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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
一章 金色の断末魔(Battle of Colony)」
10/130

10 災菌

 その夜ロイスはベッドの上で熟睡していた。


 なのに、まだ夜が明けてもいないうちに、ロイスは何者かによって起こされる。


「ロイス~」

「陛下ですか……」


 ロイスの顔を覗いているのはレーネだった。


「トイレに行きたい」

「は、はぁ。もしかして、ついてこいと?」

「そうなんだ」


 レーネの涙目と恥ずかしげな表情でロイスは察する。


「すぐ近くだと思いますが」

「怖いんだ……ついてきてくれ」

「はぁ。わかりましたよ」

「ため息をつくな。私は国家元首なんだぞ!」

「だからですよ……」


 ロイスはベッドから降りてレーネの隣に立つ。


「薬使っていいなら恐怖は吹き飛ばせるんだぞ。だが眠れなくなるから……」

「大丈夫ですよ。俺を起こしていいので薬は控えてください」

「そうする。……怖い夢を見た直後だから、怖くなっているだけだ」

「前にも言ってた、黒い影が追いかけてくる夢ですか?」


 レーネに続いて、ロイスも歩き出した。


 この診療所にはトイレが無い。外に出て十数メートル離れたところに共用トイレがあるので、元の所有者もそこを使用していたのだろう。


「そうだ。国民と、将校や大臣達を飲み込んで、私も飲み込もうとするんだ」

「怖い夢くらい誰でも見ますよ。そんな影現実にはいません」

「そんなこと、頭ではわかってる! でも、本当にリアルなんだ……」


 やけに鮮明な悪夢を見てしまうのも、麻薬の副作用だろうなぁ。


 診療所のドアを開けつつロイスは思う。


「何かから逃げる夢って、上手く走れませんよね」

「私の場合、逃げた先にも影がいて、戦争を始めた私を恨んでいるんだ」

「それこそ夢です。皆が恨むのは敵兵か災菌、或いは蟲ってところです」

「あ、ここでいいぞ。ロイス、先に帰ったりするなよ?」

「待ってます」

「約束だぞ!」


 そう言ってレーネはトイレへと走っていった。


 眠い……。だがレーネの心労を減らすのが俺の役目。できることは何でもしよう。


 懐中時計を見ると午前四時を回ったところ。日の出まで一時間といったところか。


 軍人として訓練されたロイスは大概の場所で眠れるが、初めて死神を見た時の夢で目を覚ます事はある。


 当時ロイス達はスケイル共和国内のズロチ要塞にいた。


 ズロチ要塞は大戦初期にベルカ軍が占領し、輸送、通信の中継拠点として利用していた。


 百年以上前に建築された城を中心に近代的な防衛施設を並べた要塞で、正面に大きな川を臨む。


 数ヵ月前まで帝国陸軍総司令部が置かれていた理由は、前線からの適度な距離の他に景観の美しさをレーネが気に入っていたからだ。


 ロイスが所属していた近衛師団はズロチ要塞に駐屯し、失った兵員と機材の補充を受けつつ、反攻作戦に参加するべく日々訓練を続けていた。


 あの日は曇りであったが、雨の降りそうな天気ではなかった。その空に切り裂かれたような空間の切れ目がいくつも現れ、そこから薄灰色の綿のようなものが降り注いでいた。

 一瞬だが真夏に雪が降ったのかと思った。その後、黄金の光と共に死神が現れた。


 要塞はすぐにパニックに包まれた。


 粉雪のようにも見えた薄灰色の物体は、呪林の胞子だった。そして舞い散るように降る胞子は災菌を内包しているに違いないのだ。


 胎生人類にとって災菌感染は致命的。


 屋外で教練を受けていたロイスも、胞子を目にした瞬間防菌マスクを取りに行き装着した。


 訓練は中止。マスクを装備した部隊から死神へ攻撃を開始する。


 要塞内のあらゆる場所から兵士が集結し、死神に銃撃を加えていく。


 銃剣で刺し殺そうとするもの。戦車を持ち出してひき殺そうとする者もいたが、軌道が曲げられるか死神の空間魔法で撃破されるか、全く効果が見られなかった。


 噂通り、死神は無敵だったのだ。


 要塞全体に胞子と災菌が行き渡るよう移動する死神。


