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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
一章 金色の断末魔(Battle of Colony)」
17/130

17 伝激染

 ロイス達は呪林の西側数キロの地点で野営していた。


 第二小隊が両側に天幕を張り、共に夜を明かしている。


 その周辺には数キロおきに歩哨を立てている。


 ロイスもまたウィルと交代し、夜半から見張りを行っていた。


 体力を温存する必要は無い。


 夜間に敵襲があった場合は時間を稼ぎつつ呪林への攻撃を開始する。


 作戦は成否に関わらず明日終了するのだ。


 月明かりが地上を照らし、不穏な雲の陰もない。


 伝激染を引き起こしたら、良好な視界で逃走できるだろう。


 ロイスが戦車の上に座って呪林の方角を眺めていると、レーネがテントから這い出して近寄ってきた。


「ロイス~」

「どうしました。また怖い夢でも見ましたか?」

「夢を見た。でも、そんなに嫌な夢ではなかったな」

「そうですか」

「昔、お前と遊んだ時の夢だった」

「昔の夢は俺もたまに見ますね」

「皆で探検をする夢だった。お前が取ってきてくれる材料で、装飾を作るのが楽しかった」

「ああ、覚えてますよ」

「そしてお前は私がまだ色を塗り終わっていないのに、勝手にどこかに行こうとするんだ」

「そんなこともありましたか」

「私が待ってと言っているのに、お前がもう二度と会わないと言って消えようとする。だから、私は好きだと言って呼び止めるんだ」

「それは何歳くら――え、好き!?」

「……あ! あああああああ!」


 レーネは一気に覚醒したかのように目を見開くと、赤くなった頬に両手を当てて首を振った。


「き、聞こえたか!?」

「は、はい。二人しかいないんで」

「うぅ、こんな形になるとは……。だが一時の気の迷いじゃない。私はお前のことが好きなんだ。今も、そうだ」

「実はそのことなんですが――」

「だからお前がいなくなった時、凄く寂しかった。忘れようと思って戦争に没頭したら、戦線を広げ過ぎてしまった」

「戦線の拡大は俺のせいだったんですか……」

「いやそれは違う。作戦は常に大臣や参謀総長と相談していた」

「ともかく、会いに行くのをやめたのは、俺も後悔しています」

「国家元首である私に会うより大事なことなんてあるか?」

「陛下の友人であるためには相応しい男になるべきだと思ったんです」

「私に相応しいのは常に私の側にいて依存できる男に決まってるだろうが!」

「依存!?」

「私だって麻薬よりそっちの方が良いことくらいわかってる」

「陛下は、そこまで俺のことを……?」

「そ、そうだ。……恥ずかしいな」


 レーネの顔の赤さは月明かりでもわかる。


 可愛さに見惚れている場合ではない。これはチャンスだ。戦況は圧倒的に有利!


 ロイスは努めてすました表情を作る。


「問題ありません陛下。俺の気持ちを聞いてください」

「お前の気持ち……ああ。ロイスは私のこと好きか?」

「俺もへい――あ、勿論です!」

「そうか。ありがとう」

「本当ですよ! 聞かれたからではなく、本当の気持ちです!」

「大丈夫だ。その答えで問題なく死神と戦える」

「俺は……」


 その先を言う勇気がロイスにはなかった。


 ずっと好きだった。そう言えばレーネは喜ぶだろう。でもそれを額面通り受け取ってくれるだろうか。


 単なる復唱、上辺だけの言葉として捉えられないだろうか。


 その疑念がよぎって数刻躊躇った時点でもう駄目だった。


 間が空いてしまうほど、説得力が薄れてしまう。


 レーネは気が楽になったと言ってテントへと戻ってしまい、ロイスはただ一人見張りの役目に取り残された。


 何をやってるんだ俺は! 機先を制されようが構わず言ってしまえば良かったのに!


