4 高級ホテル
二人とも長く尖った耳を持ち、エルフであることがわかる。
操縦席から出てきた方は白と青のドレス。砲塔から出てきた方は黒いゴシックドレスを着ている。
「助けてくれてありがとー!」
操縦席から出てきた方が礼を言いながら駆け寄り、徐行するリゼルの装甲に手をかけた。
「もうダメかと思ったよ。ねぇ、ベルカから来たの?」
戦車に乗っていたせいでだいぶ煤で汚れているが、生地は上等だな。富豪のご令嬢か?
流暢な共通語を話しており、学もありそうだ。
「黒い服を着ている方は大丈夫なのか?」
「ふはははは! 救助に感謝する! まずは名乗ろう。我が名はエリーゼ・バーティミアス!」
エリーゼは腕組みしたまま答えた。
共通語の発音は完璧。でも癖が強そうだ。
とりあえずこっちの人懐っこそうな方に話を聞くか。
ロイスがそう思って目線を下げると、白と青のドレスを着た少女はにこっと笑った。
「私はカノン・レ・フェレアだよ」
「そちらの信号弾を見て救助した。なぜ蟲に追われていた」
「それがさぁ、アレサンドラに蟲の大群が来たんだよ。それで戦車で逃げたら、追いかけられたんだよね」
「蟲の大群が来た? アレサンドラの近くに呪林など無いだろう」
「無いよ。でも突然蟲の大群が来て、胞子をまき散らしていったんだ」
「そうか。災菌感染しなかったのは幸運だったな」
「ううん。したよ」
「何!?」
「感染して熱も出たんだけど、次の日には治ってたんだよね。でも歩いてたら蟲が来たから、エリーゼと戦車で逃げたんだ」
「おおい! カノン。戦車を動かしてくれ!」
ここで遠くにいたエリーゼが口を挟んだ。
「じゃあ戦車動かしてくるね」
カノンが戦車に戻っていく間、レーネも戦車を動かし二両は横に並ぶ。
「災菌から寛解したのはお前達二人だけか?」
「寛解。その通りだ。話が早いな。気に入ったぞ」
エリーゼが満足げに頷く。
「そして何某かの物質を操る能力を手に入れたわけだ」
「ほう? この事象はベルカでは研究されているのか?」
「俺達も同じ。災菌感染の生存者だ」
「ふはは。どうりで話が早い。奇遇だな」
「だが突然蟲の大群が来たというのは不可解だ」
「貴様達は聖別者を知っているか?」
「聖別者だと?」
「最近巷を騒がせている蟲を操る男の事だ」
「話には聞いている」
「余はアレサンドラに来た蟲の群れは聖別者の仕業と睨んでいる。蟲の死骸を見てみろ」
「後で確認するが、何がある」
「奴らは背に黒い箱を付けているだろう。余は聖別者が蟲を操るために付けたのだと考えている」
「何故そう思う?」
「蟲に人工物など不釣り合いではないか」
「まぁ、な。だがそんな技術聞いたことが無い」
「それは余も同じだ。聖別者がどうやってあの機械を入手しているのかはわからない」
「アレサンドラを襲った蟲は全てその黒い箱を付けていたのか?」
「さぁな。そう考えると辻褄が合うというだけの話だ」
ロイスは大きく息をつく。
蟲の群れがアレサンドラに出現するなど、自然現象としては考えられない。
聖別者の仕業と考えれば人為的な分まだ納得はできるが。
まずは、アレサンドラで調査してみるか。
「聖別者について調査したい。アレサンドラを案内してくれないか?」
「余と同盟を結ぶのは構わん。カノンはどうしたい?」
「勿論オッケーだよ。一緒に行こうね」
「ああ。よろしく頼む」
そう答えたロイスは砲塔に引っ込む。
「災菌の寛解者に聖別者と関係があるかもしれない蟲の出現。幸先はいいぞ」
「ロイス。気付いているかもしれないが、あの操縦手」
「白青のドレスの方か」
「レ・フェレアと名乗っていた」
「……ああ! いや、まさか。嘘をついている可能性も」
「いや。私は会った事がある。第一王女だ。間違いない」
「なら是非協力を取り付けたい。レーネ、頼むぞ」
「向こうが思い出してくれれば話は早いが」
「え、あいつエルフェニアの王女さんなの?」
ウィルが問う。