 見た目こそベルカンであったが、金色の魔法を使って空間を曲げつつ移動するその少女はただの人間ではあり得なかったし、この世のものではないとさえ思った。


 そしてひとしきり死を振りまいた少女は、黄金の光を放って空間を転移し、姿を消した。


 無力感だけが残り、待機命令が出る。


 ロイスはレーネが気がかりだったが、混乱状態にあっても無断で城に入ることはできず、防疫のため立ち入りが許可されることもなかった。


 ロイスはただ無事を祈るしかなかった。


 しばらくして錯乱状態になる者が出現したが、長続きはしなかった。


 発病すれば、動けなくなる。


 そして半日後、要塞は感染者で溢れた。ロイスもまた熱が出始めていた。


 屋外で胞子が降るのを目にした時点で、既に手遅れだったのだ。


 微熱を感じた時に今死んだ方が幸せではないかと思いもしたが、その勇気も無く高熱で身動きできなくなった。


 一晩経って、目を覚ましたロイスは熱が下がっていることに気付く。


 一命を取り留めたことに困惑はしつつも、とにかく動けるようになったので城へ向かう。


 城内はあらゆるところに死体が転がっている凄惨な状況だった。血痕がない代わりに物音もしないので戦場とは違った不気味さがある。


 会議室とレーネの執務室がある二階への階段を上ると、ラウンジに青ざめた表情のレーネが立ち尽くしていた。


「ロイス……!」

「陛下! ご無事で何よりです!」

「私も感染したんだ。熱も出た。なのに、今朝になったら熱が下がっていた……」

「今は脱出が先です。菌樹が発芽を始めています」

「そうか。ロイスも無事だったんだな。良かった」

「幸運でした」


 ここで扉が開いて、ミラが姿を現す。ポットとコップを持っている。


「メイドのミラじゃないか! 無事だったか」

「ロイスさんもご無事で何よりです」

「この街を出るぞ。準備するんだ」

「わかりました」

「陛下も」

「わかった。……さっきから、遠くで銃声が聞こえないか?」

「ええ。嫌な予感がしますね」

「着替えるから少し待ってくれ。ミラ」

「畏まりました」


 そう言って執務室へと入っていったレーネは、しばらくして軍服に着替えて出てくる。


「下に戦車がある。それで移動しよう」

「とにかく列車に乗れる場所を探しましょう。国内に戻れば陛下の体調も診察できます」


 そしてロイス達はズロチ要塞を後にした。


 銃声の正体は事態を察して押し寄せてきたスケイルの暴徒達であり、ロイス達はすんでのところで逃げ出したのだった。


 その後ズロチ要塞は呪林に沈んだ。


 ベルカ軍は死神の攻撃によって近衛師団が甚大な被害を被ったと発表したが、当然そこに皇帝がいたことは報道されていない。


 ただ、上層部はレーネがズロチの森事件に巻き込まれた事を知っている。


 死んだと思われている事は間違いないから、フレンツェル少将からユリーゲ中将へ皇帝直筆の命令書が送られたという情報が本国に届けば、まずは喝采が起きるだろう。


 そして最優先で迎えの交通手段が手配される。


 できればその前に死神を仕留めたいところだ。


 帝国を率いて破滅へ突き進んだレーネと、その後の精神的な苦境に気付きもしなかった俺の失態。


 死神討伐作戦の話を聞いた時、挽回のチャンスが与えられたのだと思った。


 しばらくして、レーネが戻ってきた。少し落ち着いた表情をしている。


「よし。ちゃんと待っていたな」

「当然です」

「その……付き合わせて怒ってないよな?」

「怒ってないです」

「本当に?」

「全くです」

「そうか……ならいい」

「戻りましょう」

「ああ」


 待っている聞から言おうが言うまいか迷ってはいたが、やはり言うことにする。


「しかし幻覚については麻薬の副作用だと思います」

「そんなことわかってる」

「だったらせめて使用量は守ってほしいですね」

「あくまで目安だろう。私は前線の兵士並みに体力を使っている」

「俺は陛下を心配してるんですよ」

「そんな言い方、意地悪だ……」

「しかし控えないと」

「ロイスだって蟲嫌いは克服していないじゃないか」

「それとこれとは話が別です」

「う~、善処する」


 ロイスは答えず、ただ制するように右手を横に突き出した。


「な、なんだ? やっぱり怒ったのか!?」

「静かに」


