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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
二章 操蟲が造る楽園(Battle of Elfenia)
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11 街頭演説

 ロイス達がグアルキオにたどり着いたのは日が沈んでからだいぶ経ってからだった。


 節電のためか街灯が光っているのは舗装された大通りだけだ。


 大通り沿いを進んでいると駅の近くで営業しているホテルが見つかった。


 選択の余地は無いのでロイス達はそのホテルの駐車場に戦車を停める。


 既にレストランの営業は終わっていたが、カノンがお札を数枚取り出すと、厨房を借りられることになった。


「カノンさんのおかげで、アクアパッツァが作れました」

「スズキの缶詰があって良かったね」


 魚料理はロイス達ベルカンにとっては新鮮味がある。


 北ベルカが面する北海は魚類の多様性に乏しく、冬季は流氷が押し寄せるため漁業ができない。


 対して南部エルフェニアは豊かな海に面しており、南東部の巨大な塩湖でも漁業や海運が盛んだ。


 南部で発達した魚食文化はエルフェニア全域で一般化している。


「はぁー。聖別者なんて放っておけないけど、どうすればいいんだろ」

「ちょっと考える。明日もグアルキオに泊まるかもしれん」

「買い物に出てもよろしいでしょうか」

「金はカノンから貰ってくれ。部屋には交代で残る」

「オイラが昼寝しとくぜ。まぁ戦車パクる奴なんていないだろうけどな」

「一応な」

「人民革命党なんて認められないよ。せめて選挙に出てきてくれればまだ考えるけど」


 選挙、か。


 まぁ聖別者本人が聞く耳持たない感じだったが、そういった落としどころも提案はできるのか。


 俺達には無い発想だな。


 ベルカとエルフェニアは共に立憲君主制であるが、政治体制は大きく異なる。


 エルフェニアでは南北朝時代にフェレア家以外の貴族が没落したため、王家以外の貴族は存在しない。


 現在は男子であれば誰でも国政選挙権があり、議員への立候補も可能である。


 故にフェレア家が大きな政治力を有しているものの、国会議員の多くは民意で当選し、王家と共に政治を行っていく。


 こうした政治体制は、反政府組織の大義名分を奪うという意味では優れているとロイスは思った。


「議席を与えると言って誘き出して暗殺するという手はある。時間はかかるが」

「それだと国王に代わってカノンが交渉の場に出ないといけないな」

「え、それって簡単?」

「父親が人質に取られてる時点で圧倒的に不利だ。多分終わりの見えない泥沼の交渉になる」

「嫌だぁ」

「そもそも公の場所に姿を現さない用心深い奴だったらできないよな」

「失敗した場合のリスクもある。今日だって攻撃ヘリが堕ちて装甲車が現れたから助かった」

「ふはは。余に感謝しろ」

「エリーゼありがとう。当たらないと思ったよ」

「余は気付いたのだ。測距を遠目に見積もれば、誤差があっても目標の上部に当たるとな。それに砲身が冷えていると初速も遅くなるはずだ」

