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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
二章 操蟲が造る楽園(Battle of Elfenia)
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14 照準器

 翌日、ロイス達は外出することにした。


「この街の治安は悪いのか?」

「今は問題ない」

「昔は悪かったのか」

「失業者の群れがいた頃はな。今は皆兵隊に行った」

「じゃあここにいる若いエルフは何なんだ」

「殆どが工場作業者だ。日中は働いてる。戸籍の無い者もいるがな」

「では万が一何某かの揉め事に巻き込まれたら、ソダリータスは仲裁してくれるのか?」

「それは保証しよう」

「なら俺達だけで行こう」


 こうしてロイス達はラトネーゼ城の外に出た。


 港湾部に出るまでの道は白い石で奇麗に舗装されており、中心部に入るとモザイク模様の舗装路が現れる。


 大通りだけはアスファルト舗装だが、等間隔で窪みを入れて外観を石畳と似せてある。周囲の景観と馴染ませるためだろう。とてもエキゾチックだ。


「なんでマフィアってのは堂々と看板出してるのに捕まらないんだ?」

「それ私も昔お父さんに訊いたんだよね」

「なんて返ってきたんだ?」

「組織の本体は悪いことしてないから、だったかなぁ」

「……エリーゼ、どうなんだ」

「その通りだ。マフィアに所属しているというだけでは逮捕されない」

「じゃあなんでマフィアに入ろうとするんだ?」

「食い扶持がないからだ。ベルカでもそうだろう?」

「まぁな」

「この街の構成員の大半は港で働いている。工員か船乗りだ。ソダリータスは職を斡旋する。その代わり、非合法な行為が必要となった場合は兵として動いてもらう」

「非合法な行動って?」

「それは依頼による」

「マフィア全部解散してくれないかなぁ」

「ふはは。余を王にすればソダリータス以外の全てのマフィアを徹底的に取り締まってやるぞ」

「大臣くらいじゃダメ?」

「数年で貴様と交代するなら手を打とう」

「たまに交代するくらいなら……でも大臣って面倒くさそうなんだよね」

「いや、支配者とは面倒くさいものなのではないか?」


 体制側の跡継ぎと反社会組織の長による吞気な会話を聞きながら、ロイス達はトラツィオ中央駅にたどり着く。


 駅前の広場はバスターミナルになっており、木炭バスが数台停まっていた。


 構内に入ったロイスは地図を広げ、改めて路線を確認する。


 トラツィオ中央駅は終点。タンティーノとは幹線で繋がっている。


「聖別者が来るならこの路線だな」

「一度街中に入れるのか?」

「線路ごと爆破する手もあるが、聖別者が列車で来るかわからない」

「それだったら線路に他の列車を横転させておけばいい。聖別者がいるなら魔法でどかそうとするだろう」

「良い考えだな」

「列車から降ろしてしまえば、狙撃で片が付く」

「エリーゼ。マフィアなら銃火器の類は持ってるよな」

「狙撃に使える小銃もいくらかある」

「よし。なら狙撃の練習をさせよう」

「車両で来たらどうするんだ?」

「わかりやすければバリケードを置くが、こっそり入ってこられたらどうしようもないな」

「交渉場所は不明だが、街中に構成員を配置して割り出せれば暗殺できるかもしれない。ただし必要経費は払ってもらうぞ」

「ソダリータスとは利害が一致してるんじゃなかったのか」

「マフィアは金にならないことはしないのだ。余の命令であってもな」

「じゃあ、後日ソダリータス充てに送金するか」

「企業への融資という形にすればいい」

「ロイス。貴族が他国の犯罪組織に資金援助するというのはバレた時のリスクがある」

「確かに。じゃあカノン経由で払ってもらうか」

「先に私が払えばいいの?」

「そう」

「エリーゼ、いくら?」

「まぁ、一億リエンくらいか」

「おっけー」

「……カノン。お前はぼったくりに注意しろよ」

「うん? わかった」


 構内を少し歩き回った後、ロイス達は駅を後にする。


 帰りは連なるように走っている路面電車に乗り込み、山側まで移動することができた。


 ラトネーゼ城に戻ると、何故か駐車場の戦車が一両増えていた。


「これは、M42フォレッティか」

「そういえば、ロベルトが戦車をレストアしたと言っていたな」

「こんなのベルカじゃ兵器管理法違反なんだよな」

「いやうちでも違法だけど」

「そういやマフィアを銃火器持ってる時点でしょっ引けないのか? どうせ無許可だろ」

「ははは。押収はできるだろうが、わかりやすい場所にはないぞ」

「お帰りなさいお嬢」


 増えた戦車の陰から、ツナギ姿の中年エルフが姿を現した。


「ロベルト。戦車を出したのか」

「賊がカチコミに来るってんなら、役に立つでしょう」


 こいつがロベルトか。髭を生やしていて、体格がいい。それに共通語を話している。


「この戦車は動くのか?」

「動く。二日も整備したんだ」

「エルフマフィアは戦車まで持ってるのか」

「こいつはこないだ戻ってきた輸送船に積まれていたのをスクラップとして買い取ったんだ」

「それを修理したのか」

「苦労したぜぇ。エンジンは新造した部品の方が多いかもしれねぇ」

「砲弾は?」

「元から積んであった」

「そうか……。動けるなら戦力にはなるか」

「兄貴! グリス持ってきました!」