 また聞こえた。間違いない。銃声だ。


 続いて信号弾が上がった。


「敵襲か!?」

「みたいですね」


 どの道、安眠はここまでだったということか。


 既に突撃銃を連射する音も聞こえる。戦闘になっているらしい。


「ミラとウィルを起こします」


 そう言ってロイスは診療所へと戻る。


 眠い目を擦りながらミラとウィルが出てくる中、ロイスは役場へと向かう。


 すると建物の一部から火の手が上がっている事に気付いた。


「シャルホーフ大尉殿!」


 大声で呼びつつ扉を開けると、一階の床には何人かの兵士が苦しげに倒れていた。


「誰か、士官はおりませんか!?」


 そう呼びかけるロイスは、椅子の一つに防菌マスクを着けた男が座っている事に気が付いた。


 テーブルには通信機が置かれ、男がイヤホンを片耳に突っ込んでいる。


「お前は何をしている? 大尉殿はどこだ?」

「私に命令を出せる人間を待ってたんでさ。大尉殿も中尉殿も災菌感染で寝込んでます。この村は罠だったってわけですわ」

「罠だと!?」

「毛布やシーツに災菌が付いてたんでしょう。菌樹があるわけじゃないんで、つい最近人為的に散布されたんだと思いますぜ」

「だとすれば、罠だな。お前の名と、状況を教えろ」

「第二小隊所属ブルーノ軍曹。現在ゲリラの襲撃あり。集落の外側にいた第二小隊は比較的無事です。他は運ですな」

「戦況は」

「分隊ごとに応戦しているようですが、士官がいないんで全体は把握できませんな」


 何という事だ。廃村どころかゲリラの拠点で、俺達の接近を目にして村の主要な建物に災菌を撒いたという事か。


 災菌に感染すればまず助からない。俺達が例外なだけだ。


 大尉が不在となった現状、とにかくゲリラを撃退して状況を確認するしかない。


「ブルーノ軍曹。お前の分隊を集めろ」

「もう役場の前にいると思いますぜ」


 そう言われたロイスが振り返ると、ドアの向こうに整列する兵士達が見えた。


「よし。俺達は戦車を出す。お前達は随伴しパルチザンを片付けろ」

「了解でさ」


 役場から出たロイスはウィルに戦車に入るよう促し、自分もキューポラから砲塔へ入る。


「陛下。エンジン始動」

「状況は」


 エンジンをかけつつレーネが問う。


「この村には災菌が散布されていました。発病者多数のうえパルチザンの襲撃を受けています。まずは敵を撃退し、その後残存戦力を確認します」

「わかった」


 レーネは弾薬庫から煙管を取り出し、紙袋から粉末を入れると、ライターで火をつける。


 一方ロイスはキューポラから顔を出して周囲を確認する。


 二〇人程度の歩兵は皆防菌マスクだけでなく防護服を着用していた。


 成程。これが特別防護大隊か。


 後方からは一両の兵員輸送車が走ってきた。


「通信可能な部隊には役場前に少尉ありと連絡しておきました」


 防護服を着て役場から出てきたブルーノ軍曹が言う。


「よし。トラックに空席があれば兵員を乗せろ」

「おい、聞いた通りだ。少尉殿、役場の火事はどうします?」

「消火器はあるか?」

「ありません。出発前に置いてきました」

「なら後回しだ」

「了解」


 後回しといっても罹患者の運び出しの話だ。


 戦車に積んである消火器を使ってしまうと被弾した時困る。


 遠方の銃撃戦の音に混じって、砲撃音が聞こえた。そう遠くない。


「ヘッドライトを点けてください」


 夜戦においてライトをつけることにはリスクもあるが、これだけ随伴歩兵がいれば待ち伏せは警戒できる。


「戦車前進」


 ロイスは砲撃音のする方向へ進むよう指示を出した。


Tips:卵生人類

 皮膚の主成分がケイ素やカルシウム、或いは炭水化物に変化し、卵胎として子孫を残す人類。

 頭蓋骨の形状や眼球の色、体毛の質など容姿は種族によって異なる。

 胎生人類との大きな違いの一つとして、災菌への抗体を持つ点がある。

 卵生人類にとって災菌はその他の病原菌と大して変わらず、その毒性によって体調は崩すものの、病死には至らない。

 故に呪林の近くでも活動可能であり、胎生人類との勢力争いで大きな強みとなっている。

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