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パンツァーヘクセ ~魔法使いが戦車で旅する末期感ファンタジー~  作者: 御佐機帝都
一章 金色の断末魔(Battle of Colony)」
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1 呪林

「陛下。薬を吸い過ぎです。今日三つ目でしょう」

「頭が冴えるんだ。私が運転をミスったら貴方達も困るだろう」

「陛下の健康を心配して言ってるんです。それに積んである薬にも限りがあります」

「どこかで補給しないといけないな」

「そもそも吸い過ぎは身体に毒ですがね」

「明日死ぬかもしれないんだ。麻薬くらい好きに吸いたいものだ」


 戦車の操縦手ハッチから顔を出すレーネは口からキセルを離し、深く息を吐く。


 砲塔の車長用キューポラから顔を出すロイスもまたため息をつきつつ、双眼鏡を覗いて周囲を伺う。


 緩い起伏の草原が広がっている。三六〇度見渡していると、柔らかな緑の上に似つかわしくない人工的な構造物が見えた。動いている。


鉱石人ミネルの戦車だ! 四時方向。二両! ミラ、照準用意」

「了解」


 メイド服を着た少女が答える。


 敵戦車は稜線を越えて姿を現すところだった。


「陛下! 九〇度回頭。起伏の手前に移動!」


 ロイスの指示に、操縦手であるレーネが戦車を十数メートル移動させる。


 その間にメイド服の少女、ミラがトラベリングクランプを外し、後ろを向いていた砲塔を旋回させる。


「距離九〇〇メートルです」

「任意に撃て」


 ミラに指示を出してからロイスは砲塔内に引っ込み、車体の弾薬庫から徹甲弾を取り出して装填する。


 次の瞬間発砲音が轟き、閉鎖機が開いて空薬莢が吐き出された。


「履帯に命中。炎上無し」


 初弾から当てたのか。やはりこのメイドは才能がある。


「動きが止まればいい」


 そう言いつつロイスは次弾を装填する。装填手がいないので、車長であるロイスが兼任していた。


 再び発砲音が響き、空薬莢がロイスの左を転がっていく。


「命中確認」

「よし」


 ロイスはキューポラから顔を出し、双眼鏡を覗く。


 敵戦車は二両とも停止していた。こちらから見て左側の車両は黒煙を上げている。


「後退!」


 ロイスの指示に、戦車が数メートル後退する。


 その間に敵戦車から発砲炎が見え、ロイス達の右数メートルに着弾した。


 他に敵影は見えない。ただの偵察部隊か。


 黒煙を上げながら動き出した敵戦車に対して、今度はロイス達の戦車が発砲。敵戦車の砲身基部に命中した。


「命中。炎上無し」

「十分だ。戦車前進パンツァーフォー。七時方向へ!」

「止めを刺さないのか?」


 操行レバーを倒しながらレーネが言う。


 確かに、片方の敵戦車は履帯が切れただけ。修理可能だろう。


「弾が勿体ないです。追われなきゃいいんですよ」

「既に止まっている敵を見逃さねばならんのか」

「陛下が弾薬庫に麻薬詰め込んでるせいなんですけどね」


 ロイスの言葉をレーネは無視して、アクセルを踏み込んだ。


 戦車が一気に加速し、敵戦車から遠ざかっていく。


 後方で爆発音がしたがだいぶ離れており、敵戦車が追ってくる様子もなかった。


 レーネが座席を引き上げ、ハッチから顔を出して操縦を続ける。


 前方には緑色の木々の集まりが見え始めた。


「このままだとあの林にぶつかるぞ」

「さっきの敵戦車が偵察だとすると、その後ろに本隊がいます。万が一にも追われるとやっかいなので、一度林に入ります」

「戦車が通過できるかな」

「地図には道が描かれているので整備されてるんじゃないかと思いますが。無理なら迂回しましょう」


 そうして走ること十分。ロイス達は林の入口へと到着した。ロイスは戦車から降り、林の中を伺う。


「湿地だとかいうこともなさそうですね」

「砲塔回します」


 ミラが砲塔を後ろに回して砲身を固定。そして各々が水を少し飲むと、戦車は前進を再開した。


 林に入ると薄暗くなり気温が少し下がる。そして不気味とも言える静寂が支配していた。


 重なり合う濃い緑から、妙な圧迫感を感じる。


 しばらく進んだところでロイスは違和感の理由に気付く。


 変だな。鳥の鳴き声が全く聞こえない。こんなもんか?


