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僕の秘密

「……ここ、ですか?」


「はい。お風呂がありますよー」


 チェリルに連れられて、やってきた宿。

 門から割と近くの宿をとってきたのだと、それは思っていた。随分と戻ってくるのも早かったことだし、風呂に入るとか言っていたし、それなりに良い宿をとったのだろうと、そう思っていた。

 だけれど、そんな僕の予想の遥か斜め上をいくのが、チェリルだ。

 何せ、今僕の目の前には――。


「嘘、でしょう……」


 ストーンデール最高級三つ星ホテル、『ロイヤル・ストーンデール』の看板があるのだから。

 最も安い部屋で、一泊あたり金貨一枚。

 これが一般労働者の月の収入が銀貨七十枚程度であり、銀貨百枚で金貨一枚という計算になるこの大陸の貨幣制度において、どれほどの高額であるか分かっているのだろうか。普通の風呂つきの宿ならば、安いところなら銀貨十枚あれば一泊できるというのに。それでも高いけれど。

 少なくとも、これは旅行に来ている貴族とか、大商人とか、そういう連中が使う宿である。


「ささ、入りましょう!」


「いや、どうしてこんなに高い宿を選んだんですか……」


「えっ!?」


「むしろ、チェリルさんはそんなにお金を持っているんですか……?」


「あ、はい! お父様から、旅立つにあたって金貨二十枚をいただきましたから!」


「……あまり、大きな声で言わないようにお願いします」


 金貨二十枚。それは、途轍もない大金である。

 それを、こんなか弱そうな女の子が持っているのだ。あまり大きな声で言うと、妙な輩に目をつけられるかもしれない。

 何故、これほど高い宿をわざわざ選択したのだろう。


「ええと……ゼノさん。わたし、泊まるときにはちゃんとしたホテルに泊まるように、ってお父様から言われてて……」


「あー……そういえば何気にお嬢様でしたね」


「ストーンデールなら、必ずこの宿に泊まるようにと」


「……そういうことでしたか」


 はぁぁぁ、と溜息が漏れる。

 とりあえず、もう予約をしてしまった以上、下手にキャンセルするわけにもいくまい。痛すぎる授業料ではあるけれど、どうにか僕も泊まれないことはない。

 お金は貴重だから、あまり手をつけたくなかったのだが。


「ただ、チェリルさん。先に言っておきますけど」


「はい?」


「今後は、野宿とかありますからね。基本は徒歩での移動になりますから」


「えぇっ!? 宿に泊まらないのですか!?」


「……毎日宿に泊まれる冒険者がいるなら、是非見てみたいですね」


 旅というのを、どう捉えていたのだろうか。

 風呂に入れないのなんて当然だし、魔物が現れる場所なら眠ることだって覚束ない。それが、本来の冒険者の姿だ。だからこそ、交代で休憩をとるために仲間を募るのである。

 これは今後、チェリルの意識改革が必要になってくるか。


「まぁ、今日は仕方ありません。ここに泊まりましょう」


「はい……」


「僕もたまには、贅沢させてもらいましょうか……食事が美味しいことを、期待していますよ」


「あ、大丈夫です! ちゃんとお部屋に持ってきてくれるんですよ!」


 るんるん、と鼻歌を漏らしながら宿に入っていくチェリル。

 僕はその後ろを歩きながら、今後どうチェリルの金銭感覚を改善していくべきか考えていた。













「ふー……確かに、値段相応の風呂場ですね」


 大浴場。

 受付で「大浴場はストーンデールの源泉から引いているんですよ」という話を聞いて、とりあえず入っておくのがいいだろうと思い、僕はすぐに浴場へとやってきた。

 さすがに高い宿だけあって、防犯設備などはしっかりしている。安い宿だと荷物を盗まれたなどのトラブルも多くあるのだが、この『ロイヤル・ストーンデール』は各部屋に鉄製の扉と、複製不可能な鍵が備えられているのだ。

 ひとまず荷物は全部部屋の中に入れて、備え付けの寝間着だけ持ってきて、浴場へとやってきたのだが。


「ふむ……」


 一部には黄金も使われている、豪華な脱衣所。

 額縁に入って飾られている絵画の数々は、僕は知らないけれど恐らく有名な画家が描いたものなのだろう。それに加えて、美しく磨かれた巨大な一枚鏡が据え付けられている。

 僕はひとまず、鏡の前に立つ。


「……」


 何度となく見てきた、自分の見た目。

 今もそうだが僕は、全体的に体を隠す外套に身を包んでいる。さすがに腕や首は隠しようがないけれど、基本的に肌を露出しないように気をつけているのだ。

 ゆっくりと、外套を脱ぐ。大浴場ではあるが、今のところ他の客の姿はない。もし他の客が僕の体を見たら、どう思うだろうか。


「ふー……」


 鏡に映る、上半身裸の自分。

 その体に刻まれているのは、黒い幾何学的な模様である。何も知らない者が見れば、僕のこれは刺青のようにも見えるだろう。

 実際に一度、天然の温泉があったときに入った際、地元の客に見られたことがある。そのときには、「故郷では、戦士は全員入れなければならないんです」と言い訳した。とりあえず疑われはしなかったので、その場では信じてもらえたのだろうけれど。

 だが、凄腕の魔術師や数百年生きているエルフならば、僕のこの刺青が何なのか分かるはずだ。


 これは――呪いなのだから。


「入りましょうか」


 手早く服を全部脱いで、浴場に入る。

 幸い、僕の他に客はいなかった。手早く頭と体を洗い、湯気がもうもうと立つ浴槽へと入る。

 温かい湯が全身を包み込むようで、思わずほぅ、と吐息が漏れた。


「はー……」


 透き通った湯の中から見える、伸ばした自分の足。

 そこにも、絡みついた蛇のように、体に纏わり付く蔦のように――そう見える紋様が刻まれているが唯一、左足の大腿部の一部だけ、描かれていない。

 昨日までは、間違いなくそこにも刻まれていたはずなのに。


「……呪いは一つ、解除されたってことですか。これから全部、ちゃんと解除していかないと。そのためにも、チェリルさんは絶対に必要になりますね」


 独りごちながら、僕は今後のことを考える。

 チェリルにどれほど迷惑をかけられようと、彼女を見捨てるつもりはない。僕の目的のためには、チェリルが必要なのだ。

 自分ではどうしようもできない、この呪いを解除するために。


 僕は、チェリルに嘘を吐いている。

 田舎から出てきた聖剣に興味のある魔法使い――それは、全部嘘だ。僕はどうにか、聖剣を抜く方法を模索し続けてきた。

 この世界に存在する、二十七本――現在は二十六本の聖剣。

 それを、抜くための方法を。

 僕の体に刻まれている、二十七の――現在は二十六の刻印。

 それを、消し去るための方法を。


「チェリルさん……」


 勇者の聖剣が刺さっているのは、魔王に対する封印のため。

 魔王へと力を送る『魔脈』を、聖剣によって封じることで、その力の一つ一つを封じる。代を重ねた勇者たちによって刺された聖剣により、魔王は力を封じられているのだ。

 ここまで言えば、もう分かるだろう。


「勇者の聖剣、全部抜いてもらいますよ」


 僕は。

 魔王と呼ばれる存在である。

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