婚約者が真実の愛を見つけたらしい
その日、私は、婚約者に呼び出された。
最近、私の婚約者から、余り良いうわさを聞かない。
有力者の子息たちが入れ込んでいるつい最近まで平民だったという男爵の令嬢と二人きりのお茶会をしたとか、人気の劇を見に行ったとか。
楽しい話を聞かせてもらえる気がしない。
憂鬱な気持ちで私は婚約者である王太子の指定した場所、城の庭園にたどり着いた。
庭園には、すでに王太子と、その側近がいた。
いつも通りのあいさつを交わし、着席。私と王太子が向き合うように座り、王太子の側近は、王太子の後で直立している。
「急な呼び出しをしてすまなかったな。本当は、私の方から出向きたかったのだが、コレが君の方を呼び出せと、うるさくて仕方なくな。
だが、どうしても、早く伝えたいことができたのだ」
お茶が出されるよりも早く、王太子は身を乗り出して話し始めた。
「私は“真実の愛”を見つけたのだ。だから、君に言いたいことがある」
“真実の愛”流行りの小説で使われている言葉。
身分差のある男女が様々な障害を乗り越えた先で誓い合う台詞に出てくる言葉。
王太子が見つけたという真実の愛の相手は、男爵令嬢のことか、伯爵令嬢のことか…
王太子の後ろに控える側近が、私を見下すようにニヤリと嗤った。なるほど、婚約破棄ということなのだろう。
王太子の婚約者として、必死に頑張ってきた…
愛はなくても信頼関係は、あったと思っていたのに……
これまでの日々は無駄だったと思うと、泣きたくなる。だけど、私を裏切ったこの人達の前で泣くのは負けを認めたようで絶対に嫌だ。私は、涙をこらえて王太子を見据える。
「君こそが、私の“真実の愛”の相手なのだと、わかったんだ!!」
「イダああっ!?」
「…は?」
勢いよく、椅子から立ち上がり、拳をぐっと握りしめて、眩しいまでの笑顔で宣言した王太子に、私は何と言って良いのかわからなかった。
それよりも、勢いよく、席を立ったせいで、後にいた側近の脛に椅子が直撃して足を押さえてもだえ苦しんでいる側近の方が心配だ。
だが、王太子は、自分の側近の状態など、一切気にせず、椅子に座りなおし、いつの間にか置かれていた紅茶を優雅に一口口に含む。ちらりと横を見ると、いつの間にか現れたナイスミドルな執事が、ティーポットを持って立っていた。
凄く絵になる姿だけれども、後で、涙目で足を押さえて蹲っている側近がすべてを台無しにしている。
「お、王太子殿下……殿下の、“真実の愛”の相手は、マーシャ嬢のはず! この場で婚約破棄を行うために、その者を呼び出したのではないのですか!?」
足を押さえながらも、側近が王太子に意見する。その言葉に王太子は、再び勢い良く立ち上がった。
「あがっ!?」
今度は蹲っていた為、椅子の背もたれが側近の額に直撃してひっくり返った。
「馬鹿を言うな。何故、私が彼女との婚約を破棄せねばならない? これほど、私に合った素晴らしい女性は二人といない。
彼女との婚約を決めてくださった陛下には感謝しかない」
先ほどまで泣きそうで、ここから早く出ていきたかったけれど、今は恥ずかしくてここから飛び出していきたい。
「ですが、殿下。殿下はマーシャ嬢と何度もお茶会を楽しまれていらっしゃったではないですか!」
起き上がった額が真っ赤になっている側近の言葉に、王太子は心の底から意味が分からんと言いたげに首を傾げた。
「何度もではない。私が男爵令嬢とお茶会をしたのは二回だけだ。それもお前と共にな」
そう言った王太子はハッとした顔をして、私の方を振り返った。
「すまない、婚約者がいる身で、他の女性とお茶会などした私の言い訳を聞いてくれないか?」
「え? あ、はい、どうぞ」
私がうなずくと、王太子は椅子に腰かけて語り出した。
「私の周囲の者たちが、君はつまらない女で、そんな女と婚約している私が哀れだと、言ってきたのだ。私自身は、君に対して何の不満もなかったのだが、周囲の声があまりにもうるさくて、ならば、お前たちの言う素晴らしい女性とやらとの会話の機会を用意しろと言ってしまったのだ。
そしたら、先に名前が出ていた男爵令嬢とお茶会をすることになった。さっきも言ったが、二人きりではないからな!
