表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/51

急襲

 おかしい。

 あまりにも奇妙な出来事に、僕は眉を寄せることしかできない。

 行ったこともない場所に、中身が全く手をつけられていない、落としたはずの財布が落ちている――これを、当たり前のように受け入れることなんて出来ないだろう。


「わぁーい! さすがわたし! 強運です!」


「……」


 若干、一名以外は。

 チェリルはもう、完全に自分の財布が運良く戻ってきたとばかり思っている。だが、そんなわけがないのだ。

 もしもその可能性があるとすれば。

 チェリルが落とした、もしくは掏られた財布を手に入れた誰かが、中身に全く手をつけることなく落としてしまった先に、たまたまチェリルが通りかかる――そんな、考えるだけでも馬鹿らしい内容なのだ。

 間違いなく、強運などではない。


「ゼノさん? なんだか、怖い顔をしていますよ?」


「……そうですか?」


「え、ええ……何かあったんですか?」


「別に。まぁ、少々障害が増えたかなと思っているだけです」


 ここで思い出すのは、大聖堂を訪れた際に感じた誰かの視線だ。

 まるで、舐めるように這ってきた視線――僕のこの呪いを解析しようとしていたかのように感じた、あの視線である。

 あれから全く感じることはないけれど、恐らくこれは警告だ。

 お前のことを監視している――と。


「しかし、現状では難しそうです。ですから、あまり気にしないでください」


「……?」


 もしも、敵の誰かに僕の正体が看過されているにしても、僕に抵抗する手段はない。

 呪いにより、老人並の筋力しかないこの四肢では、子供の相手をすることすら難しいのだ。魔力もろくに復活していない状態であるため、初級魔法を数発放てば枯渇する程度の魔力しか有していない。

 本当に、今後冒険者にでも護衛依頼を出そうかと迷ってしまう。ただその場合、聖剣を抜く姿を見られてしまうのが難点なのだが。他言無用という形で契約するとなると、法外な額を要求されてしまう。


「まぁ、財布が戻ってきて良かったですね」


「はい! これでお風呂のある宿に泊まれます!」


「……それは変わらないんですね。ただ、一つ警告しておきますけど」


 お風呂を求めるのは、女子だから仕方ないのかもしれないけれど。

 ただ、少々金銭感覚は改善しておいた方が良いだろう。『ロイヤル・ストーンデール』のように、一泊で金貨一枚が失われるような宿に泊まり続けるとなれば、それこそ今持っている財布の中身など一瞬で消えてしまう。

 だから泊まるのならば、少しでも安いところだ。

 この際、風呂に入りたいという考えは否定せずに。


「チェリルさんは、今お金をいくら持っていますか?」


「はっ! そうでした銀貨を返さなければ!」


「ああ、いえ、そういうわけではなく」


「えっ、返さなくてもいいんですか!?」


「返してください」


 なんだか脱線しそうだったので、先に銀貨五枚を返してもらうことにした。冒険者ギルドの登録料を、立て替えた分である。

 丁度受け取って自分の財布に仕舞い、僕はこほん、と咳払いをする。


「今、チェリルさんの財布にはお金がいくらありますか?」


「はい。金貨十九枚です」


「一泊金貨一枚のホテルに泊まると、何日泊まれますか?」


「もうっ! ゼノさんはわたしを馬鹿にしているんですね! 十九日です!」


「では、一泊銀貨十枚の宿に泊まると、何日泊まれますか?」


「それは十倍なので、百九十日です!」


「はい、正解です」


 ちゃんと計算はできるらしい。いや、計算と言っていいほどのものではないけれど。

 ただ、これで理解はしてもらえただろう。高い宿に泊まり続けると、すぐにその財布の中身が尽きてしまう、と。


「では、チェリルさんが今夜泊まるべき宿は分かりますか?」


「わたしは、向こうにある『ロイヤル・ゼッツブール』に泊まりますよー」


「お待ちなさい」


 こいつ何もわかってねぇ。

 ……こほん。

 当然ながら、『ロイヤル・ゼッツブール』とはブリスペル共和国全土に根を張る、『ロイヤルグループ』のホテルである。『ロイヤル・ストーンデール』の姉妹店だと言っていいだろう。