 風が吹くと、常緑樹だというのに大量の葉っぱが枝から取れて落下する。


 ロイスが頭上の様子を眺めていると、不意に車体に衝撃が走った。


 何かに乗り上げたらしい。


 岩か何かか?


 そう思ってロイスが振り返ると、戦車の後方に轢き潰された巨大な蟲の死骸が現れた。


「うげっ! 蟲だ!」


 ミラも警戒した表情で砲塔上部のハッチから顔を出す。


「陛下! 蟲を轢き殺しました! 角飛蝗シャーフレッケです!」

「何! 蟲がいるのか!?」

「います! ここは既に呪林じゅりんになりかけています!」


 生き物の気配がなかったのはそのためか!


 先ほどの大量の落葉といい、この森は既に死んでいる!


「蟲を轢き殺しましたね」

「ああ。防菌マスク装着!」


 ロイス達は口と鼻を覆うマスクを取り出し、装着する。災菌はこれで防ぐことができる。


 だがこれだけで事態は解決しない。


 蟲を轢き殺したのは非常にまずい状況だ。


 呪林の蟲はいきなり向こうから襲ってくることは少ないが、一度敵と見なした存在には群れをあげて攻撃を仕掛ける。


 一匹でも殺してしまえば、確実に敵認定される。


 無論わざとではなく戦車からの視界が悪いことが原因なのだが、そんなことを蟲に言っても始まらない。


 森がざわめく。


 走る戦車に飛びかかるように、左側面から数匹の巨大な蟲、角飛蝗が現れた。


 羽を動かし、飛ぶように跳ねて追いかけてくる。


 レーネは既に座席を下げ、ハッチを閉めて運転している。操縦手用のペリスコープから視界を得ているわけだが、その視界は非常に限定されたもので高速走行には向いていない。


 果たして振り切れるだろうか。


 やはり。一匹の角飛蝗が追いついて戦車後部の排気筒カバーに脚を引っ掛けた。よじ登ろうとしている。


「気持ち悪ぃ!」


 嫌悪感を覚えたロイスはキューポラにくっついている機関銃の引き金を引いた。


 銃声が轟き、蟲の頭部を引きちぎり落下させる。


「ラジエーターに当たる危険があります」

「取り付かれたら嫌だろうが」

「そんなことしたら余計怒らせるんじゃないか!?」


 レーネがそう言った矢先、戦車が何かを乗り越える。


 また蟲を轢き殺したらしい。


「もう手遅れです!」


 言いつつロイスは機関銃を撃ち続ける。


 ロイスは昔から節足動物が苦手だった。特に地を這う虫の類は見ていると寒気がする。


 まして呪林に住まう巨大な蟲は不倶戴天の敵。


 その群れを目の前にして冷静さを保つことは不可能だった。


「ロイスさん当たってないです!」


 銃口を闇雲に振り回すロイスの銃撃は、跳ね回る蟲を掠め、地面に命中していた。


「くそっ弾が切れた!」

「落ち着いてください。榴弾の装填を」

「わかった」


 走行中の装填は推奨されないが、今は緊急時だ。


 ロイスは弾薬庫から榴弾を取り出して装填する。


 すると砲身の固定を外していたミラが、砲塔を後ろに向けたまま限界の俯角で発砲した。


 榴弾が爆発し、角飛蝗の群れに甚大な被害をもたらす。


 大概がまだ生きてはいたが、細長い脚を損壊させたようで、追手から逃れることに成功した。


「よくやった! 十字勲章ものだ」

「本当に蟲が苦手ですね」

「気持ち悪いんだよ」

「群れはやっつけたのか?」

「見える範囲では。呪林になりかけなのでそんなに多くはいないと思います」

「だと良いがな」

「ハッチは開けないでください」

「わかった。徐行で行くぞ」


 障害物の多い森林で視界が制限されまま運転するのは危険だが、また蟲に襲われる可能性もある。操縦手ハッチは閉めてゆっくり進むのが最善だろう。


 ロイスはキューポラから顔を出して周囲を窺う。


 辺りの木々の多くは菌樹が発芽しており、この森が急速に呪林へと変容しているのがわかる。


 あと数日もすればここも巨大な菌類が生い茂る凶悪な生態系と化すだろう。


 徐々に面積を拡大し、従来の生態系や人類の生存を脅かす呪林。こんなところにも現れていたか……。だがそれは目的となる存在が近くにいるということなのでは?


