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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
二章 操蟲が造る楽園(Battle of Elfenia)
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12 港湾都市

 数時間ほど走り、ロイス達は港町アレンセに到着した。


 アレンセは大きな港町で、湾に面した建物が白く塗装されているのが特徴的だ。


 エルフェニア中部最大の港湾都市であり、デナリウスが首都に選ばれたのも近くにあるアレンセの存在が大きい。


 数時間走ってアレンセに到着したロイス達は宿泊可能なホテルを見つけ、戦車を停めてから駅へ向かう。


 駅員に聞いたところ、港を少し南へ進んだところに貨物駅があるそうなので、陽が沈む前に貨車を手配することにした。


 ロイス達は駅前にタクシーを呼んで貨物駅へ移動、駅長室を訪ねた。


「明日の貨物列車で、平貨車を二つチャーターしたいんですが」

「貨物のチャーターですか。できますが、何を運ぶんですか?」

「戦車を二両。耐荷重は三五トン以上です」

「最近は物量が少ないのでどの便でも可能です。本数自体減ってますがね」

「時間は朝一がいいです。あと客車も一両チャーターしたいんですが」

「客車のチャーターは行っていません」

「じゃあ平貨車だけでいいです」

「トラツィオまでしか行きませんが、よろしいですね?」

「それで構いませんが、何故です?」

「今南部は呪林だの反政府組織だのが跋扈していて、あまりに危険です。そういう意味ではトラツィオも今後どうなるかわかりませんが」

「帰ってこれなくなる可能性があるわけですか」

「そうです。トラツィオからの積荷があるので出さないわけにもいきませんが」

「トラツィオまでで大丈夫です。いくらになりますか?」


 ロイスの問いに、駅員は表を見ながら答えた。


「片道で……一二万リエンです。一台あたり」

「じゃあカノン、金を」

「小切手でいい?」

「大丈夫ですよ」


 カノンは小切手帳を取り出すと、一枚ちぎって二四と書いてサインし、駅員に渡す。


「はい……カノン・レ・フェレア!?」

「あ、やば」


 迂闊な展開に、ロイスはどう誤魔化か考える。


「違いますよ! 盗んだとかじゃなくて、私、親戚なんです」


 とりあえずロイスはカノンから小切手帳を取り、紙面を見る。


 王冠を持った鷹の紋章が描かれている。フェレア家の小切手であることは明らか。


「書き間違いですね。王家の親戚であることは事実ですが。ねぇベアト様」

「ベアト?」

「正しく、ベアトリーチェとサインしましょう」

「ああ。うん。そう」

「その小切手は書き損じです」


 そう言ってロイスは駅員から小切手を取り戻すと、その場で細切れにする。


 代わりにカノンがベアトリーチェとサインした小切手を駅員に渡す。


「俺達はベルカからの視察で、王家の方の案内を受けています」

「ベアトリーチェ様、ですか」

「移動は軍事機密ですので、内密にお願いします

「は、はい。わかりました。……朝一の貨物列車は九時発になります」

「それに乗ります」

「承知しました。朝八時半までに車両を積み込んでください」

「ありがとうございます」


 その後ロイス達は貨物駅の中に案内され、戦車を停めておく場所を教えられた。


 明日の朝は仮設斜面ランプが設置され、そこから平貨車に乗せればいいらしい。


 要領を聞いた後はタクシーでホテルに戻る。


「誤魔化せて良かったね」

「誤魔化せたというか、俺も迂闊だった」

「でも何でベアトリーチェ?」

「いるだろ。オペラ歌手に」

「いるけど、もっと普通の名前にすれば良かったのに」

「ぱっと出たのがそれだったんだよ」

「ふはは。貴様は今日からベアトリーチェだな」

「面倒だけど、こういう時はお金降ろしておいた方がいいね」


 ホテルに着いたロイス達はレストランに入った。


 アレンセではその日陸揚げされた魚介類を入手可能で、現在のエルフェニアの中では最も食糧事情に恵まれた街の一つだろう。


 食前酒と魚のカルパッチョがテーブルに並んだ頃、レーネが姿を現した。


「ふはは。食事の前に一服か」

「そうだ」

「吸わないとどうなるの?」

「……夜は、不安になる」

「確かに不安になるのは嫌だよね」

「完全に依存症ではないか」

「私だって減らそうとはしているのだ。香料を混ぜたりな」

「良く知らないけど、身体に悪いんだよね」

「ふはは。悪いに決まっているだろう。余は末期の中毒者を何人も見た」

「うわぁ。だったら止めた方がいいね。何か方法は無いの?」

「医師からは、徐々に量を減らせば良いと言われている」

