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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
一章 金色の断末魔(Battle of Colony)」
18/130

18 ELB

 建物が並ぶ場所へ移動した戦車からロイスが顔を出す。


 数分と待つことなく、南の空が黄金に輝き始めた。


 空間のある一点だけが著しく歪み、途轍もない存在感が伝わってくる。


 そして何も無かったはずの場所に死神が現れ、ゆっくりと着地した。


「何故蟲を殺す」

「戦闘の邪魔だからだ」

「あまりに愚かだ。お前達の軍隊はあらゆる場所で後退している。呪林の破壊に意味はない」

「お前も胎生人類だろう? 何故ミネルに協力する?」

「私は卵生人類に与するわけではない」

「では何故呪林を広げる?」

「地中から汚染を取り除くためだ」

「……旧文明が汚染を残した事は知っている。それを呪林が取り除いているということか?」

「正確には災菌が取り除いている。そのために呪林も必要なのだ」

「つまり、災菌も呪林も人工的に作られたということか」

「その通り。世界再生は人類の選択なのだ」


 蟲や菌樹は人工的な生物であるとする説は聞いたことがある。


 呪林の生物とそれ以外の生物の間には生態系の循環が無い。


 そういった生態系が自然発生することは考えられない。ならばそれは人為的に作られたのではないかという主張だ。


「旧暦時代の人間は、本当に未来の人間が災菌感染で死ねばいいと考えたのか?」

「滅亡を望むわけではない。世界再生の邪魔をせず、慎ましく暮らせばいい」

「ならば、治療薬が必要だ。お前の血液があれば、治療薬が創れるのではないか?」

「私は生物ではない。体液がお前達の役に立つことは無い」

「そうは見えんがな。血で無くとも何かしらの免疫器官があるかもしれないし、協力してほしいところだ」

「協力する事はあり得ない。会話すら互いに無意味だ」

「では何故あの時見逃した?」

「魔法を扱える人類の出現は世界再生の予定に無かった。胎生人類の新たな進化は好都合と考えた」

「お前に命令を下す者が、か?」

「そうだ。私はただの代行者。故に交渉は無意味だ」

「では利害関係の調整もできないか。話し合いのために蟲を殺したが、無駄だったな」


 ロイスは足裏でミラに合図を出し、戦車が発砲する。


 砲弾は死神を避けるように飛翔し、遥か後方で爆発した。


「お前も呪林も障害物に過ぎん。必ず排除して、勝利してやる」


 言いつつロイスはミラの両肩を蹴る。ミラはレーネの両肩を蹴り、戦車は発進。


 すぐに左折し、死神が見えなくなる。


 次の瞬間、空間魔法が家屋を横断した。


 戦車は更に左折して斜面を下る。


 そして壁面が近付いたところで急減速し、洞窟のような空間に突っ込んだ。


 ここはベンゲルフの住人がトラックを停めていたガレージであり、今は一両も残っていない。


 ロイス達は全てのハッチを閉め、息を潜める。


 数秒後、その時が来た。


 渓谷に四・八トンの砲弾が落下した轟音が響き、ベンゲルフに火球が出現した。


 地鳴りと共に熱が伝わり、戦車の中にまで入ってくる。


 だが口を開けてはならない。


 毒性の液体燃料を吸い込む危険がある。


 火炎は消え、周囲に静寂が訪れる。


 ロイスはミラを経由してレーネに合図を出し、戦車をガレージから出す。


 燃料気化爆弾が死神に命中するところを見た者はいない。


 列車砲に発射指示を出した時点で、全ての味方は全速力でこの街を離れた。


 だが、着弾位置は予定通りだ。


 死神は確実に爆発殺傷範囲に入っていた。


 ロイスはキューポラからそっと顔を出し、周囲を伺う。


 すると数十メートル先に蠢く影があった。


 残された熱で陽炎がゆらゆらと立ち上り、黒い人影が幽鬼の様に立っている。


 そしてその人影はこちらに向かって何某かを語った。


「馬鹿な、直撃のはずだ!」

「マジの化物じゃねぇか」


 双眼鏡で覗いた先の死神は、服の過半を焼失、顔の半分に火傷を負っていた。


 恐るべきはその状態で動いている事だ。


 あの負傷で行動できる生き物などいるわけがない。


 まさか本当に、死神は生物ではないというのか!?


