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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
一章 金色の断末魔(Battle of Colony)」
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2 獣人

 手には巨大な銃を持っている。


 あれは……対戦車銃か。


「礼がしたい。降りてきてくれないか」

「あいよ」


 そう言うとルクスの少年は銃を背中に担ぎ、幹にしがみついて滑るように降りてきた。


「その銃で倒してくれたのか。おかげで助かった」

「頭撃ったら倒せたぜ」

「どうしてこんなところにいるんだ?」

「こっから東の戦場にいたんだけどよぉ、いきなり拠点が呪林に沈んじまって、オイラ以外みんな死んじまったんだ」

「戦場にいたのか? 君はまだ子供じゃないか」

「にゃー。お前らベルカ人が徴兵したんだろうがよぉ」

「いや、だが前線配置になるということは」

「というかオイラもう一八だぜ?」

「なに。なんだ、同い年か」


 ルクスは目が大きく鼻が低いため童顔に見える。年齢がよくわからん。


「こっちからも質問するぜ。お前らこんなところで何してるんだ?」

「まぁ、話すと長い。礼もあるし、呪森を出てから説明したい」

「そりゃいいが、この辺りの蟲どもが怒ってるぜ? お前ら殺したろ」

「轢いちまった。戦車がな。起こせればいいんだが、歩いて進むしかないか」

「もしかしたらオイラが起こせるかもしれねぇ」

「どうやって?」

「オイラは土の魔法が使えるんだよ」

「なに!? そうか! お前、拠点が呪林に沈んだと言ってたな。つまり、災菌感染から生き残ったのか!」

「そ。んで、土の魔法が使えるようになってたってわけ」

「そうか! なら、俺達と同じだな」

「お前らも魔法が使えるのか」

「ああ。だが、この戦車を立て直せるようなものはない……。ちょっと待ってろ。ミラ、陛下も戦車から出てきてください!」


 そう言ってから、ロイスは戦車の側面に取り付けられ雑具箱の一つを開ける。すると中から大量の食器類が零れ落ちてきた。


「この銀のナイフを使って見ろ」

「なんで?」

「魔法の威力が多少上がる」

「そんなこともわかってんのか」

「魔力の指向性が上がるんじゃないかと思う」

「んじゃ、やってみるぜ」

「頼む」


 ルクスの少年はナイフを戦車に向けると、土魔法を発動。地面が隆起し、横転した戦車の左側面を持ち上げる。


 ロイス、レーネ、ミラが見守る中、戦車は少し傾くと、そのまま自重で回転し両方の履帯で着地した。


「なんとかなったな」

「お前は救世主だ!」

「じゃあ乗せてってくれよ。もう歩き疲れた」

「勿論だ」


 散らばった食器を雑具箱に戻すと、ロイスは砲塔に入る。


 ルクスの少年は不在であった装填手の位置に収まった。


「この戦車、見たことあるぜ。リゼルだっけ」


 五号戦車『リゼル』。大戦前期にベルカ陸軍の主力を務めた戦車だ。


「ああ。そういえば、名前を聞いていなかったな。俺はロイス・エンデマルクだ」

「オイラはウィル・ブレスラウってんだ」

「レーネ・リークライゼだ」

「ミラ・マリエンといいます」

「ひとまず森を抜けるぞ。陛下。頼みます」


 レーネがアクセルを踏み込むと、戦車は何事もなかったかのように走り出した。


 それから十分。数匹の角飛蝗に追いかけられたがなんとか振り切り、森を脱出。そこから更に数キロ走り、蟲の姿は見えなくなった。


「戦車停止。食事にしましょう」


 戦車を止めると、ロイス達四人は戦車から降り、昼食の準備を始めた。


 ガソリンを用いる分隊ストーブの上に鍋を乗せ、水と塩、コショウ、粉末ブイヨンを加え、ソーセージ、ザワークラウト、レンズ豆の缶詰を開けて中身を入れる。後は少し煮込んで完成である。


「なんでお前はメイド服を着ているんだ?」

「メイドだからです。レーネ様の家でメイドをしていました」


 ウィルの質問にミラが鍋をかき混ぜながら答える。


「リークライゼか。どっかで聞いたな。有名な貴族なんだろ?」

「ああ。まぁな」


 貴族というかベルカ帝国の皇族現当主。つまり国家元首なのだが、今は黙っておこう。


「ロイスさんも貴族ですよ」

「貴族ってのは戦車が自家用車なのか?」

「事情は今から話す」

「ポトフができました」


 ミラはそう言って各々の飯盒にポトフをよそっていく。


「じゃ、頂くか」


 そう言ってロイスはフォークでキャベツを刺して口に入れる。


 この旅で何度も口にした味。基本的な調味料と缶詰の中身が混ざった味だ。ミラの料理の腕前ではなく、食材が限られていることが原因だ


 ロイスにとっては何の感慨も沸かないが、ウィルは目を輝かせていた。


「美味いなこれ!」

「有り合わせの料理ですが」

「ありがてぇ。最近ずっと野鳥か雑草汁だったから……美味いぜ。お前らいつもこんなん食ってんのか」

「俺達についてくれば毎日食えるぞ」

「なに!」


 ロイスは勧誘も兼ねて、自分達の現状を説明することにした。


「俺達はスケイル共和国のズロチにいたんだ。そこに死神が現れた」

「死神?」

「聞いたことあるだろ。前触れなく現れて呪林を作り出す女の噂を。ベルカ軍は公式に奴を『死神』と呼んでる」

「聞いたも何も、オイラの仲間を殺りやがったのもそいつだぜ!」

「やはりそうか。ズロチもいきなり災菌さいきんが降ってきて、皆感染して死んだ。生き残ったのは俺達だけだ」

「ズロチって割と後方じゃねぇか。あんなんがあちこちに現れたら皆死んじまうぞ。防ぐ方法はないのかよ」

「研究者の話じゃ、感染症には違いないから治療薬は作れるはずだそうだ。だが、俺達は生き残ったと言っても症状が寛解かんかいしているだけで、免疫があるわけじゃない。いずれ死ぬんだとさ」

