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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
二章 操蟲が造る楽園(Battle of Elfenia)
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10 隕石

「罠、じゃないな。徐行しろ」

「仲間割れか」

「エリーゼ。通訳を頼む」

「ふはは。いいだろう」


 ロイス達が戦車で近付くと、少年兵達は両手を上げるようにして話しかけてきた。


「投降する。自分達は命令されていただけで、もう戦う気はない。と言っている」

「こちらにも戦う意思はない。そっちの戦車を一両回収するから手伝えと伝えろ」


 通訳をしているエリーゼとカノンを残し、ロイス達は側溝へ向かうと車体側面に固定していたワイヤーを外し、車体後部のフックと接続する。そして反対側をハザドーネのフックに引っかけると、ロイスはエリーゼの近くに向かう。


 ロイスの意図は通じたようで、少年兵の何人かがついてきてハザドーネに乗り込んだ。


 二両の戦車が共にエンジンをふかすと、湿地にはまったハザドーネも動き出し、ワイヤーに引っ張られて斜面をゆっくりと登りきった。


「グラッツェ!」

「ティ リングラツィオ」


 少年兵達がお礼を言う中ロイス達はワイヤーを外して車体側面に固定しなおし、砲塔の中へと入る。


「砲塔を後ろに回し、跨乗してついて来いと伝えろ」

「跨乗?」

「車体や砲塔に乗っかるんだ」

「要は便乗か」


 少年兵の四人がハザドーネに乗り込み、砲塔が後ろに回ると、もう四人が車体後部に乗っかって移動を始めた。


 ロイス達も砲塔をクランプで固定すると、先導するように走り始める。


 三両の戦車は一列になり、来た時の半分ほどのスピードで元来た道を走り、工場と思しき建物へ戻ってきた。


「これは木炭工場らしい。彼らはここで大人を働かせていたそうだ」

「木炭は配給制なんだけどなぁ」

「ふはは。密造だな」

「彼らはこの後どうするんだ?」

「故郷に帰りたいと言っているな。とりあえずこの工場の仲間にアンジェロは死んだと伝えるそうだ」

「アンジェロはあの風属性魔法使いか」

「そうらしい」

「子供も大人も無理やり従わされていたということか。この工場から逃げ出すなら物資を貰って行こう」


 ロイス達は少年兵に続いて工場の中に入った。


 コンクリート製の構内は煤まみれで、粗悪な環境だったことが伺える。やつれた普段着の男達が何人もいて、木材や木炭を運んでいた。


 銃を持った少年達が何人かそれを眺めているが、戻ってきた仲間としばらく会話すると、すぐに嬉し気な声を上げ始めた。


「エリーゼ。共通語がわかる大人を探してくれ」

「いいだろう」


 しばらくして、エリーゼが一人の男性を連れてきた。


 四〇歳くらいで、元の色がわからないほど汚れたシャツを着ている。顔も身体も薄汚れており、強制労働だったことが伺える。


「私達を解放してくれると聞きました。ありがとうございます」

「俺達はエルフェニアの視察に来ている。人民革命党という反政府組織は見逃してはおけない。何か情報があったら教えて欲しい」

「はい。私達はデナリウス近くの街に住んでいましたが、ある日人民革命党がやってきて、この工場で働くよう命令しました。逆らう者や、金持ちと見なされた人間は殺されました」

