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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
一章 金色の断末魔(Battle of Colony)」
15/130

15 解放戦

 日の出と共に三〇センチロケット榴弾が発射され、山を越えてベンゲルフの役所付近に着弾していく。


 それに呼応して、収容所の近くで爆発が起こり始めた。


 対戦車擲弾筒を発射しているのだ。


 ベンゲルフの市街地へ侵入した偵察中隊は分隊ごとに散開する。


「一個分隊は銃を持って俺達に続け。戦車を倒す」


 ロイス達は事前の情報で敵の戦車が停まっているとされた区画へ向かった。


「この入り組んだ地形では接近戦になるな」

「そのための従者です」


 レーネの言葉に、ペリスコープで周囲を警戒しているロイスが答える。


 ペリスコープからの視界では視野が限られてしまうが、どこに敵が潜んでいるかわからないこの状況で頭を出す勇気は無い。


 周辺警戒は一緒に行動している歩兵頼みだ。


「敵だぁ!」


 右方向から銃声が聞こえ始めた。敵の歩兵と鉢合わせたらしい。


 しかしロイス達は止まらない。


 出撃前に確認済みだ。


 俺達の役割は敵の装甲戦力を最短で倒すこと。途中で側射や背射を受けても留って応戦はせず、敵戦車を探し出す。


 ウィルが耳をピクリと動かし、口を開く。


「右前方。エンジン音!」

「後退! 砲塔三時方向!」


 そして敵戦車が姿を現した。


 通り一つ挟んでの会敵。既に側面を取っている。


 ミラの放つ砲弾は敵戦車の車体側面を撃ち抜いた。


 直後、敵戦車が大爆発を起こす。弾薬庫に誘爆したらしい。


「砲塔一時!」

「砲身方向よし」

「前進!」


 十数メートル進み、十字路へ差し掛かる。右方向を警戒していたロイスの視界に、敵戦車が現れた。


 その戦車は車体を旋回し、こちらに正面を向けようとしているところだった。


「停止! ミラ! 前部駆動輪を狙え!」


 ロイスの指示通り、ミラは敵戦車の駆動輪を破壊して見せる。


「前進!」


 すぐさまロイス達は通りの反対側へと姿を消す。


 確かに見た。敵戦車はミネル軍の『SU-39』! 車体側面の装甲も厚く、角度によっては弾かれる恐れがある。


 狙う場所は注意しなければならない。


 加えて。敵の布陣もおおよそ見当がついた。


 戦車部隊は一個小隊四両であるのはベルカ軍もミネル軍も変わらない。そして、視界の悪い戦車で警戒方向を分担する索敵の基本が十時陣形であることも同じ。


 最低でももう一両。更に向こう側にいる。


「砲塔六時。車体旋回」

「引き返すのか?」

「そうです」


 SU-39は多砲身戦車であり、車体右側に大口径榴弾砲を搭載し、車体中央の砲塔に副砲を持つ。


 車体の動きを封じていても砲塔は独自に旋回可能であり、副砲でもリゼルの装甲は十分に貫通可能。


 迂闊に飛び出せば命はない。


 ロイス達は先ほどの通りに戻り、敵戦車に正面装甲を向ける形で停車する。


 敵戦車は砲塔の側面をこちらに晒していた。


 すかさずミラが戦車砲を叩き込む。


 これであのSU-39も戦闘不能。車体のハッチからミネル兵が脱出し逃げていく。


「もう一両いるはずだ。ウィル。何か聞こえるか?」

「いんや。銃声だけだな」

「歩兵に索敵させたいが」

「交戦してたら無理だよな」

「戦車前進」


 エンジン音がしないということは停車しているのか。


