8 野営
二両の戦車が線路近くの砂利道を進む。
線路に沿って進んでいけばデナリウスにたどり着けるはずだ。
双眼鏡を覗くロイスは前方から後方を見渡す。
すると操縦手ハッチから顔を出すカノンがビスケットをかじっているのが見えた。
「カノン。勝手に糧食を消費するな!」
「だってお腹すいちゃったし」
「糧食はいつ補給できるかわからないんだぞ」
「デナリウスで補給できないかなぁ」
「デナリウスは今呪林に沈んでいると聞いたがな」
「あ、そっかぁ」
「ロイス。川があるぞ」
「昼食にしますか」
川の手前で停車するとロイスは戦車を降りる。
道路に橋は架かっているが、耐荷重は不明であり使わないのが無難だ。
歩いて川に入ると、水深は脛くらい。こういう時ブーツだと楽だ。
川の近くは軟弱地が多いが、この辺りは大丈夫そうだ。
「なんで川に入ったの?」
「川岸を登れるか確認したんだ。渡れても対岸を渡れないと困るからな」
「なるほどね」
「というかお前運転が荒っぽいから後でレーネからアドバイス貰え」
「うん。レーネちゃんお願いね」
「ああ。わかった」
ミラが食事の準備をしている間、レーネとカノンがアルセリオを使って運転の練習をしている。
「私運転慣れてないんだよね」
「慣れないうちは極力変速しない方がいいぞ」
「そうするよ。変速する時ちょっと怖いし」
「平地三速上り一速と決めてしまえばいい」
「五速はいつ使うの?」
「使わなくていいと思う。変速機の寿命が縮むからな」
「そうなんだ」
「微妙な速度変更はエンジンの回転数で調節する」
「でも騒音でよくわかんないんだよね」
「そこは踏み込み具合で覚えるしかない」
「はーい」
「ギアチェンジしたい時は、先に加速してからギアチェンジする。アクセルは踏まないように」
「レバーが跳ね返ってくるから?」
「ギアが摩耗するからなんだが、跳ね返ってくるのか……」
ロイスはアルセリオの砲塔から先に出てきたレーネに声をかける。
「少しは良くなりそうか?」
「何と言うか、カノンの運転は下手ではない」
「そうなのか?」
「アルセリオの運転が難しいんだ。ノンシンクロだし、タイミングが合わないと変速レバーが跳ね返ってくる」
「何だそれ。アルセリオって新型だよな」
「新型だが、変速機だけは進歩しなかったようだな」
昼食はスープパスタだった。エルフェニアではミネストラというらしい。
キャベツ、レンズマメ、ソーセージ、マカロニと食材に目新しさはないが、ブイヨンの他にカノンが持ち歩いているバジルとパプリカを入れたようで、アクセントになっている。
防水シートやテントを片付けると、ロイスとウィルは鍋で川の水を汲み、煮沸消毒して飲み水とする。
その間、レーネは戦車の弾薬庫から煙管と小包を取り出し、火を点けて煙を吸い始めた。
「レーネちゃんそれなぁに?」
案の定、カノンが興味深げに声をかける。
「煙管だ」
「へぇー……。なんで?」
「……好きだからだ」
「確かに、甘い匂いがするね」
「そういう種類なんだ」
「煙草は男の人が吸うイメージあったけど、美味しいのかな」
「人によるだろう」
「そうだよね。ねぇ、私にも吸わせて」
「これは慣れてないと気分が悪くなる種類だからだめだ」
「そうなの。じゃあ初心者向けのはある?」
「戦車には私の分しかない」
「ふーん。じゃあ味見させて? 美味しかったら次の街で探してみるよ」
「やめておけカノン。それは麻薬だ」
微笑とも真顔ともつかない表情でエリーゼが言った。
「え、麻薬!?」
「よくわかったな」
「ふはは。余は博識なのだ」
少し目を開いて驚くレーネにエリーゼが得意げに答える。
まぁこれは仕方ない。エリーゼが止めなければロイスが止めるつもりだったが、いずれにせよ有害であることは述べねばならなかったろう。
「だが結構旨いぞ」
「エルフェニアの王女に麻薬を勧めるのはまずい!」
「冗談だ。ロイス、怒るな……」
できれば隠れて吸ってほしかった。いや理想を言えば禁煙して欲しいのだが、常習性があるので共同生活中に隠し通すことはできないことも予想はしていた。
まぁ、遅かれ早かれだったな。
沸騰した水が冷めたところでジェリ缶に移し、移動を再開。
数時間後、辺りが暗くなったところで戦車を停めた。
「今夜はここで野営だ」
「デナリウスまではどのくらいなんだ?」
「おそらく郊外まで来ている。あそこに明かりが見えるしな」
「デナリウス近隣の村か」
「だろうな。明日の朝位置を照合する」
「なんで街に泊まらないの?」
「人民革命党がいるかもしれないだろ。デナリウスに近いんだから」
「あそっかぁ」
カノンとエリーゼも戦車から降りたところで、防水シートを地面に敷いて側にテントを三つ張る。
その後離れた場所に穴を掘ってテントを一つ張ると、陽が完全に沈もうとしていた。
「雨が降るかもしれないから、テントの縁に溝を掘っておけよ」
「キャンプみたいで楽しいね」
スコップを手にしたカノンが答える。
「ふはは。野宿とは感心せんな」
「好きでやってるわけじゃない。……まぁこんな状況なら昼のうちに街に入った方がいいか」
「当然だな。余に何度も野宿などさせるな」
「エルフェニアの王女がああ言ってるんだからお前も我慢しろよ」
「カノンが単純なだけだ」
