ドラゴンの王(2)
「ハァハァはぁ……おまたせしました! megazonでーす。コチラニ受け取りのサインをお願いいたします」
先ほどの女性配達員がママチャリに乗って現れたのだ。
優子は先ほど同様サインをすると勝手にママチャリの前カゴに入ったガスマスクをさっと頭からかぶった。
少々ぶかい。
――男用だったのか……
しかし、そんなことにかまっている余裕は今はない!
左手で顔に強く押し付ける。
これなら何とかなりそうだ。
そして、カゴの中に残った毒ガススプレーを手に取ると急いでドラゴンのもとへと駆け戻ったのである。
「それじゃ、またよろしくお願いしますね」
またもや女性配達員は激しい土埃を立てながら自転車を爆走させて帰っていった。
一方、ドラゴンの顔の前でうんこ座りをした優子はゴツゴツした鼻にめがけてスプレーを噴霧した。
しかし、ドラゴンの鼻から吹き出される鼻息は想像以上に強かった。
それもそのはず、鼻の孔でさえ卵一個分ほどの大きさがあるのだ。
噴き出される鼻息で毒の霧が押し返されると、優子の視界が白く煙って見えなくなった。
あってよかったガスマスク!
いやいや、これでは意味がない。
気を取り戻した優子はスプレーのノズルをドラゴンの鼻の中に突っ込んだ。
そして、ありったけの力を込めてノズルを押し続ける。
ぷしゅーーーーーーーーーー……プス
遂にスプレーは、すかしっぺのような音を立てて沈黙した。
へーくしょン!
ドラゴンの鼻からクシャミと共に鼻水が飛び出した。
ピシャリ!
ガスマスクをかぶった優子の顔面にへばりつく鼻水。
垂れおちる鼻水と共にスプレー缶も落ちていく。
力ない優子の瞳に足元に転がるスプレー缶の文字が写った。
『ゴキブリ専用。それ以外には使用しないでください』
――ははは
ドラゴンの吹き出す鼻息でスプレー缶が乾いた音を立てながら転がっていった。
――負けた……
体の力が抜けた優子は膝まづいた。
鼻水が垂れ落ちるガスマスクを力なく外しうつむいた。
――また、死ぬのか……今度はもう生き返ることができないっていうのに……
優子の目から自然と涙がこぼれ落ちていく。