「余がとやかくいう事でも無いが、不安になったら酒に頼ればいいのではないか?」

「それも依存症じゃないか」

「酒の方がだいぶんマシだろう。食前酒を飲んだあたり、全く飲めないわけではあるまい?」

「多少は飲めるが、眠くなることがある」

「丁度いいじゃないか。不安になったら酒を飲んで寝てしまえ。ユンカーもその方が安心だろう?」

「ああ……まぁ、その方が良いとは思う」

「ほ、本当か!?」

「そりゃ麻薬に比べたら酒の方が余程いい。俺の叔父も酒飲みだが元気そうだ」

「そうか……ロイスが言うなら、やってみるか」

「何事も挑戦だな。この二〇年ものを持ってこい」


 エリーゼが注文した酒は、魚のマリネと共に提供された。


 グラスに注がれた酒をロイスは口に含む。


「これは、白ぶどうか」

「いい香りだ。余も久しぶりだが」

「これは、常温で飲むのか」


 そう言ってレーネはグラスを大きく傾けた。


「ちょっと待て。ブランデーは少しずつ口に含むものだぞ!」

「ふはは。ワインみたいにいったな」

「そうなのか? 知らなかった……」

「気分悪くないか?」

「今のところ平気だ」

「やるじゃないか、カイザー。ブランデーなら少量で済むし、常温で飲める。スキットルも手に入るだろう」

「料理の香り付けにも使えるし、戦車に積んでおくのは構わない」

「そうか。こうして口に含んで、香りを楽しむのだな」


 給仕に注がれた酒を一口飲んだレーネが言う。


「カイザーがここまでユンカーの言う事を聞くとはな。友人と言うが、皇帝様がそれでいいのか?」

「私とロイスは友人ではない。恋人だ!」


 アサリのリゾットが運ばれてきたところで、レーネがきっぱりと言う。


「何!? 皇帝が、恋人だと!?」

「やっぱりそうなんだ」

「王女さんは気付いてたのか?」

「何となくわかるよね。レーネちゃんの表情とか」

「ぐ、なん、だと」

「そう。ロイスを愛しているからこそ、全て信じられるというわけだ」

「愛だの恋だの、そんな恥ずかしい事、堂々という事なのか!?」


 エリーゼの問いに誰も答えない。


「エリーゼも顔赤いけど、それ以上飲まない方が良くない?」

「そ、そうだな。余も酔いが回ったかもしれん」

「結構度数あるからな。レーネもこのくらいで、レーネ?」


 レーネは両腕をテーブルに乗せ、下を向いていた。


「ああ……やけに眠い」

「レーネ様、歩けますか?」

「何とか。先に部屋に戻る」

「私が一緒に行きます」


 支える必要は無い程度には自力で歩いていたので、ロイスは二人を見送った。


「あの調子なら寝酒としては良さそうだ。ありがとな、エリーゼ」

「貸しだぞユンカー」

「ああ。報酬上乗せだ」


 焼き菓子とチョコレートココアを食べ終えると、ロイス達もレストランを後にした。




 翌朝、ロイス達は戦車で貨物駅に移動する。


 ロイス達が貨物駅にやってくると、既に貨物列車への荷物の積み込みが行われていた。


 ロイス達もそれに混じり、仮設斜面から戦車を平貨車に乗せる。


 平貨車の後ろの最後尾には、黒い車掌車が二つ連結されていた。


「お客様はこちらにお乗りください」


 駅員に言われ、ロイス達は前方側の車掌車に乗り込んだ。


 客車代わりということらしい。


「車掌車の中ってこうなってるんだね」

「一等車とはいかないが、粋な計らいだな」

「サービスいいじゃねぇか」


 椅子があるだけでもありがたいとロイスも思う。


 予定通り、九時になると貨物列車は走り出した。


 トラツィオまでは六時間ほど。


 灯油ストーブに火を入れ、女子四人はロングシート、ロイスとウィルは机に面した丸椅子に座る。


 アレンセで購入した駅弁を食べ終わると、ウィルは毛布を枕にして机に突っ伏して昼寝を始めた。


「列車での移動は楽だけど暇だねぇ」


 カノンが足を動かしながら言う。


「カノンはさっきの街で本を買わなかったのか?」

「本屋さん、時短営業で開いてなかったんだよね」

「ならエリーゼのそれは?」

「これは名言集だ。戦車に積んである」

「そうか」

「詩集もあるぞ。カイザーはエルフ語も読めるだろう」

「まぁ……退屈凌ぎにはなるか」

「私も読んだけどよくわからなかったよ」

「雰囲気を楽しむのだ」

「そういえばさ、レーネちゃんとロイス君はいつから付き合ってるの?」

「三週間くらい前だ」

「付き合いたてじゃん! デートとかしたの?」

「いや、あまりしていない」

「えーそうなの?」

「まぁ、今の状況では仕方ないと思っている」

「だったらさ、トラツィオで二人で出かけたら?」

「それは……ロイスがどう思うかな」

「ねぇロイス君はどう思う?」


 ロイスは答えない。


「ロイス?」

「ああ。どうした」

「考え事をしていたのか?」

「そうだ」

「レーネちゃんとのデート?」

「いや。聖別者のことだ」