 ロイスがそう考えた時、大きな振動が聞こえ、目の前に木が倒れてきた。


 それに気付いたレーネが戦車を止める。


「木が倒れてきたぞ!」

「……」

「ロイス。榴弾で吹き飛ばしてはどうだ?」

「ロイスさん?」

「蟲が……」

「蟲!?」

「二時方向に斧甲蟲シェーレケーファー! 全速後退! 砲塔旋回!」

「了解」


 ミラが答え、砲塔が回り出す。


 鋏甲蟲。非常に大型の蟲で、呪林の生態系の頂点の一種。


 四本の太い脚と重なった鱗の様な外皮、そして名前の由来たる頭部付近の大きな鋏が特徴。


 現れた鋏甲蟲は立ちふさがるように戦車の前に歩み出ると、威嚇するように鋏を鳴らす。


 呼応するように戦車砲から榴弾が発射される。


 必中距離。鋏甲蟲の鋏に着弾し炸裂する。


 通常の生態系であれば戦車砲を食らって生き残る生物などいはしない。


 だが呪林に住まう生物は総じて異常にタフなのだ。


 鋏甲蟲の鋏には大穴が空き、貫通して頭部にもダメージは入ったはずだが、恐るべきことに致命傷になっていない。


 当然鋏甲蟲は激昂し、鋏甲蟲はその著しく発達した脚力で一気に接近してきた。


 慌ててキューポラハッチを閉めたロイスは弾薬庫から徹甲弾を取り出す。次の瞬間車体が振動した。鋏甲蟲に取り付かれたのだ。


 これでは戦車砲で狙えない!


 この戦車の後退速度では距離を空けることはできない。


 レーネもそう考えたのか、信地旋回で車体の向きを変えようとする。


 これが悪手だった。


 車体が横を向いたところで鋏甲蟲が側面に突進する。


 それにより履帯の一部が地面から離れる。


 それに気付いたか、鋏甲蟲が更に車体を押し、戦車は完全に横転した。


 直前で徹甲弾を薬室に押し込んだロイスは砲塔内壁に叩きつけられ、ミラのクッションになる。


 なんとか身体を起こしたロイスがキューポラの視察口から外を見ると、鋏甲蟲が片足を大きく上げ、踏み込んでくるところだった。


 続いてミラも身体を起こし、砲塔を旋回させる。鋏甲蟲が砲身の先に身体を晒せば、痛撃を与えられるだろう。


 だが大型の蟲は学習能力がある。先ほどの攻撃で砲身という部分が警戒されている可能性は高い。


 だが同軸機銃なら。ロイスが照準器を覗くと、黒い影が映って何も見えなかった。咄嗟に発射ペダルを踏む。


 銃声に続いて鋏甲蟲の呻き声が聞こえたので当たったことは間違いない。


 だがまだ鋏甲蟲は動いていた。照準器から姿を消したと思ったら、振動と共に再び黒い影が現れる。


 ならばと再び発射ペダルを踏んだロイスだったが、銃弾は出ず、代わりに金属を引き裂く音が聞こえた。


 これは……銃身が破裂したか!?


 鋏甲蟲に踏みつけられるかして銃身が曲がったところで発砲し、銃弾が詰まったか。


 ここからは見えないが、銃身がネギのように割けているのだろう。同軸機銃は壊れてしまった。


 車内にも銃はある。だが車外に出るのは論外だ。


 一度敵対した蟲は執念深い。逃げようとする獲物や外敵を自分の気が済むまで追い回すとの報告が上がっている。


 ここは鋏甲蟲が諦めるまで籠城する他ない。


 一日もすれば諦めてくれるだろうか。


 だが、鋏甲蟲が去ったとして戦車をどうやって立て直す?


 戦車自体は捨てても旅が終わるわけではない。しかし戦車無しでどうやってこの森を抜ける?


 この鋏甲蟲がまた襲ってくるかもしれないし、生身では蟲一匹ですら深刻な脅威だ。


 万事休すか……。


 ロイスは足元から力が抜けたように感じる。心に薄ら寒いものが訪れる。


 その時、大きな銃声が聞こえた。


 当然、ロイス達は撃っていない。


 数秒して、もう一発。それに続いて、大きな物体が倒れる地響きが聞こえた。


 なんだ……? 鋏甲蟲が倒れたのか!?


 しばらく耳を澄ませるが、鋏甲蟲が装甲を叩く音は聞こえない。立ち去った足音もしなかったので、本当に倒れたらしい。


 ロイスは恐る恐る砲塔側面のハッチから顔を出す。


「蟲なら倒したぜ」


 少年のような声。そちらを見ると、木の上に防菌マスクを着けた獣人ルクスがいた。


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