「まぁすぐに慣れないのは仕方ない」
「高貴な身には辛い」
「麻薬の臭いに気付く奴がか?」
「ベルカの貴族は麻薬をやらないのか?」
「やるわけないだろ」
食材を管理するミラが全員分の缶詰を開け終わると、六人は円形に座って食べ始める。
「ところでカノンとエリーゼはどこで知り合ったんだ」
「ストゥディウムだよ」
「ストゥディウムとは?」
「アレサンドラにある名門校だ。余は一二から通っている」
ロイスの問いにエリーゼが答える。
「じゃあエリーゼも、金持ちではあるわけか」
「それは間違いない」
「でもヴァーティミアスなんて苗字聞いたことないんだよね」
「王女が聞いたことない苗字か。偽名か?」
「偽名ならもっとありふれた苗字にすると思わないか」
「それはそうだが。カノンは何でこいつと仲良くしてるんだ?」
「仲良くしてくれるから、かなぁ」
「余が王女に遠慮する理由が無いからな」
「カノンはこいつが何者か知っているのか?」
「知らない。社交界でも見かけないし」
「ふはは。余の正体は然るべき時に判明するだろう」
「そういえばベルカの夕食って野宿じゃなくても冷たいって本当?」
「そうだな」
「私は温かいものが食べたいなぁ」
「ガソリンは節約しないとだめだ」
「じゃあ薪を使えばいいんだね」
「屋内ならな」
「外で焚火したらだめなの?」
「敵に見つかる」
「あそっかぁ」
「まぁ冷たいのは仕方ないとして、缶詰には飽きたよな」
ウィルの発言にはロイスも同意だった。
「エルフェニアの缶詰には期待してたんだが、アレサンドラで売ってないとはな」
「ふはは。戦場に持って行かれたな」
「平時ならパスタの缶詰とかあるのか」
「あるが、やめた方がいい」
「美味しくないのか?」
「ソースと一緒に入ってる。だから伸びててまずい」
「そうかぁ」
がっかりした顔でウィルは言った。
「やっぱりパスタは茹でないとね」
「余としては米が欲しいところだな」
「なんで米?」
「リゾットが食べたい」
「そんな水を大量に消費するものを……」
「食事は三大欲求の一つだぞ。蔑ろにしてはならない」
まぁ、確かに一理ある。長旅で食事と睡眠は生死にすら直結する。
あと一つは、性欲か。
ロイスはレーネを見た。
恋人らしいこと全くしてないな。まぁ、旅が終わるまで我慢するしかないか。
「じゃあさ、あのチョコレート食べてもいい?」
「カフェイン入りだから眠れなくなるぞ」
「じゃあ明日ならいいよね」
「いいぞ。操縦手用だから眠い時に食べてくれ」
「わーい」
「明日は街に泊まろう。食後の紅茶くらいはほしい」
「それならグアルキオに行くか」
グアルキオにはデナリウス西側にある中規模都市であり、貨物列車の通過が期待できる。
「お風呂に入れないのも辛いよね」
「そういやエルフは湯に入りたがるんだったな」
「奇麗好きなのだ」
「温まるしね」
米の栽培や入浴文化がエルフェニアの水資源の豊富さを示している。
北部のネラス山脈は地下水の宝庫であり、水資源の争いはエルフとドワーフが不仲である理由の一つだ。
南部エルフェニアも降水量が多く、やはり水は潤沢にある。
「寝てる間は交代で見張りが必要だ。四人でもできるが、カノンとエリーゼはどうする?」
「協力してやろう。こんな早い時間に眠れるわけないからな」
「エリーゼに夜明け前の見張りはやらせちゃ駄目だよ」
「なら、ウィルとエリーゼ、俺とレーネ、ミラとカノンの順で見張りを行う」
「常に二人は起きているわけか」
「蟲もそうだが、人民革命党とかいう連中にも警戒が必要だ」
「では余とマウザーに任せて、さっさと寝るが良い」
「マウザー?」
「ウィル・ブレスラヴの事だ。ロイス・エンデマルクの事はユンカーと呼ぶ」
「レーネとミラは」
「カイザーとメイド、だな」
「……まぁ、好きに呼んでくれ」
「変更の余地も無いではないぞ」
返事をせず、ロイスはテントにハッカ油のスプレーをかけ始めた。
エリーゼが変人なのは言動からも明らかなので、とやかく言っても仕方ない。
「なんだそれは」
「虫除けだ」
「虫が寄ってこない方が、余も安眠できるだろう」
「使ってくれ」
「ふはは。ありがたい」
ロイスはウィルと交代で使う小さいテントに上半身を突っ込み、就寝した。
Tips:ユンカー
本来の意味は、近代に入って出現した歴史の浅い『新興貴族』を意味する言葉。語源は『若い貴族』。
ベルカ帝国が南進を繰り返していた頃、大きな戦功を挙げた兵士には爵位と土地が与えられた。
また、戦争に乗じて築いた富で土地を購入した実業家や、一早く南部に進出して開拓を行った豪農など、新たな地主が数多く出現した。これらの土地貴族をユンカーと呼ぶようになった。
こうした新興貴族は古くからの貴族と共にベルカの拡大と発展に貢献したが、同時に政治家や軍上層部の地位を独占していた。
その結果ベルカの若い貴族の中には、自身にはまだ何の実績も無いにもかかわらず格下の貴族や平民出の実業家、他国の政治家や大使に傲岸不遜な態度を取る者が散見されるようになり、それらを批判、侮蔑する意味でユンカーと呼ぶようになった。
したがって、歴史ある貴族のロイスをユンカーと呼ぶのは本来の意味とは異なっているものの、偉そうな若い貴族という意味では正しい。




