9 暴風
日の出と共に起きだしたロイス達は朝食をとる。
缶詰に入った圧搾ビスケットは硬い。
零れ落ちにくく栄養素も添加されている点は良いが、とにかく味気ない。
幸いなことに今はソーセージスプレッドがあるので、それを塗って食べれば幾分マシにはなる。
それ他のメニューはベリーのシリアルバーとポタージュスープだった。
食後もしばらく動かずにロイスは双眼鏡を覗く。
現在地は呪林に沈んだというデナリウスに近いはずなので、蟲を見かける可能性がある。
昨晩見えた明かりは線路から離れた場所にある建物から漏れていたものらしい。
コンクリート製で煙突があるので工場と思われる。
別の方向には大規模な街並みが見えるので、そちらがデナリウスだろう。
周囲の様子を伺っているとカノンが声をかけてくる。
「ロイス君」
「どうした」
「まだ眠いからチョコレート食べたい」
「まぁ、いいか」
「わーい」
歩き去っていくカノンと入れ替わりで操縦席のレーネも声をかける。
「ロイス。私も食べたい」
「どうぞ」
こうなってくると自分も食べたくなってくるが、カロリー消費の多い操縦手が優先だ。
すると、銃を持った少年が歩いているのが見えた。
「少年兵がいる」
「またか」
あの工場から出てきたのか。この辺りにも人民革命党の手が及んでいるらしい。
「とりあえずデナリウスの方向に向い、途中で情報を集める」
南東へ進むと、途中で集落に遭遇した。
しかし、人影、というか生気がない。完全なゴーストタウンだ。
ロイスとウィルで探索するが、人っ子一人いない。
目抜き通りの片側が急斜面となっており、その下は広い用水路となっていた。そこから先は田んぼだが、収穫物の姿はなく、畜力を使う農具も放置されている。
丸ごと引っ越したというわけでもなさそうだ。
「完全に無人だ。食料も無い」
「カノンとエリーゼは何か知っているか?」
「わからない。この辺は呪林化してないよね」
「菌樹の類はなかった」
「人民革命党の仕業だろうな」
エリーゼの言葉にロイスも同感だった。
さっき少年兵を見かけたことだし、この辺りも人民革命党の勢力下にあり、住民はどこかに連れていかれたのかもしれない。
「一旦さっきの工場の近くまで戻る」
「戻ってどうするんだ?」
「適当な少年兵を捕まえて情報を引き出す」
「ふはは。どっちが悪だかわからんな」
「工場に大人がいるか訊くだけだ。いるならそっちから話を聞く」
こうして来た道を戻ったロイス達は林の中に戦車を停めた。
「こっからは俺とウィルだけでいい」
「どうやって捕まえるんだ?」
「ウィルの魔法で地面に埋める」
ロイスとウィルは身を低くしながら歩き、工場から一キロほどのところで草むらに伏せて獲物を待った。
「来たぞ。一人だ」
「よし」
こちらに歩いて来るのを待ち、距離五〇〇メートルほどのところでウィルが魔法を発動。
地中を魔力が伝播していき、突然少年兵の足元が液状化する。
銃を肩にかけたまま必死にもがく少年兵はそのまま水上を滑るかのように移動し、戦車の前に放り出された。
「ふはは。貴重な経験だったな」
「カノン、エリーゼ、適当に話を聞いてくれ」
聞いたこともない天変地異に見舞われビビりまくっている少年兵に、カノンが話しかける。
銃を捨てた少年兵はエルフ語で会話に応じていた。
しばらくしてカノンが飴を手渡すと、少年兵は走り去っていった。
「どうだった?」
「人民革命党の兵士だった。あの工場には魔法が使える大人がいるらしいから、呼んでくるように言ったよ」
「よし。ところで近くの街に人がいなかった理由は聞けたか?」
「あの工場で連れてきた人達を働かせていると言ってた」
「拉致したのか」
「悪いことを命令する大人がいなくなったら、銃で人を脅すのはやめてねって言っておいたよ」
「それはいいことだな」
