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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
一章 金色の断末魔(Battle of Colony)」
16/130

16 対蟲地雷

「撃沈された? ミネル石軍か!?」

「はい。戦闘艦ヤーボにやられたとのことです」

「くそっ、何という事だ」

「列車砲の準備は整いつつあります。我々の測距情報を基に照準できます」

「陛下の御意向を伺う。そこの建物の前に衛兵を立てろ」

「了解」


 マルクル曹長と別れたロイスはレーネが休んでいる家屋へ入った。


「ロイス。作戦は上手くいったようだな」


 煙管を持って座るレーネの前には水の入ったコップが置かれていた。


「ええ。この街のミネル石軍は撤退しました。しかし、悪い知らせがあります」

「何があった」

「エルヴィングの飛行艦がヤーボによって撃沈されました」

「それは、想定外だったな。石軍はレジスタンスを見捨てるつもりだと思っていた。建前上は支援するということか」

「正直ついてないとしか言えません。ヤーボの襲撃が後一日遅ければ、飛行艦はエアロダイトベルトの上。そうなれば少なくとも伝激染の誘発までは実施できました」

「そうだな。ヤーボがエルヴィングまで来たということは、ミネル石軍が野戦空港を作ったという事だ。本来なら速やかに列車砲も下げないといけない」


 飛行艦の船体は二層構造になっており、内側の気嚢に水素、外側の気嚢にヘリウムを充填している。


 バラストの水を水素に変えて浮力を稼げば高高度を飛行可能。


 ヤーボはエアロダイトベルトより上を飛行できないため、高高度に上がってしまえばひとまずは安全だった。


「代わりの飛行艦を呼ぶとなると数日かかりますね」

「誘導した蟲をこの街で殲滅するには艦砲射撃が必須だ。地上戦力では一個師団必要になる」

「それは数日どころではありませんね」

「にゃー。上手くいかねぇもんだな。何か良い手は無いのかよ」

「日暮れにはこの街から撤収する。それまで考える」

「私は、どんな手でもロイスの指示に従うぞ」


 レーネの声を背に家屋を出たロイスは、収容所だった建物の周辺で休憩しているユルゲン曹長に話しかける。


「無事で何よりだ曹長。収容者は何人だ?」

「九六名。うち一四名が死傷しました」

「そうか。おかげで、ミネルを追い出すことができた」

「皆救助に感謝しています」

「ところで昨晩、この街にダイナマイトがあると言っていたな」

「はい。発破用のものが」

「どのくらいある?」

「我々が最後に確認した時は一〇〇トンほどでした」

「それを使ってこの街を爆破し撤収する」

「石軍が持ち去っていなければ可能と思いますが、どのように爆破するのですか?」

「そうだな。マルクル曹長、ブルーノ軍曹、こっちに来てくれ!」


 ロイスに呼ばれ、二人の下士官が歩いて来る。


「何の御用です?」

「この街の再利用を防ぎ、戻ってきたミネル石軍に打撃を与えるため、渓谷の下と壁面にダイナマイトを敷設する。予定は明朝までだが、石軍が来た時点で作業は終了していい」

「わかりました。まずはダイナマイトが残っているか確認します」

「よし。連隊本部と連絡をとるからマルクル曹長とブルーノ軍曹はついて来い」


 その場から少し離れたところで、マルクル曹長が問う。


「本部には何と送るのですか?」

「作戦は続行。蟲の誘導は我が部隊で行う。列車砲は指定の座標への発射を準備されたし」

「伝激染を我々の手で起こすのですか!?」

「他に手が無いだろう」

「そうですが……いえ、皇帝陛下の勅命は名誉と心得ております」

「皇帝陛下の御指示だ。呪林に向かうのは俺達と第二小隊だがな」

「あ、私らですか」

「飛び道具がロケット砲しかないからな」

「もう残り少ないですぜ」

「石軍が置いていった迫撃砲も活用する。全部使い捨てだ」

「結局私らは蟲の相手なんですねぇ」

「この街まで誘導したら離脱しろ。死神の出現を待つ必要は無い」

「つまりミネル石軍ではなく蟲を殺すためにダイナマイトを設置するのですね?」

「そうだ。捕虜に言う必要は無い。第一小隊はダイナマイトの敷設を手伝い、爆破も第一小隊の人間が行う」

「蟲が渓谷に入ったら爆破するわけですか」

「そうだ。蟲どもを爆破して死神が現れたら、俺達が街の西側に誘導する。死神が所定の位置におおよそ近付いたら列車砲に発射を要請。偵察中隊の任務は終了とする」

「概要は承知しました。皇女陛下も、蟲の誘導に参加なさるのですか?」

