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夜営

 ぱちぱちと、周囲で拾った枯れ枝で作った焚き火が燃える。

 既に日が落ちている状態であり、テントの設営が終わったところだ。とりあえず言えることしては、今後のテント設営は僕一人でやることに決めた。チェリルが喜び勇んで「わたしも手伝いますっ!」と言ってくれたのだが、足手まといにしかならなかったからだ。

 どうして、張っている途中のテントに向けて転ぶことができるのだろう。しかも、絶妙にわざわざ打った杭が外れる角度で。最後まで激昂しなかった自分を褒めたい。

 そして、そんなチェリルは焚き火を挟んだ僕の正面で、思い切り涎を流している。


「……はい、食べていいですよ」


「わぁい! いただきまーす!」


 焚き火で焼いているのは、干し肉だ。

 基本的に旅路で口にするのは、ほとんどが干し肉など乾燥させたものである。しかしこの干し肉も、一度焚き火で焼いておけば割とご馳走になるのだ。

 まぁ、ストーンデールの街からゼッツブールの街までは歩いて二日程度であるため、それほど保存食に拘る必要はない。しかし、一応チェリルの舌を慣らしておくべきかと考えたのだ。お嬢様は、干し肉なんて食べたこともないだろうし。

 チェリルは大きく口を開けて、干し肉を一気に口の中に入れて咀嚼を始めた。

 そして、ゆっくりと首を傾げる。


「もぐもぐ……このお肉、硬いですねー。それにしょっぱいです」


「塩漬けにした後、干して水分を抜いていますからね。噛めば噛むほど旨味が出てきますよ」


「どうして干すんですか?」


「肉は、そのままだと腐ってしまいますからね。しっかり塩を振って乾燥させれば、日持ちする保存食になるんです」


「ほへー」


 言いながら、もぐもぐと干し肉を頬張るチェリル。

 本来、干し肉というのは硬いものだ。何せ水分がなく、干している状態であるため当然のことではあるのだが。

 だから僕としては、思わぬ硬さに手こずるチェリルを見ることになると、そう思っていたのだが。


「おかわりいただきまーす!」


「……もう噛んだんですか?」


「もぐもぐ……うん、確かにゼノさんの言うとおり、噛めば噛むほど美味しいですね!」


「……」


 それを、簡単に噛むことができないのが干し肉の難点なんだけれど。

 どうやらチェリル、歯の強さも勇者級であるらしい。何に役立つのかはさっぱり分からないが。


「本来なら、香辛料を利かせた方が美味しいんですけどね」


「こーしんりょー?」


「ええ、南大陸で採れる調味料です。辛かったり、香りが強かったりする品種が多いですね。あとは、ウヴァル帝国の北方には魚醤うおひしおという調味料もあります。ウヴァルでは、羊肉の魚醤漬けが干し肉として一般的ですね。美味しいですよ」


「ほへー。ゼノさんは色々知ってますねー」


「まぁ、旅人として長いですからね」


 僕は魔王であるが、魔王だからといってこれといって何もしていない。

 せいぜい、どこかの『魔脈』が強くなっていれば、そこに赴いて解き放ち、ダンジョンを作るくらいだ。それも僕自ら行かなくてはならないため、割と世界中を巡っていたりする。勿論、それも怪しまれないように旅人の格好をして、だ。

 それに加えて、様々な国でそれぞれの文化によって異なる食事も楽しみにしていた。


 あれ。

 よく考えれば、こんな平和的な魔王の僕、討伐される必要ってあるのだろうか。


「でも、ゼノさん」


「はい?」


「なんでわざわざ、ストーンデールからゼッツブールまで歩くんですか? ゼッツブールまでなら、定期便の馬車が通っていますよ」


「……」


 チェリルの言葉に、僕は声が出なかった。

 いや、確かにストーンデールとゼッツブール間には、定期便の馬車がある。その情報は、僕も知っている。

 だけれど、そもそも僕の発想になかった。

 馬車を使う、というその考えそのものが。


「えー、と、ですね……」


 僕は魔王だ。そして、僕自身ですら忘れそうなくらいの年月を生きている。

 そして、食事は楽しみではあるけれど、別に必須というわけではない。何も食べなくても、僕は死ぬことなどないのだ。だから基本的に、旅路は全て徒歩である。

 だから、忘れていた。

 馬車という存在を。


「……?」


 チェリルは、無邪気な目で僕を見ている。

 僕はちゃんとチェリルに信頼されている自覚があるし、今回の旅路も何か理由があってのものだろうと、そう思ってくれているのだろう。

 それを、僕が答えていいものだろうか。

 馬車なんて存在忘れてました、と。


「チェリルさんは、旅をするのは初めてなんですよね?」


「はい! すごく憧れていました!」


「ええ。ですから、初めての旅は、安全な街道から始めようかと思いまして。ゼッツブールに到着したら休んで、森を越えてダンジョンの方に向かいますから」


「なんと! 森ですか!」


「さすがに、初めての野宿が森というのは、ちょっと体験としてどうなのかなと」


「なるほど!」


 適当にでっち上げた嘘だけれど、チェリルは大仰に頷いている。

 とりあえず、それっぽいことは言えたと思う。

 まぁ、普通に考えれば「馬車なんて存在忘れてましたテヘ」よりも信憑性のある答えだろう。人間なら忘れないと思うし。


「さ、それよりチェリルさん」


「はい?」


 これ以上追求される前に、僕の方からチェリルを誘導する。

 そして僕は、真上を指差した。


「上を見てください」


「上……わぁ! 綺麗な星です!」


「街の中にいると、こんなにも広々とした星空を見ることはないですからね」


 真上――そこに広がるのは、どこまでも続く星空である。

 こんな風に綺麗に見えるのは、この国――ブリスペル共和国の主産業が、農業と牧畜だからだ。工業国の空は煙のせいで、あまり星が見えない場所もある。

 僕も、初めて見たときには感動したものだ。もう何百年前か分からないけれど。


「なかなか、初めての野宿ということで寝付けないかもしれませんが」


「……」


「とりあえず、こんな風に星空を見て、落ち着くのも悪くはないと思いませんか?」


「……」


 感動に声も出ないのか――そう思って、チェリルを見やると。


「すぴー」


「いや、寝るの早すぎでしょ」


 既に目を閉じて寝息を立て、見事なまでに鼻提灯を膨らませているチェリルに。

 僕は、溜息を吐くことしかできなかった。

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