「あの子供達も人民革命党の大人に命令されていたらしい。違う街の子供なんだろう?」

「はい。面識はありません。彼らは荷馬車やトロッコでやってきました。私達の子供も誘拐されました」

「人民革命党は各地で子供を攫って兵士にし、大人には労働を強制している。リーダーは聖別者と呼ばれ、平等な世界を作ると標榜している」

「私達もそう言われました。農作物を増産するのだと。我々はここで木炭を作り、食料を交換する予定だったそうです」

「実際に姿を見たのか!」

「はい。三〇歳くらいの男です。隕石を降らせることができるようです。蟲を操るという話もあり、私達は従うしかありませんでした」

「ここにも風を操る魔法使いがいたな」

「はい。子供達に命令していました」

「そいつは死んだ。もうここにいる必要はない」

「ありがとうございます。私達はここを出ようと思います。まぁ、街に戻ってもまた人民革命党が来るかもしれませんが」

「大丈夫!」


 ここでカノンが口を挟んだ。


「人民革命党は私達が倒す! 街で安心して暮らせるよ」

「もしかして、人民革命党を倒すための大部隊が組織されているのですか?」

「うん、そんなとこ」

「……もしかして、王族の方であらせられますか?」

「そう親戚」

「お会いできて光栄です。私達は街に戻ります。別の場所に連れていかれた人達も、人民革命党が無くなれば戻ってこれます」

「聖別者の名前はわかるか?」

「いいえ。ただ、聖別者と名乗りました」

「それ以降姿を見せたか?」

「一度も」

「他に魔法使いと思われる人間はいたか?」

「わかりません。ここで作られた木炭を輸送する責任者はいつも同じ人間でしたが、魔法が使えるかどうかは」

「そうか。情報の提供に感謝する」


 ロイスは改めて工場を見渡す。


 木材を乗せたトロッコが搬出用の線路の上に放置されている。


 いつの間にか少年兵達はいなくなっていた。


「ここの物資は貰って行ってもいいか?」

「勿論です。私達の分もあると幸いですが」

「こちらは六人分だ。そんなには必要ない」

「ありがとうございます」


 さて。なんと言っても補給するべきは燃料だ。


 ロイス達が構内を探していると、ガソリンの入ったドラム缶を見つける。


 これでリゼルを動かす燃料は手に入った。問題はアルセリオの軽油だ。


 一階建ての工場を歩き回っていると、少し離れた場所でカノンが声を上げる。


「ロイス君! 食べ物があるよ!」


 ロイスが近付いてみると、開けっ放しになったドアの向こうに食糧庫が存在した。


 缶詰がいくつも散乱していて、今さっき引っ掻き回された感がある。少年兵達が持ち出したのだろう。


「お勧めはどれだ?」

「うーん、わかんない」

「お、これなんかどうだ。コンビーフ」

「お肉はいいですね」

「それはやめた方がいい」


 A.M.(軍事支給)と書かれた牛肉の缶詰を積み上げていたミラにエリーゼが言う。


「もの凄く不味い」

「そうなの?」

「あまりに不味いから軍人は「Armi Miners(ミネル軍の兵器)」とか呼んでたぞ」

「ええ」


 カノンの問いにエリーゼが答える。


「エリーゼは食べたことあるのか?」

「ない。臭いでやめた」

「なら置いていくか」

「スズキのオイル漬けがあります。こっちは鮎ですね」

「エルフェニアならではだな。魚にしよう」


 保存性と携帯性、カロリーを重視する野戦糧食において、必然的に味は二の次になる。


 そもそも野戦糧食とは、補給が受け取れなくなった非常時に食べるものだ。


 エルフはベルカンに比べると味にうるさいイメージがあるが、牛肉の缶詰の味は諦めてしまったらしい。


 缶詰を戦車に持っていく途中、ロイスはまだ入ってない部屋の存在に気付く。


 中に入ってみると、発電機が何台か並んでいた。この工場の電力を賄う発電室らしい。


「これディーゼルだな」


 缶詰を置いてしゃがんだロイスが言う。


「わかるのか?」

「Dieselって書いてある」


 ウィルの問いにロイスが答える。


「じゃあこれでカノン達の戦車動くのか」

「多分な。俺達で運ぼう」

「あいよ」


 補給を終えた後、工場に残っていたくず野菜を使ってミラがスープパスタを作る。


 質素であろうと缶詰より火を使った料理の方が美味い。


「やはりスパイスがあると全然違うな」

「ターメリックとコリアンダーとクミンを入れたんだ」

「温まるよな」


 調理器具を片付けたロイス達が戦車の状態を確認していると、木炭工場で労働を強いられていた者達が工場から出てきた。


 何人かこちらに手を振って、歩いていく。


 ロイスの戦車も走り出した。工場の姿がどんどん小さくなっていく。


 人民革命党の勢力は増しているようだ。


 あのような収容所と少年兵の数が増えれば、手が付けられなくなる。


 聖別者が大人しく血液を提供してくれるとは考えにくいので、少しでも早く聖別者の喉元に迫る必要がある。


 ロイスがそう考えていた時、空の向こうから大きな物体が飛んでくるのが見えた。


 ベルカ製の攻撃ヘリコプター!


