偽情報
宿――『旅の塒』。
安宿として有名な『止まり木』は、残念ながらブリスペル国内にしかない。そのため、似たような安宿を僕は探していた。
そして、この『旅の塒』は『止まり木』とそれほど変わらない値段設定で、かつ四人部屋で寝台一つを借り受けるというシステムの宿――つまり、『止まり木』と変わらない宿だと確認している。その上で、僕の寝る場所以外の三つ――それを、それぞれ偽勇者一行が使うことになった。
「あー、飲んだ飲んだ。さっさと横になろうぜ」
「もう、ランディ! 体を拭かないと!」
「別に、明日の朝でいいだろ。急ぐ旅でもねぇし」
「それじゃ、あたしは勝手に拭かせてもらうわよ。こっち見ちゃ駄目だからね」
「だーれがお前の貧相な体に欲情するかよ」
ランディとケーナが、そう言い合いをしながらそれぞれの寝台へ向かう。
そして僕も、下手なトラブルを起こすわけにはいかないため、早めに寝台へと入って目を閉じた。覗きをしていると見られても困るし。
僕の隣の寝台――そこを、偽勇者ことシルヴィアスが使うことになった。
「今日はありがとう、ゼノさん。こうして、安全な夜を過ごせることをありがたく思う」
「いえいえ。僕としても、勇者一行と同じ部屋というのは安心できますから」
ごそごそとケーナの寝台から衣擦れの音がする。
そして当然、僕はそっちに視線を向けることなく、同じく寝台で横になっているシルヴィアスへと声を掛けた。
「そういえば、シルヴィさん。ちょっと僕も、旅の途中で噂を聞いたのですが」
「ええ……?」
「ブリスペル共和国の、クロア島をご存じですか?」
「え……? え、ええ、知っていますけど」
クロア島。
それは、ブリスペルの北東に存在する小さな島だ。大陸でも珍しい、海から入ることしかできないダンジョンが存在する島である。そして小さな島であるため漁師くらいしか住んでいない、寂れた漁港のような場所だ。
いつかはその海上ダンジョンにも、聖剣を抜きに行く予定ではあるけれど――。
「あそこには、海からしか入ることができないダンジョンがあるんですよ」
「そうなのですか?」
「ええ。それも、海上から船に乗ってダンジョンに入るので、ダンジョン内の海の中にはモンスターで溢れているんです。ですから、下手な船で行くと転覆させられるのだとか」
「なんと……!」
「僕の知る限り、このダンジョンから生きて戻った人はいないんですよ」
これは事実だ。
クロア島の海上ダンジョンは、その存在自体があまり知られていない。その上、船でないと入ることができないという悪条件も相まって、冒険者でもほとんど挑戦する者はいないのだ。そして、僅かな挑戦した冒険者で、帰ってきた者は誰一人いない。
誰も入ることのできない、難攻不落のダンジョン――それが、クロア島の海上ダンジョンである。
「じゃあ、奥に何があるのか……」
「誰も知らないんですよね。僕はあくまで噂を聞いただけなのですが……あのダンジョンは、『はじまりのダンジョン』とも呼ばれているんです。今から五百年以上前に、世界で初めて出来たダンジョンだそうですから」
「初めて出来たダンジョン……!」
シルヴィアスの声に、興奮が混じる。
ちなみに、初めて出来たダンジョンというのは嘘だ。僕が作ったダンジョンの中では、確か十番目くらいだったと思う。
だけれど、他のダンジョンが悉く冒険者によって攻略されてしまい、そのダンジョンとしての本質を失ってしまったのに比べて、クロア島の海上ダンジョンは現在まで誰一人として攻略していない。だから実質、最初のダンジョンだと言っていいだろう。
「あくまで噂ではありますけど……はじまりのダンジョンという別名があり、難易度の高い場所です。もしかすると……奥に」
「魔王が、そこにいるかもしれない……そういうことか!」
「ええ」
魔王は、現在進行形であなたの隣で寝ていますけどね。
実際には、奥に聖剣があるだけだ。あとは、もしかすると宝物があるかもしれないけど。
だから僕は、あくまで確定した情報というわけではなく、噂という形で言った。
「本当に!? じゃあ、魔王はブリスペル国内にいるって言うの!?」
「ケーナさん、とりあえず僕は寝台から出ても大丈夫ですか?」
「え、あ、うん、大丈夫。もう服着たから」
「はい、どうも」
よいしょ、と起き上がる。
既にランディは酒が回っているらしく、ぐおー、ぐおー、と大きないびきと共に眠っていた。起きているのは僕、シルヴィアス、ケーナだけである。
「ただ、僕も噂を聞いただけですからね。ただ、随分行き詰まっているように思えましたので、助けになればと」
「いや、助かった。確かにそう聞くと、魔王はそこにいる可能性が高い」
「最高の情報が手に入ったわね! さっそく明日、ブリスペルに戻りましょう!」
「ああ。クロア島の海上ダンジョン……その情報を、まず集めないといけないね。どうにか、ダンジョンの中に入る方法も考えなければいけないし」
「ええ! 明日、ランディにもちゃんと説明しましょう!」
よしよし、と僕は心の中だけでほくそ笑む。
クロア島の海上ダンジョンには、確かに聖剣がある。だけれど、僕が――チェリルがそれを抜くのは、一番最後だ。最も難易度の高い場所だし。
だから、彼らをクロア島に集中させることができれば、今後の旅路で彼らが目の前に現れることはない。
「ありがとう、ゼノさん」
「いえいえ。是非、魔王を倒してください」
差し出してきた、シルヴィアスの右手。
それを僕は握り返し、安っぽい笑顔を貼り付けておいた。
翌朝、僕は偽勇者一行を見送ってから、チェリルたちと合流した。
そして二度と、彼らに会うことはなかった。




