5 人民革命党
翌朝。十時を過ぎた頃、カノンからホテルに電話があった。
一一時にアレサンドラ駅中央口前で待ち合わせとのこと。
合流して一言目にロイスは不満を言った。
「もう少し早く連絡してくれれば、アレサンドラを調べる事もできたんだがな」
「ごめんごめん。昨日は疲れててすぐ寝ちゃったんだ」
「それで、今朝はテーラーに行っていたのか」
「そう。戦車に乗るなら軍服じゃないとね」
カノンとエリーゼが着ている軍服はエルフェニア陸軍の標準的な緑褐色の軍服だ。
ただし、生地が上等で体格に合っている事からオーダーメイドである事がわかる。
「予備も含め、よく一晩で仕上げてきたな」
「ふはは。まぁ徹夜であったろうな」
「王女の依頼じゃ断れんか」
「ちゃんとお金は払ってるからね」
「選択肢は無かったが、色が気に食わん。貴様達のように黒が良かった。それか赤だな」
「赤の軍服なんてねぇよ」
「南北戦争の時代にはあったがな」
「そりゃ昔の軍服は派手だったが。そのブーツは私物か?」
「そうだ。戦車兵がブーツを履いているのを見たことがある」
「足元保護のためだな。戦車兵に限った話でもないが」
「ところでデナリウスに行きたいのだったな」
「正確にはその周辺で情報を集めたい。聖別者が本当にデナリウスにいるのかどうか」
「それなら、トラツィオ行きの列車に乗って途中下車だな。デナリウス駅には入れない」
「ならトラツィオ行きの貨物列車に俺達の戦車を積んでくれ」
「容易いことだ。カノン」
カノンとエリーゼは駅構内に入っていき、しばらくして戻ってきた。
「デナリウス行きの列車に乗れるようにしたよ」
「一六時発の夜行便だ」
「いい時間だな。昼食をとって、水と食料を買いこもう」
「昼食だったら営業してるレストランがあるよ」
「案内してくれ。多くの店が営業していないようだからな」
「ベルカは違うの?」
「同じだ」
こうしてロイス達が連れていかれたレストランは、今朝まで泊まっていたホテルだった。
「結局ここに戻ってくるのか」
「ホテルやレストランは殆ど休業してるからね」
ロイス達はホテルのレストランでパスタを食べる。
「カノンがいてくれると助かるが、本当に一緒に来るのか?」
「お父さん助けに行くんでしょ?」
「救助には繋がるだろう。ただし最優先なのは聖別者の捕縛だ」
「いいよ。聖別者捕まえたらお父さんの居場所もわかるだろうし」
「ではエリーゼは?」
「ふはは。聖別者を捕まえれば災菌の治療薬が作れるのだろう? 協力させてもらう」
「危険な旅だぞ。聖別者が蟲を操るとあってはな」
「構わない。余個人の野望のためだ」
「野望?」
「それは秘密だ」
「そうか。何にせよ謝礼は十分に払う」
昼食を終えたロイス達は買い物に向かう。
野営用具は入手できたが保存の効く食料は出回っておらず、水だけが補給できた。
「水がタダなのはいいな」
「ベルカは違うんだっけ」
「冬になると水は凍るからな。輸送費がかかる」
「ビールの方が安いとは本当か?」
「北ベルカでは事実だ。税のかからないジュースが一番安い」
「保存食どうする? 野菜は買えたけど」
「デナリウス周辺の街にもホテルくらいあるだろう」
「大きな街ならやってると思うよ」
「ならそこに泊ればいい」
「リッチな旅だな」
ロイス達が乗り込んだ貨物列車は定刻通り出発し、夜の片田舎を進む。
大量の毛布が積み込まれた木製コンテナは六人が三列に寝そべるスペースがあり、ロイス達は眠ることができた。
明朝。列車が停止し、荷役の音でロイスは目を覚ます。
そういえば、途中リクアーノという街の操車場で荷物の仕分と積み込みをすると言っていたな。何故か叫び声がする。……というか、銃声が聞こえるんだが!?
「ロイス。ヤバいぜ」
ウィルの言葉を聞きながら、ロイスはコンテナの扉を開ける。
丁度朝日が昇るところだった。駅に停車した列車の周りでは軍服を着た男達が歩兵銃を構え、時折発砲している。
なんだ? 野盗団でも出たのか?
ロイスがそう思った時、進行方向の線路が爆発した。
大砲!? 強盗ってレベルじゃないぞ!