「この力は呪林を破壊する」


 今度ははっきりと聞こえた。死神から発せられた声だ。


「ロイス、どうする!?」


 すぐには判断できなかった。


 死神が無傷なら一目散に逃げるところだが、見たところ満身創痍だ。


 八〇センチ列車砲の砲弾を叩き込める機会など二度と無い。


 これは千載一遇の好機なのだ。


 それに、俺達には魔法がある。


 魔法だけが死神を倒せるかもしれない最後の可能性なのだ。


 そこに賭ける。


 逃げ帰ったところで絶望しか残らない。


 武器は銀製ナイフが一本ある。魔法を使うには十分だ。


「戦って勝つ!」


 ロイスは死神にさえ聞こえる声量で言った。


「俺とウィルは地上、陛下とミラは戦車で移動。魔法で仕留める。攻撃開始!」


 そう言うなりロイスは砲塔から飛び降り、ウィルがその後に続いた。


 レーネの魔法は強力だが射程が短い。


 死神に近付くのは危険だ。戦車の運転に徹し、車上からミラが炎魔法で攻撃する。


 地上からは俺が黒い魔法で攻撃し、ウィルが支援する。


 ロイスとウィルは走りながら予め解熱剤を口に入れた。


 ここから先は気力体力の削りあい。


 先に死神が力尽きれば勝利となる。


「いずれ呪林を滅ぼす兵器も作り出すだろう」


 戦車は焦土と化した渓谷を下り、キューポラから身体を出すミラの炎魔法が放物線を描いて死神へ迫る。


 しかし死神は滑るように移動し、回避。ロイス達へ接近してきた。


 ロイスは焼け焦げた瓦礫の間を走り、黒い魔法を放つ。


 ちらちらと瞬く黒い球体が死神へ飛翔するが、途中で軌道が変わり当たらない。


「ウィル。死神の足場を崩せ」

「あいよ」


 死神の後方へ回り込んだ戦車から火球が飛ぶ。


 しかしこれも死神の周辺で軌道が変わり、ロイス達の方へ向かってきた。


 やはり単発的な攻撃では効果が無い。


 しかし守ってばかりで攻撃してこないあたり、死神の負傷は深刻のようだ。


 接近してウィルの土魔法で足場を崩し、頭上か足元から攻撃すれば活路はある!


「進化の可能性を見たと思ったが、お前達もかつての人類と同じ道を歩むのだな」


 死神が真っすぐ歩くため、ロイスとウィルは瓦礫に身を隠し近付いて来るのを待つ。


「殺すしかなくなった」


 死神周辺の、大気が、瓦礫が、土が、螺旋を描きながら巻き上げられ始めた。


 異変を察知したロイスは黒い魔法を放つ。


 しかし黒い球体は死神の遥か手前で空に向かって軌道を変えた。


「ヤバいぜ」

「後退だ!」


 ウィルは視界を遮るように土を捲りあげて壁を作ろうとしたが、直ぐに回転する空間によって螺旋状に巻き上げられていく。


 死神の魔法の影響下にある空間の範囲は見ればわかる。


 金色の光が漏れ出るように輝いているからだ。


 逃げるロイス達を支援するように、死神の前方へ砲弾が飛んだ。


 しかし地面への着弾すら許されず、砲弾もまた空間の竜巻に巻き上げられる塵芥の一つとなった。


 そしてロイスは巻き上げられた。


 全く、抗ういようがない。


 自分が存在している空間自体が移動しているのだ。


 ――Dualsikll『空間レンス・ティリング(Ergo twister)』


 真空のエネルギーを変化させ、局地的にエネルギーの低い場所を作り出す能力。


 真空のエネルギーが低い領域は空間エネルギー傾度力によって周囲の空間を引き寄せ、その空間を回転させる事で空間の竜巻を発生させる。


 そしてその空間の中にある物体も、空間と共に螺旋を描きながら漏斗状に吸い上げられていく。



 宙を舞うロイスの視界の隅で、レーネ達が乗る戦車が宙に浮き、履帯から砂をこぼしつつ大地を離れていくのが見えた。


 完全に読み違えた。


 力の差がここまでとは。


 死神と俺達との間には隔絶たる力の差が存在し、それは四・八トン燃料気化爆弾を直撃させようと埋まるようなものではなかったのだ。


 なす術もなく天空へと飛ばされる。俺の人生はここで終わり。


 レーネを助けることも、まして胎生人類を救うことなどできなかった。


 相討ちでもいい。せめて死神さえいなくなれば、希望はあった。


 結局、魔法という力は何だったんだ。役には立ったが、旅が便利になる程度のものでしかなかった。


 神よ! なぜ我らを見捨てたもうたのか。


 災菌感染から生き残るなんて奇跡を起こすなら、もっと強い力を寄越せ!


 ――Dualsikll『終点(The last point)』


 ロイスの魔法は歪んだ空間すら飲み込み、死神を掠めて行った。

Tips:80センチ列車砲

 ベルカ陸軍が運用する巨大列車砲。

 三〇年代中期、東方侵攻戦の初期検討が始まった頃、一人の侯爵が自社設計の巨大列車砲を陸軍上層部に売り込んだ。

 その構想を気に入った先帝は関係者と協議して要求仕様を決定し、製造を指示した。

 基本用途は攻城砲であり、発射速度の遅さは計三門の同型砲を集中運用することで補うものとされた。

 また、その破壊力と科学技術を見せつけることで敵国の戦意を折り、戦争自体を早期決着させるという思惑もあった。

 しかし東方侵攻戦の具体的な戦略が定まってくると、本砲の存在意義は疑問視されるようになる。

 本砲は同じく究極的に進化した飛行艦と役割が被っており、射程についてもロケット推進弾の実用化で優位性を失い、利点は陸軍の管轄であるという一点に過ぎなくなっていた。

 何より大きな問題は一番砲の完成予定が四一年夏頃という事であり、実戦投入前に戦争が終わっているという意見すらあり、特に参謀本部は明確に本砲の製造に反対していた。

 病状が悪化した先帝に変わって実権を握りつつあったレーネは決断を迫られたが、史上最強の大砲という父親の夢を無下にはできず、一、二番砲は完成させ、三番砲は製造中断という折衷案を選択した。

 使い勝手の悪さから戦況に影響を与える事は無かった本砲であるが、燃料気化爆弾が開発されたことで呪林を破壊可能な列車砲という新たな役割が期待された。

 しかし戦況逼迫のため本砲が呪林に対して使われる事は無く、大戦後期にスケイル共和国の首都エルビングで蜂起したレジスタンスを鎮圧するために出撃。

 燃料気化爆弾も市街地に発射予定であり既に砲撃準備が整った状態にあったが、レーネの勅命によって死神討伐へ転用された。


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