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魔王軍に勝利した多種族連盟は互いの健闘を称え合い、過去の因縁や確執を捨てて共存共栄していく道を選んだ。
かつて人族の王都であり、多種族連盟の本拠地として使われていた王都トールキオンを【共都アマツガルズ】へと改名。大戦で活躍した人族の英雄を統治者とし、意思疎通が可能であれば種族問わず定住できる新たな世界の中心となる都が誕生する。
初めは人族の都だった場所に住む事に難色を示す者も多かったが、時が経つにつれて批判的な意見は少なくなり、今やアマツガルズは数多くの種族が共存する世界最大の都市国家となった……
「ようやく大人しくなりやがったか」
共都アマツガルズの近くにあるアウトリの森でボウガンを構えた男が苛立ちながら言う。
男の前には角の生えた巨大な鹿に似た獣が横たわっている。その身体には眠り毒が塗られた矢が刺さっており、獣は口から青白い舌をだらりと下げてか細い寝息を立てていた。
「もう一本くらい毒矢を用意するべきだったんじゃないか? いい稼ぎになるんだから、ケチらずに沢山買えば良かったのによ」
「ちっ、うるせえな。眠り毒は高いんだよ。おら、さっさと運び出すぞ! ぼけっとしないで準備しろ!!」
仲間である痩せ型の男の小言に舌打ちしながら男は指示を出す。すると木陰から更に三人の男と巨大な荷車を引く亜人達が現れた。
アウトリの森周辺は狩りが禁止されている。
奇跡的に魔王軍の侵攻を受けなかった数少ない場所であると同時に珍しい動物や貴重な植物が数多く生息しており、森の奥には太古の精霊が住まう泉が存在するという。
地獄のような戦いを経験した者達にとって古の情景をそのまま残すアウトリの森は特別な場所であった。多種族連盟本拠地として使われていた王都トールキオン(現:共都アマツガルズ)の近辺にあり、王城から一望できるこの森の美しさはとって数少ない心の支えとなった。中には森そのものを神聖視し、祈りを捧げてから戦いに赴く者もいたほどだ。
故にこの森全域が【準不可侵冒険域】に指定され、森に生息する動植物は狩猟及び採集禁止となっている。例外を除いて特別な許可証が無ければ立ち入ることが出来ない聖域となっていた……
「よーし、ちゃんと縄で縛ったな。このまま荷車に乗せてずらかるぞ!」
しかし、大戦から時が経って復興が進むとそんな約定を忘れてしまう者も現れはじめた。
アウトリの森の動植物は希少性が高く、非常に高値で取引されている。フォス・ディアーと呼ばれるこの獣もそうだ。頭に生えた角、毛皮、肉、内臓、骨に到るまで余す所なく高級素材。平和に肥えた財ある者は己の欲の為に聖域の宝を欲し、それを捕らえて得られる報酬に目が眩んで密猟に手を出す者が年々増加している。
「はい、ゴブリンの皆さん頑張ってー! ほら、急いでー!」
「ギィ!」
「ギギーッ!」
「ギーッ!」
薄緑色の肌を持つ亜人、ゴブリン達が縄で縛られたフォス・ディアーを荷車まで運ぶ。
彼らは亜人種と呼ばれる種族で、多種族連盟には参加せずに魔王軍の軍門に下った者達。魔族ではないが連盟と敵対してしまった為に戦後は軽蔑される存在となってしまった。先代の咎でアマツガルズにも住めず、戦いに負けて居場所を失った彼らが生き残るには人里離れた場所に身を潜めるか、このように労働力として使役される以外になかった。
「ギ、ギーッ!」
「よーし、乗せたな! 落ちないようにしっかり固定しろ! このまま森を進んで外で待たせてる奴らの所に……」
「あのー……少し、いいですか?」
捕獲したフォス・ディアーを荷車に乗せ、いざ森を抜けて仲間と合流しようとした密猟者達の前に一人の少女が現れる。
「は?」
「え?」
「その、お尋ねしたい事があるんですけど」
「え、何だ? こんな森の中に子供……?」
「その子を、どうするつもりですか?」
その少女、アリシアは魔法杖をギュッと握りしめ、困惑する密猟者を見つめながら言う。
「あー……」
密猟者の男は腕を組んで隣で棒立ちする痩男と目を合わせる。
『怪我をしていた動物を保護した』『食材の運搬中』『襲ってきたから返り討ちにした』などパッといくつかの言い訳を考えたがどれも苦しいものだった。思考を凝らせばもっと良い返答が思いついたかもしれないが、時間が惜しい彼らは直ぐに諦めた。
「見ての通りだよ、お嬢ちゃん」
アリシアの問いかけに男は不敵に笑ってそう返した。