「そうだ。レ・フェレアはエルフェニア王家の苗字だな」
「マジかよ。ここには皇女さんがいて、どんな確率だよ」
「あっさり聖別者に近付けるかもしれん」
シェリエレの駅に移動した二両の戦車は検疫の担当者達によってたっぷりと消毒液をかけられ、濡れたまま貨車に乗せられた。
この街で昼食をとっている時間はなくなったため、缶詰で済ませるしかない。
ロイス達はコンテナに乗り込んだが、六人となるといよいよ狭い。
しかもエルフの二人は食料を持っていなかったので、その分も缶詰を開ける必要があった。
「ふはは。食事まで供されるとはな。感謝するぞ。ベルカン」
「その分いろいろ話を聞かせてくれ」
「いいだろう」
「そんなに美味しくないねこれ」
カノンが食べているのはレンズ豆と一緒に煮込まれたブロック状の牛肉。
ロイスの感覚からしても、まぁ美味しくはない。
カノンは茶髪で顔は可愛らしいが、その所作からはあまり高貴さが感じられない。あと胸が大きい。
体形に合ったドレスはオーダーメイドだろう
もう一方のエリーゼは艶やかな黒髪と切れ長の目に整った顔をしており、こちらの方が気品はある。あと態度が大きい。
黒いゴシックドレスは装飾が多くこちらも生地は上質なものだ。
ロイスが二人の様子を観察していると、隣のレーネが不意に口を開いた。
「カノンにエリーゼと言ったな。そんなドレスで戦車に乗り込むなど、戦車を舐めている」
いきなりの叱責だった。
「すぐに着替えるべきだ。ロイスもそう思うだろう」
「あ、ああ」
「ふはは。余の服装に指図するとは、大きく出たな」
「当然だ。私はベルカ帝国の国家元首だからな」
「そんな嘘、一体誰が信じるというのだ?」
「あ、やっぱりそうだったんだ。レーネちゃんだよね。三年ぶりかな」
「なんと、皇女様だったか。普通の軍服だからわからなかったぞ」
エリーゼは特に怯む様子もなく笑って答える。
「野戦服なのは身分を秘匿するためだ」
「余とてドレスが汚れるのは本意ではない。だが、着の身着のまま逃げるしかなかったのだ。因みに無一文だ」
「私も、スパイスボックスしか持ち出せなかったよ」
カノンが指さすのは肩にかけるバック。
スパイスボックスというのは、スパイスが入った箱のことか?
なんでそれだけ持ち出したんだ? エルフェニアは様々な香辛料の産地ではあるが……。
「俺の名はロイス・エンデマルク。エルフェニアの聖別者と呼ばれる人物について調査に来ている」
「オイラはウィル・ブレスラヴ。二週間くらい前から一緒に旅してる」
「私はレーネ様のメイドのミラ・マリエンです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね」
「ふはは。境遇を同じくする者同士、協力しようではないか」
自己紹介が終わったところで、ロイスは早速質問に移る。
「聖別者について知っている事を教えてくれ」
ロイスの言葉にエリーゼが口を開き、カノンは食事を続けていた。
「三週間ほど前に現れた。原理共産主義を謳い、各地で暴動や内乱を起こしている。なんでも全ての余剰資産を共有化するのが目的だそうだ」
「君主制のエルフェニアで共産主義とはな」
「蟲にアレサンドラを襲わせたのは脅しだろう。聖別者は従うよう通告を出している」
「聖別者はどこにいる?」
「わからない。呪林に沈んだデナリウスというのが有力だ」
「あの王都が本当に呪林に沈んだのか」
「完全に封鎖状態にあるらしい。まぁ入ろうとする者もいないだろうが」
「蟲はどれくらいいる?」
「わからない。アレサンドラに来たのはほんの一部だろうが」
「蟲を操るとは、厄介だな」
「加えて本人も隕石を降らせる能力があるらしい」
「魔法使いか」
「魔法。言いえて妙だな。我々も以後そう呼称しよう」
「私のお父さんデナリウスにいたんだよ。一緒に助けに行ってよ!」
「ああ、そうだな」
カノンの頼みを、ロイスはあいまいに肯定する。
そもそも生きているのか?
