決勝戦
会場に着いた巽父子は、すぐに総支配人を見つけた。彼は二人の姿を認めても、逃げなかった。蒼白な顔をしてはいたが、安堵なのか諦観なのか、泣きそうな顔をして突っ立っているだけだ。
「総支配人、話は後で聞きます。予定通り決勝戦を始めて下さい」
ディーラーの制服に慌てて着替えて、巽はプレイヤーの待つテーブルへと向かう。
「ああ……」
総支配人は何か言いたそうにしていたが、結局嘆くような声を上げただけだった。
ディーラーが一人、後ろの方であたふたしているのが見えた。恐らく代役で出る筈だったのだろう。目が合ったので、小さくウィンクすると、彼はひどく驚いた顔をした。
巽がテーブルに着くと、一斉に拍手が起こる。
「では、これより決勝戦を行います」
澄んだよく通る声が、高らかに宣言した。
歓声が一層大きくなる中、いかさま騒ぎ親爺だけが、何故か苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「アンティ・アップ」
ゲーム開始。
ブロンド美女、髭の紳士、小太りの親爺の順に、五枚のカードを宛配る。計ったように、ぴったりと目の前で止まる。
百戦錬磨の強者達は、カードを見ても冷静を装う。
紳士にクィーンのペアがあったので、彼がオープン・ベットを出す。続いて親爺が早速レイズ。更に美女がリレイズと、始めからやる気満々である。
カードの交換は一度だけ、各々に交換し終ると、紳士が降りて、美女と親爺が残った。
「ショウ・ダウン」
最高級のヴァイオリンの音色にも似た声に、美女は巻毛を指で弄びながら、うっとりと微笑んだ。
結果はフルハウスで美女の勝ち。その後も、ツキは美女にあるらしく、男二人はあまり奮わなかった。
佳境に入った頃、美女が全額を賭ける大勝負に出た。
紳士は当然降りた。だが、親爺は意味ありげに含み笑って、勝負を受けた。
美女はJとQのまたもやフルハウス。ところが、小太りの親爺は、
「ロイヤルストレートフラッシュ!」
と、宣言した。その通り、カードはスペードのA、K、Q、J、10と並んでいる。
美女が残念そうにうなだれ、観客がどよめく中、突然声が上がった。
「いかさまだ!」
なんだか聞き覚えのある声だった。声は更に畳み掛ける。
「ロイヤルストレートフラッシュなんて、そう簡単に出来るものか!」
どこかで聞いた事のある台詞だ。観客がざわめき出した。
「きっと、カードをすり替えたんだ!」
なんか、笑いを含んでないか?
「な、何を根拠に……」
だが、言われた男は焦ったように立ち上がった。その拍子にテーブルに上着の裾を引っかけ、何かがパラパラとこぼれ落ちた。
「カードだ!」
ギャラリーの一人が声を上
げた。
いかさまだ、とざわめきが沸き起こる。訝しむ様な視線が男に集中した。
男は懐から何か取り出して、叫んだ。
「皆、動くな! 私の言う通りにしろ。さもないと、この会場に仕掛けた爆弾が爆発する!!」
手に持っているのは、起爆装置か。
途端に会場が騒然となった。悲鳴が上がり、怒号がこだました。
「爆弾は全て処理しました」
張りのある声が、朗々と唱うようにそう告げると、辺りが一気にしん、となった。
古い聖典の物語の様に、人の波が二つに割け、そこに一筋の道が生まれた。
白く輝く人影が、その奥から現われる。
「お前は……!」
男にも見覚えがあるだろう。先程の台詞は、以前男が彼に向けて発した言葉だったのだから。王はにこやかに微笑した。
「貴方の仲間も全て警察が捕えました。もう、逃げても無駄ですよ」
見れば楽屋に続くドアの辺りに、手錠をかけられた、先程の代役のディーラーが男に連れられて行くところだった。王が後ろにいた二人の男に目配せすると、男達は警察である事を明らかにして、小太りの男を現行犯で逮捕した。
男は王を憤怒の形相で睨みつけていたが、やがて刑事達に連行されて行った。
「しかし、君、この試合は一体どうなるんだね?」
爆弾騒ぎまであったのに、髭面の紳士はポーカーの試合の行方を気にしている。大した人物だ。見物客の中からも、不満の声が漏れた。今の小太り男と同じテーブルで予選をした者達だろう。王は苦笑を漏らしたが、すぐに真面目な顔で、巽の傍らに立った。
「申し訳ありませんが、たった今ご覧になった事情により、この試合は私、ジェームズ・ウォン・ブルックボンドが預らせて頂きます」
ブルックボンドといえば、確か大会の主催者の一人ではないか。一千Gの賞金を提供したスポンサー。
ブルックボンド卿!
「後日改めて、予選を行い、その上で正しい勝者を決定したいと思います」
王の言に、ブロンド美女は口を挟んだ。
「あたし達はどうなるの?」
「そうだ、我々は正しく勝ち上がって来たというのに、何もなしかね」
白髭の紳士も不満そうだ。王は彼等に頷いて、言った。
「考慮に入れましょう。詳しくは後程」
それから巽の方を向いて、小さくウィンクしてみせたのだった。