まさかの勇者
「……」
驚愕に、言葉が出ない。
僕が先程まで、必死に抜こうとしていた剣――それが、目の前で抜かれたのだ。
まるで溶接でもしてあるかのように頑として動かなかった聖剣が、その刀身を露わにする。明らかに僕より筋力の低いであろう、この少女の手によって。
ろくな力も使うことなく、まるで当然のように聖剣を抜いた、この子は。
つまり――勇者だということ。
「ついにっ……わたしは聖剣を……手に入れたのですっ!」
「……ど、どう、して」
「これでわたしが勇者だと、認めてもらえますっ! お兄さん、回復魔法ありがとうございました!」
「本物の……勇者……?」
嬉しそうに、笑顔で僕に向けてお礼を言ってくる少女。
だが、その見た目はどう見ても勇者とは思えない。着ている服の素材を考えると、少しは家格の高そうな家の人間なのだろうとは思う。だけれど、まさか当代唯一の勇者がコレとは、『天樹教』の人間でさえ思うまい。
しかし、その手に持った聖剣――それが、次の瞬間に。
「えっ……!」
煌めく刀身を見せていた、少女が持つにはあまりに不格好だった聖剣が。
まるで最初から存在しなかったかのように、先端から砂となって崩れてゆく。
その状態に少女は戸惑いながら、しかしどうすることもできず、手に持っていたはずの柄の部分まで一気に砂となって消えていった。
「そ、そんなぁ……!」
「……」
「これで、わたし、勇者だって……認められると……!」
「……」
その一部始終を見て、僕は小さく溜息を吐く。
少女の手の中に残ったのは、聖剣の残滓でしかない砂の塊だ。これを『天樹教』の教会に持っていったとしても、彼女が勇者と認められることはないだろう。だが、間違いなく僕は見た。聖剣を抜いたその瞬間を。
ならば、一体この少女は何者なのか――。
「きみは……」
「は、はいっ! ど、どうかなさいましたかっ!」
「勇者、なのですか……?」
「はいっ! わたしが勇者ですっ!」
だけれど、僕が見た一部始終は、彼女が勇者であることを間違いなく物語っている。
聖剣とは、勇者にしか抜けないもの。それは、誰だって知っていることなのだ。このローレンス洞窟の聖剣だって、長い歴史の中で誰一人抜くことができなかったのだ。
どれほどの力自慢でも、どれほどの剣士でも、決して抜くことができなかったもの。
それが目の前で抜かれた以上、僕は信じることしかできない。
この少女が、間違いなく勇者である、と。
「では、知っていますか?」
「え……」
自然と、僕の唇は言葉を紡いでいた。
どうやら、少女は聖剣について何も知らないようだ。少なくとも、この場所にある聖剣が『天樹教』の本拠地から最も近い場所にあるということで、ここまで来たのだろうけれど。
「聖剣は、この世界に二十七本……いや、貴方が抜いたので今は二十六本になりましたが、存在しているんです」
「えっ! そんなにあるんですか!?」
「それも知らなかったんですね……『天樹教』が公式に発表している数ですよ。まぁ、その具体的な場所までは、全て公開していませんけど」
「そ、そうだったんですか……」
これは事実だ。
二十七本の聖剣のうち、場所が分かっているのは四、五本程度だろう。あとは、冒険者などがダンジョンに向かったときに見つけたと噂される場所など、様々な情報がある。それを全て集めても、全部の場所は分かっていない。
だけれど――。
「そして、勇者にしか聖剣を抜くことはできませんが、勇者は自分に合う聖剣を抜かない限り、砂になって消えてしまうのです」
「えぇっ! そうだったんですか!」
「ええ。恐らく、この洞窟にある聖剣は、貴方の求める聖剣ではなかったのでしょう」
「そんなぁ……! 一生懸命、ここまで来たのに……」
ふぇぇ、と膝をついて噎び泣く少女。
どうしてこんなにも簡単なダンジョンで、そこまで一生懸命になれるのかは分からない。絶望的に弱いと考えていいだろう。他に聖剣の場所を教えても、そこに行くまでに野垂れ死ぬ未来しか僕には見えない。
そもそも、勇者ならば仲間の一人や二人いるだろうに――そう考えて、やめた。
どう考えてもお荷物でしかない少女と、組むような冒険者などいるわけがない。
「うぅっ……しくしく……!」
「しくしくって泣く人、初めて見ました」
「ぴぇぇぇぇぇ!!」
「……お嬢さん。諦めてはいけませんよ」
「ですけどっ……わたし、弱くて……他のダンジョンになんて……」
圧倒的に、その言葉には同意を示したい。
この子が一人でダンジョンに挑んでも、間違いなく死ぬだろう。そして、この少女が冒険者ギルドなどで仲間を募ったとしても、そもそも彼女自身が役立たずの状態だ。護衛の依頼ならばまだしも、仲間になってくれる変わり者などいるまい。
だが、ここには僕がいる。
僕という変わり者と、この少女は出会うことができたのだ。
「お嬢さん、僕は聖剣に関して、少しばかり知っています」
「えっ……」
「他の聖剣がどこにあるのかも、大体把握しています。加えて、僕はそこそこ強いです。お嬢さんが聖剣を求めるのならば、僕が一緒に行きましょう」
「ほ、本当ですかっ!」
はっ、と顔を上げて、きらきらとした眼差しで僕を見てくる少女。
もう少し疑われるものかと思っていたけれど、全くその素振りはなさそうだ。こんな洞窟の奥で初対面の相手だというのに。
だが次の瞬間に、はっ、と少女は立ち上がった。
「ええとっ……よ、よろしいでしょう! このわたし、勇者チェリルと共に剣を振るう栄誉を、あなたに与えます!」
「形から入るタイプなんですね」
まぁ、そういうのをお求めならば、僕も吝かではない。
少女の幻想を、少しでも叶えてやるのが大人の役目ということか。
片膝をつき、頭を下げ、右拳を左掌で握る。いわゆる、騎士の跪座である。
「勇者チェリル。僕の名はゼノ……まぁ、聖剣好きの魔術師です。貴方のために、我が剣を振るうと誓いましょう」
「え、ええっ!」
「あ、ちなみに専門は魔法なんで、剣は持ってません」
「だったら何を振るうのっ!?」
何だろう。
とりあえず、旅のために短剣くらいは常備しているけど。