重要人物だから生かしているという可能性もあるが。
聖別者がデナリウスにいるというのならどの道向かわざるを得ないが、大量の蟲を操れるというのが嫌すぎる。
どうせ蟲の大群が襲って来るに決まっているのだから。
「そういえばあの戦車はどこで手に入れた。新型だろ?」
「うちの会社が作ってるから、家に一両展示してあったんだ」
うちの会社とは要するにFIATの事だろう。
Ferea industria arti trattativa(フェレア工業ギルド商会)。その名の通り王族の企業である。
こうして貨物列車に揺られること数時間。日が完全に落ちた頃、ロイス達はアレサンドラに到着した。
マイエリンツから二四時間以上列車に揺られたことになる。
ロイスはコンテナから降りて駅から周囲を確認したが、蟲による被害はここまでは及んでいないらしい。
街明かりと人々の往来が見える。
アレサンドラはエルフェニア最大の都市であり、工業、経済の中心地だ。
七〇年ほど前まで続いた南北朝時代において、エルフェニアは南北に分裂していた。その際に北部を収めていたのが現国王であるフェレア家であり、アレサンドラを首都としていた。
その後エルフェニアを統一するにあたり中部にあるデナリウスに遷都したが、最も発展した都市がアレサンドラであることは変わらない。
列車から降りるとカノンが駅長室へ向かっていく。
そしてロイス達が見守る中、カノンは駅長と思しき男と話し始めた。
駅長は何やら感銘を受けているようで、更には駅員も含め、周囲に人が集まってきた。
途中でカノンはロイス達の方を指さした。紹介してくれているらしい。
「エルフ語だからわからんな。エリーゼ、通訳を頼む」
「ふはは。借りを返してやるとしよう」
エリーゼによるとカノンの話の内容は、ドゥーカ通りの近くにいたが助かった。戦車で街の外に逃げたところをロイス達に助けられた。とのことらしい。
「戦車に燃料入れといてくれと言っているぞ」
「それは駅員に頼むことなのか?」
「まぁ王女の言うことだからな」
エリーゼの通訳を聞いているうちに、カノンが戻ってきた。
「ロイス君達はホテルに案内してもらえるよ。私とエリーゼは服屋さんに行ってくるから」
「話が早いな……」
「ははは。あれでも王女だからな」
カノンはいつの間にかやってきた警官達に囲まれ、駅から出ていく。エリーゼはそれに続き、ロイス達の所には駅長がやってきた。
「王女陛下のお連れの方を、ホテルに案内するよう仰せつかっております」
この男も流暢な共通語を話した。
まぁ駅長は公務員の中でも上位の方なので、当然と言えば当然かもしれない。
「そういえば、王女陛下より明日の待ち合わせなど聞いていますか?」
「いえ、特には」
「そうですか」
まぁこっちの宿泊先をカノンは知っているはずだから、向こうから迎えに来てくれるだろう。
アレサンドラ中央駅の内部は大理石がふんだんに使われた荘厳な空間で、大きな絵画や沢山の彫刻で飾られている。
駅の外に出て外観を眺めれば、単調な色合いでありながら華やかさを感じ、世界一美しいと言われるのもわかる。
大通りにも商店と思われる洒落た建物が多い。
これこそがベルカとの大きな違いの一つだ。
ベルカにも美しいと言われる街並みはある。だが、北ベルカの大都市は質素というか、生存を第一に考えていて全体的に整然として遊びが無い。
南ベルカの都市は最近作られたものが多く、景観を意識した区画もあるが歴史がない。
中世の景観を最新の建築技法で維持、再現するというのは、ベルカでは決して見られない。
ロイス達が案内されたホテルも宮殿の様な外観をしていた。
チェックインしたロイスはロビーのエルフに尋ねる。
「夕食は出るのか?」
「勿論です。当店も配給制となっておりまして、大したおもてなしはできませんが」
「いや、ありがたい」
スタッフに案内され、ロイス達は客室に通される。
おそらく最上級と思われる部屋は華麗な空間で、天井からシャンデリアがぶら下がっていた。
「食事の支度に一時間ほどかかります。くつろいでお待ちください」
そう言ってスタッフは去っていった。
「宿泊費はいらないそうだ。あと夕食も出る」
「そうか。エルフェニアの王女と出会えたのは幸運だったな」
「今後の補給面でも有利と思われます」
「オイラこんなホテル入ったの初めてだぜ」
「ちゃんと掃除されていますね」
その後一時間ほど今後の方針について話していると、先ほどのスタッフが夕食の迎えにやってきた。
案内されたのは特別室であろう食堂で、既に生ハムサラダが並んでいた。
その他サフランライスを使ったリゾットに仔牛の煮込み。野菜スープにアスパラのグリル。デザートに焼き菓子も付いた。
配給制の中よくこれだけの食事を用意したものだ。
「いやー美味かったぁ」
「あのライスはベルカじゃ食えんな」
「何も言うことはないな」
舌鼓を打った四人は交代でシャワーを浴び、整えられたベッドで就寝した。