「トラツィオに来るんだよね」

「だから、どうにか倒せないかと思ってな」

「何か手はあるか?」

「どんな状況なら勝てるか考えていたが、思いつかない」

「あの魔法は脅威だな」

「生半可な攻撃じゃ、エアロダイトの球で防がれてしまうからな」

「上から撃てたらいいのにね」

「飛行艦があれば話は早いが、木端微塵にするのが目的ではない」


 エアロダイトベルトの上を飛ぶ飛行艦からの空爆や艦砲射撃なら一方的に攻撃できるが、用意するには時間がかかるうえ、聖別者の死体すら残らないだろう。


「どうにか捕まえたいよね」

「聖別者と言えど人間だ。エルフェニア軍が総力を挙げれば絶対に殺せる。聖別者もそれはわかっているから、戦争が終わる前にこの国を支配したいんだ」

「だから焦っているわけか」

「時間がかかるとそれだけ人も死んじゃうしね。私達だけで倒せたらいいんだけど」

「そうだな。トラツィオで待ち伏せていれば、チャンスがあるかもしれない」


 何度か給水を挟んで走り続けた列車は、予定通りトラツィオに到着した。


 トラツィオはエルフェニアの中では三番目の人口を持つ街で、南部最大の都市である。


 温暖な気候の港湾都市というものはベルカには存在せず、ロイスにとっては異国情緒がある。


 港には巨大なカントリークレーンが並び、海運や造船業の発達を伺わせる。


 一次産業に頼る南部エルフェニアにおいては工業、物流の要と言えるだろう。


「まずは戦車を持ち込めるホテルを探さないといけないな」


 平貨車から戦車を下ろしたところでロイスが言うと、エリーゼが意味ありげに笑い始めた。


「クックック……フフフ、フハハハハ!」

「何故笑う?」

「この街は余にとって庭のようなものだ」

「お前この街の出身か?」

「そうだ。ホテルを用意してやろう。感謝するがいい」

「戦車を停められるホテルにしてくれよ」

「容易いことだ」


 自信たっぷりなエリーゼの誘導に従って二両の戦車が後に続く。


 貨物駅を出ると、港から離れて山側に向かう。そして斜面を少し上ったところにある巨大な豪邸、というか城の前で停車した。


 鉄柵で囲まれており、正面には門と、その隣にゲートハウスがある。


「ここが私の家だ」

「エリーゼやめようよ! トラツィオのマフィアはお城に住んでるって聞いたことあるよ!」

「事実だ」


 エリーゼがそう言うと、門の向こうの扉が開きエルフが何人もゾロゾロと出てきた。全体的にあまり人相が良くない。


 その中の一人、執事服の壮年の男がゲートハウスの中を通り、恭しく頭を下げる。


「お嬢様。お待ちしておりました」

「うむ。連絡の通り、客は五人だ。戦車を停める場所に誘導しろ」

「畏まりました」

「おいおいマジか」

「宿代は取らんから安心しろ」


 すると門が内側に開き始めた。ゲートハウスの中から操作しているのか。


「ロイス。普通にホテルで良くないか」

「そうだな」


 ロイスの言葉に反し、アルセリオは城の中へ進んでいく。


「おい行くのかカノン!」

「だって車長はエリーゼだし……」

「フハハ。この街は我らソダリータスの手中にある。寧ろここが一番安全だぞ」

「ソダリータスって、あれか!? マフィアか!?」

「じゃあここマフィアの拠点なのか!?」

「そうだ」


 ロイスとレーネの質問をエリーゼが肯定する。


「お前はエルフマフィアのなんだ」

「支配者」

「マフィアってあれだろ? エルフの犯罪組織」


 ウィルの言う通り、マフィアとはエルフェニアの犯罪組織を指す。


 エルフマフィアの特徴はその公示性と高度な組織力にある。


 事務所に看板を出し、構成員が時に堂々と所属を公にする犯罪組織は世界的にも類を見ない。


 中でも最大のものが、ソダリータス。ここトラツィオを中心に活動するマフィアで、ロイスでも名前は知っているほど有名な組織だ。


 そしてエリーゼは、ソダリータスの中で一定の発言権があるということらしい。


「エリーゼ。本当に安全なんだろうな」

「誓おう」

「この街のマフィアは、人民革命党との戦いに役立つのか?」

「それについて利害は一致しているぞ」

「ならとりあえず入れてもらおう」

「ふはは。歓迎するぞ」

「マジかよロイス」

「聖別者を倒せる可能性を探りたい」

「皇女さんもメイドさんも、それでいいのか?」

「私はロイスの指示に従うだけだ」

「私はレーネ様のお側にいるのが仕事です」

「にゃー、まさかマフィアの家に泊まるとはなぁ」

「ウィルがいなかったら断っていた」

「オイラも不安なんだけどなぁ」


 ロイス達は構成員の案内に従って駐車場に戦車を停め、正面の門扉を通って城の中に入る。


「ようこそ。我がファミリー、ソダリータスへ」


 エリーゼが得意げに言った。


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