表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

秘密の名前

ちょっとばかしえっちぃです。

苦手な方は飛ばしてください。

 水面に色取りゞゝの光が浮かんでは消えていく。

 ボートレースは既に終了しているらしく、レース場には小さく警備のための明りが付いているだけだった。ライトアップされた観覧車とカジノセンターを、遥かに見下ろすホテルの高層階に、王は部屋を取っていた。ベッドルームが三つもあるプレジデンシャルスウィートである。一人で泊るのに何故こんな部屋を選ぶのか、そこの所は判らない。

 カジノセンターを囲むようにして林立する高級ホテルの一つであるそこは、巽が泊っているホテルの向かいにあった。巽は窓にべったりと張り付いて、自分が今晩泊る筈だったホテルの方を眺めていた。

「あーあぁ…なーんで負けちゃったんだろう?」

 嘆く巽に、ジェームズはくすりと笑う。

「潔くないな。それじゃ幸運の女神が微笑まないんじゃなかった?」

「悪かったねぇ。こんな経験初めてなもんで」

 そう言って恨めしそうな目で首だけ振り返る巽を、王はいきなり抱きすくめた。

「ちょっ、ちょっと!」

 突然の事に声を荒げた巽の唇を強引に塞ぐ。

 キスはその激しさとは裏腹に、甘く優しい香りがした。「なにするんだよ?!」

 腕を突っ張ってなんとか王を引き剥がし、巽は怒った様に睨み付けた。

「何って、キスじゃないか」

「いきなり過ぎるだろ! 俺は恋人になれって言われただけで、好きにさせろとは言われてない筈だ」

「君……ここまで来てそれはないだろう?」

 王は困ったように肩をすくめてみせる。その瞳が、哀しそうに巽を見つめていた。

「だから……その、恋人ってことは、ほら、もうちょっと、こう、順序とか、あるじゃない?」

 何を焦っているのかしどろもどろになる巽を、王はじっと見つめている。何かを考えているのか、はたまた呆れているだけなのか、その表情から窺い知ることは出来ない。

「潔くないって言いたいんだろうけど、俺だって……」

 男と抱きあうのなんて、初めてだし――

 戸惑い、うつむく巽に、彼は優しく声をかける。

「じゃぁ、キスはどう? 嫌だった?」

 今度はそっと腕を廻しながら、聞いてみる。王より頭一つ分低い巽は、彼の腕の中で困ったように見上げていた。

 澄んだ黒い瞳が不安そうに揺れている。

「嫌って……ほどじゃない、けど」

 巽の言葉に、王はそっと安堵のため息を漏らした。

「じゃあ、こうしよう。もし、君が私のキスだけでその気にならなかったら、今日の所は勘弁してあげよう。どう?」

「…………その気?」

「うん」

「つまり、欲情しなかったらってこと?」

「まあ、はっきり言えばね」

「わかった、いいよ」

 意外なくらいあっさりと巽は顔を上げた。薔薇の花びらのような色をしたその唇に、王はそっと自分の唇を重ねる。

「ん……っ」

 歯列を割って入って来る彼の舌を受け入れながら、巽はその甘い香りが桜のものだと思い当たった。

 滑らかな動きで巽を捉え、絡め取る。思う様口腔を貪られて、鼓動が早くなるのを抑えられなくなっていく。

「んっ、んっ……っ」

 くぐもった声が漏れる度に、身体の何処かに痺れが走った。

 やがてその痺れが甘く蕩けるような感覚へと代わった頃、王は漸く唇を離し、今度は瞼やこめかみに、啄むようなキスを浴びせた。

「ん……」

 うっとりとされるがままになっている巽は、自分が既に半裸の状態である事に、肩にキスされるまで全く気付かなかった。胸の突起に鈍い痛みを感じて、漸く我に返る始末である。

