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2 泥棒を捕まえろ!

祈りが届いて深夜の時間だけ神の力を得たエミリーは、町を困らせていたナイトウルフの群れを一晩で討伐した。町は魔物の脅威から開放されたが、新たな問題が起こる。

 ナイトウルフの討伐から5日ほど経ち、町は平穏を取り戻していました。そんな中、今日は私たちシスターの働き時、「一般開放日」がやってきました。


 私たちの教会では週に1度、一般の方向けに教会を開放して祈りを捧げることができる日を設けています。

祈りを捧げる他にも、生活困窮者への食料配布やお悩み相談なんかも手広く行っています。そうした諸々を一括して行う日が一般開放日なのです。


 今回の開放日ですが、いつもより多くのお悩み相談者が訪れました。お悩みに関しては、普段マリエラが一人で対応していますが、今回は人手が足りず私も駆り出されました。


相談は祭壇のある広間の隣の小部屋でお話を聞きます。最初に訪れたのは、中年の夫婦でした。

「教会までお越しいただきありがとうございます。本日はいかがなさいましたか」


私が話を切り出すと、男性がげっそりとした表情で言いました。

「ついにうちも被害に遭っちまいました。しばらくお金に困る生活になりそうで、食糧支援をお願いしたいんです」


「被害とは? 具体的にどのような事でしょうか」


「あぁ、泥棒だよ。ここ数日毎日起きてるんだ」

夫婦によると、ここ数日泥棒による事件が頻発しているということでした。


「警察の方は対応してくださっているのでしょうか?」


「警察は連日の魔物襲来の対応で、ほとんどの人が首都のガラバンに派遣されているからな。こんな田舎町だと、よっぽど重大な事件じゃない限り自警団に任せっぱなしさ」

私たちの住む国、ザルクールは全国的に魔物の被害が急増しています。特に首都のガラバンは相次ぐ襲撃に

手を焼いていると聞きます。


「そうですね。首都が大変な状況で、この田舎町であるアデムの泥棒なんて相手にされないですよね」

魔物の襲撃はこういった所にも影を落としているのですね。

 その後食料支援の手続きを行い、相談を終えました。その後、相談をしてきた人も同様の内容でした。



 いくつかの相談が終わり、小部屋から広間に戻ると体格のいい男が私に声をかけてきました。

「ねえお嬢ちゃん。ちょっと話があんだけど」


「はい、相談でしょうか?」


「ああ、相談? 違う違う」

そう言って男はニヤニヤしながら広間に聞こえる声でさらに言いました。

「お嬢ちゃん、あんた確か無能力者だったよな? お前みたいな穀潰しが盗みに入ってるんじゃないか?」


「いえ、私は」

全身が粟立つ。否定したいのに言葉に詰まってしまう。息がうまく吸えない。


俯く私に向かって男はさらに続ける。

「冗談だよ、冗談。そもそも無能力じゃ盗む前に捕まっちまうだろうしな!」

下品な笑い声が響き渡る。


「失礼いたします。教会は神々に祈りを捧げる場です。他の方の迷惑になりますのでお引取り願います」

騒ぎを聞きつけて駆けつけたマリエラが、新緑の瞳で男を見据える。


「なんだよ、軽い冗談だろ。言われなくてもこんな辛気臭い場所、二度とこねーよ」

男はそう言ってドカドカと足音を立てて教会を後にしました。


「エミリー、大丈夫ですか。今日はもう休んでいいですよ」

マリエラが心配そうに私を見る。ここ数年で大分少なくなったものの、無能力者への差別的発言や態度はどうしても残っています。


「いえ、もう大丈夫です。それに今の言葉に負けて休んだら、それこそ負けです」

そうです。ここで悪意に負けたら私は無能力者が何もできない存在だと認めることになってしまいます。


その後私は、いつもより気合いを入れて祈りに臨みました。




 「貴女いつにもまして真剣に祈ってるじゃない。ご苦労ご苦労」

ナイトウルフ討伐のあの夜以降、メディアラ様は毎晩のように私のところへ来るようになっていました。


しっかりと祈りを終えてから、彼女に話を持ちかけます。

「私、皆を困らせている泥棒を捕まえようと思います」


「泥棒。ああ、最近妙に深夜に動いてる人がいるとは思ってたけどそういう事だったのね」

深夜に行われていることなので、彼女もあらかたの事情は知っているようでした。


