決着
「……お前は何を言っている?」
確かに、自分でもちょっと痛いことを言ったかなぁ、とは思う。
だけれど、現状を切り抜けるためには仕方ないことだ。何せ本当に、僕がチェリルと行動を共にしている理由が、これっぽっちも見つからなかったんだもの。
そして、その場凌ぎの嘘とはいえ言ってしまった以上、僕はこれを真実として貫いていかねばならない。
僕が勇者に憧れている、ということを。
「昔、寝物語に勇者様の話を聞いていまして……将来、いつか強くなったとき、勇者の仲間として一緒に旅をしてみたいと……そう思っていたんです」
「……」
「チェリルさんは、僕の前で聖剣を抜いた――僕には、これ以上となる勇者としての証を知りません。残念ながら僕はそれほど強くありませんが……それでも、運命的に勇者と出会うことができたことには、違いありません。」
「……」
「ですから、幼い頃に思い描いていた夢を……勇者の仲間になることを、僕は誓ったんですよ。そこに、下心はありません」
女性の僕を見る目からは、訝しみが消えない。
恐らくチェリルの隠れた護衛なのであれば、僕の年齢も知っているはずだ。つまり、彼女からすれば僕は二十六歳の男なのである。
つまり今の僕は、二十六歳のくせに初級魔法しか使えないような下っ端冒険者でありながら、伝説の勇者に憧れている痛い大人ということだ。自分で言っていて痛々しいことこの上ないが、とりあえず急場は凌げた気がする。
「ふむ……」
「分かってもらえましたか?」
「……理解はした。納得はできないが、そういう人間もいるということか」
「そういうことです。この物騒な刃物を、首から外していただいても?」
女性は冷たい目で僕を見る。
とりあえず、無害な人間であると判断してもらえれば、それでいいのだ。チェリルを利用しようとしているとか、チェリルの実家の金を狙っているとか、そういう嫌疑さえ晴らすことさえできれば。
多少痛い奴として認定されるのは、まぁ良しとしよう。
「では、次の質問だ」
「……ええ」
しかし、簡単に刃物は外してくれない。
向こうにしてみれば、絶対的に優位である状態なのだ。そう簡単に解放してくれるほど、彼女も甘くないということだろう。
まぁ、僕も二本目の指を折られたくないため、素直に頷く。
「今後も、お前はお嬢様に聖剣を抜かせると言ったな」
「ええ」
「そのために、危険なダンジョンにも向かうと言っていた」
「ええ」
「つまりお前は、命に代えてもお嬢様を魔物から守ると、そういうことでいいのだな?」
「……」
何をどう変換してそうなったのだろう。
その前提だと、僕はチェリルのために死んでもいいって聞こえるんだけど。
ただ、ここで『できません』と答えるわけにはいかない。答えたその瞬間に、僕の首には短刀が突き刺さることだろう。
穏便に。とにかく穏便に。
「どうした、答えろ。お前は『そこそこ強い』のだろう」
「あー……」
そういえば、僕チェリルにそんな風に言ったなぁ。
現状は四肢のほとんどが老人並だから、あまり強くないのだけど。今後、聖剣を抜いて抜いて抜きまくってもらえれば強くなるという、将来性の意味で言った。それを、額面通りに捉えてもらっても困ってしまう。
「そうですね。そこそこ強いですよ」
「……それにしては、随分と脆弱そうに見えるが」
「では、逆に問いますが……」
僕は、余裕の笑みを浮かべて女性を見る。
「この状況で、魔術師である僕が何もしていないとでも?」
「――っ!!」
ばっ、と一瞬にして僕から距離をとり、再び構える女性。
僕はその後に、ゆっくりと立ち上がるだけだ。左手の小指は折れてしまっているけれど、他に今のところ、外傷らしいものはない。彼女なりに、僕に手加減してくれていたということだろう。
ようやく自由を取り戻してくれた体に、僕は小さく肩をすくめた。
「貴様っ……! 貴様、何をしたっ……!」
「別に、何もしていませんよ」
「だが、その気配は……何なんだ一体……!」
「……」
彼女が、相応の手練れであるがゆえに理解してくれたこと。
もしもこの女性が、ただの力自慢の冒険者であったならば、通じなかっただろう。気配を読むのに長け、殺気を捉えることに長け、相手との実力差を明確に理解できる第六感があるがゆえに、彼女だけ分かったのだ。
僕が一瞬だけ、権能――『疾風迅雷の馳駆』を発動させたことを。
「召喚魔法、知っていますか?」
「なっ……! 遥か昔に失われたとされる、禁忌魔法のことかっ!?」
「ええ、そうです。僕は、極めて一部ですが……それを使うことができます」
「そ、そんな……! そんな魔術師が、まだ存在したというのか!」
権能『疾風迅雷の馳駆』は、僕の左足に封じられている存在だ。
発動すれば、それこそ目に見えないほどの速度で駆けることができる、というだけの技である。そしてこれは、一対一の戦いにおいては何よりも有利に働く。
力がどれだけ優れていようとも、当たらなければ意味がない。武器がどれだけ素晴らしいものであっても、当たらなければ意味がない。
現状、封印が三つ重なっている状態であるため、使える時間は極めて僅かだ。しかも、本来持ち得る筋力よりも遥かに衰えている状態であるため、使っても本来の速度は出せないだろう。
だが、ほんの僅かな発動であっても、彼女はそれを見抜いたのである。
そして見抜いたがゆえに、離れた。
「僕自身は弱くとも、これも僕の力ですよ……どうです、認めてもらえます?」
「くっ……」
そして、権能とはつまるところ召喚魔法だ。
左足の権能『疾風迅雷の馳駆』とは、僕の下半身に雷纏馬という八本足の馬を召喚する技である。その瞬間だけは僕の下半身が馬に変わってしまうけれど、その恩恵は大きい。
「私はっ、私は認めないぞっ!」
「おや……」
「召喚魔法とは、つまり魔物を召喚する魔法だろう! 魔物を使い魔にして戦うなどっ!」
女性は、鋭い目つきで僕を睨み付けて。
一瞬で僕から距離をとると共に、予め開いてあった窓の方へと飛び乗った。その動きの全てに無駄がなく、僕は目で追うことしかできない。
そして、僕に向けて告げた。
「この、魔王がっ!」
ばっ、と身を翻らせて窓から飛び出た女性。
その捨て台詞を聞いて、思ったのは。
正解。