「その通りです」

「メイドは知っていたか」

「推定距離より少し遠くを狙って撃つのは『へそ射撃』という名で教本に載っています」

「余は自力で気付いたがな」

「教本、翻訳して読み上げましょうか」

「まぁ、参考にはなるか」

「失礼ながら、エリーゼさんは照準器と砲口のズレを考慮していないのではないでしょうか」

「それで右に旋回するヘリに当たったという事か!?」

「違う! あれは的確な狙いだ」


 食事の後、男女に分かれて部屋に入る。


 このホテルには元々大浴場なる施設があったらしいが、節電の目的から閉鎖しているらしい。


 幸いボイラーは動いていて、部屋のシャワーからはお湯が出た。


 大した目的も無くお湯に浸かるというのはあまり意義を感じられないが、もしこれがレーネとの旅行であり、二人で入れるというなら、非常に魅力的な施設だった。


 シャワーを浴びたロイスはタオルで身体を拭く。


「やっぱりシャワーがあるといいな」

「そうだな。オイラはエルフの風呂入ってみたかったけどな」

「……ああ。そういやルクスバキアにも浴場あるんだったか」

「あるぜ。エルフの風呂は座れるらしいから、ルクスのと違ぇなと」


 ウィルは濡れタオルで耳と尻尾を拭きながら言う。


「昔行った時、風呂の中でビール飲んでる人を見たな。風呂である必要ないだろ」

「楽しいぜ? 臭いも取れるし」

「アレサンドラのホテルなら大浴場やってたかもな」

「今思うとそうだなぁ。高級だったし」

「ま、帰りがけに寄るだろうからその時に確かめよう」

「そん時はのんびりできるといいなぁ」


 テーブルの上の瓶に入った水をコップで飲んだ二人は、ベッドに入る。


「明日はどうするんだ?」

「朝起きたら叔父に電話する」

「状況報告か」

「そうだ。あいつ以外に聖別者がいないか訊く」

「電話できたらすぐわかるもんな」

「ここからベルカに電話すると必ず交換手を挟むから、その交換手が人民革命党だったら俺達の所在がバレるんだけどな」

「可能性としてはめちゃくちゃ低いだろ」

「交換手には資格がいるからな」

「子供ができるわけないしな」

「確かに。本当に念のための警戒だな」

「見つかってたら、あの聖別者は放置か?」

「レーネに相談する」

「絶対、ロイスに任せるって言うぜ」

「まぁ、一応な」


 部屋の明かりを消した二人は間もなく眠りについた。


 翌朝、起床したロイスは菓子パンとコーヒーの朝食を済ませ、ホテルの電話機でオスカーとの通信を試みた。


 当然、発信音を聞くだけという退屈な時間が始まることになる。


 胎生枢軸条約機構には通信システムを統一し、加盟国間の交信を円滑にするという条項も存在した。


 それは実際に効果を上げているが、それでも国境を跨いだ通信には時間がかかる。


 しかもエルフェニアは国内の回線でも長距離通信の交換は自動化されていないらしい。


 そうなると、ロイスが滞在するホテルから近衛師団司令部へ通信する場合、最低でも、民間の遠距離回線用交換手を仲介し、ベルカとの通信を担当する交換手を仲介し、ベルカ国内の交換手によって軍用通信と繋ぎ、ようやくマイエリンツの近衛師団司令部と接続される。


