒い魔法。


 ロイスの魔法は鎌蜻蛉の頭に直撃し、鎌蜻蛉は墜落した。


「蟲けら風情が!」


 自分を鼓舞して嫌悪感を怒りに変え、魔法を放っていく。


 ウィルの機関短銃による射撃もあって、全ての鎌蜻蛉を地面に叩き落とすことができた。


「陛下! もう顔を出して大丈夫です」

「蟲は全滅か」

「飛んでる奴はいません。転進して轢き潰して下さい」

「わかった」


 戦車は一度減速してから進路を変更。元来た道を引き返し、未だに地上でのたうっている鎌蜻蛉を轢き殺していく。


「蟲は轢き殺すのが確実で安心だな」

「履帯には良くないぞ」


 そうしてロイス達は難民達のもとへと戻ってきた。


「鎌蜻蛉は全滅させた」

「その、ようですね」


 軍服の男が戦車の前面装甲に付いた青い体液を見ながら言う。


「お前達は避難民か」

「はい。本国に戻る途中です」

「そのような命令が出たのか?」

「そういった街もあります」

「どこを目指している?」

「ここから西へ三〇キロほど行ったところに、軍の集積場があります。そこへ行けば、鉄道で本国に帰れます」

「わかった。無事を祈る」

「あの、護衛を頼めませんか? 戦車がいれば心強い」

「悪いが任務がある。俺達も西に向かうので、敵がいれば排除しておく」

「そうですか……。それでは、お気をつけて」


 難民の列から離れ、ロイス達は西を目指す。


「あの鎌蜻蛉達はどこに向かっていたんだろうな」

「西に向かっているように見えましたね」

「となると、西に新たな呪林ができたということか」

「死神がいるかもしれません」

「……会わなければ、始まらないからな」


 西に新たな呪林ができたのであれば、死神が作った可能性がある。


 呪林の拡大は胎生人類の生存に直結する極めて深刻な問題だ。


 しかし死神を倒すことはできない。銃も砲も効かなかったという話だ。


 ならば死神と会って血清が欲しいと頼む時に、ついでにこれ以上呪林を作らないで欲しいと頼み込むべきか。


 正午を回って数時間ほど走ると、遠くを何か生き物が走っているのが見えた。


「蟲がいます。鉤爪蟲インゼラオプですね」

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