「ああ。陛下は死神の討伐に強い意義を感じておいでだ。それに部隊の車両で一番足が速いのはリゼルだ。蟲に追い付かれる事は無い」


 リゼルと兵員輸送車の最高速度はほぼ同じだがそれは整地での話であり、不整地での機動力はエンジン出力で大きく上回るリゼルの方が遥かに高い。


「列車砲はどこを狙いますか?」

「渓谷西側の壁を狙えば、多少ズレても死神も爆発範囲に入るだろう。生き残った蟲も始末できる」

「わかりました」

「第二小隊の出発は正午とする」

「了解」


 方針は決まった。


 ロイスはレーネ達に今後の予定を説明する。


「ダイナマイトですか。良い響きですね」

「数十トンの爆発だから壮観だろうな」

「余裕があれば、石炭の粉末をかけておくと良いと思います」

「石炭か。確かに燃えるが……」

「爆発で粉塵が巻き上がれば、効果はあると思います」

「そうか。やってみる価値はあるな」

「スパイスと同じです。振りかけるとひと味違います」


 ミラの積極的な発言はこういった場面でしか聞けない。


 家事と何かを爆破焼却する事にしか興味が無いのだろう。


「正午に出発する。ミラは昼食の用意を頼む。ウィルは給油を手伝ってくれ」

「あいよ」


 輸送車に積んであるジェリ缶から戦車へガソリンを移し、ロイス達は家屋に戻る。


 屋内ではミラが竈でスープを作っていた。


「ウィル。今まで本当に助かった。だが、蟲の誘導に装填手は必須じゃない。第一小隊とここに残れば、ダイナマイトを起爆した時点で撤収できる」

「それも気まずいけどな」

「たかが一時のもんだろうが」

「伝激染を起こすって言っても、蟲が出てきたらここまで逃げてくるだけだろ?」

「蟲をダイナマイトで爆破した後、死神が現れたら戦車で誘導に入る。だから安全に降りられるタイミングがあるかわからない」

「なるほどねぇ。安全に別れるなら今だと」

「そういうことだ。この街まで来て帰るのが約束だったからな」

「蟲に向けて戦車砲撃つ必要が生じたらどうすんだよ」

「その時は俺が装填する」

「律儀だな」

「約束は守る。報酬の件も含めて。それが貴族の誇りだ」


 ロイスが真剣な面持ちで言うと、ウィルは珍しく好戦的な表情を浮かべた。


「義理堅いねぇ。貴族ってのは。正直見直したぜ。ならオイラも本音を言ってやる。オイラはな、死神を殺したいんだ」

「……仇、か」

「この手でとまでは言わねぇ。死ぬところを見届けたい。個人的な欲求だ」


 ウィルの言葉にロイスもニヤッと笑う。


「俺も同じだよ。交渉で血清が手に入るなら見逃してやったが、拒否するならぶっ殺して奪うまで」

「当然だよな。戦友全員殺しやがってよぉ。悔しいじゃねぇか。やり返してやろうぜ」

「よし! こうなったら一蓮托生だ。最後まで頼む」

「あいよ。任せておけ」


 ロイスとウィルは握手を交わす。


「四・八トン燃料気化爆弾で木端微塵にしてやろうぜ!」

「まぁその、できれば血液も回収したいんだが」

「いや勿論、忘れてはいませんよ」

「昼食ができました」


 ミラが運んできたのは肉団子がいくつも入ったトマトスープだった。


「メイドさんも凄ぇな。軍人でもないのに死神と戦うなんてよ」

「主の近くに控えるのがメイドです」

「なんか……凄いとしか言いようがないな」

「同感だ。だが皇帝のメイドとはこういうものかもしれん」


 作戦は明日終わる。食料を節約する必要は無い。


「陛下。戦車を街の入り口に移動させてください。俺は爆薬設置の様子を見てきます」


 渓谷では車両がダイナマイトを輸送し、並行して兵士達が数メートルおきに縦穴を掘っていた。


 ロイスはそれを監督しているユルゲン曹長に話しかける。


「ダイナマイトは残っていたか?」

「はい。埋める時間が足りないくらいです」

「ダイナマイトを埋める穴は浅くていい。ただ、ケーブルの方は深めに埋めておけ」


 ケーブルを深めに埋めるのは、蟲の大群が通過した時にちぎれるのを避けるためだ。逆にダイナマイトは周囲より深い位置にあれば多少露出していても構わない。


「時間短縮ですか」

「そうだ。この街の爆破が中途半端になってはならない」

「はい。ケーブルは深く、同時起爆できるようにしておきます」

「それと、粉末にした石炭を袋に入れて適当に置いておけ」

「どういうことです?」

「爆発の威力が上がる。石軍の再利用も防げる」

「わかりました。並行して準備しておきます」

「俺達はそろそろ出発する。ダイナマイト積んだトラックを一両街の入り口に回せ。余らせるくらいなら呪林で使う」