「あっ、ちょっと。反則だぞ!」

 乳首を弄んでいた指を掴んで巽が抗議する。

「キスだけって言ったじゃないか!」

「その気にならなかったら、だろ?」


 王はにやりと笑った。

「その気って……」

 戸惑う巽の手を取り、王はその手を巽のそこに当てがった。

「あっ……」

「もうすっかりその気になってるみたいだけど?」

 くっきりと意思を硬くしている自身を指先に感じながら、巽は愕然とした。だが同時に、身体の奥から急激に沸き上がってくる、抗い難い感覚があった。

 欲情している。

 認める程にそれは巽の心を浸食していく様だった。

「わかった、認めるよ。あんたの好きにしなよ、ジェームズ」

 彼の腕に身を委ねながら、巽は言った。王が嬉しそうに微笑んだ事には、気付かなかった。

 きつく抱き締めたまま、王は暫く動かなかった。

 それからもう一度深く口づけを交して、ベッドへと場所を移す。

 それは巽にとって初めてのことだったが、不思議と嫌ではなかった。

 もっと強引な自信家かと思いきや、王は思いの外に優しく、「大丈夫か」「嫌ではないか」と気遣う彼を、巽は可愛らしいとさえ思った。

「あんたの好きにしなよ、ジェームズ」

 彼の腕に身を委ねながら、巽は言った。王が嬉しそうに微笑んだ事には気付かなかった。王の肌は滑らかで心地よく、ほんのりと花の香りがした。

「タツミ……」

 囁く声は甘く掠れ、青い瞳は熱を帯びて不安げに揺れる。

「幸星、だよ。ジェームズ。――巽はファミリーネームなんだ。俺の名前は幸星」

「幸星……」

「そう。発音上手じゃないか」

 意外に流暢なイントネーションに感心する。王はくすりと笑って、答えた。

「私の母は華僑でね。実は昔、暫く日本にいた事があるんだよ」

「あれ、そうなの?」

「うん。横浜の辺りに住んでいたんだ」

「へぇー、意外。見た目はすっかり白人なのに」

 プラチナブロンドの髪と、ブルーアイ。抜けるような白い肌は、しかし東洋の血故かきめが細かい。深すぎず浅すぎず、理想的な曲線を描く鼻梁。やや薄い唇はほんのりと色づき、妖艶さを醸し出す。

「君は……幸星は日本人なんだろう?」

「うん。先祖代々こんな顔」

 可憐な少女のような、大きな黒い瞳をくりっとさせて、巽は人懐こく笑った。

 王もつられて微笑みを返す。

「幸星……」

 吸い寄せられるように、唇を重ねる。

「ジェームズ……」

 求めるように、彼の首に腕を廻す。だが、王は一旦キスを止め、じっと巽を見つめ返していた。

 そして徐に、「インユー」と、呟く。

「え?」

「漢字で銀の月と書いて、インユーと読む。私の名前だ」

銀月(インユー)……?」

「そうだ」

 どこか思い詰めたようにじっと巽を見つめている彼の眼差しに、巽はそれが特別な名なのだと悟った。

「今はロンドンに本籍があるから、戸籍上の名ではないが、母から貰った名前でね。両親以外では呼ばない。――だが、幸星にはそう呼んで欲しい………」

「銀月……銀の月、か」

 見上げる先に夕闇色の瞳を認めて、巽は微笑んだ。

銀の月(シルバームーン)幸運の星(ラッキースター)か。お似合いじゃないか」

「そう思うかい?」

「名前だけはね」

 そう言って巽は悪戯っぽく微笑ってみせる。

「呼んで欲しかったんだ……」

 王がぽつりと呟く。一瞬だけ見せる、淋しげな瞳。

 家族しか知らない、秘密の名前――

「銀月……」

 そっとキスをして、囁く。青い瞳が心持ち大きく見開いて、すぐに微笑みの形に細められた。

「幸星……」

 ぎゅっと抱きしめると、彼の熱さが肌に触れた。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