3 救難信号
ロイスとレーネはマイエリンツの修理工場へ向かった。
ロイスが昨日のうちに修理工場へ行って、納車を指示しておいたのだ。
「お引き取りですか。少尉殿」
ロイスが工場に顔を出すと、ルクスの整備兵が声をかける。
「戦車は仕上がったか?」
「勿論です」
整備兵に続いて工場の端に向かうと、奇麗に塗装された五号戦車『リゼル』が佇んでいた。
深緑、赤茶、灰黄色の三色夏季迷彩。
履帯や転輪の状態に問題は無く。雑具箱も適切に取り付けられている。
「問題は無さそうだな」
「殆ど新品ですからね」
「じゃあ、初代ヨゼフィーネに別れを言うとしよう」
「とっくにスクラップですよ?」
「だろうな。見収めるから案内してくれ」
「溶鉱炉でいいですか?」
「いいわけないだろ。……まさか」
「もう銑鉄になってます」
「勝手にリサイクルするな!」
「修理なんて不可能でしたからね」
「物にも魂は宿るんだぞ!」
「そこら辺の感覚は私らにはわからないもんで。それに一両でも多く戦車を直さないといけません」
現場の合理的判断に論破されたロイスは、言い返さず黙って戦車に手を置いた。
「エンジンをかけていいか?」
「構いません。車通りもありませんし、慣らしでもなさいますか?」
「少し動かしてみよう」
ロイスがそう言うと、レーネが操縦手ハッチから戦車の中に入り、ロイスもキューポラから砲塔の中に入った。
「どうして同じ名前を付けたんだ?」
「ゲン担ぎだ」
「なるほど。しかしこの車両に旧ヨゼフィーネの部品は使われていない。完全に別の個体だ」
「俺も悩んだんだ。だが、同じリゼルL型で乗員も同じなら、それは生まれ変わりとも言えるのではないかと思う」
「同一性は乗員によって定義されるということか。テセウスの船みたいなだな」
「流石に戦車も変わったら別の名前にしたけどな」
「しかしそうなると、この戦車の操縦手は私で決まりだな」
「その通り。頼むぞ」
「任せてくれ。エンジン始動」
エンジンを暖気の間、二人で車内を点検していく。
特に問題はない。あとは実際に動かしてみないとわからない。
「通信機、感度良好」
「戦車前進」
レーネがアクセルを踏み込むと、戦車は緩やかに前進した。
いったん道路に出た後、ギアを後退に入れて倉庫に戻る。
「弾薬庫に砲弾がないが、どこで補給するんだ?」
「あそこに積まれている。確かに用意しろとしか言わなかった」
「貴族の道楽だと思われてたんじゃないか?」
「普通はそう思うよな。そして通常業務を優先する」
戦車から出ると、整備士の姿はなかった。
「勝手に帰っていいのか?」
「構わないだろう。探して回るのも面倒くさい」
「いつ出発するんだ?」
「最短で明日だな」
「なら明日だ。明朝のエルフェニア行き貨物に戦車を積み込む」
「ウィルにそう連絡する」
「ミラには食料の準備をさせるとしよう」
「今から準備して間に合うのか?」
「ホテルのものを持ち出せばいい」
整備工場を出た二人はホテルに戻り、ウィルに予定を伝えた。
翌日、早朝のうちからミラ以外の三人は戦車に乗り込み、ホテルへ向かう。
ホテルでは大量の缶詰やテント用具と一緒にミラが待っていた。
「おはようございます」
「凄い量だな。これ全部ミラが運んだのか?」
「いいえ。ホテルの人に手伝ってもらいました」
「配置は前回と同じでいいだろう。手分けして積み込むぞ」
四人は荷物を雑具箱と操縦手右側の弾薬庫に詰め込むと、オスカーに見送られ出発した。
マイエリンツ駅まで移動すると、既にエルフェニア行きの貨物列車は停まっていた。戦車はその隣の荷役用プラットフォームに乗り上げ、旋回して平積貨車の上に移動する。
貨車の中央でレーネはエンジンを停止。すると見守っていた駅員が木製の履帯止めを取り付ける。
戦車から出たロイス達は前方の木製コンテナへ移動した。
左右の扉から入れるコンテナの中にはたくさんの木箱が積まれており、ロイス達はその隙間に腰を下ろす。
「皇女さんはこんな場所で良いのか?」
「いい。貨物列車に便乗しているんだ。客車まで付けられない」
「なるほどな。戦場に運ばれた時を思い出すぜ」
「こんな感じなのか」
「下っ端は着いたらすぐ移動できるように貨物と一緒なんだよ。人と荷物で別れてはいたが」
ロイス達が座り込んでしばらくすると、機関車の汽笛が聞こえてきて列車は走り出した。
機械部品が入ったコンテナと一緒に運ばれること数時間。工業都市クロイハンザに到着し、列車にくず鉄が積み込まれる。
それから商業都市アストリンゲンにたどり着く頃には日が暮れており、ロイス達はそこで一泊することになった。