 しかも現在では軍用回線が優先されているため、民間の回線繋ぎ変えは後回しにされる。


 更には民間から軍用への繋ぎ変えを行う箇所では確実に時間がかかるので、長時間待たされるのはわかりきっていた。


 三時間ほど待たされ、ようやく目的の人物と通話することができた。


「よぉ。お前か」

「お久しぶりです」

「そんなに日にち経ってないけどな。調子はどうだ」

「良くはありませんね。今回の相手は手強い」

「そうか。まぁ何事も経験だな」

「しかし、見込みとして高いとは言えません。他に有望な案件はないでしょうか」

「聞いたことはねぇな。他の候補も探しちゃいるんだが」

「わかりました。では、仕事に戻ります」

「ああ。死なない程度に頑張れよ」

「通信終わり」


 ロイスは受話器を置いた。


 国外の軍用回線に繋いだため今の通話は確実に録音されているだろうが、聞かれて困るような話はしていない。


 エルフェニアにいる聖別者と類似するような胎生人類は今のところなし。


 災菌への治療薬が作りたければ、人民革命党のリーダーを倒すしかないことがわかった。


 肺の空気でも入れ替えようかと、ロイスは一旦ホテルの外に出る。


 雨が降りそうな天気で、今の服装では肌寒い。


 レーネ達は買い物に行っており、ウィルを念のため護衛につけ、ホテルにはロイスと朝寝しているエリーゼが残っている。


 駐車場の戦車の様子を確認し、ホテルに戻る。


 しばらくしてレーネ達が戻ってきた。


「ロイス。昼食に行こう」

「いいけど、誰かがホテルに残らないといけない」

「オイラが残るぜ。食事買ってきたし。昼寝しててもいいよな」

「ああ。異変を感じたら起きれるよな」

「起きれるぜ」

「じゃあ待機を頼む」

「あいよ」

「繁華街にやってるお店見つけたよ」

「やってるってことは名店なのかもな」

「良さそうな店だった」


 グアルキオは王都デナリウスに勤務する人間の住居がある他、西側にある港町とデナリウスの物流中継地でもある。


 街の中心部に向かって歩いていくと、拡声器を通した声が聞こえてきた。


 目抜き通り面した大きな階段の上り口で、赤い鳥打ち帽を被った男が演説をしている。周りに数人の少年兵が立っていた。


 真剣な顔で演説をしているが、エルフ語なのでロイスには理解できない。


「通訳が必要か?」

「頼むぞ」


 ロイス達は大通り沿いに立ち止まった。


「財閥経済を解体し、一部の資産家が独占する財産を平等に分け与える。そして労働者による革命政権では仕事も住居も衣服も全て国が保障する。この新たな国家のために諸君らの力が必要だ。労働者と農民が闘争へ立ち上がり、理想郷を建設するのだ! 人民革命党はこの新世界を四年で作り上げる。たった四年でいい。諸君らの力を貸してほしい。労働者諸君、夜明けは近い!」


 ここで赤帽子の男は一旦言葉を切った。


「なお、従わぬ場合はこの街に蟲が押し寄せるだろう。だが、滅びの道を選ぶ必要はない! 我々はすぐに戦争を止め、富と苦楽を共有する幸福な国家へまい進するのだ!」


 その後数分の中断を挟んで、赤帽子の男は演説を再開した。


「我々は人民革命党である。一週間後、人民革命党はタンティーノを臨時首都としてエルフォ民主共和国を建国する。エルフォ民主共和国は真に平等な共同体だ。……ふむ。恐らく振り出しに戻ったな」

