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巽父子



 どうして電子コンロが一つ付いただけのミニキッチンでこんなに出来るのかと思う程、多種多様七品目の中華料理とデザートが目の前に並び、どうしてその細身の体でそんなに入るのだと思う程の食欲で、巽がそれらを平らげた頃、注文していた服が届いた。

 王の言う通り、半日程度で出来てしまった。しかも、巽の好みに合わせた、細やかな刺繍やレースの付いたスーツ上下とシャツが数点。勿論満足のいく仕上がりである。

 体にぴったりとした服は重さが無い。動きにぴったりフィットするよう作られているので、引きつったり余計な皺を作ったりもしない。巽も気に入ったらしく、早速ベッドの上に広げては、鏡の前でとっかえひっかえ合わせて見ている。

「かわいい?」

 漸く着替え終って巽は王に振り向いた。刺繍の施された丈の短いジャケットの裾や袖からはシャツのレースが覗いている。細身のパンツにも裾に細かく刺繍が施され、襟元のレースは巽の少女とも少年ともつかない美貌を縁どっている。まるで中世貴族の肖像画を見ているようだ。

「ああ、可愛いよ。良く似合っている」

 惚れた欲目も手伝っているのか、王は切れ長の目を更に細めて賛辞を送る。

 可愛いと言われると嬉しくなってしまう巽はすっかり機嫌が良くなったらしく、今度は服に飾るブローチを選び始めた。火事の中幸いにも焼けずに残った宝石達である。

「お洒落をするのはいいけど、何処にも出かけられないよ、幸星」

 嬉々として飾り付けに余念の無い巽は、王の言葉など耳に入らないかのようだ。そんな彼を背後から抱きすくめ、王は甘えるように囁いた。

「幸星。どうせ出かけられないんだろ? そんなにめかし込んでどうするんだい?」

「どうせ出かけられないから、こうして暇つぶしをしてるんじゃないか!」

「暇つぶしだったのか?」

 どうやら彼にとっては着せ替えも一人遊びの範疇らしい。何だか益々女の子みたいではないか。

「暇つぶしなら、もっと他にあるじゃないか」

 そう言って、王は巽の襟足に顔を埋めた。細い絹糸で編まれた繊細なレースが肌に心地良い。その透明感のある滑らかな肌にそっと唇を寄せる。

「ちょっと、なにしてんのさ?!」

 敏感に反応して首をすくめる。なんとか逃れようと身をよじるが、王はしっかりと掴えて離さない。逆に顎を(すく)われてキスされてしまう。

「っ……んっ……銀月!」

 手で口を塞いで顔を離し、抗議しようとしたところで、携帯が鳴った。

「……鳴ってるよ」

「私じゃないぞ」

「あ、俺か」

 巽はきょろきょろと見回して、自分の携帯端末を探した。音はすれども姿は見えず。良くある事だ。

 見かねて王は、散乱した服の下に隠れていた巽の携帯を発掘してやる。

「……幸ちゃん! こーおーちゃーん!」

 携帯端末の画面に映っていたのは……

 巽だった――

「……幸星……?」

「あっ、その声はとーさま!」

 巽はまだ携帯を捜していたらしく、ベッドの下から声がした。

「……あれ? 君だぁれ?」

 先に端末に出た王を不思議に思うのは当然だろう。画面の向こうの、もう一人の巽はのんびりと尋ねた。何処にいるのか随分と暗い場所にいるらしい。顔が緑色に見える。

「父さま、どこ?」

 漸くベッドの下から顔をあげた巽に、王は端末を渡した。

「あっ、父さま!」

「幸ちゃん。久しぶりだねぇ。元気だった?」

 どうやら画面上の巽にそっくりの人物は、彼の父親らしい。しかしそれにしては若くないだろうか。そう見えるだけなのか。

「開けて幸ちゃん!」

「?」

「ドア、ドア。開けて!」

「ドア?」

「部屋の前にいらっしゃるんですか? ……今開けますから、少々お待ちください」

 要領を得ない二人の会話に割って入って、王は確認もそこそこに外廊下へ出る扉に向かった。巽が端末を持ったままその後に続く。

 だが、扉の前にいたのは大きな箱だった。それも如何にも人が隠れていそうな大きさの箱で、ご丁寧にリボンまで付いている。

「……これって……」

「あれ、父さまは?」

 察しが悪い。見るからにこの展開の次はこう、だろう。

「パンパカパーン♪ 幸ちゃん久しぶり!」

 後ろ向きだ、親父。

 唖然とする息子達が後ろにいた事に気付いた父親は、

「待ってね、もう一回」

 また箱に入ってしまった。

「……あの、お父さん?」

 王はこのマイペースな父を前に、戸惑うばかりだ。

「パンパカパーン♪ 幸ちゃん久しぶり!」

「わぁ!」

 二回も飛び出す父も父だが、それに驚く息子も息子だ。王は自分が結構常識人なのだという事を痛感した。



 巽は父親に、王は命の恩人なのだと説明した。火事の夜、彼と此処にいなかったら今頃大変だっただろうと言うのだ。

 王はお茶を煎れ直して、二人に薦めた。

 箱はすっかりかたずけて、巽親子は揃ってリビングで寛いでいる。並んで座っていると、親子というよりは兄弟のようだ。それも双子かと思う程そっくりである。服装から判断して、紅茶に砂糖を大量に入れているのが息子。ミルクを大量に入れて飲んでいるのが父だ。