少年兵を見送った後ロイス達は戦車のエンジンをかけ、榴弾を装填しておく。
そしてロイスは自動小銃を持ったウィルと一緒に少し離れた場所で地面に伏せた。
ロイスが双眼鏡を、ウィルが光学照準器を覗いて待っていると、工場の方から二両の戦車が姿を現す。
共にM41ハサドーネ。鉄塊が動く振動が地面を通じて身体に伝わる。旧式といえど、生身で見ると威圧感がある。
キューポラから上半身を出しているのは大人だ。
どちらか、あるいは両方が魔法使い。
「頼むぞ」
「あいよ」
自動小銃の二脚を広げて伏せるウィルが答える。
ウィルの狙撃の腕は不明だが、対戦車猟兵時代に自動小銃を使ったことがあるらしい。
機甲科のロイスには縁のない武器だったので、ウィルに任せる方が良いだろう。
周囲の様子を伺っている車長に向かってウィルが発砲。
しかし弾は目標の上を飛んで行った。
ウィルは単射から連射に切り替え、もう一人の車長へ発砲した。
銃弾は戦車の装甲を叩いたものの、人間には命中せず、驚いた相手は慌てて戦車に引っ込んだ。
「悪ぃ。遠かったわ」
「まぁこれ以上近付けないしな!」
ロイス達が立ち上がると、ミラとエリーゼが林の中から戦車砲を発射する。
うちミラの放った方は目標に命中したが、榴弾では戦車の装甲を貫けない。
二両はすかさず全速前進。牽制のため同軸機銃を撃ちまくる。
おかげでロイスとウィルは殆ど撃たれることなく走って戦車に乗り込めた。
ここで敵戦車が撃ち返してきた。
うち一発がロイス達の戦車に命中。正面装甲に当たった衝撃で強烈な金属音が車内に響く。
「車内、被害なし」
「戦車前進。榴弾装填。履帯を狙え」
今は距離を取り、敵の動きを見る。
敵戦車のうち片方の車長は、ファルシオンと呼ばれる刃物を持っていた。
あいつが魔法使いか。
敵の魔法使いがファルシオンを振り下ろす。
――断熱変化(Weathered Storm)
突風が発生した。気体の奔流は外部との熱交換をせず、ひたすらに膨張していく。
一瞬で視界が白っぽい粒子に包まれる。
「痛ってぇ!」
叫びながらロイスは砲塔に引っ込んだ。
痛みと同時に強烈な寒さが襲ってきた。左頬を大きな氷塊で殴られたらしい。
キューポラのペリスコープから外を見ると、敵のいる方向は完全にホワイトアウトしている。生身だったらあっという間に凍り付いていただろう。
「走り続けろ! 凍ったら終わりだぞ!」
敵の魔法は風属性と言ったところ。現状では走り回る戦車への決定打はなさそうだが……。
「ユンカー。どこまで逃げるんだ?」
「ともかくついて来い」
ロイスはエリーゼに答える。
ロイス達は敵戦車との距離を広げつつ先ほどの集落まで到達した。
「戦車砲発射」
ロイスの指示にミラが発砲。
しかし砲弾は不自然な曲がり方をして彼方に消えてしまった。
「外れました」
「防御も万全というわけか」
中にいる少年兵への配慮のため榴弾による炎上を狙ったが、そもそも当たらないか。
「ここなら建物が遮蔽物になる。ウィルの土魔法で擱座させるんだ」
「あいよ」
「私達は?」
「走り続けろ!」
ミラが威圧するように砲身を敵戦車へ指向している。
ロイスとウィルは顔を出しながら敵魔法使いの様子を伺う。
魔法の有効射程で大きく劣っているため、走りで翻弄しつつ接近するしかない。
敵の魔法使いがファルシオンを振り下ろすと暴風が発生する。
氷の飛礫は点在する建物である程度防げる。建物を突き破って一気に距離を詰めることも可能か?
そう考えているロイスの右方の建物が不意に炎上した。
「……伏せろ!」
言うが早いかロイスは砲塔に引っ込む。
「あっちぃ!」
「ウィル、平気か?」
「耳が焦げた……」
「カノン、エリーゼ、ハッチを閉じろ!」
敵の風魔法は空気の冷却だけでなく加熱もできるのか!
