明け方の火事
どぉん。という音がして、王は跳ね起きた。 何かあった。それも大きな事件だ。
直感的にそう判って、窓の外を見ると、案の定。
燃えている。向かいのホテルが。最上階に近い高さの部屋からもくもくと黒煙を吹上げ、勢いの強い火が白み始めたばかりの空を赤々と染め上げている。
まるで巨大なろうそくのように見えた。
あのホテルは、巽の泊っているホテルではないのか?
「幸星、起きろ」
傍らの巽を乱暴に揺すり、自分はさっさとクローゼットに向かう。
取り敢えずガウンを羽織って、同じものを持って戻る。巽はまだ熟睡していた。
「幸星、起きろ。火事だ」
ううん、と唸りはしたが、目は開かない。
「幸星、火事だ!」
上体を起こしてから揺すり、漸く薄目を開ける。
「火事だぞ。お前の泊っているホテルが燃えている。ほら」
ガウンで包むようにして、王は巽を抱き上げた。窓辺に近寄って、赤々と燃える空を目にして、漸く巽は目を覚ました。
「うわぁ。すごい」
「すごい、じゃなくて、お前の泊っているホテルだろう。大丈夫なのか?」
「ん? 大丈夫って?」
向かいのホテルからこちらまでは、広場や駐車場を挟んで離れている。余程風が強くない限りは延焼する事はないだろう。
だが王はそういう事を心配しているのではないらしい。
「荷物とか。向こうにあるんじゃないのか?」
「ああ、ある。……だめかなぁ、やっぱり」
巽はのんびりとした調子で、燃えているホテルを眺めながら呟いた。
「丁度あの辺りだし。俺の部屋」
「すぐに行った方がいい」
そう言って王は散乱していた衣服を拾い集めた。
「行ったって何も出来ないよ。あんなに燃えてちゃぁ」
外では素早く出動した消防隊が、早くも消火活動に取りかかっている。消火用のロボットが外壁を伝って火災現場まで向かう様は、餌に群がる虫のように見える。
「何も消火活動を手伝って来いなんて言ってない。お前の所在をホテル側は知っているのか?」
「いや、別に何も言って来てないけど」
「恐らく避難客の確認を取っている筈だ。すぐに行って――」
彼の言葉を遮って、携帯がけたたましく鳴った。巽の端末だった。急いで出ると、総支配人の髭面が――と言うか髭が――アップになった。
「巽? 巽か、君か?」
余程慌てているらしい。そうです、と応えると、相手は心底安堵したような息をついた。
「よかった。無事なんですね。何処にいるんです?」
「ミスター・ウォンの部屋に。向かいのホテルです」
「そうですか。では、火事の事は……」
「ええ。見えています。これから現場に行こうかと……」
「いけません!」
総支配人が強い口調でそう言ったので、巽は大きな目を更に丸くした。
「いえ、今はまだ火の勢いが強い。私も今、少し離れたところにいるんです。とても現場には近づけません。避難客でごった返していますから。ホテル側には、私の方から連絡を入れておきます。君は安全な所に居て下さい。火が収まったらこちらから連絡しますので」
「そうですか? それなら――」
ちらりと王を見ると、彼は無言で頷いて見せた。
「ミスター・ウォンの部屋にいますから。向かいの――ロワイアルホテルのスウィートです」
「判りました。後で色々と確認して貰うことになりそうなんですよ。どうやら火元は貴方の部屋らしいんです」
「俺の?!」
「ええ。しかも放火の可能性があるとか」
放火。
唖然とした面持ちで、二人は顔を見合わせた。