 城の方から、ツナギを着た若いエルフがオイル缶を持って姿を現す。


「よし。たっぷりと塗るんだ。こんな機会滅多にないぞ」

「うす!」

「ロベルトは退役軍人なんだ。十年前まで戦車兵だった」

「おうとも。戦車を乗り回したくて軍に入ったが、あいにくと実戦はなかった。だが、こんな機会があるとはな」

「ディーゼル燃料は用意できるのか?」

「軽油なら造船所からくすねてこれる」

「エリーゼ、ガソリンも用意しろ。五〇〇リットルだ」

「集めさせるが、保証はできんぞ」

「善処してくれ」


 エルフェニアを旅するうえで燃料調達は大きな課題だ。


 胎生枢軸の燃料事情においてエルフェニアが最悪であることは間違いない。


 エルフェニア国内では石油が全くと言っていいほど採れない。


 大戦初期に西側のプラティ共和国や東方生存圏に侵攻して油田を確保したが、現在ではそれらの油田は全て失陥するか破壊されている。


 石炭液化による人造石油だけではとうてい需要を満たせない。


 かつて世界最強を豪語した王立海軍も、今や燃料切れで機能停止している。


 燃料不足は胎生枢軸全般の問題であり、融通しあうのも難しい。


「ユンカー。ロベルトが戦車砲の撃ち方を教えて欲しいそうだ」


 昼食の後、脚を組んで優雅にコーヒーを飲んでいたエリーゼが言う。


「元戦車兵ではなかったのか?」

「ロベルトは操縦手上がりで砲手の経験はないらしい」


 一昔前の戦車において操縦手は一種の職人扱いだった。


 今よりも車の運転技能の希少性が高く、戦車を操縦する難易度が高かったためだ。


 三人乗りの旧式戦車などでは車長が砲手を兼ねていたこともあって、戦車兵は役割を変えないまま、退役まで階級が上がっていく場合もあった。


「なるほど。ミラ、俺も手伝うから教えてやってくれ」

「承知しました。訓練用の砲弾はあるのですか?」

「そもそもこんな場所で発砲できないな」

「そうなると、教本を読み上げるだけになってしまいますね」

「エリーゼだとベルカ語読めないから仕方ない」


 ロイス達が駐車場に行くと、ロベルトとさっきの若いエルフが既に待っていた。


「おお。戦車教えてくれるのかベルカン」

「そのつもりだが、二人しかいないのか? フォレッティは五人乗りだろ?」

「戦争でどこも人が足りてねぇんだよ。俺ら二人抜けるだけでも大ひんしゅくだ」

「というか二人だったらエリーゼのアルセリオに乗ればいい。四人乗った一両の方が強い」

「問題ねぇ。若いのを交代で休ませて五人揃えてやる」


 素人が加わったところでどれだけ戦力になるか。などと野暮なことは言わなかった。


 数が増えることによるメリットもある。


 エリーゼ達エルフ三人がフォレッティの砲塔に入り、ロイスとミラは車体後部に登り、ハッチから中を覗き込んだ。


 砲昇降ハンドルが砲手の前に突き出ており、ロベルトの右足元に弾薬庫が見える。


「目標の大きさですが、真横を向いた戦車が六メートル。正面を向いた戦車は三メートルだと思ってください。では六メートルの目標が四シュトリヒの幅で見える場合距離は何メートルですか?」


 ミラが読み上げる内容をエリーゼがエルフ語で伝える。


 若いエルフが答えるが、不正解だったようだ。


「はは。答えは一五〇〇メートルだ」

「馬鹿野郎! お嬢とメイドさんにお手数かけるんじゃねぇ!」

「すいません!」


 その後もう一問出したがそれも不正解。


 ロベルトが若いエルフに拳骨を見舞う。


「なぁ。砲手は何て言ったんだ?」

「俺は小学校中退なんです。だな」

「小学校中退に砲手をやらせる方が悪くないか?」

「他も似たようなものだぞ」


 これはもう下手に撃たせるより、そこら辺を走り回らせておいた方がいいかもしれない。


「目標までの距離がわかったら、照準器の目盛りを距離に合わせます。目盛りは複数あると思うのですが、エリーゼさん、用途の説明を」

「左側が榴弾、右の目盛りが狭い方が徹甲弾だ」

「目盛りを回すと中心線が下がるので、砲身を上げて目標を中心に合わせ直して撃ちます」

「近距離だと右に逸れるから気を付けろよ。遠ければ気にしなくていい」

「右にって、どれくらいです?」

「さぁ。余はフォレッティに乗ったことがないからな」


 戦車砲の照準は全て算数で求まる。しかし実際には砲手はその戦車砲特有の癖まで考慮して照準している。


 故に実際に撃ってみないと勘をつかむことはできない。


 だが、街中へ撃ち込むわけにいかないし、山には目標となるような物体がない。そして訓練のために戦車を動かす燃料の余裕もない。


 それ以外にもう三人、ソダリータスの構成員が交代で訓練に参加して無線の扱いや装填の練習を行った。


 砲手が素人な時点で戦闘能力は期待できない。


 寧ろ有り難かったのは全員工場の作業者であるという点だ。


 工場から組み立て式チェーンブロックをリヤカーで運ばせ、城の一部をくり抜いて作られたガレージの梁から吊るす。


 次に戦車のメンテナンスハッチを開け、中のエンジンや変速機をチェーンブロックで吊り上げる。


 更に、履帯を外したところでもう一両の戦車で牽引して前に移動させ、履帯を完全に引き出す。


 あとはその場に降ろしたエンジンや変速機、そして履帯を整備していく。


 予備部品こそ手に入らないが、煤や砂埃を拭き取り潤滑油を足すことはできる。


 ここで野戦整備できた事が後に生死を分けるかもしれない。

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