「ロイス! エンジン音がする!」
ウィルがそう言った直後、視界にいた兵士が銃に撃たれ倒れた。
これは……まずいぞ。
「全員戦車に乗れ! エンジン始動!」
レーネとカノンは操縦手用ハッチから戦車に乗り込み、それ以外の三人は砲塔のハッチから戦車に入る。
またしても砲声が聞こえ、爆発音が続く。
「陛下! 徐行で出してください!」
ロイスの言葉通り、レーネは車体を旋回させ、半クラッチのまま戦車を貨車から降ろす。
段差による振動の後、無線にエリーゼの声が入る。
「フォームが無いが、降ろしてしまっていいのか?」
「的になるぞ。壊さないように降ろせ!」
「ふはは。だとさカノン」
ロイスは一度砲塔に入り、双眼鏡を取り出す。だが、使う前に視界に入った。
いる。濃緑色の戦車が通りから姿を現した。
距離は一キロちょっとか。ロイスは双眼鏡を覗き込む。
小型の車体と戦車砲。垂直な正面装甲。エルフェニア軍のM41『ハサドーネ』だ。
「車体旋回。徹甲装填」
レーネがハッチを閉じると車体が回りだす。それに合わせ砲塔も回り、戦車砲がハサドーネを照準する。
敵か味方か。エルフェニア軍が強盗の鎮圧にきた可能性もあるが……。
その期待は外れ、二両のハサドーネはこちらに砲身を向けると発砲。十数メートル離れた場所に着弾した。
「撃ってきたぞ」
「威嚇射撃」
ロイス達の戦車も発砲。ハザドーネの数メートル手前で土煙が上がる。
それを見たハザドーネの一両が少し後退したが、すぐに停車して二射目を放ってきた。
これまた一射目と同じくやや離れた場所に着弾する。
「ミラ。やれ」
「了解」
「発砲後前進」
ミラが発射ペダルを踏むと徹甲弾は吸い込まれるように命中。ハザドーネは炎上した。
すぐさまロイス達の戦車は前進したが、残ったハザドーネは後退すると建物の陰に引っ込んでしまった。
エンジンの暖気が終わったロイス達は全速力で追う。車体の軽さ故か、逃げるハザドーネはそれなりに速い。
開けた地形に農地が広がり、家屋が点在している。その向こうには中規模の市街地が見える。
あそこに逃げ込まれるとまずい。
敵戦車は砲塔を後ろに回し発砲したが、砲弾は明後日の方向に飛んで行った。
距離は五○○メートルほど。
「停車」
ロイスの指示に戦車は停止。一泊置いて発砲した。
砲弾はハザドーネの車体後部に命中。黒煙が上がり始めた。
数秒後、砲塔上部のハッチが開いて四人の人影が飛び出してきた。砲弾はエンジンで止まり、内部の被害は免れたらしい。
一目散に街へ逃げていくエルフ達は追わず、ロイスは撃破した戦車を確認する。
砲塔側面にマークが描かれているが、エルフェニアの国籍表示ではない。
「赤い歯車と工具か? なんだこれ」
ベルカン四人が知るわけもなく、ロイス達はエルフ二人の到着を待つ。
しばらくしてアルセリオが追い付いてきた。
「ふはは。お前達のメイドは良い腕をしているな」
「この戦車はなんだ。何故襲ってきた」
「これは人民革命党の戦車だな」
「人民革命党? このマークがそれを現しているのか?」
「歯車と稲穂。間違いないな」
「聖別者と関係あるのか?」
「聖別者こそが人民革命党のリーダーだ」
「人民革命党の目的は」
「共産革命」
「よく知ってるじゃないか。何故言わなかった」
「聞かれなかったからな」
エリーゼは得意げに言った。
聖別者の血を手に入れたいという状況において、このタイミングで知れたのは悪くない。
武装勢力を伴っているのなら対策が必要になる。
ロイスは辺りを見渡したが、新たな敵が出てくる気配はない。
「陛下。駅に戻って詳しい話を聞きましょう」
「そうだな」
レーネが再び戦車を動かそうとした時、近くの家屋から人が飛び出してきた。
片手を上げながら走り、何やら叫んでいる。グラッツィエとベルカンという単語だけが聞き取れた。
年寄りのエルフだ。数は二人。
「エリーゼ、通訳しろ」
「礼を言っている」
「それはわかる」
「この街を助けてほしいとも」
「なんだって? 共産革命党をやっつけろということか?」
「そういうことだな」
自国の列車や友好国の戦車を無警告で襲撃するあたり、ろくな連中じゃないというのは予想がつく。