 そして、お値段は当然、『ロイヤル・ストーンデール』と何も変わりない。つまるところ、一泊で金貨一枚消える高級ホテルなのだ。


「さっき言いましたよね。金貨一枚で泊まれる宿に、十九日しか泊まれないと」


「はい」


「でしたら何故、今日の宿にそこを選ぶんですか」


「え、だって、お風呂に入れますし、寝台はふかふかですし、ごはんも美味しいんですよ」


「……」


 駄目だこいつ。

 僕は頭を抱えたい気持ちでいっぱいだ。金の使い方が、完全に貴族のそれである。

 もう、そのままでいいや――そんな、半ば諦めの気持ちで。


「……分かりました。では、僕は別の宿に泊まりますので、明後日の朝にそちらへ行きます。『ロイヤル・ゼッツブール』でいいんですね」


「えっ、明後日なんですか?」


「ええ。二泊三日で予約をしておいて、明後日の朝にチェックアウトをしてください。その足で冒険者ギルドに赴いて、ゴブリン討伐の結果を聞きましょう。その上で、討伐が成功していれば僕たちも向かう形にします」


「わかりましたー」


 ふんふーん、と鼻歌交じりに、向こうに見える豪奢な建物へと向かっていくチェリル。

 その背中を見送りながら、僕は小さく溜息を吐いた。


 僕の頸部の権能――『無尽無限の宝庫』さえ戻ってくれば、僕だって高い宿に泊まるのに。














「ふぅ……」


 宿屋『止まり木』の寝台を一つ予約して、僕は受付に指定された部屋へと向かった。

 部屋自体は施錠ができるのだが、そこに置いてある寝台は四つ。それを今夜、他人と共に過ごすというのがこの宿だ。

 さすがに僕も、四つの寝台全てを借り切って部屋を独占する、なんて真似はしない。だから既に、僕の予約した部屋には先客が入っていた。


「どうも。今晩同じ部屋で過ごさせてもらいます、魔術師のゼノといいます」


「……どうも」


 四つの寝台のうち、人がいたのは一つ。

 まぁ、まだ夜というわけでもないし、これから二つ埋まることだろう。

 そして、僕が先に魔術師であると告げたのは、自己紹介と牽制を含めてのものだ。僕のように、悪い言い方をすればひょろい体をしている男は、えてして見縊られるものなのだ。こいつならば、実力行使で金を出すことができそうだ、と。

 そこで、そういった脳筋に対しては、割と魔術師だと名乗ることで牽制が利くのである。筋力は弱いけれど、魔術師だから何をしてくるか分からない、と。


「……」


 しかし、返事をしてきた声は随分と高かった。恐らく、女性なのだろう。顔を鼻の下から隠しており、体の線が見えない服を着ているため、想像でしかないけれど。

 ただ、そんな女性が寝台から立ち上がり、かつかつと靴を鳴らして、扉の鍵を閉める。

 その行動に、僕は思わず眉を寄せた。


「……あの、鍵は開けておかないと、次の人が入れませんよ」


「……」


 しかし、そんな僕の言葉を聞いてか聞かずか。

 女性は感情のない眼差しで僕を見て。


 そして、一瞬で肉薄してきた。


「――っ!?」


 目で追うことしかできない、恐るべき速度。

 その勢いのままに女性は僕を寝台へ倒すと、僕の首へ短刀を向けてくる。

 しかし、その刃が皮に当たるか当たらないか――その位置で止めて。


「動かず、声を出すな。指の一本でも動かせば、その首掻っ切る」


「……」


 どうやら僕は。

 いきなり、強盗に襲われてしまったらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