闖入者
少し待つと、件の刑事なのか、ドアをノックする音がした。王が迎えに出る。
「……動くな」
突然そう言われて、王は一瞬固まった。目の前に銃口がある。
ドアの前で待ち構えていたのは警察では無かったようだ。
三人いた男達の内、一人が部屋の奥まで素早く入り込み、王に銃を突きつけた男が、顎をしゃくって奥に入るよう促す。
先にリビングに行った男が、うっ、と呻いた。
「おい、二人いるぞ。どっちだ?」
突然の闖入者にきょとんとしている巽親子を見比べて、男達は顔を見合わせた。
「髪の黒い方だ!」
ドアの所の男が叫ぶ。
「だから、黒いのが二人いる!」
「顔までそっくりだ。どうなってんだ?!」
中に入った男達の戸惑いは当然だったろう。
「おい、どっちが本物だ?」
「本物って?」
どちらの巽幸星も本物には違い無いのだ。故意に変装をしている訳ではないのだから。
「タツミはどっちだ?」
男達が更に質問を重ねたところで、結果は同じだった。
じっとしているのに飽きたらしく、父子はお茶を飲み始めた。銃を突きつけられていることなど、まるで眼中に無いようだ。
「おい、動くな!」
男の一人が巽のカップを乱暴に取り上げた。その拍子に熱い中身がこぼれて手にかかった。
あぅち、と叫んで、中身をぶちまけながら男はカップを落っことし、足にも引っかけた挙句、驚いてバランスを崩して、床に尻餅を付いた。
カラカラと乾いた音がして、何かが床を滑った。
「おい、何やってんだ!」
ドアの所にいた男が焦れてリビングにやって来た。
オートロックのドアがバタン、と閉まる音が小さく聞こえた。
火傷をした男が、床の上でヒィヒィ言っている。余程熱かったのだろう。もう一人は王に銃を突きつけたまま、唖然とするばかりだ。
「氷を持って来ましょうか。それともオリーブオイルがいいかな」
王が気の毒そうな顔をして、そう言った。
「お茶も煎れ直しましょう。あなた方もどうです?」
「う、う、う、うごくなって、言ってるだろ!」
「でも、お友達は苦しそうですよ。……それに一つどこかへ行ってしまったようだし」
王は目線を走らせて、意味ありげに薄笑いを浮かべてみせた。
見れば床に転がっている男は銃を持っていないではないか。
戸口にいた男がちっ、と舌打ちして捜し始める。
「チェストの下に入ったよ」
巽の父はのんびりとスコーンをかじりながら言った。まるで他人事である。
「動くなって言ってるだろぉ!」
王に向けていた銃を、巽親子へと交互に突きつけながら、男は上ずった声を出した。
一人は火傷で辛そう。一人は人質三人を牽制するので精一杯。リーダーらしき男は銃を捜してチェストの前に跪いて手を突っ込んでいる。男達はすっかりペースを乱されてしまっていた。
「ぅをぉっ」
チェストの下に手を入れたまま、男は突然叫んだ。
「痛ぇっ、いていて、うわぁぁっ!」
「おい、ど、どうしたんだ?!」
「手を挟んだんじゃないの?」
巽の父は心配そうに言った。銃を王達に向けたまま、残った男が後ろ向きにチェストの方に移動する。
すっと細めた王の瞳が、異様に輝いているように見えたのは、巽だけだったろうか。
助けに寄った男は、やっと落ち着いたらしい火傷男に銃を持たせて、チェストの下を探り始めた。が――
「うわぁぁぁっ!!」
その男もまた、苦痛の叫びを上げ始めた。男二人が、跪いて片手をチェストの下に突っ込んだまま、もがき苦しんでいる光景は異様だった。
「な、なんだ? どうなってんだ? な、なんかいるのか? おい!」
一人残った火傷男はもはや動転してうろたえるばかりである。
その男の手から、ごとり、と何かが落ちた。
手に僅に引き金とグリップを残して、何かですっぱりと斬られたように銃身が落ちていた。驚きよりも恐怖が先に立った。理解し難い何かに脅かされているという、恐怖が。
がくがくと震える手から、未だ握ったままのグリップの中にあった銃弾がこぼれ落ちた。
レーザーや電流を使った武器も出回ってはいるものの、充電に時間がかかったり、値段が一桁二桁違ったりするので、未だに火薬を使った旧式の銃を好んで使っている連中は多い。連射出来ることも理由の一つだろう。――しかし、こうなっては意味が無い。
それでも男は、グリップだけになった銃(の、成れの果て)を巽達に向けていた。
「もうお止しなさい」
王は穏やかにそう言った。それもすごく気の毒そうな顔をして。慈愛に満ちた優しい声で語りかけた。
「火事を起こしたのも、あなた達ですね? どうしてこんな真似を?」
男達は答えなかった。誰もそれどころではなかったのだから仕方ない。
「そうですか、いいでしょう。……後は警察にお任せしましょう」
そう言って王はすたすたと出入り口の扉に向かった。
扉の前には、いつの間に呼んだのか、今まさに突入せんとしていた警官達がいた。そのドアが突然開いたので、彼等も驚いたようだったが、王は構わず、
「お待ちしていました。さぁ、どうぞ」
と、パーティーの客でも迎えるかのように、にっこりと微笑んだ。
部屋の中から聞こえる男達の悲鳴をバックに、艶然と。