 石造りの建物の間を抜け、敵戦車の居そうな場所の反対側へ移動する。


 市街の各地から時折爆発音が聞こえる。それに混じって、近くから高い独特の発砲音が聞こえた。


「陛下。旋回して逆方向へ!」


 戦車は進路を変え、先ほどの十字路を通過する。


「その角を右。この通りを駆け抜けて下さい」


 ロイスは右方向を注視する。


 先ほどの音は敵戦車が主砲を撃った音だと思われる。


 停車しているならば、こちら側から背後を取れるはずだが。


 だがロイスの予想は外れた。


 突如主砲と副砲を共にこちらに向けたSU-39が現れ、目前をロイス達が通過すると同時に発砲する。


 後方で爆発音が響く。


「全速後退! 砲塔三時。時間はある」


 ロイス達の戦車が後退すると同時、SU-39は前進。側面へと体当たりしてきた。


「くそっ、こいつ!」

「前進して右旋回。戦車砲発射」


 押されて車体が揺れる中、ミラは戦車砲を発射。SU-39の砲塔の基部に命中した。


 SU-39は炎上し、ロイス達はその場から離脱する。


「今のはちょっと肝が冷えたな」

「SU-39の主砲は分離薬莢。副砲は固定薬莢だが砲弾は車体。装填が遅い」

「固定薬莢ってのはリゼルの砲弾みたいな?」

「そうだ」


 ウィルの問いにロイスは答える。


「今のはさっきの発砲音のやつとは違うな?」

「はい。四両目がいます」


 おおよその位置はわかっている。


 戦車の装甲は背面が最も薄いのが一般的だが、SU-39には前後両方に砲身を向けておけるという強みがある。


 さっきのSU-39にしたって、砲塔にいる車長が副砲を撃たずにいれば、ロイス達は駆け抜けるしかなかった。


「その角を右。止まらないで下さい」


 そして、右方向十数メートル先に四両目のSU-39が現れた。


 ロイス達の後方に砲弾が着弾する。


「全速後退!」


 ロイスは右方を警戒する。SU-39は鈍足だ。追ってくることはないと思うが。


 やはり、SU-39は後退し身を隠そうとしているところだった。


「前進して右折。砲塔一時方向。……停車! 撃て!」


 放たれた砲弾は建物を突き破り、その向こう側へ飛ぶ。


 金属が打ち鳴らされたような音がした。


「後退!」


 ロイス達が後退する中、SU-39が前進しつつ副砲を放ち、ロイス達の戦車の正面装甲を掠めていく。


「前進!」


 一先ずこの場を離れる。


 リゼルの武器は機動力だ。その場に留まって撃ち合いをしてはならない。


「背後に回り込まないのか?」

「敵もそう予想しています」

「結局音でバレるんじゃねぇか?」

「それだ。だが敵の位置もわかっている。……停車。砲塔二時方向。撃て!」


 放たれた戦車砲は建物を突き破り、その先で命中した音がする。


「後退!」

「当たったな」

「ですが貫通しているかどうか……」

「あの戦車は硬いのか?」

「正面装甲は特にな」


 元来た道を戻り、丁字路の前で急停止。その目前に砲弾が着弾する。


 すかさず戦車砲を発射。建物越しに射撃する。即座に前進。


 確かに見えた。SU-39の左側履帯が切れているのを。


 これで敵の行動は封じた!


 そのまま前進し次の角を左。十字路手前で停車。


「撃ってこねぇな……。撃て!」


 ミラが建物越しに砲撃。すかさず後退。次の瞬間、さっきまで車体があった場所を敵の砲弾が通過する。


「よし! 突撃!」

「装填完了」

「停車。撃て!」


 距離は十メートルほど。ミラが放つ砲弾はSU-39の車体後部に命中し、炎上させた。しかし、砲塔はまだ生きている!