おそらくは空調と同じ原理なんだろうが……。
俺達は装甲に守られている。数秒焼かれたところで問題はない。だが、もう顔は出せない。
「榴弾装填。行進間射撃」
言いつつロイスはミラの右肩を踏む。
戦車が旋回し、敵魔法使いと正対する。
榴弾は信管が鋭敏なので建物越しに敵を撃てない。
右下に熱い空気を感じる。装填の一瞬で砲閉鎖機から熱風が吹き込んできたらしい。
空気が揺らいではっきりとは見えないが、敵戦車との距離が詰まっていく。
不意にロイスの視界にひびが入った。
「うわ!」
「どうした?」
「ペリスコープのガラスが熱で割れた」
それだけ敵との距離が近いということ。
そして戦車砲が砲弾を放った。
しかし、手応えとも言うべき爆発音がしない。
「外しました」
「駄目か」
「熱さのため、俯仰レバーから手を放してしまいました」
そうか。これ以上は火傷じゃ済まないかもな。
「離脱する。とにかく逃げろ!」
ロイスは後方を確認する。カノンとエリーゼはちゃんと同じ方向に走っていた。
「前方。急斜面!」
レーネの声が響く。
「側溝あったな。ウィル、魔法! カノン、後ろに続け!」
「あいよ」
「わかった!」
戦車が急斜面に達し、一瞬重力が消えたように感じる。
履帯が弛み、空転する転輪を受け止めるようにウィルが土魔法を発動した。
ウィルの作る足場に着地した戦車は反対側の斜面を駆け上がり、田んぼへと侵入する。
カノンの操縦する戦車がそれに続いた。
「追ってきやがるな。いや、待てよ?」
敵の戦車は二両とも側溝に到達、そのまま下って姿を消し、登ってくる様子がない。
ロイスがキューポラから顔を出して見ていると、斜面にハザドーネの砲身が現れる。と思ったら見えなくなった。
距離を取りつつ眺めていたが、二両のハザドーネが側溝から出てくる気配はない。
「敵はどうなった?」
「スタックしてるぞ!」
ハザドーネの出力重量比では乗り越えられなかったらしい!
敵の魔法は脅威だが、動きが止まった今が好機であることは間違いない。
「敵が動けないなら俺の魔法でキューポラを狙う。側面に回り込め」
ロイスがそう言った直後、敵の魔法使いが斜面を登って姿を現した。
同じく戦車から降りた少年兵達に何事か指示を飛ばしている。
「回り込む必要は無くなった。榴弾装填。威嚇射撃」
ロイスの指示に、ミラとエリーゼが発射ペダルを踏む。
ミラの撃った砲弾は敵の魔法によって機動が変わり、斜めに飛んで行った。
一方エリーゼの撃った砲弾は敵のかなり手前で着弾し、土煙を上げる。
これでは威嚇にならない。
俺の魔法で倒すには近付く必要があるが、そうなると危険も増す。
考えてみると、今あの工場に魔法使いはいないのではないか?
そうなると、敵戦車さえ壊しておけば無理に倒す必要は無いのだ。
ロイスがそう考えた時、二人の大人が血を拭きだして倒れる。
「え?」
「お?」
砲塔から顔を出すロイスとエリーゼが同時に声を上げる。
少年兵に後ろから撃たれたのだ!
もう何人かが射撃を加え完全に引導を渡した後、少年兵達は銃を捨てて手を振り始めた。
Tips:自動小銃
胎生枢軸で自動小銃という場合、ベルカ軍が配備しているAutomatic Carbine.2(共通語で二式自動小銃)の事を指す。
従来の小銃と同程度の大きさ、重さでありながら軽機関銃の役割も備える高性能小銃である。
開戦初期、ベルカ海軍は空挺作戦ならびに上陸作戦を成功させた。
しかしこれらの作戦を実施する兵士は軽装備であるため損害も大きく、海軍兵器局は兵士一人で携行可能で接近戦から分隊支援まで行える新型小銃の開発を決定した。
共同開発を求められた陸軍はその要求仕様の難しさから断っており、逆に中間弾薬を使った新型銃を海軍でも採用するよう提案した。
それでも7.92mmVTO弾の使用に拘った海軍は単独で銃器メーカーに開発を打診、提出された試作銃に改良を加えてAC2の名で採用した。
困難な要求仕様を満たしたこの銃は非常に高性能であり、使用した部隊からの評価も高く、共同開発を断った陸軍が採用を決めるほどだった。
同じく軽装備になりがちな山岳猟兵や対戦車猟兵の小銃としてはうってつけと考えられたからである。
陸軍も採用したことで大規模増産が決定した本銃は生産性を高めるため設計が変更されており、陸軍で使われる本銃の殆どが後期型と呼ばれるものである。
猟兵と名の付く部隊ばかりで使用された本銃には猟兵銃の渾名が付き、精鋭部隊の小銃という印象を高めている。