「わかりました」

「この場は任せた。俺達は出発する」

「了解。お気をつけて」


 ロイスは坂道を登り戦車の元へ向かう。


「ロイス。様子はどうだった?」

「順調です。蟲を渓谷に誘導すれば爆殺はできるでしょう」

「後は私達次第か」

「爆発は楽しみですね。見えずとも音と振動は伝わるでしょうか」

「寧ろ巻き込まれないよう注意しないとな」


 正午前には、第二小隊の兵士達が乗った兵員輸送車が街の入り口に集まる。


 定刻通り、ロイス達は出発した。


「指揮車より各車。ここから一番近い呪林は南南東に百キロ。時速二〇キロで巡航して約五時間だ。敵と遭遇した場合は逃走する」


 そう言ってロイスは無線を切る。


「行きはよいよい帰りは怖い、だな」

「何だそれは」

「童歌だよ。行くのは良いが帰りは気を付けろって意味だ」

「まぁ、夜道になってそうだしな」

「この歌には続きがあるんだが、ベルカ語じゃないからオイラは意味を知らん」

「そういえば、陛下へのお願いは決めたのか?」

「それ今決めなきゃいけないのか?」

「別に、そういうわけじゃないが」

「難しいんだよな。金や権力があっても良い本は書けないだろ」

「お前作家志望なのか」

「まぁな」

「店頭に本を並べることはできるだろうが」

「まずは本を書くために必要な事から考えないといけない。だから即答できないんだよ」

「なるほど。ま、生きて帰れば、時間はいくらでもある」

「ロイスは何を願うんだ?」

「俺? 俺はそもそも、陛下の助けになる事が理想だから」

「言いたいことはわかるが、皇女さんじゃないと叶えられないことだってあるんじゃないのか?」

「俺と陛下の望みは金や権力でどうにかなる問題じゃないんだよな」

「なんだよ。貴族が何を願うか興味あったんだがな」

「僭越ながら、ロイスさんもレーネ様に何かを願うべきかと思います」

「何!?」

「そうだ。当然ロイスにも権利がある。ロイスが私にお願いをしないと、ミラやウィルがやりにくく感じるかもしれない」

「な、なるほど。しかしそうは言っても、難しいですね」

「難しい? ロイスは私にして欲しい事が何もないのか?」

「それは、ええと、どうでしょうね。無いかと言われると――」

「無いのなら、私がロイスにお願いする。考えてみれば、私だけ願いをかなえてもらう権利が無いというのは不公平じゃないか?」


 出がけまで麻薬を吸っていたせいでレーネのテンションが高い。


「いや、しかしそうなるとまた話が変わってきますからね。要は俺も陛下に何かを願えば良いという事ですよね」

「まぁ、そうだ。……よく考えてくれ」

「わかりました」


 ここまで言われた以上、何かしらをレーネに願うべきだろう。


 しかし、レーネに喜んでほしく死神を倒そうとしているのは紛れもない本心だ。


 災菌の治療薬も重要だが、それを開発できるかどうかは皇帝の権力でどうにかなる問題ではない。


 まぁ、思いつくまでは保留で良いだろう。


 車列が進むこと数時間。


 敵軍やゲリラに遭遇する事もなく、ロイス達は呪林の畔へ到達した。

Tips:T-40A

車体装甲厚(前/側/後):45/45/40

砲塔装甲厚(前/側/後):53/53/53

戦闘重量:30トン

エンジン:4ストロークV型12気筒液冷ディーゼル500hp/2050rpm

最高速度:50km/h

戦車砲:76.2mmF-34(41.5口径)

副武装:7.62mm機関銃


 ミネル石軍の主力中戦車。生産数は第二次生殖大戦中に運用された戦車の中で最多と言われている。

 戦場を見渡せばどこかしらにT-40がいるという状況は性能以上に味方歩兵からの信頼を集め、戦車兵に限らずミネル石軍全体で『祖国ロジーナ』の愛称で親しまれた。

 T-40には大戦を通じて多くの派生型が存在するが、その中で本車は中期生産型と呼ぶべきもので、T-40シリーズの中でも最多の生産数を誇る。

 エンジン出力を上げ、戦車砲を砲身の長いものに換装し、砲塔も容積と装甲厚を増やした新型に変更された。車長用キューポラも途中から追加されている。

 生産性を重視したこともあって欠点も数多く存在するT-40だが、その一つとして車体にこれでもかと詰め込まれた燃料タンクがある。シーリングが不十分で被弾すると簡単に炎上し、ベルカ軍ではこの戦車に軽油ストーブ(エールオーブン )という仇名を付けていた。

 生産数が多い本車は大量に鹵獲されており、胎生枢軸でも使用されている。

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