16 空中散布
戦車を少し走らせたところでカノンとエリーゼを発見する。
「無事で良かったー」
「敵は倒したのか?」
「戦車はな。アルセリオは動きそうか」
「やってみる」
そう言ってカノンがアクセルを踏むとアルセリオは前進を始めたが、エンジンから金属同士がぶつかるような異音がする。
「ヨゼフィーネでアルセリオを牽引する。エリーゼ、砲塔を後ろに回せ」
ロイスとウィルがワイヤーで二両の戦車を連結すると、レーネがアクセルを踏み戦車は進み始めた。
「あ、動いた」
「アルセリオの方が十トン以上重いのがネックだ。カノンも適宜アクセルを踏んでくれ。エンジンの回転数は上げるなよ」
「うんわかった」
「とりあえず拠点に戻ろう」
連結した二両の戦車が角を曲がると飛行艦が見えてくる。
「人民革命党のマークがあるね」
「随分低く飛んでいるな」
低く飛んでいる理由はすぐに判明した。
飛行艦から、拡声器を通した演説が聞こえてきたのだ。
「我々は人民革命党。王族企業の搾取によって虐げられてきた労働者の開放を約するものである! 我々は本日ラヴィアテ州に理想国家であるエルフォ民主共和国への参加を求めたが、我々の平和的な呼びかけは武力によって破壊された!」
山の向こうから現れた飛行艦は街の中心部へ進んでいく。
「我々は王政によって意図的な貧困を強いられていた南部の出身である! 故に搾取される労働者の痛みがわかる。今こそ平等な新社会を築き、いずれ新たな統一を成し遂げる! しかし、ラヴィアテ州は労働者から搾取し続ける道を選ぼうとした。故に事前の警告に則りトラツィオを呪林化し、ラヴィアテ州に反省と帰属を要求する!」
事前警告がいつどのような形で行われたのか知らないが、どうあれ見過ごせる話ではない。
「ソダリータスは高射砲を持ってないか!?」
「高射砲は持ってない」
「海側まで来てくれれば停泊中の艦艇から撃てるかもしれないな」
「蟲が出てきたぞ!」
ロイスが覗く双眼鏡の先では、飛行艦の船体から鎌蜻蛉が次々と飛び出していた。
蟲達が脚で抱える袋からは灰白色の胞子がばら撒かれていた。
あの方法ならば風上にも胞子を散布できるし、蟲はそのまま虐殺に使える。
胞子が内包する災菌も胎生人類にとって致命的だ。
街の上空に大量の蟲が出現したことで、街は大混乱に陥った。
大通りは街の外へ向かおうとする人々の群れでごった返し、戦車は人の流れに囲まれて身動きが取れなくなる。
「エリーゼ、迂回できるような道はないのか?」
「あるにはあるが、そこも人で一杯だろう」
「まぁ、そうか。仕方ない。カノンは魔法で蟲を撃て。エリーゼは防御」
そう指示を出し、ロイスもまた接近してくる鎌蜻蛉に銃口を向けた。
「この街の諸君は家を失うこととなるだろう。だが、心配はいらない。エルフォ民主共和国では家すらも皆で共有できるのだ! 我々の敵は憎き王政のみである。人民革命党に協力する同志は歓迎する。立てよ労働者! 夜明けは近い!」
飛行艦からの音声が途切れると同時にロイスは引き金を引いた。
体長四メートルほどの鎌蜻蛉に銃弾は命中。複数の穴を穿ち撃墜する。
しかし仲間がやられた事で、近くにいた蟲達がロイス達の方に集まり始めた。
何匹か堕としたが、とても機関銃や自動小銃だけで処理できる数ではない。
ロイスは銀製ナイフを抜くと、迫りくる蟲に向けて魔法を発動。
黒い魔法は周囲のものを飲み込みながら蟲の身体を貫通し、撃墜した。
「たくさん来たよ!」
「安心しろ。余が守ってやる」
その言葉通り、エリーゼが発動した魔法はニュクスを膜状に展開し、蟲達の突進を阻止する。
液晶状態にして半金属のニュクスは展延性だけでなく靭性も備え、戦車の後方に防壁を形成する。
それを飛び越えて戦車の前方に現れた鎌蜻蛉にカノンとロイスの魔法が命中。
カノンの魔法は蟲を一撃で殺すには威力不足だったが、ウィルが自動小銃で止めを刺す。
操縦席に接近した鎌蜻蛉は、レーネがデュアルスキルを使わず龍魔法をただ振り下ろして粉砕する。
十数匹の鎌蜻蛉の屍を作ったところでようやく蟲達の攻勢は止んだ。
「やっと終わった?」
生き残った鎌蜻蛉が飛行艦に戻っていくのを見てカノンが言う。
「だがこの辺りは丸ごと焼却しないといけないな」
「そもそも、胞子の入った袋を取りに戻っただけの可能性もある」
「ええ、嫌だぁ」
「俺だって嫌だ。蟲が戻ってくるようならカノンとエリーゼはヨゼフィーネの中に移動。連結を切り離して逃げる」
周囲の群衆は消え失せていた。
もっとも、防菌マスク着けていない人間の方が多かったので、相当な犠牲者が出るだろう。
ロイスが飛行艦の様子を伺っていると、船室からヘリコプターが一機飛び出してきた。
小型の偵察ヘリコプターだ。
非武装で、しかも操縦席は開放式。近付いて来るなら撃墜は容易い。
ロイスがそう思った時、空の一部が青く光った。
空中で結晶化したエアロダイトに電荷のずれを生み出し、静電気力で互いに結合。
巨大な球状に集積したエアロダイトを落下させる魔法。
「聖別者!」
駄目だ。連結を切り離している時間は無い!