 しかし、今から叩き起こして伝えるというのは論外。


 ならばいつ。


 かくなる上は、死神に勝ってから伝える。それしかない。


 首尾よく死神を倒せたとして、どのような状態になっているだろうか。


 伝え方はその時の状況によって変わってくるな……。


 ロイスは何度か自問自答を繰り返しつつ、朝日を迎えていた。


 日の出とともに皆が起きだして一時間ほど。


「総員呪林の南側に移動。砲撃準備急げ」


 既に移動を終えた戦車のキューポラからロイスは双眼鏡で呪林を覗く。


 防護服に身を包んだ兵士達が菌樹にダイナマイトを括り付け、撤収してくる。


「ロケット砲。迫撃砲。準備完了」


 呪林から戻ってきた兵士達が配置に戻る頃、呪林の中で爆発が相次ぐ。


 それを合図にロイスは指示を出した。


「全砲発射開始」


 ロケット発射器から三〇センチロケット弾が飛び出し、唸り上げて飛行していく。


 その前方では鹵獲した迫撃砲から八二ミリの砲弾が呪林に向かって放物線を描く。


 戦車からは榴弾が発射された。


 着弾。炎上。呪林の一画から火の手が上がり、徐々に勢いを増していく。


 次々と砲弾が撃ちこまれる中、呪林の上空に甲殻蜂クレビーネルの影が見え始めた。


 そしてロケット発射器が装填している間、甲殻蜂の群れがこちらに向かってきた。その後方には鎌蜻蛉ゼンゼネウラが見える。


「全車、対空射撃」


 機関銃からの火線が飛行する蟲達へ伸びる中、ロケット発射器が二度目の斉射を行う。


「迫撃砲、撃ち方止め! 車両まで後退しろ!」


 迫撃砲を放棄した兵士達は兵員輸送車の側へ走り、対空ロケット発射器を取り出して肩に乗せて構える。


 そして飛んできた甲殻蜂に向けて次々とロケット弾を発射した。


 この対空ロケット発射器は歩兵が飛行する蟲を斃すために作られた兵器であり、防護大隊にとってはお馴染みの兵器だ。


 発射した者はスピードローダーを使って九発のロケット弾を再装填し、接近した甲殻蜂へ発射する。


 ロケット弾が命中した甲殻蜂の一匹が兵員輸送車に衝突し、兵士を死傷させた。


 墜落した鎌蜻蛉はなおものたうち回り、近くにいた兵士をその牙の餌食にした。


 対空ロケット発射器は飛んでいる蟲に対して非常に有効な兵器であるが、こちらに向かって来る蟲に対して二百メートルほどの距離で撃たなければならない。


 タフな蟲は身体をロケット弾が貫通しても即死せず、あのようにそのまま突っ込んでくる事がある。


 しかし三〇センチロケット弾は射程が短く、約六千メートルしかない。


 これは空を飛ぶ蟲が十分で到達する距離であり、対空戦闘は不可避だった。


 三〇センチロケット弾が三度目の斉射を行い、全弾を打ち尽くす。


「ロケット弾。残弾無し」

「発射器を放棄し車体旋回。総員車両で待機」


 ロイスは双眼鏡で呪林の様子を伺う。


 鎌蜻蛉が上空で群れを形成している。


 あれが飛んで来たら、一目散に逃げなければならない。


「ブルーノ軍曹。伝激染の兆候はあるか」

「わかりません」


 ここでウィルの耳がピクっと動く。


「お。来るぜ。地響きがする」


 その言葉通り、呪林の縁から地を走る蟲の大群が一斉に飛び出してきた。


「うわっ。来やがった!」


 嫌悪感からロイスが怯む中、ウィルがトラベリングクランプで砲塔と砲身を固定する。


「クランプ固定よし」

「ロイス。出すぞ!」

「あ、はい!」


 戦慄していたロイスが我に返るのと同時に、戦車が発進する。


「隊列は不要。各車ベンゲルフへ向かえ!」


 兵員輸送車は横に広がるようにして一斉に北上し始めた。


 戦車は中央後ろ側を走る。


「すげえな。これが伝激染か」

「まさに津波だな」