翌日、同じ貨物列車に乗り込み移動を再開する。
国境であるネラス山脈のトンネルを抜けると、そこはもうエルフェニア領内だ。
「腹が減ってきたな」
「戦車の中の缶詰を食べる手もあるが、できればシュリエレで外食したい」
「んにゃ。節約は大事だな」
「シェリエレで検閲に時間がかかるだろうからな。昼食の時間はある」
シュリエレはネラス山脈の麓にある国境の街で、ベルカとの交易で栄えている。
胎生人類条約機構の発足以降ベルカとエルフェニアの貿易に関税は無いが、それでも密輸を防ぐため検閲は存在する。
「シュリエレでは何が食えるのかな」
「パスタかライスだろうな」
「エルフの主食なんだっけ?」
「私が前にデナリウスに行った時は、朝夕夜とパスタかライスは必ず出たな」
「パンじゃないんだな」
「パンとパスタが一緒に出ることもある。食文化だけはエルフェニアの方が上だ」
「農産物のバリエーションが違い過ぎる」
「皇女さんが認めるとは。楽しみだ」
そうこう話しているうちに、列車が速度を落とし始めた。
しばらくして完全停止すると、人間の話し声も聞こえてきた。
ベルカ語ではない。エルフ語だ。
「よしついたな」
レーネの言葉を背に、ロイスは扉を開けてコンテナの外に出る。
ずっと暗い所にいたから日差しが眩しい。
ロイスは近くにいたエルフに共通語で話しかける。
「俺達はその戦車の持ち主だ。この列車はどのくらい停車する?」
「二時間の予定だ」
検査員と思しきエルフが返す。
よし。共通語が通じる。まぁ輸出入管理の仕事をしているなら当然か。
「わかった。それまでに戻る」
ロイスはそう告げ、レーネの方に向き直る。
「そこら辺のレストランに入りましょう」
「そうしよう」
ロイス達がプラットフォームから降りようとした時、遠方から黄色の信号弾が上がった。森の方だ。
「なんだ?」
「警戒。救援要請。か。双眼鏡で見てみる」
ロイスが戦車の中から双眼鏡を取り出してのぞき込むと、森の方から土煙が上がっているのが見えた。その上にいるのは。
「飛行蛇蟲!」
「蟲がいるのか!?」
「いる。……戦車を追っているのか」
「もしかしてこちらに向かっているのか?」
「みたいだな。まずい。……レーネ、エンジン始動」
「にゃー。飯はお預けかぁ」
エンジン暖気の間、ロイスは砲塔から黄色い信号弾を射出する。
すると遠方を走る戦車から再度黄色の信号弾が上がった。
「答えたか。救難信号だな」
「ロイス、戦車を動かすぞ」
「頼む」
エンジンの回転数を上げた戦車は履帯止めを押しのけるように旋回し、プラットフォームから駅の外へ向かっていく。
エルフ達が何か言っていたが、今はそれどころじゃない。
蟲を引き連れている戦車は真っすぐこちらに向かって来る。
そんなことをしたら街が災菌に汚染される。何を考えているんだ。
キューポラから顔を出したロイスは機関銃を前方に発砲する。
流石に遠すぎたか、飛行蛇蟲は進路を変えていない。
しばらく走り、こちらに向かってくる戦車との距離は一キロを切った。
「戦車停止。射撃開始」
ロイスの指示で戦車は停止。数刻おいて同軸機銃が火を噴く。
何発か命中した飛行蛇蟲は墜落。しかし他にも何匹かいる。
飛行蛇蟲は身体が細く軽いため戦車にとって大きな脅威ではないが、群れている場合は厄介だ。
ハッチから上半身を出したウィルが自動小銃の二脚を広げ、射撃を開始。
ロイスもキューポラに付いた機関銃を発射し、更に何匹かを撃墜する。
いよいよ互いの距離が近付いてきたところで戦車は前進を再開。
飛行蛇蟲も新たな外敵に気付いており、進路をこちらに変更していた。
向かってきた濃緑色の戦車とすれ違いざま、ロイスはそのまま進むよう指をさし、腰から銀製ナイフを抜くと、魔法を発動。
ちらちらと瞬きながら黒い球体は周囲の大気や土を飲み込みながら前進。一匹の飛行蛇蟲に命中し、消し飛ばす。
戦車はそのまま前進し、飛行蛇蟲は追いすがるように旋回する。
そこに魔法を叩き込んだ。
長距離飛行が得意とする蟲だが、小回りは効かないようだ。
ウィルが自動小銃で撃墜した飛行蛇蟲の一匹を戦車が引き潰す。
間もなく飛行蛇蟲は殲滅された。
ロイス達の戦車は徐行しながら旋回し、先ほどすれ違った濃緑色の戦車の方へ向きを変える。
ロイスは写真で見たことがあった。
M44『アルセリオ』。エルフェニア陸軍の新型戦車だ。
傾斜した正面装甲。長い砲身。側面にも傾斜装甲を用いており、リゼルより一回り大きいところからも強力な戦車だとわかる。
そしてアルセリオのキューポラハッチが開くと一人の少女が姿を現し、更に操縦手用ハッチからもう一人の少女が出てきた。