故にこの街も苦しめられているのかもしれないが、助けてやることにメリットがない。戦闘という手間と危険だけが生じることになる。
断ろう。ロイスが思った時、カノンが口を開く。
「この街を助けよう」
「なに?」
「多分この街も酷いことになってる。でもロイス君達は強いから、敵の戦車が出てきても大丈夫だし」
「この街を助けたいんだったら、それこそ親玉の聖別者を倒せばいいだろうが」
「それまでにこの街がめちゃくちゃになっちゃうかもしれないし」
「この街は共産革命党に占領されてるのか? 訊いてくれ」
ロイスの言葉に、カノンが何かエルフの老人と会話する。
「三日前にやってきて占領されてるって。逆らうようであればこの街に蟲が殺到するだろうって」
「規模もわからない敵に占領された街に入って行けるか! だいたい俺達が助けてやっても結局蟲が来るんじゃないか?」
「聖別者も倒すから大丈夫だよ」
「共産革命党と敵対したくない」
「助けてくれないならこの国のこと教えてあげない! ねぇエリーゼ」
「ふはは。民を守るのも王の役目だからな」
「そうそう。助けてくれるなら何でもお願い聞いてあげるよ。私王女だし」
「それに、こいつらは不思議な力を使う者がいると言っている。魔法使いのことではないか?」
「そういうことは早く言え」
あの街は共産革命党というテロ集団に占領されており、その中に魔法使いが混じっている、か。
聖別者本人ではないだろうが、詳しい情報を持っているかもしれない。
助けるメリットは生じた。
ロイスは一度キューポラに引っ込む。
「どうするレーネ」
「ロイスに任せる」
もしレーネが反対すれば、それを理由にロイスは駅へ引き返しただろう。
しかし、自分で判断するしかないわけか。
「この街を助ける。何かしら情報が手に入るかもしれない」
「それに、助けてやれば美味い飯を食わせてくれるかもしれないぜ?」
「そのくらいの待遇は受けたいものだな」
ロイスはキューポラから顔を出すと口を開く。
「そこの二人に先行させろ。安全に街に入れる」
ロイスの意志は通じたようで、助けを求めてきたエルフが案内を始めた。
「やけに堂々と入っていくな」
「人民革命党は街外れの修道院を根城にしているそうだ」
「なるほど。だが、街にも少しはいるだろう」
「ふはは。いきなり撃たれないことを期待しよう」
こうしてロイス達はリクアーノに侵入した。
街外れにて、ロイス達は停車する。
エンジン音は響くからだ。
「俺とウィル、エリーゼで様子を見てくる。戦車のエンジンは切るな」
そしてロイス達は歩き出した。
銀製ナイフの他に拳銃を携行しているエリーゼにロイスが問う。
「その銃は私物か?」
「そうだ」
「使えるのか?」
「当然だ」
年齢的に警察官でもないし、銃を持っている事自体が不可解だ。しかし今はこの街の情報が優先。
「街中に戦車はいないが、敵は銃を持っているらしい。数は数十人だが、魔法使いが怖くて逆らえないらしい」
エリーゼが案内役の話を通訳する。
「この街の子供は皆人民革命党に拉致されたらしい。しかも強制労働が始まっているそうだ」
「人民革命党の目的は何だ」
ロイスの問いに、エリーゼが案内役と会話をする。
「真に平等な理想郷の建設だと言われているらしい」
「既に脅す側と労働する側に分かれている気がするがな」
「まったくだ。未来の民の窮地。放っておくわけにはいかん」
「他に気になる情報はあるか?」
「先ほどから敵の子供達と言っている。おそらくかなり若いぞ」
「それはおかしくないか? 青年は徴兵されているだろ」
「もしかしたら十代前半かもしれん」
すると銃を持った子供が大人を強制労働させていることになる。意味がわからない。
そのような不可解な状況がこの国の各地で起きているのなら、この街で全容を掴んでおくべきだ。
リクアーノの建物は黄色っぽい漆喰とオレンジの屋根で作られており、互いに密集している。路面も一定間隔で石が埋めてある程度で、いかにも車が普及する前の街並みだ。
道案内に導かれて歩いていると、大勢の話し声か聞こえ始め、道幅も広くなる。
そして灰色の石が敷き詰められている区画へと出た。おそらくこの辺りが街の中心部。
その先の広場では、公開処刑が行われようとしていた。