失敗した! 戦車戦と蟲の襲撃で頭から抜け落ちていたが、聖別者はこの街に来るという情報は入手していた。
そして、奴は飛行艦にいたのだ。
すぐに移動できる状態にしておくべきだった!
後悔しても手遅れで、戦車の中に隠れるくらいしか選択肢が無い。
「戦車に入ってハッチを閉めろ!」
巨大な球体がロイス達の側に着弾。中心部のエアロダイトが自然崩壊して、周囲の結晶を散弾銃のように飛び散らす。
爆風で戦車の端が持ち上がったところで、二発目、三発目が着弾。ロイス達の戦車は完全に横転し、ロイスも意識を失った。
一方のアルセリオもエアロダイトの散弾に浴びていたが、こちらは横転を免れ、車外装備が損傷するに留まっていた。
戦車のエンジン音は停止し、ヘリコプターのローター音だけが周囲に響く。
そしてアルセリオのキューポラハッチが開き、エリーゼが顔を出した。
その前方にヘリコプターは着陸し、軍服を着た男が降りてくる。
「会うのは二度目だな! 聖別者よ」
「やはり、この間の魔法使い達か」
「いかにも」
「二度も邪魔をされた。ここで始末する」
「事はそう単純ではないぞ、聖別者殿」
「軍服を着た者は生きるか死ぬかだ」
「余はエルフェニアの第一王女だ。殺すのは早計というものだろう」
「第一王女の死体は見つかっていない。だが戦車に乗って実戦だと?」
「証拠ならある」
そう言ってエリーゼは戦車から降りると、カノンが持っていた小切手を差し出す。
「フェレア家の紋章入りだ」
それを受け取った男は、小切手とエリーゼを見比べた。
「まさか、こんな場所でお目にかかるとはな」
「余としても、聖別者本人と相まみえる機会があるとは思わなかった。奇妙な巡りあわせだな」
「つまりは、命乞いか」
「仮に父が死んだ場合、余が王位を継承する。使い道は色々と思い付くだろう」
「そうだな。王女の投降は認めよう」
「だが条件付きの降伏だ。余が父に申し付けてやろう。王国を解体し、エルフォ民主共和国に全権を委譲すべし、とな」
「ほう。父親の意思を変えさせる自信があるわけか」
「いっそ余が国王の地位を襲ったうえで、退位を表明してもいい」
「尊大な態度だな。まさにフェレア家といった感じだ」
「その代わりこの場にいる余の仲間を見逃せ」
「交渉になると思っているのか? 生殺与奪の権は俺にある」
「断るなら、父に口添えは絶対にしない。貴様に何の権限もやらない」
「瀕死のお前を出せば国王も承諾するかもしれん」
「しないさ。ただ親子の死体ができるだけだ」
「……お前の仲間が別の場所に現れたなら、確実に殺す」
「取引成立だな」
エリーゼがそう言うと、男はヘリコプターの操縦席に座り、無線機に向かって話す。
「一つ質問だ。お前達は脱走兵だろう。エルフェニアに反旗を翻す者が、何故未だに襟章と肩章を付けている?」
「あの戦いを事実として残すためだ」
「それが同胞を蟲の餌にする理由か」
「……次に脱走兵と口にしたら、即その首をはねる」
「覚えておこう」
「四か月前、馬鹿げた作戦があった。膨大な数の兵隊が飢えと病気で死んだ。あまりの失態に上層部は作戦そのものを隠蔽しようと考えた。現場指揮官への自決の強要。秘密裏の殺害。手紙や報告書の焼却。俺達は命令違反という事にされた」
「そうか。苦労したな」
「上層部は高みの見物で、生き残った兵士への理解も評価も無い。そんな国は必要ない。必要なのは万人が平等な社会だ」
「その戦いが公表されれば、少しは満足するのか?」
「何を馬鹿な。革命を為せば上層部の実態も白日の下となる。まぁ、王女ならば名前だけは憶えておけ。その名はミンターフ作戦という」
聖別者が言い終わると、やってきた鎌蜻蛉の一匹がエリーゼの肩を掴んで飛び上がった。
「痛い! おい! 早速平等じゃないじゃないか! 余もヘリコプターで運べ!」
だがその抗議が受け入れられることはなく、エリーゼは飛行艦へと連れていかれた。
Tips:闇属性魔法
液晶状態の半金属である紫闇鉱を扱う魔法。
紫闇鉱は展延性、伝導性、金属光沢など金属的性質を持つ一方で波長の長い可視光の大半を吸収するため紫に見える。