 しかも、六匹の飛行蛇蟲を伴っている。


「飛行蛇蟲。まさか!?」


 ヘリコプターはロイス達の頭上を通り過ぎ、木炭工場の上空へ到達。


 すると遥か上空から青白いフットボールほどの大きさの結晶が降り注いだ。


 結晶群は建物や地面にぶつかると爆発するように砕け散り、蒸発して消失する。


 瞬く間に工場と、そこから脱出しようとしていた人達は跡形もなく消え去った。


「ロイス君、あいつと話してくる! させて!」


 カノンは戦車を一旦止め、その場で旋回を始める。


「待て! わかったから一旦止まれ!」


 アルセリオは旋回を終えたところで停止する。


「あんなの許せない!」

「そうだな! だが攻撃ヘリの下じゃ戦車は棺桶だぞ!」

「ロイス。戦車を降りて散開するか」

「弾種徹甲。照準、攻撃ヘリ。今なら仰角が合う!」


 蟲を伴っている事といい聖別者である可能性が高い。


 隕石を降らせる魔法とは、天空に陽イオン状態で存在する天輝石エアロダイトを結晶化させて操るものと思われる。


「エリーゼ、絶対に当ててね!」

「ふ。難題だな」


 まずミラが発砲。しかし攻撃ヘリは向きを変えるため旋回しており、当たらない。


 少し遅れてエリーゼが発砲。砲弾が攻撃ヘリの胴体に命中した。


「よし! 十字勲章ものだ!」

「ふはは造作もない」


 炎上する攻撃ヘリの風防が開くと、銃手席の男が飛び降りる。そして下にいた飛行蛇蟲の背に着地すると、地面に降下していく。


 その背後では錐揉み状態となった戦闘ヘリが地面に墜落して爆発した。


「蟲の背にいるのが聖別者だな」

「ロイス君! 話していいよね」

「蟲の処理が先だ! クラッチから足を離すな。ウィル、エリーゼ、対空射撃!」


 こちらに飛んでくる蟲に向かって四本の火線が伸び、五匹の蟲を墜落させた。


 残るは聖別者と、その上で静止飛行する飛行蛇蟲一匹のみ」


「止まれ!」


 ロイスは叫んだが、聖別者は歩いて来る。


「貴方は人民革命党リーダー。聖別者で間違いないか!」

「何故ベルカンがここにいる。エルフェニアの干渉に来たのか」

「率直に言って、貴方の血液を分けてもらいたい」

「何を言っている?」

「胎生人類が災菌を克服する方法がある。それは貴方の血液から治療薬を作ることだ」

「そんなことは不要だ」

「成功する可能性は高い。莫大な謝礼を用意する」

「人類には脅威が必要だ」


 ここでようやく聖別者は止まった。軍服を着た男だ。


「つまり呪林が必要だと?」

「全ての民が平等に暮らす新社会。従わぬ者は蟲の餌が相応しい」

「蟲と災菌は独裁のための暴力装置か?」

「従わぬのは王家を中心とする既得権益者のみだ。奴らさえ排除すれば革命は成る」


 困った。


 災菌を軍事利用する者にとって、治療薬など邪魔でしかない。


 利害の一致は不可能だ。


「蟲を操る黒い装置。あれは旧暦時代の遺物だな?」

「そうだ。つまり私が選ばれたのだ」

「お前に力を与えた存在は信用できるのか!? 都合よく使われているだけではないのか?」

「私は今の為政者より信用している。自分とユリシーを」


 聖別者は抜剣した。


 今までのエルフの魔法使いが持っていたファルシオンとは違う。両刃の剣だ。


 その時、聖別者の頭上の蟲が威嚇するように牙を鳴らした。


 遠方の線路の上。あれは軽戦車、いや、装甲軌道車か。


 二両の装甲軌道車は貨車を牽引しており、載っている大砲がこちらを指向している。


 直後、直径十メートルほどの天輝石の結晶が聖別者の前に落着し、その表面で爆発が起きる。大砲からの砲撃だ。


 これはチャンスだ!


 交渉が決裂した以上、死体から血液を採取するのが得策。


「ミラ、聖別者に榴弾を叩き込め!」


 ロイスが指示を出すのと同時、更に複数の巨大球が出現し、そのまま装甲軌道車へと転がっていった。


 ――デュアルスキル『静電気凝集(Asteroid Cannon)』


 戦車砲の榴弾は球状の天輝石によって阻まれた。


「全速で離脱しろ!」


 遠方では天輝石の巨大球が大爆発を起こし、爆風と飛び散る結晶で装甲軌道車や貨車を木端微塵にしていた。


 榴弾が阻まれた時点で逃走を決断した。


 聖別者の魔法の詳細は知らないが、災菌を克服しているという事は魔法を使い続けても体調を崩さないという事。


 長期戦に持ち込んでも防御を突破できない。


 こちらを向いた聖別者が魔法を発動。新たな天輝石の巨大球が落着し、ロイス達に向けて転がる。


 もしかして戦車より速いのでは。


 ロイスが冷や汗をかいた時、ようやく天輝石の球体は動きを止めた。


 魔法の射程外に出たのだ。


 ロイス達はそのままグアルキオに向けて走り続けた。


Tips:天属性魔法

 海抜四~五〇〇〇メートルに陽イオン状態で存在する天輝石エアロダイト扱う魔法。

 魔力を受けたエアロダイトは結晶化するが、魔力の影響が無くなると自然に崩壊、小規模の爆発を起こしプラズマ化する。

 これはL殻電子のイオン化エネルギーが極めて小さく、地表付近の紫外線でも陽イオンになるからである。

 固体状態では青色で、結晶組成は金属に近い。

 なおエアロダイトは圧力がかかると結晶化するため、エアロダイトベルトを通過できるのは浮力を使う飛行艦だけである。

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