「はい、困っている方々のため、すぐに捕まえたいと思っています」


「へえ、魔物退治の次は対人戦ね。面白いじゃない」

彼女は月色の眼を輝かせている。


「ええと、私はなるべく戦わないで捕まえられたらと思っています」

この前みたいにやったらすぐに人を殺しかねない気がします……


「なんだ、残念。こうスカッとやっつけちゃえばいいのに〜」


「神様が物騒なことを言わないでください!」



 冗談だと私の反論を受け流した彼女は、その後私のことをまじまじと見て尋ねてきました。

「この前のナイトウルフ討伐の時も思ったけど、その修道服動きづらくない?」


「確かに動きづらいです。でも私は12歳からずっと修道院で暮らしていたので、今はパジャマとこの修道服くらいしか持っていません」


「あ、そうなの。じゃあ特別に私がドレスをプレゼントしてあげるわ」

そう言うと、彼女は光を右手にまとわせ私に触れました。



 すると私の体は光に包まれ、いつの間にか私は黒いショート丈のドレス姿になっていました。

色こそ同じ黒でしたが、今まで着ていたロングスカートで長袖の修道服とは違い、首元の詰まった五分袖で膝上のドレスでした。それにしてもこの服、デコルテにから腕にかけてレースで透けていて恥ずかしいです。


「どう? かわいいでしょ?」

彼女はとても得意気です。


「かわいいですけど、シスターである私がこんなドレス、バチあたりじゃ」


「ちゃんと隠れるところは隠れてるから平気よ。それに神様があげたんだからバチあたりも何もないわよ」

確かに当の神様がくれたものですもんね。バチの当たりようがないですね。


しかし丈が膝上のワンピースなんて履いたことがありません。

「空を飛んだり戦ったりしていたら、この丈だとその、見えてしまうのではないでしょうか」

とても心配です。見たがる人はいないと思いますが。


「大丈夫よ、なぜなら」

そう言った次の瞬間、彼女は私のスカートを思いっきりめくりあげました。


「な、何するんですか! 神様とあろう人が!!」


「いやいや、ちゃんとペチコートも付いてるよって教えてあげたかったの。見てみ?」


そう言われて自分のスカートの中を見てみると、確かにレースのあしらわれたペチコートを履いていました。

「それなら、いきなりめくらないで言葉で伝えてください!!」


「あー、ごめんごめん。でも貴女の恥ずかしがるところ、ちょっと見たいな〜なんて思っちゃて?」

両手を合わせて「ごめんね」という彼女でしたが、私はここまで心のこもっていない謝罪は初めてです……



 その後、泥棒を捕まえるため、メディアラ様からもらった勝負服を着て私たちは教会から飛び立ちました。


「今日は貴女に魔法の応用方法を教えてあげるわ」

町を一望できる上空まで上がった後、メディアラ様が言いました。


「応用、ですか。それはワクワクします!」

新しい魔法ですかね? ウェルカムです!


「でしょう? 今回は何か探しものをする時に使うといいわ」

そう言って彼女は、手の平に小さなカラスを出しました。


「まあ動物はなんだっていいんだけど」

彼女はそう言いながら、カラスを町に向かって放しました。


「何をしたんですか?」

カラスが犯人を勝手に捕まえてきてくれるのでしょうか。ちょっと想像がつきません。


しばらくするとカラスは戻ってきて、今度は私の手に止まりました。


「さあ、カラスの頭に触れてみて」


彼女に言われた通りカラスの頭に触れると、カラスが飛んで見てきた景色が脳内に流れ込んできました。

「すごい…… カラスの見てたものが頭に流れ込んでくる」


「それが視覚の共有よ。こういうときは便利だから覚えておくといいかもね」



 私はその後、カラスを4匹生成して、町に飛ばして情報を集めました。

「北、異常なし。南も大丈夫、東は…… あ!怪しいマントの男を見つけました!」

たった10分足らずで街中を探索できたよ。魔法の力って本当にすごいです。


「獲物発見ね。全速力で向かいましょう」


「はい!カラスによると東の集合住宅3階に侵入しています」

おそらく、情報のラグから考えると今まさに盗んでいる最中だと思います。



 集合住宅の3階エリアに到着すると、マントの男が辺りを用心深く伺いながら逃げようとする姿を発見しました。踊り場から逃さないよう、すぐに私は男の前を塞ぎ退路を絶ちました。


