猜疑の視線
マリカが、猜疑の目で僕を見てくる。
確かに、妙な話ではある。僕の真後ろから現れたオーガが、手頃な位置にいたはずの僕に攻撃をすることなく、少し進んでマリカの方を襲ったのだ。
僕はオーガが現れた時点で反応できていなかったし、僕が人間であったなら、オーガからすれば絶好の獲物だろう。
だというのに、僕はオーガに相手にもされなかった。
「一体、どういうことだ」
「……どういうこと、というのは?」
「魔物は、明らかに貴様の真後ろから出てきた。無防備な貴様の背を襲う方が、私へ襲いかかるよりも効率がいい。魔物は単純であるがゆえに、その優先順位を違えることはない」
「……」
まぁ、確かにその通り過ぎて、何も言えないんだけど。
オーガは明らかに、僕を意図的に攻撃しなかったのだ。僕を攻撃対象にすらすることなく、真っ直ぐにマリカへ向かったのだ。
そこに、違和感を覚えるのは当然である。
「思えば……ゴブリンも、貴様に攻撃を仕掛けた奴はいなかった。常に、私に向けて集まってきていた。私が前衛で貴様が後衛だとはいえ、思えば私にばかり集まっていたような気がする」
「……ええ」
「今日も、魔物がやってくるのは私の方ばかりだ。一体これを、どう説明してくれる」
「はぁ……」
小さく溜息を吐く。
ここまで疑われている以上、「気のせいですよ」で済ませるわけにはいかない。
面倒極まりないけれど、僕に新しい設定を追加するしかないようだ。
少なくとも、「魔物に襲われない=魔王」という図式は、さすがに成り立たないだろうし。
「僕は、魔物除けの呪を刻んでいるんですよ」
「……呪? なんだ、それは」
「前にも言ったと思いますが……僕の故郷は、シーシャス連合の小島、ラタ島という辺鄙な島なんです。辺鄙な島なものですから、魔物が割と蔓延っていましてね。冒険者とかの訪れがないもので」
僕の故郷(偽)の話を、とりあえず盛ってみることにする。
少なくとも僕の記憶の限り、ラタ島には聖剣が刺さっていない。だから、今後マリカが訪れることもないだろうし、多少重ねたところで問題ないだろう。真偽を知るには、ラタ島へ訪れなければならないだろうし。
まぁ、これだけ広い世界だ。他に、ラタ島から冒険者をやっている奴になど会うことはあるまい。僕さえ口を噤めば、真実は全て闇の中、である。
「とりあえず、歩きながら話しましょう。少し長い話になりますから」
「む……まぁ、そうだな。お嬢様が目覚める前に向かわねばならんか」
「そういうことです。そうですね……」
歩きながら、とりあえず頭の中で整理する。
ラタ島はかつて、『食人族の住む島』と呼ばれていた辺鄙な孤島だ。シーシャス連合国に加盟したのも、ここ十数年くらいのことらしい。外界と隔絶されて文化を育んできたため、独自の文化体系と宗教体系がある部族が住んでいる。
そのうちの一つが、成人の儀において全身に刺青を刻む部族だ。その理由まで僕は知らないけれど、知らないからこそ捏造できる。
この刺青の意味を。
「以前にも話しましたけど、僕の生まれた部族では、成人になるとこの刺青を全身に刻まれるんです。それが成人した証になるので」
「ああ、言っていたな」
「成人するまでは、決して森に入ってはいけないと教わります。何故なら、森の中には恐ろしい魔物たちが住んでいるから。ですから、部族の大人だけが森の中に入って、狩りをすることが許されているんです」
「……随分と、未開の部族なのだな。そんな文化、聞いたこともない」
「ですね。まぁ僕は、異端なんで。本来、部族に生まれた者は島から出ませんから」
マリカの言う通り、僕だって聞いたことはない。
ただ、僕が旅路で聞いた様々な『未開の部族』の話――それを、いい感じにブレンドしているだけである。
「そして、成人になると刻まれるのが、この刺青――まぁ、魔物避けですね。部族のシャーマンが魔物避けの呪を編んで、この刺青と共に刻まれるんです。これを刻まれた大人は、森の中に入っても魔物に襲われません。だから狩りをすることができます」
「それは……凄いな。そんな技術があるならば、高く売れそうなものだが」
「……」
言いながら――確かに、と心の中で同意する。
刺青という形で体に刻まれるけれど、これさえ刻めば魔物に襲われることはない、なんて技術があれば、誰もが飛びつくだろう。特に、街道を渡って様々な取引をしている商人だとか。
魔物によって殺される人間は、決して少なくないのだから。
「さすがに、これは部族の秘伝ですから、売るわけにいきませんけどね」
「ふむ……一度、じっくり見てみたいな」
「僕の裸を見たいんですか? それに、あくまで呪を刻んでいるのは部族のシャーマンです。僕はシャーマンの技術を知りませんから、模倣したところでただの刺青ですよ」
「それは残念だ。高く売れると思ったが」
とりあえず、誤魔化せたらしい。
僕の刺青がトンデモ技術で魔物避けになる、という新しい設定が加わってしまったから、忘れないでおこう。もう僕、幾つ設定上乗せしたんだろう。
えっと。
ちょっと今度、一度復習しておこう。忘れそうだ。
「さて……そろそろ頂上ですね」
「む……もうそろそろか」
ぱんっ、とマリカの蹴りでオークの頭が弾け飛ぶ姿。
僕としては、設定上作っただけの『魔物避け刺青』より、マリカのその人外の強さの方がおかしい話だと思うのだが。どうして蹴りで、魔物の頭が吹き飛ぶんだろう。
だけれど、ようやく頂上近く。
僕たちの視界が、開ける――。
「おぉ……」
目の前に広がるのは、広大な森。
それは、ロシュフォール王国とブリスペル共和国の国境に存在する、深い森だ。昔は街道もしっかり整備されていたみたいだけれど、現在は一部が森に侵略されている。
こうして上から見ると、街道の位置が分からないくらいに深い森である。
そして、そんな広い頂上――そこに。
「これが、聖剣か」
「ええ」
岩に突き刺さった、豪華な装飾の剣。
もう二百年以上も抜かれておらず、この絶景の中にただ佇んでいる、聖剣。
そして、まるで惹かれ合うかのように。
「むにゃあ……もう朝ですかぁ?」
そう、マリカの背中で。
今までずっと眠っていたチェリルが、眼を擦りながら欠伸をした。