「全速前進!」


 咄嗟にロイスは叫んだが、レーネはアクセルを踏むとすぐに離し、立ち上がってハッチから上半身を出す。そして銀製ナイフを掲げ、龍魔法を発動した。


 赤黒い魔法が振り下ろされ、SU-39の砲塔を叩き潰す。


 レーネは車内に戻ると戦車を移動させ、SU-39右横に停める。ここでウィルが装填を完了。ミラが戦車砲を発射し、SU-39は大爆発を起こした。


「陛下! お見事です」

「危なかったな」


 昨晩の雨で湿った地面を走り、ロイス達は収容所だった建物へ移動する。


 ロイスが戦車から降りると、運転席のレーネが額に手を当てた。


「あ……まずい、もう熱が出てきた気がする」

「解熱剤を飲んで、横になった方がいいですね」


 そう言ってロイスはレーネに手を差し伸べる。するとレーネは少し驚いたように目を開いた。


「な、何故だ!?」

「足が滑ると危ないので」

「そ、そこまでではないと思う! 多分」

「そうですか? まぁ一回しか使ってないですしね」


 そう言ってロイスは手を引っ込める。


「あ、いや、ちょっと待て、龍属性は威力が高いから、けっこう熱が出てきたかも」

「戦車から降りて近くの家屋に入りましょう」


 ここで第二小隊の一部が兵員輸送車に乗って移動してくるのが見えた。


 その中にブルーノ軍曹の姿を認めたので、ひとまず状況を確認することにする。


「ミラ。陛下を頼む」


 そう言ってロイスは車両から降りたブルーノ軍曹に向かって歩いた。


「少尉殿。皇帝陛下におかれてはご無事で喜ばしい限りです」

「戦果はどうだ。ブルーノ軍曹」

「大勝利です。敵は逃げていきました」

「間違いないな?」

「確実でさ。奴らを乗せた列車が出て行くのを、山上から確認しましたぜ」

「随分脆いな。辺境の部隊ならこんなものか?」

「どうやら、私らが最初に撃った榴弾が連中の司令部を直撃したようで。敵は初めから逃げ腰でした」

「狙ったのか?」

「ロケット砲にそんな精度ありませんよ。偶然。いや、神のご加護ですな」

「皇女陛下が立案した作戦だからな」

「そういえば、捕虜になっていた連中には皇女陛下がいらっしゃることを伝えてないですね」

「話す必要は無い。ブルーノ軍曹は第二小隊を全て市街に入れ、捕虜上がりの兵士に食事を分け与えろ」

「了解でさ」


 ロイスは戦車に戻ると、無線で呼びかける。


「マルクル曹長。応答せよ」

「こちらマルクル曹長。敵の撤退を確認」

「連隊本部と連絡が取りたい。収容所前で合流せよ」

「了解。連隊本部から入電あり。合流先で報告します」


 そうして待つこと十数分。マルクル曹長の乗った無線車が姿を現した。


「連隊本部からの連絡内容は?」


 降車したマルクル曹長にロイスが問う。


「それが……エルヴィングの飛行艦が二隻とも撃沈されました」

Tips:SU-39D

車体装甲厚(前/側/後):75/75/70

砲塔装甲厚(前/側/後):75/75/75

戦闘重量:47トン

エンジン:4ストロークV型12気筒液冷ディーゼル550hp/2150rpm

最高速度:35km/h

乗員:6人

主砲:122mmM-30(23口径)

副武装:76.2mmL-11、12.7mm機関銃×1、7.62mm機関銃×1


 ミネル石軍の旧式重戦車。車体と足回りはT-36と共通である。

 火力支援のため車体右側に大口径榴弾砲を搭載し、発射速度の低さを補うため車体中央の砲塔に副砲を持ち、側面の敵に対応するため車体後部左側に機銃砲塔を搭載している。

 SUはミネル石軍において自走砲を意味するが、多砲塔戦車である本車が自走砲扱いとなっているのは榴弾砲の管轄が砲兵科だからという官僚的な理由であり、実際に本車は砲兵科の独立自走砲大隊に配備された。

 本車は多砲塔戦車ならではの高コスト、劣悪な整備性と居住性、重量に見合わない武装という三重苦を背負っており、加えてT-36から約十トン増えたにもかかわらず同一の足回りは故障を頻発し、乗員達からは畜生スーカという仇名で呼ばれていた。

 このような問題を抱えていながらもミネル石軍の砲兵科にとっては唯一の装甲戦力であったため三年間ほど生産が続き、多砲塔戦車にしては生産数が多い。

 自軍からの評判は最悪であった本車だが、装甲の厚さと乗員の多さから生存性が高く、ベルカ軍の歩兵部隊を何度も撃退した例も存在する。

 その時の奮戦ぶりがベルカ軍の間で広まり、榴弾砲とその防盾を槍に見立てて槍騎兵ウーランという渾名で呼ばれている。

 旧式化している事は間違いないが成形炸薬弾と硬芯徹甲弾によって最低限の対戦車能力を確保しており、拠点の防御用として見かけることがある。

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