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今でもあの言葉が頭から離れない。


『お前は、此処で終わるんだ……! この場所で! 死に損ないの俺と一緒にな!!』


 それはもう何年も前の記憶。


 誰よりも勇敢で強くて、ほんの少しだけ鈍感な男が最後に発した言葉。


 数え切れぬ程の願いと祈りを背負いながら震える脚で立ち上がり、片方しか開かない瞳に未だ消えぬ闘志を宿し、血塗れの手で剣を握りながら。


 その男……【勇者】はそう言ってのけた。


 強大な、あまりにも強大な【魔王】と呼ばれた存在に向かって。


『────勇者様ぁぁぁっ!!』


 最後の力を振り絞り魔王に向かっていく勇者に彼女は叫んだ。


 その言葉で勇者が止まるとは思っていなかった。


 でも、叫ばずにはいられなかったのだろう。


 勇者は死を恐れていなかったが、彼女は勇者が死ぬことに耐えられなかったのだから。




 ◇◇◇◇




「……ぁ」


 共都アマツガルズに程近いアウトリの森にちょこんと建つ質素な家。そこに住む少女が寝ぼけ眼で起き上がる。


「……ああ、綺麗な空……すごくいい天気」


 暖かな春の陽気がそそぐ窓から空を見上げて呟く。


 陽の光を浴びてキラリと煌めく長い銀の髪を手櫛でとかすと、髪に隠れた長い耳がぴょこんと立ち上がった。


「……あっ、ふああああっ!?」


 しかし彼女の髪はそのままでは床に届く程に長く、ベッドから降りてすぐに自分の髪を踏んづけて転んでしまった。


「いた、いたたた……あはは、情けない……」


 いつまで経っても髪を踏んで転ぶ癖が直せない。そんな自分に苦笑いしつつ髪を結び、銀髪の少女は立ち上がる。小柄ながらたわわに実った胸が溢れる前にズレたキャミソールの肩紐をそっと直し、ふらふらとした足取りで洗面所に向かい顔を洗う。


「……おはよう、アリシア」


 顔を洗い終えた後、鏡に映る自分に挨拶して少女は洗面所を出てリビングに向かう。家の外から聞こえる小鳥の囀りに耳を傾けながらリビングに置かれたクローゼットに目をやった。


「今日は暖かいから……いつもより薄着でいいかな」


 するとクローゼットはひとりでに開き、ハンガーにかけられたままの衣服がふわふわと宙に浮く。


「そうそう、それそれ……」


 アリシアがニコッと笑って手招きすると、衣服はハンガーごと凄まじいスピードで飛んでくる。


「はぅああっ!?」 


 身の危険を感じたアリシアが慌てて身をかがめると、飛んできた衣服が思い切り壁に突き刺さった。


「……うーん、うん。今日も絶好調ね……」


 少しドジで迂闊なところがある彼女だが、かつては【勇者隊】という最精鋭集団に選ばれるほど優秀な魔法使いだったという。



 この世界には人間と呼ばれる種族をはじめ、エルフ、妖精、獣人など数多の種族が存在している。


 各々の文化や外見の差異から争いが絶えず、互いに歩み寄れないまま突如出現した【魔王】によって滅亡の危機に瀕した。


 魔王、そしてその配下である魔族の軍勢は種族の区別無く全てを屈服させた。魔王の暴威を前に彼らは【多種族連盟】を結成し、有史以来初めてその力を合わせて戦った。


 魔王大戦。魔王の出現と際限なき侵略行為を発端とする世界規模の戦いを人々は後にそう呼んだ。


 多種族連盟と魔王軍の戦いは熾烈を極めた。数も力も勝る魔王軍に連盟は奮闘虚しく追い詰められていくが、魔王と同じように突如現れた謎の青年によって戦況は一気に覆される。

 いつしか人々はその青年を【勇者】と呼び、魔王に唯一対抗し得る彼を筆頭として多種族の精鋭達で構成された勇者隊が結成。獅子奮迅の活躍で魔王軍を打ち破っていく。


 そして長く苦しい戦いの果て、数多の犠牲を越えてついに魔王は斃された。


 だが、その勝利は勇者の命と引き換えにしたものだった……



「ふぅ、ご馳走さまでした」


 アリシアは魔王を討った勇者隊のメンバーだ。


 可憐で美しい姿に見合わず地獄のような大戦を生き残った半妖精(ハーフリング)族の勇士。戦いが終わった後、勇者隊は解散してメンバー達は新たな人生を歩んでいる。

 彼女もそうだ。世界を救った英雄の一人でありながら故郷に戻らず、都ではなく森で静かに慎ましく暮らす事を選んだ。


「さて、と……」


 朝食を終えたアリシアは食器を片付けて出掛ける準備をする。


 長い髪を結び、服装を整え、季節外れな青いロングマフラーを巻いて、壁に立て掛けた傷だらけの魔法杖を手に取り彼女は笑顔で家を出た。


 終戦直後のアリシアは多くの仲間を失った悲しみから見る影もないほど錯乱し、身も心も憔悴しきっていた。


 しかし生き残った仲間達の励ましもあって徐々に落ち着きを取り戻し、戦後二十年が経過した今では以前よりも明るい性格になった。かつての彼女を知る者達がまるで別人のようだと驚くほどに。


「今日も良い日になりますように」


 そう呟くアリシアの表情はとても清々しく、悲しみを乗り越えた彼女の青い瞳は今日も宝石のように煌めいていた。



挿絵(By みてみん)

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