 父親の方は、ネクタイにスーツというシンプルな格好で、ネクタイピンには小さな花と蝶を細い鎖で繋いだツインブローチを着けている。

「でも、良く此処にいるって判ったね」

 甘い紅茶を旨そうにすすりながら、巽が聞いた。父親がにっこりと笑う。

「うん。カジノの人に聞いてね、賞品を持って来たついでに。……大変だったねぇ」

 あんまり心配してそうにない笑顔である。

「ううん。ジェームズが色々助けてくれたから平気」

 父親は笑顔のまま頷いて、王の方に向き直り、頭を下げた。

「色々ありがとう。息子が世話になったね。ジェームズ――」

「ウォンです」

「ウォン君。幸星の父の幸星です。よろしく」

 握手を交してから、王は疑問を口にした。

「幸星さん、というのは同じ名前ですか、二人とも? それに賞品を持って来たというのはポーカー大会と何か関係が?」

「うん。巽の家は代々占を生業としているんです。ところが何故か本家に男子が生まれるのは七世代に一人と決まっていて、その子は特別に初代の名を代々受け継ぐんです。私は十四世天上祭幸星。代々の幸星には不思議な力があって、人や物に幸運を分け与える事が出来る。これを我々は星を入れると言っているんだけどね。人に幸運を授けるのは、色々と条件が揃わなければならないのだけど、物の場合には割りと簡単なんです。それで、大会の優勝者の副賞にって頼まれて、指輪をね。ファイアー・オパールの指輪」

 そこまで話して、ミルクティーを一口飲んで唇を湿らせる。

「……七世代毎に生まれる天上祭幸星の中でも、第七世と私、第十四世の力は特別強いと言われていて、七世にも息子が一人いるんですけど、その子も、この子――幸星も、私のような力は持っていないんです。ただ、生まれた時から既に幸運の星を持っているというだけでね。未来も占えないし」

「おまけで生まれたようなもんかな」

 けろっとした顔で、息子はそう言った。当のおまけ本人が。

 王は少し哀しくなった。家の事情なのだろうが、おまけで生まれたなんて言い方を、自分からするなんて、巽は平気なのだろうか。だが、父親は息子を撫でてやりながら、目を細めて付け加えた。

「勿論、私達家族はこの子を愛しています。巽家の生業と、家族の愛情とは全く別のものですからね。――幸ちゃんが私の可愛い息子だって事に変りはないよ」

 甘える子猫みたいに目を細めて、おとなしく撫でられている巽の様子は、なんだか嬉しそうだ。

「『天上祭』を名乗らないまでも、本家直系の男子という事で幸星と名付けたんです。だから、私もこの子も戸籍上は同じ名、巽幸星なんですよ」

「そうですか。……でも、するとなんてお呼びしたらいいでしょう?」

「お父さんでいいですよ。さっきそう呼んだでしょう」

  聞いてないようで、しっかり耳に入っていたらしい。親父侮り難し。

「ああ、そうですね、判りました。私のこともジェームズとお呼びください。短くジムでもジェミーでも構いません」

「ジェミーって、女の子みたいだなぁ」

 巽はクロテッドクリームをたっぷりとスコーンに塗りたくりながら言った。

「ああ、ジェミーちゃんかぁ。かわいいねぇ、うん、それがいい。ジェミーちゃん!」

 満面の笑顔で、実に楽しそうに親父は言った。

 ちゃん付けはやめて欲しいと思ったが、彼の笑顔の前に王は何も言えなかった。

 巽はラズベリージャムを更に塗りたくってから、スコーンを口いっぱいにほおばっている。幸せそうな顔だ。

「おいしいねぇ。ジェミーちゃんが作ったの?」

 父親も同じ様にしてスコーンを食べながら、そう聞いた。

 ええ、と頷いて王は紅茶のおかわりを二人のカップに注ぎ入れる。

「ああ、スコーンは下のお店で買ったものですが、ジャムとクローテッドクリームは自家製です。実家で採れたラズベリーなんです」

「うん、おいしい」

 巽は既に五個目のスコーンを口にしながら頷いた。昼食にあれだけ食べたにも関わらず、良く食べるやつだ。

 暫くのんびりとアフターヌーンティーを楽しんでいると、フロントから連絡が入った。

 火事の事で話があるらしく、刑事が上がってくるという。

 今日は千客万来だ。

「何か判ったのかな?」

「さぁ、どうかな」

 王は何故かあさっての方を向いて顔をしかめた。何もない空間を凝視するかのように。







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