で、お茶会をしたのだが、違和感を覚えて、もう一度、場を用意させたのだ。そこで理解した。
私は、コレらが言う素晴らしい女性とは話が合わんとな。
君との会話では、私の知らない知識が出てきたりして、とても楽しかったのだが、男爵令嬢は何を話しても「まぁ、すごいですぅ」とか「そうなのですかぁ」ばかりで、まったくもってつまらなかった」
王太子、話を分かりやすくするためなのでしょうが、裏声まで使って男爵令嬢の声真似はしなくてもいいんですよ? 正直言って、すごくいい声だな、殿下って俳優としてでも生きていけるんじゃないかなって思いました。
「君も知っての通り、私は一度気になりだしたら、調べないと納得できないタチだ。だから、今回のお茶会が相手に合わなかっただけかもしれないと思い、令嬢も好きだという劇にも行ってみたんだ。あ、言うまでもないかもしれないが、二人きりではないからな。馬車からして別々にしたし、席も適切な距離を保っていたからな。
で、劇を見た後に感想を話し合ったのだが、今流行の劇はキミも一緒に行ったことがあるから内容を覚えているな? 君は、あの劇に対してどんな感想を覚えた?」
急に話を振られて、びっくりしたが、それを内に抑え込んで、答える。
「やはり、史実をもとにアレンジをきかせつつ、それでいて時代背景を蔑ろにしていない素晴らしい作品だと思います。深く語れと言われれば、もっと話せますが、大雑把な感想はこれですね」
「そうだよなぁ、私もそういう感想だったし、見終わった後、書庫に籠ってその当時の文献を読み漁ってしまったぞ。
そういう感想を期待していたのだが、一緒に観た令嬢の感想は、あの俳優がよかったとか、そんなのばかりで、劇の内容よりも俳優重視。それが悪いとは言わないが、やはり、私とは話が合わないと感じた。
キミと会話して、そんなことを悩んだことがあっただろうか? 否! 君との会話でそんな思いをしたことなど、一度たりともない! そこでふと、昔たまたま読んだ小説に書かれていた言葉が頭の中によぎったのだ。
“人には必ず、パズルのピースのようにかっちりとハマる相手がいる”
私にとってのそれが、君なのだと理解した時、最近はやりの小説での“真実の愛”=“ピースのようにかっちりとハマる相手”という公式が頭に浮かび、浮かぶと同時に、君に会ってこの溢れ出す気持ちをすべて伝えて、改めて私の婚約者になってほしいとお願いしようと思ったのだ!」
「ッ! うわあっ!? ギャン!!」
王太子が、席から立ち上がった。三度目にならない為、即座に下がって距離を取った側近だったけれど、下がりすぎて、段差で足を踏み外して、芝生にひっくり返った。背中から思いっきり落ちてすごく痛そうだ。
そんな側近に目もくれず、王太子は私のそばで片膝を突くと私の手を取った。
「生涯、君と、君との子だけを愛すると誓う。私の婚約者に、私の妻になってください」
もう、王太子の顔がまともに見られません。
本当に恥ずかしい。こんなこと、堂々と面向かって言えちゃう王太子に、私ができたことは、「これからも宜しくお願い致します」と声が震えないように、噛まないように細心の注意を払ってバカみたくか細い声で言うことだけだった。
「ああ、よろしく!」と元気よく答え、私の手に唇を落とすと、席へと戻り、いつの間にか置かれていたお茶請けのケーキをバクッと王太子は口にした。ちらりと横を見ると、いつの間にかナイスミドルな執事がケーキを持って立っていた。
ちらっと芝で汚れた側近に視線を向けると、どうしようって顔でどこかを見ていた。その視線の先をたどると、茫然とした顔をしている出待ちしていたのであろう男爵令嬢がいた。
え? どうするの?
側近の様子に気が付いていない王太子は、そう言えばと、話を始めた。
男爵令嬢のことは、側近が何とかするのだろうと、考えるのを止め、私はお茶とケーキと王太子との会話に集中することにした。
考想3分、制作3時間(食事休憩込み)。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。