「一週間ってほんとか?」

「奴はそう言ってる」


 もっと情報が欲しい。しかしここでこのまま聞き続けていても、これ以上の情報は手に入らないだろう。


 少年兵を追っ払って赤帽子の男を捕まえる。可能だが、素直に口を割る保証はない。嘘をつかれても見破る術がない。


 いっそ取引するという手もある。情報を金で買うのだ。信憑性という点ではそちらの方が確実ではある。


 いずれの手段でも裏を取る術がないのは同じだが……。


「ユンカー。私服警官がいる」

「なに?」

「駅の入り口と階段の上の方。コートを着て帽子を被った男だ」

「……あれか」


 エリーゼの言葉に該当する人物がいた。人民革命党の演説を観察していることは間違いない。


「他にも、もしかしたらと思う男がいる」

「演説をやめさせないのは、少年兵がいるからか?」

「そうかもしれないが、多分奴らは特別高等警察だから今は手を出さないだろう」

「特別高等警察ってのは秘密警察みたいなものか?」

「他の国のことは知らないが、普通の警察とは違う」

「そうか。……まぁ利用する価値はあるな」

「どうするんだ?」

「カノンとエリーゼで少年兵を倒せ。ミラは落とした武器を燃やせ。俺はあの赤帽子を捕まえる」

「魔法ぶつければいいの?」

「そうだ。まずカノンとエリーゼが近付く。怪しまれにくいだろう」

「だが軍服だぞ」

「なんか言われたら撃ってしまえ」

「ちょっと怖いなぁ」


 そう言ってカノンとエリーゼは大階段の方へ歩いて行った。


 しばらくして、赤帽子の男が二人に何事か声をかける。友好的な感じではない。


 次の瞬間、腰から銀製ナイフを抜いたエリーゼが魔法を発動。


 紫闇鉱ニュクスの帯が二人を守るように出現する。


 それに続いてカノンも漂属性魔法を発動。


 漂素テリウムの結晶が少年兵へと飛んでいく。


 それに驚いた少年兵の二人が発砲したが、だいぶ離れた場所に着弾する。


 それと同時にロイス達も建物の影から走り出した。


 階段の近くでは既に少年兵達が尻もちをついており、落とした小銃をエリーゼが破壊している。


 赤帽子の男に対してはカノンが強めに魔法をぶつけたのか、横向きに倒れていた。


 拳銃を抜いたロイスは少年兵の足元に一発射撃する。


 それにより、少年兵達を逃走させることができた。


 ロイスは早速起き上がろうとする赤帽子の男の正面に立って話しかけた。


「共通語はわかるか」

「少し」

「人民革命党のお前に相談がある」

「な、なんだ」

「俺達はベルカから内偵に来た。情報の裏が取りたい」

「お前ら、なんで魔法が使える? もしかしてベルカンにも委員長がいるのか?」

「こちらの質問に答えれば、お前を特別高等警察には引き渡さない」

「だったら特高を足止めしろ!」

「情報の裏が取れればな。一週間後、エルフォ民主共和国の建国を宣言するだろう」

「ああ」

「その時現王国と協定を結ぶはずだ」

「……トラツィオ条約のことか」

「そうだ。王国がエルフォ民主共和国を認めなかった場合は、主要都市を蟲が襲うと聞いている」

「聖別者は、そうなさるだろう」

「おいベルカン。その男はこちらで確保する」


 ここで私服警官が四人、ロイス達に近付いてきた。


「特高。王家の犬め!」

「我々には逮捕権がある」


 赤帽子と警官が話す中、ロイスは拳銃を警官の一人に突きつける。


 それを見てエリーゼが拳銃を、ウィルは自動小銃を警官に向けた。


「俺達の質問に答えれば、逃げる猶予をやる」

「早く質問しろ!」

「トラツィオには聖別者が来る。間違いないな」

「そう聞いてる!」

「おい! 公務執行妨害だぞ! 外国人にも法律は適応される」

「逃げるぞ!」


 そう叫ぶと、ロイスは後ろに跳躍した。


 少女達が逃げ出す中、ロイスは後退りつつ様子を見る。


 警官のうち二人は赤帽子を取り押さえ、残り二人はこちらを見ているが、敵対する動きは示さなかった。


 ロイスは背を向けて逃げだし、警官達の方に銀製ナイフを向けるレーネ達に合流する。


「追ってはこないか」

「正直余は熱があるからこれ以上走れんぞ」

「ご飯食べて休もー!」

「いや、戦車で移動する」

「ええー!? ご飯は!?」

「戦車の中で食え!」

「そんなぁ」


 ロイス達は速足でホテルに戻ると、チェックアウトして戦車のエンジンを始動。移動を開始する。


「にゃー。あと一週間しかないから急いでるのか?」

「いや。警察に目を付けられたから、貨物列車に乗れなくなったかもしれん」

「ははは。検問があったら突破するか」

「まぁ情報が手に入ったなら仕方ないけどさ」

「もう少し良い手があったかもしれん」

「あそこで聖別者が来るのかとカマをかけるとは、やるなユンカー」

「来ないだろうなとは訊かないだろ普通」

「ふはは。それもそうか」

「後は、貨物駅に向かうだけだ。カノン、貨物駅はどっちだ?」

「わかんない」


 もぐもぐという音を立てながらカノンが答える。


「おそらく貨物駅はない。何故なら隣のアレンセに貨物駅があるからだ」

「本当か? やけに詳しいじゃないか」

「未来の王としては当然だ」

「別に貨物駅知らなくても王様になれるし」


 ともかくここはエリーゼの言葉を信じ、隣の港町に向かう。


 時折石畳にひびを入れつつ、ロイス達は戦車でアレンセへ移動した。


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