ハンバーグ
「えお、あへあはおほっへあんえふえお」
「とりあえず、口の中のものを飲み込んでから喋るようにしましょうね」
レストラン『鉄板亭・ストーンデール店』のテーブル席。
そこで、向かい合った状態でひとまず昼食の流れになった。チェリルは悩みに悩みに悩みに悩んで、結果的に『特選デミグラスハンバーグセット』に落ち着いた。僕は特に拘りもなかったため、普通の『ランチハンバーグセット』である。
そして嬉しそうにまだかなまだかなと連呼し、服に散らないようにとナプキンを掛けて、ひたすらにハンバーグがやってくるのを待っていた。
ようやく注文通りの品が揃い、一口囓り「うまままままぁぁぁ!!」と嬉しそうに叫んで、それなりに食事が進んでからの上記発言である。
リスのように口の中に食事を詰め込んで、まともに喋れるはずがない。
「んんっ……ぷはっ」
「はい水」
「ごきゅごきゅ……ぷはー。美味しいですね!」
「そうですね」
ちなみに僕の方は、もう食べ終わっている。
女性客が恐らくメインターゲットなのだろう。ランチセットは、男の僕には少々物足りない程度の量だった。逆に特選ハンバーグの方は、値段が高い分だけ大きなハンバーグだった。チェリルの小さい体に入るのかと思っていたけれど、既に八割程度はその胃におさまっている。
「それで、何ですか?」
「もぐもぐ……あ、あえはあほおっへいはんえふえお」
「僕は何度同じ言葉を言えばいいんですか」
溜息を吐くのを、どうにか堪える。
僕に向けて何かを言おうとして、しかし口の中に物があるからまともに喋ることができず、飲み込んで水を飲んだら忘れて、再び口の中にハンバーグを運ぶ。その繰り返しである。
何か言いたいのなら、まず言ってからハンバーグを口に運んでほしい。
「まぁ、会話は食事が終わってからでいいでしょう。とりあえず、食べることに集中してください」
「ごちそうさまでした!」
「……最後の一口だったんですね」
よく見れば、目の前の皿は全て空になっている。
割と僕でも厳しいくらいの量が乗っていたというのに、よくこんな小さい体に入るものだ。
そして、これで食事は終わったということで、ようやく話が聞ける。
「それで、何を言おうとしていたんですか?」
「ごきゅごきゅ……ん、んんんんんんん」
「せめてオレンジジュースは飲み込んでから喋ってくださいよ」
「ごっくん……ぷはっ」
これでようやく話が聞ける。
どれだけ無駄な時間を過ごしてきたのだろう。頭が痛くなってくる。
「ええとですね、ゼノさん。前からというか、昨日から思っていたんですけど」
「ええ」
「ゼノさん、腕の模様って何なんですか?」
「普通それ、昨日聞きません?」
はぁぁぁ、と溜息が漏れる。
大抵、出会った人には注目されるのが僕の腕――絡みついた蛇のような、幾何学的な模様だ。手の甲にまで入っているから、長袖でも隠しきれないのである。そこで逆に、ただの刺青に見えるようにと腕だけは肘から先を晒しているのだ。
大陸でも五指に入るような凄腕の魔術師や、数百年生きているエルフくらいしか、僕のこれが呪いだと気付く者はいないだろう。チェリルにも分からないということは、勇者にもこの模様を呪いだと思われないということだ。
だから、僕はそれっぽい言い訳をするだけである。
「僕の故郷は、田舎でしてね。古い神事がまだ残っているんですよ。それで、成人した者は体にこの模様を刻むことが、神事として強要されているんです」
「へぇー、そうなんですか。入れ墨ってやつですか?」
「ええ。神事に耐えた者は、神の祝福が得られるとか云々言ってましたね」
「そういうことでしたか! わたし、ゼノさんが怖い人なのかなって思っちゃいました!」
えへへっ、と笑うチェリル。
確かに腕への刺青というのは、アウトローな冒険者が好んで彫ったりするものだ。あまり、市井の民間人は目にしないものである。
まぁ僕も、人避けも兼ねて晒している、というのも一つの理由ではあったりする。
「若い人では、こういう彫り物に憧れる人もいるでしょうね。残念ながら、僕は逆です。消せるものなら消したいくらいですよ」
「でも、ゼノさんにはよく似合っていますよ!」
「そうですか?」
肩をすくめるだけで、特に答えずにおく。
消せるものなら消したい。それは、僕の紛うことなき本音だ。
ただ、そのきらきらとした瞳でこちらを見てくるのは、少々いただけないが。
「わたしも何か彫りましょうか……?」
「やめてください。若い女の子が、わざわざ自分の体を傷つけることはありません」
「でも、おそろいだと格好良くないですか?」
「僕と一生一緒にいるつもりですか? そもそも、旧貴族家のお嬢様が刺青なんか入れたら、帰ったときにお父さんが驚いて倒れますよ」
刺青を彫ったチェリルを想像してみる。
あまり似合わない。というか、物凄く背伸びしている印象しか感じない。
そもそも、子供であることだし――。
「それに、チェリルさんはまだ成長するでしょう。刺青は成長前の体に彫ってしまうと、成長した後で変な模様になってしまいますよ。大人になって、それでもまだ刺青が彫りたいと思ったのなら、自己責任でどうぞ」
チェリルの見た目から考えると、まだ成長期には突入していないだろう。
ずずっ、と熱いコーヒーを啜りながら、僕がそう助言すると。
何故かチェリルは、むすっ、と頬を膨らませていた。
「ゼノさん」
「……はい?」
「もしかして、わたしのこと子供だと思ってません?」
「思ってますよ」
恐らく、僕の見立てでは十一歳。それは、十分に子供と呼べる年齢だろう。
むしろ、これで成年だと言われたら――。
「わたし、十五歳です! 成人しています!」
「……へ?」
「もう、立派なレディなのですよ!」
「……え」
背は低いし、出るところは出ていない。どう考えても一人では生きていけない、庇護しなければならない対象だと誰もが思うだろう。そもそも大人は、ローレンス洞窟であんなにも転ばないと思う。驚いても「ぴゃあ!」とは誰も言わない。
だというのに。
既に、十五歳――。
「……それは、失礼しました。僕は、てっきり十一歳くらいなのかと」
「もう! ちょっと子供っぽいって言われますけど、ちゃんと大人なんですからね!」
「ちょっと?」
「ちょっとです!」
ちょっとどころじゃなく、子供なのだが。
まぁ、これ以上言ったところで、チェリルの不機嫌が加速するだけだ。これ以上は何も言うまい。
ただ、僕が昨日門兵に渡した通行料が、大人一人と子供一人の料金だったことは黙っておこう。門兵も何も言わなかったし。
「もー……えっと、それで、ゼノさんはおいくつなんですか?」
「ああ、僕は二十六です」
「えっ! 思ってたより若い!」
「それ、かなり失礼な発言ですからね」
一応、そう突っ込んでおく。
まぁ、チェリルのその言葉は、かなり正鵠を射ているのだけれど。
何せ、僕の年齢。
下二桁は確か二十六だった気がするから、そう言っただけである。