「じゃあオイラもそうなのかよ!?」

「まぁ、そうだろうな」

「お前達はどうするつもりなんだ?」

「死神は見た感じ俺達と同じ胎生人類だろ。でも災菌が平気ということは、災菌に対する抗体を持っているんだ。だから、死神の血清を入手できれば、治療薬が作れるはずだ」

「そんなこと上手くいくのか?」

「わからん。とにかく死神にお願いするんだ。血を分けてくださいってな」

「それで、三人で旅をしていたってわけか」

「ああ。死神あるところに災菌あり。他の人間を連れたところで、死神に出会った瞬間災菌に侵されて死ぬ」

「そうだよな」

「だがお前なら大丈夫だ。俺達と同じく、寛解しているお前なら」

「オイラやお前達は災菌を吸い込んでも大丈夫なのか?」

「体内に入ると体調は悪化する。でも即死はしない」

「なるほど」

「だからこの旅にはうってつけなんだ。ウィル。俺達と一緒に来てくれないか」

「わかった。オイラにも手伝わせてくれ。このまま災菌に殺されるなんて嫌だ」

「こちらこそありがたい。よろしく頼む」


 フォークを置いたロイスはウィルと握手を交わす。


 僥倖だ。こんなところで同じ境遇の人間に出会えるとは。


 災菌は殆どの生物を確実に殺害する致命的な病原体だ。胎生人類が感染した場合も、数時間で高熱を発し一日で死に至る。


 ロイス達のように感染症状が寛解する者は極めて稀だ。


 それでも体内の災菌が消えたわけではなく、いつかは症状が再発して死ぬらしい。


「そういやよぉ、なんでオイラ達は魔法が使えるようになったんだ?」

「研究者の話じゃ、災菌が体内で魔力を供給している、らしい。詳細は不明だ」

「ふぅん。まぁ便利ではあるよな」

「便利ではあるが、あまり使わない方がいいぞ。後で発熱する」

「ええ! それでオイラ熱っぽいのか」

「あれは必要な状況だった。一回くらいなら大したことない」

「なんで発熱するんだよぉ」

「体内の災菌が活性化して、呼応して免疫も活性化するんだと」

「やっぱこれ病気なんだなぁ」

「そういうことだ。まぁ緊急時は使うけどな」


 食事を終えた四人は、食器を洗いもせず雑具箱に戻していく。水は貴重だからだ。


 洗い物は川を見つけてまとめて行う。


「ロイスさん食料が尽きかけています」


 食料の入った雑具箱を閉じたミラが言う。


「何が残っている?」

「ソーセージとハムの缶詰が六つ。ライ麦パンの缶詰が三つです」

「やはり野菜か……」

「現地調達を進言します」

「わかった」


 ロイスは操縦席の上から地図を取り出すと、車体後部の上に広げる。


「陛下。ここから四〇キロほど先に地図に載ってる村があります。食料を補給するので、ここに向かってください」

「わかった」

「では、エンジンの始動を」


 レーネはハッチから車内に入り、スターターボタンを押す。エンジンが始動し、初期回転数で回り出す。


 標準的にはこのまま十分ほど暖気を行う。


「ウィルは装填手を頼む」

「オイラ戦車なんか乗ったことないぜ」

「お前は力がありそうだから装填手にうってつけだ」


 一二キロある対戦車銃を個人で運用していたのだ。腕力があるに決まっている。


「砲弾を入れる係りだな?」

「そう。装填手の席はその黒いシート。壁の弾薬庫から砲弾を取り出す。弾頭が緑色なのが榴弾。黒いのが徹甲弾だ。榴弾を俺にくれ」

「あいよ」


 ウィルが榴弾を渡すと、ロイスはそれを薬室に入れる。


「握り拳で押し込まないと閉鎖機に指を挟まれる」

「勝手に閉まるのか」

「主砲を撃つと砲尾が下がる。そのフレームが装填手を守る安全枠だ。砲尾が後座すると空薬莢が吐き出されて、そこのプレートに当たって薬莢受けまで転がっていく。発射直後の空薬莢は熱いから触るなよ」

「はいよ」

「それ以外に、装填手は砲塔のトラベリングクランプを開け閉めする。その赤い十文字のノブがそうだ。普段は閉めといて、戦闘時は装填手がノブを開く。あとはそこのベンチレーターを起動する。わかったか?」

「んー、だいたいわかったぜ」

「あとは、被弾した時車内の様子を確認するとかだな」

「ふぅん。戦車の砲弾も、大砲の弾と変わらないな」

「重いか?」

「特には」

「七秒で再装填したら一人前らしい」

「エンデマルクはできんのかよ」

「無理。あとロイスでいい」

「あいよ。そういえばさ、陛下ってなんだ?」

「……この戦車を運転している方こそが、ベルカ帝国国家元首。レーネ・リークライゼ陛下なのだ!」

「嘘だろ? あでも、確かにそんな名前だったような気が」

「陛下。動けますか?」

「ああ。出すぞ」

「戦車前進」

「本当に? 本当にそうなのか!?」


 戦車はゆっくりと動き出し、北へと向かって行った。


Tips:災菌さいきん

 殆どの生物を確実に殺害する致命的な病原体。胎生人間が感染した場合、数時間で高熱を発し一日で死に至る。しかし極まれに症状が寛解かんかいする者がおり、その場合は体内の災菌が供給する魔力によって魔法を使うことができるようになる。

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