 呪林の巨大な蟲達が奥行きのある一塊となって猛然と押し寄せてくる。


 生身の人間はなど塵芥に等しい。


 車両であれば逃げ切る事はできるだろうが、問題は空からの脅威だ。


「各車、対空戦闘。近い目標から狙え!」


 そう言いつつロイスも発砲を開始した。


 襲い掛かってくる空飛ぶ蟲の群れに、機関銃が轟然と火を噴き始める。


 先頭にいた鎌蜻蛉が十字砲火を浴びて墜落する。


 十数挺による機関銃の対空射撃は有効であるが、蟲の群れには次々と新たな個体が参入している。


 ロイスは留め金を外すと機関部を半時計周りに回し、銃床を押し下げる。


 すると赤熱した銃身がキューポラの左側を滑り落ちていった。


 すかさず新たな銃身を取り出すと逆の手順で閉鎖。


 ウィルは対戦車銃を撃つ傍らロイスに弾薬ベルトを渡し、ロイスは射撃を再開する。


 しかし遂に限界が来た。


 二匹の鎌蜻蛉が同時に襲い掛かってきたが、ロイスは弾帯を、ウィルは弾薬箱を交換中。


「引っ込め!」


 言うが早いか、ロイスは砲塔内に入ってキューポラのハッチを閉じる。


 次の瞬間、鎌蜻蛉がその名前の由来たる牙を装甲板に突き立てる音がした。


「二人とも、大丈夫か!?」

「か、間一髪でした」

「平気だぜ」

「無事で良かった。排除はできそうか?」

「これは……無理ですね」


 キューポラのペリスコープから戦車の周囲に鎌蜻蛉が群がっているのが見える。


「このままご案内するしかないのか」

「加速して車列の前に出てください」

「わかった」

「堕としきれなかったのは残念だが、戦車の中は安全だよな?」

「蟲なんざタンパク質とカルシウムの塊だ。装甲板を食い破ることは絶対にで――うわっ」


 ガラスが割れる音と共に、ロイスの視界が突然真っ暗になる。


「どうした!?」

「ペリスコープ破損! 視察口を破られました!」

「防弾ガラスだぞ!?」

「ま、まぁキューポラは回転しますので、一つくらい壊れても……前方に集落!」

「何……あれか。地図にはないぞ」

「規模は小さいと思われます」

「どうする?」

「突っ切るしかありません。砲塔旋回。榴弾装填」


 迂回すれば地を駆ける蟲達に追いつかれる危険があるし、確実にベンゲルフに誘導するためにもできるだけ直線に移動したい。


 砲塔が一八〇度旋回し、戦車砲が正面を向く。


 戦車は集落の通りへと侵入した。何度か塀や建物の壁に車体側面を擦る音が聞こえる。


 そして前方に通りの終端に位置する家屋が姿を現す。


「戦車砲発射」


 ロイスの言葉と共にミラが発射ペダルを踏み、砲弾が放たれた。


 徹甲弾は前方にあった家屋に大穴を開ける。


「突っ込むぞ!」


 レーネの言葉通り、戦車は木造家屋へと侵入。建物を破壊する形で突き進む。


「砲身が壊れても文句言えないぜ?」

「ロイス、蟲はどうなってる」

「数十メートル後ろ……だと思います」


 障害物のために大きく減速した戦車に対し、蟲の大群が後方から迫っていることが地鳴りと轟音によってわかる。


「道路に戻ってこれた」

「このまま抜けられそうですね」


 ペリスコープを覗くロイスは言う。


 障害物との接触や家屋との衝突で鎌蜻蛉が剥がれたのか、装甲を叩く音は止んでいる。


 ロイスは銀製ナイフを構えつつゆっくりとハッチを開け、周囲を伺う。


 戦車の周囲に鎌蜻蛉はいなかった。一時的に引き離せたらしい。


 戦車の後方では集落が巨大な蟲達によって破壊され、瓦礫の山へと変えられていた。


「蟲どもはいつまで走り続けるんだ?」

「一日走り続けたという記録もある」


 ハッチから頭を出したウィルにロイスが答える。


 ロイス達は集落を抜け、後続の蟲達が集落を跡形もなく踏みならす。