「待ちなさい! あなたが連続窃盗犯ですね。盗んだものを返してもらいます。私は自警団じゃないけど、困っている人のためにも逃しません!」


「綺麗事ばかり言いやがって! エスケード!」

私の言葉を聞いた男は怒りを顕にしてそう叫び、目の前から姿を消しました。


「消えた!」

先ほどまで目の前にいたのに忽然と姿を消してしまいました。


「空間転移の魔法よ。近距離の単純移動しかできないからまだ近くにいるわ」

メディアラ様が冷静に分析する。


漆黒の翼を広げて空から見ると、住宅の屋根伝いに逃げている犯人を見つけました。



 「一気に捕らえます!」

相手を捕まえる縄をイメージして犯人に向かって投げる。


縄を飛ばした瞬間、男がこちらを振り返り、大声で叫ぶ。

「丸分かりなんだよ。バーカ! エスケード!」


転移魔法でまた逃げられました。


「彼、やはり魔力の感知が得意ね。自分に飛んでくる魔力を瞬時に読んで躱したわ」


「なかなか厄介ですね。あ、でもあの魔法はある程度の距離しか移動できないんですよね?」


「ええ。でも貴女何する気?」

彼女は興味津々といった様子で私に聞く。


「いいことを思いつきました」

これは我ながら名案が思いついたかもしれないです。



 ーーイメージ。イメージ

逃げ回る犯人を確実に捉える縄。いえ、網を。


すると上空に巨大な網が浮かび上がる。


「なるほど、巨大な網ね。まあ確かにこれなら居場所は関係ないわね。派手だけど」

メディアラ様が楽しそうに呟く。


網はこの住宅地一体を覆うほどの大きさになりました。


「これならどこにいても関係ありません。さあお縄につきなさい!」

私が手を振り下ろすと同時に、巨大な網が地上に振り降りた。

辺り一帯を一瞬で網が包む。



 網の中を探すと、すぐに男を発見しました。

「こんな魔法卑怯だぞ!」

男は泣きそうな声で私に言います。


「卑怯なのは夜中に盗みを働くあなたです」

私は網の魔法を解き、彼を魔法の縄で再度縛り拘束しました。


「とりあえず、素顔を見させていただきますね」

マントのフードを取りました。すると犯人は未成年の少年でした。


「あなた、まだ未成年ですか? どうしてこんな盗みを」

「お前みたいな能力者には分からねえよ」


「あなたも能力者ですよね。分からないとは……」


「姉ちゃんが無能力者なんだよ!!」


「この前12歳の誕生日を迎えて、検査をしたら無能力が、分かって……」

彼は言葉につまりながら続ける。


「それから、近所の人たちから露骨に距離を置かれるようになって。親まで無関心になっていったんだ。姉ちゃん、元々病気がちなのに」


「そんな……」

無能力者への風当たりは強い。それは私も身をもって体験してきた。


「体が弱いのに、無能力者の働き口は奴隷のような低賃金の肉体労働や水商売、あとは身売りくらいだって言われて。姉ちゃんにそんなところ行ってほしくない。だったら自分で姉ちゃんが働かなくても暮らしていけるようにしようって」


「……あなたは、本当にお姉さんが大好きなんですね」

無能力者の烙印を押されると、この世界は本当に見る目を変えてきます。きっと教会に来た男が私に言ったような罵声を浴びながら、日々悩んでいたのだろう。


「うっ、そんな。そんなごど……」

彼の境遇を考えると涙が止まりません。


「なんでお前が泣いてんだよ」

「だっで、そんなひどいごどが……」


「やめろよ。こっちまでまた悲しくなるじゃないか」

その後、私と男の子は二人して大泣きしました。



 お互いひとしきり泣いたあと、私は彼に提案をしてみました。

「町の教会に相談してみたらどうでしょう。表向きに公表しているわけではありませんが、無能力の方は教会の保護対象なので、きっと受け入れてもらえると思います」


「でも、未成年だと親の許可がいるんじゃ」

カノルと名乗る男の子は心配そうに尋ねる。


「能力検査を受けた後は、基本的に労働の自由が認められています。保護といっても教会に泊まり込みで働くという建前になるので大丈夫だと思います。まあ、まだまだ差別偏見を受けることはあるかもしれませんが」

私が教会に駆け込んだ時に教えてもらった知識がこんな時に役立つとは。


「なら教会に相談してみます。でもお姉さん、なんでそんな教会に詳しいの?」

カノルが不思議そうに私へ尋ねる。


「ええと……それは、私も知り合いに無能力の方がいるので、それで知りました」

我ながら嘘が下手です。


「ふうん。でもおかげでいいことが知れたよ。ありがとうございます」


「ということで、盗んだものはちゃんと返すのよ」


「分かりました。あの、やっぱり俺、捕まるんですかね」

カノルは不安そうな表情で尋ねる。


「私は警察じゃないので、逮捕する権利はありません。しっかり盗んだものを返してくれるならそれで大丈夫です」

この子は今まで相談する相手すらいない中で一人頑張っていたんだ。悪いのはこの子じゃないと私は思う。


「あ、あとひとつだけ条件があります。私のことを誰にも口外しないこと。これを破ったら、どうなるか分かりますね、カノル君?」

慣れない脅し文句を言ってみました。しかし先ほどの魔法を見ているからか、素直に怖がって了承してくれました。



 その後私は部屋に帰り、吸い込まれるようにベッドに入りました。

教会の一般開放から始まった長い1日。男から受けた罵倒やカノル君の苦悩を思い出す。


 無能力者への差別がなくなれば、カノル君も私も、いえ世界中の無能力の方々も生きやすいのにな。

魔物も差別もなくなればいいのに。私、どっちもなくせないかな。


そんなことを思いながら、いつの間にか私は深い眠りについていました。



 次の日、町の中央広場には今まで盗まれた品々が全て置かれていたそうです。

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