 集落を避けた兵員輸送車は遅れる形で左右に広がっていた。


「指揮車より全車、楔形陣形。飛んでる蟲に火力を集中しろ!」


 楔形陣形とすることで追走してくる蟲への火力は高まるが、斜行する兵員輸送車と蟲の群れの距離は縮まる。


「トラックはもう少しスピード出ないのかよ」

「路外じゃあれが限界だ」


 兵員輸送車に接近した蟲に一人の兵士が火炎放射を浴びせる。


 蟲は即死とはいかなかったが、火は胴から羽へと燃え移り落伍していく。


 数匹の蟲が火だるまとなり、遂に飛んでいる蟲はいなくなった。


「陛下。羽蟲は一掃しました」

「蟲はついて来ているのか」

「ええ。すぐ後ろです。誘導できています」

「すぐ後ろなのか」


 消滅した集落から一時間ほど走ったところで、ベンゲルフが見えてきた。


 更に近付くと、戦車と人影も見える。


「敵影! 戦車あり!」

「このまま行くと撃たれるぞ」


 レーネがそう言った時、近くで砲弾が炸裂する。


 敵戦車が撃ってきたのか!


 ロイスはペリスコープで前方を伺う。


「どんな様子だ?」

「視界には数十人。街を包囲しようとしていると思われます」

「もう戻ってきたのか」

「想定通りといったところですね」


 レーネは車体を左右に蛇行させて、敵の照準を絞らせない。


「第二小隊の任務は完了。各車離脱せよ」

「もう少しお供しますぜ少尉殿」


 ブルーノ軍曹がそう言った時、兵員輸送車の一両が砲撃によって擱座し、蟲の群れに飲み込まれていった。


「石軍に近付くほどああなる可能性が高まるが」

「ここで車体を横にするのも危険です。それに奴らも気が付いたようですぜ」


 確かに。砲撃は止んでいた。


 ロイス達の後ろのいる蟲の大群に気付き、歩兵が逃げ出そうとしている。


「どこまで近づく?」

「もう少しです……旋回!」


 ミネル石軍まで百メートルまで近づいたところでロイス達は進路を変えた。


 蟲の群れの一部が後を追おうとする素振りを見せたが、直進しようとする後続に押されて進路転換できず、そのままミネル石軍へ向かって行く。


「急には止まれなかったか」

「それに石軍も敵だと認識したのかもしれません」


 蟲達はミネル石軍を轢き潰し、そのまま渓谷へと突っ込んでいく。伝激染はベンゲルフに到達した。


 蟲の最後尾が渓谷に入った直後、ベンゲルフの内部で大爆発が起きる。


 第一小隊がプランジャーでダイナマイトを爆破したのだ。


 赤い強烈な光が周囲を照らし出し、続いて大量の土砂と蟲の身体の一部が黒い煙と一緒に吹き上がる。


 直後、重々しい響きが地面と大気を通じて伝わってきた。


 これほど大きな人為的な爆発は中々お目にかかれないだろう。


「こちらエンデマルク少尉。第一小隊、応答せよ」

「こちら第一小隊。伝激染とその爆破を確認。今は土煙しか見えません」

「マルクル曹長は列車砲に発射用意を連絡。残り全ての兵員は速やかに離脱せよ」

「了解」


 兵員輸送車がベンゲルフから去っていく中、戦車はベンゲルフへと入っていく。


「全て予定通りだ。死神を迎え撃つ!」


Tips:伝激染でんげきせん

 蟲の大群が呪林の外へと暴走し、津波のように押し寄せる現象。

 呪林に対して大規模な攻撃を加えた際に発生すると言われ、広大な範囲に胞子と災菌がまき散らされるため呪林の急拡大に繋がる。

 したがって大規模な呪林に対しては攻撃しないことが原則となっているが、ミネル石軍が何らかの方法によって人為的に蟲を暴走させるという伝激染の軍事利用を行っているという情報があり、脅威度は更に増している。


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